23 / 139
#5 愛に寄生
5-3 愛に寄生
しおりを挟むこの時間帯には珍しく、洗濯乾燥機がフル稼働している。
ついでに入浴も済ませた直矢は、パジャマに着替えてリビングに戻る。すると、クローゼットのある寝室から、紫音がズボンの裾を引き摺りながら現れた。
「本当にごめんなさい……迷惑ばかり掛けて……」
予備のパジャマに着替えさせた紫音に、直矢はソファを勧めた。
ローテーブルに置いた二つの湯飲みから、湯気が立ちのぼる。大量のアダルドグッズはどさくさに紛れてクローゼットに仕舞った。まさか、こんな形で再会しようとは思いもよらなかった。
牛丼を配達しにきて失神してしまうとは、どんな巡り合わせなのだろう。
だが、多少は胃腸の調子を持ち直したであろう後も、紫音は項垂れたままだった。
「……あれから体調が悪かったんだな?」
いくら相性が良かったとはいえ、五回も繰り返した行為が祟ったのだろう。
絶倫の自負があった直矢も、責任を感じてしまう。今になって思い返せば、会場を追い出されたとはいえ、会話の途中で姿を消したのだ。カモとして狙われたとしても、紳士としての良心が咎めた。
「どうして、そんなに無理して働く」
自分では説得力に欠けるとわかっていながら、直矢は尋ねざるを得なかった。
鈍臭い自覚はあるだろうに、大して稼げないバイトにまで手を出して。そもそもカモを何匹も飼っているなら、労働の必要すらないのではないか。
「っ……違うんです!」
隣で俯いていた紫音は、途端に強い気迫で応える。
思わず、聞いた側が圧倒されそうなほどに。
「あ、僕の実家が牧場で……生まれた時から牛と一緒に育ったんです。
そのせいか、牛肉を見ると胸が苦しくなって……写真なら大丈夫なんですけど……」
シンクの上に放置されたどんぶりの中身は、愛する家族の片割れだったかもしれないのだ。
そんな背景すら知らずに、なんと残酷な仕打ちをしてしまったのか。直矢の胸はチクリと痛んだ。
「そうか……それは…気の毒なことをしたな」
「いえ、ナオヤさんは何も悪くありません……!
生活費とレッスン代はちゃんと自力で稼ぎたいんです。歌を続けたいから……」
青年の悲痛な主張は、初めて出会った夜と重なる。
脆弱に見えながらも、ひたむきさを秘めた道端の花。やがて、大粒の瞳には涙の膜が込み上げ始めた。
「それなのに、簡単な配達ですらクレーム続きで……おまけに、ナオヤさんのお洋服をまたダメにして……」
「あれは……ただのバスローブだ。いくらでも洗濯できるし、牛丼も何とか無事だっただろう?」
直矢が肩を抱き寄せると、紫音は堪えきれずに感情を迸らせた。
「僕は何をしてもダメなんです!才能もっ……生活能力も無いなんて……」
溢れ出した雫は、次々と泣きぼくろを濡らし始める。
ズビズビと鼻を啜る音まで混ざり出した。タワーマンションの一室は、通夜よりも重苦しい雰囲気に包まれる。
「そんなことはない。チップを弾んでやるから、もう泣くな」
ここで自分までクレームを出せば、配達員としての退路まで断たれるのだろう。
不注意によるミスには厳しい直矢も、生計の糧まで奪うことはできなかった。
「それに……ライブの時も、あんなに輝いていたじゃないか。上手だったよ」
「うう……ありがどうございまず、ナオヤざん……」
紫音は渡されたティッシュで、盛大に鼻をかんだ。
まぶたを赤く腫らしながらも、しっかりと世話焼きを忘れない。
「ちゃんと…っ…食べてあげてくださいね……だ…大事な命だから……」
「わかったから。残さず食べるよ」
ひと騒動の末、壁掛け時計は一時半近くを指していた。
その頃には食事も済んでいたのだが、洗濯乾燥機が止まるまで待っていた紫音は、直矢の肩に凭れて眠っていた。泣き疲れたらしく、あどけない寝顔を晒している。
こうして見ると、穏やかな寝顔は天使そのもので、実父が誹った『悪党』とはかけ離れていた。
起こしてやることもできたのだが、今から夜道に放り出すのは酷だった。
変わらず華奢な体を軽々と抱き上げ、薄暗い寝室まで運ぶ。直矢がダブルベッドの上に横たえた時だった。
「む……ゴマたん……」
寝ぼけた青年は、腕を彷徨わせて直矢の首にしがみついた。
「っ……おい?!」
バランスを崩した直矢は、勢い余って青年の上に覆い被さる。
宙を舞ったスリッパが、カーペットに鮮やかに着地した。二人の体は柔らかなマットレスに沈み、そして唇が重なり合う。重みを受けてもなお、紫音はすよすよと深い眠りの中にいた。
豊潤な果実に似た感触が全身を駆け抜ける。
直矢は下腹部で熱が擡げるのを感じた。男の尊厳が失われていなかった証である。
これ以上ない安堵感とともに、眠気が津波のように押し寄せて来た。
(……ゴマタンって……誰だ…よ……)
そんな疑問も睡魔に吞み込まれていった。
42
あなたにおすすめの小説
オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました
こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました
拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。
昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。
タイトルを変えてみました。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
天使のローブ
茉莉花 香乃
BL
アルシャント国には幼少期に読み聴かせる誰もが知っている物語がある。
それは勇者の物語。
昔々、闇黒がこの国を支配していた。太陽の光は届かず大地は荒れ果て、人々は飢えと寒さに耐えていた。その時五人の勇者が立ち上がった。
闇黒に立ち向かい封印に成功した勇者たちはこの国を治めた。闇黒から解き放たれた人々は歓喜した。
その話は悠遠の昔のこと…しかし、今も続く勇者の物語。
ファンタジーです
他サイトにも公開しています
親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた
こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる