底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#12 乳首は財産

12-1 乳首は財産

隣で眠ってほしいというリクエストに応え、紫音は彼の安眠枕になることに決めた。
ふわもち素材のゴマフアザラシの赤ちゃんが安らぎを与えてくれるように。
紫音はゴマたんを来客用の布団に寝かせると、セミダブルベッドに潜り込んだ。

『君が隣にいると……落ち着いて眠れるんだ』

耳元で呟かれた穏やかな言葉は、紫音にとっても同じだった。
一度目覚めてしまうと、寝顔に動悸が止まらず二度寝できなくても、不思議な化学反応が起こる。肌を重ね合わせて体温を感じるうちに、夢の中へ誘われるのだ。

体を寄せ合って眠った二人は、モーニングコールが無いことを幸いに、仲良く寝坊した。添い寝の効果は絶大で、直矢の顔色はほとんど元通りになっている。
晴れやかな日曜。カーテンの向こうは秋の陽光が溢れていて、朝の訪れを祝福しているようだった。とはいえ、時間は昼に近い。欠伸を噛み殺した紫音は、のそのそと起き上がった。

「あの……お腹の調子はどうですか?」
「心配を掛けたな。今はだいぶ良いよ」

目尻に皺を刻んだ柔和な笑みは、以前よりも親しみやすさが増した気がする。
それもまた別の魅力があり、紫音を惹きつけてやまない。
夜の官能的な表情も魅惑的だが――昨夜の情事を思い返せば、頬が熱くなってしまう。紫音は赤面を誤魔化すように、当たり障りのない話題を選んだ。

「何か食べられますか?お粥か……雑炊でも」
「ああ、雑炊もいいな。卵はあるか?」
「いけません……!昨日から、卵の過剰摂取ですよ」

胃カメラで投影された映像が脳裏を過り、紫音は思わずハッとした。

「ごめんなさい……ホテルの朝食、僕の分も食べてくれたんでしょう?」
「まあな……食べ物を粗末にすると、君が悲しむと思って」

責められて当然の非礼に、大人らしく対応してくれた優しさ。
胸がチクリと痛む中、紫音は握手会の一言を思い出した。誠意を見せてくれた彼に、精一杯の埋め合わせをしなければならない。

「お詫びにならないかもしれませんが……一緒に味噌汁を作りますね。お野菜を沢山入れて」

料理好きの奏多のおかげで、冷蔵庫にはいつも食材が潤沢に用意されてある。
大して苦ではない提案に、思いのほか直矢は嬉しそうに破顔した。

「本当に良いのか?何杯でも食べられそうだよ」

そのおかげで、しばらく紫音の心臓は忙しなく動きっぱなしだった。
洗顔と歯磨きのため、二人は階下へ降り立った。昨夜から引き続き、リビングはいつもの喧騒が嘘のように静かだ。朝食を摂った形跡のあるテーブルには、書き置きのメモが残されていた。

≪夕方ごろまで出掛けてくるよ。何でも好きなように使って≫

おそらく、佑真の字だ。
三人が気を利かせて、嫌がる大地を引きずりだしたのだろうかと思うと、少し不憫だった。だが、休日にパジャマでのんびり過ごせる幸せには変わりない。それも、二人きりで気兼ねなく。

紫音はさっそくキッチンのレシピ帳を拝借して、お粥と味噌汁作りに勤しんだ。
昨日とは味付けを変えたお粥は、鶏ガラスープの素で中華風に。味噌室のアクセントには、ごま油としょうがチューブで、香ばしい香りづけを。完成度が上がった分、直矢の喜びようもひとしおだった。

「旨いよ。やっぱり、君の料理は優しい味がするな」

高級料理に舌が慣れているはずなのに。グルメな港区男性のお口に召したようだった。
誉めちぎられたことがこそばゆく、紫音はまたしても話題を変える。

騒動の中、ブースに駆け寄ってきた外国人男性の存在が気になっていたのだ。
傍にいた青年が通訳をしてくれ、最終的に介抱を一任されたのだが。

「そういえば……直矢さんは、外国のご友人もいらっしゃるんですね」
「ああ、本社から出向に来てる同僚だ。見た目は派手だが、交渉術は一流だよ」

直矢は思い出したように、スマホに届いていたメッセージをチェックした。

「明日は強制的に休みを取らされたみたいだ。いきなり休みって言われても、困るな」
「そんな……今は休養が一番大切ですよ。お医者さんも睡眠とバランスの取れた食事を勧められていました」
「まあ、それもそうか……繁忙期前だったのが唯一救いだったな」

交友関係を含め、彼のプライベートな一面が少しずつ紐解かれていく。ずっとこうして食卓を囲んで、他愛のない話に花を咲かせていたい。
かと言って、貴重な休日に引き留めるのも気が咎めてしまう。

「あの……お見送りついでに、少しお宅にお邪魔して良いでしょうか。
気が早いかもしれませんが、お仕事の段取りを決めたいんです」

仕事を口実にするのは、我ながら狡いと紫音は感じた。
だが、ゴミ箱の中に捨てられていた、ハンバーガーやピザの空き箱も気がかりだった。医師の助言を守るなら、食事の世話が必要不可欠のようだ。何せ、彼の胃袋に大打撃を与えたのは自分だったのだから。

「それは別に構わないが……急ぎじゃなくてもいいんだぞ」
「いえ……明日からしばらく通わせてください。姉の言う通り、直矢さんの体調が心配なので」
「来てくれるのは嬉しいよ。だけど、無理のない範囲で構わない。それから、今回の事で君が気に病む必要は無いからな」

直矢は手を伸ばすと、やんわりと紫音の頭を撫でた。

「多分、日頃の過労が祟ったんだろう。会社員を続ける限りは仕方ないさ」

本人は苦笑を浮かべるが、『過労』というキーワードに紫音の心は曇ってしまう。
鋼のような肉体の下には、想像しえないほど疲弊が蓄積されているのだ。昼食が済むと、紫音はソファの上でのマッサージを申し出て、甲斐甲斐しく着替えを手伝った。

二人が寮を出てタクシーを捕まえたのは、三時を回った頃だった。
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