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#19 恋仕掛けのクリスマス
19-1 恋仕掛けのクリスマス
しおりを挟む両手に提げた紙袋の晴れやかなオレンジ色とは対照的に、胸の中は沈んでいた。
数週間超しに会える喜びよりも、申し訳なさが上回る。毎年恒例の約束を果たせなかったのだ。
紫音は門扉のインターホンを押そうとして、砂場にしゃがむ小さな背中に気づいた。
お気に入りの髪ゴムが日差しにきらめき、ピンク色のうさぎと持ち主が容易に結びつく。
「……ももかちゃん?」
女児は驚いた顔で立ち上がると、握っていたスコップをぽとりと落とした。
「しおん……おにいちゃん……?」
「元気にしてた?」
つばの下の面差しをみとめ、彼女はおぼつかない足取りで駆けてくる。
満月のように丸い目は歪み、みるみるうちにくしゃくしゃになった。
「おに……おにいちゃ……っ……わああああああああん!」
赤く腫らした瞳から、大粒の涙が溢れ出す。
彼女の泣き声を聞きつけて、教室から数人の園児が飛び出してくる。だが、来客の姿を見るなり、情緒の揺れはあっという間に伝染し始めた。
「あ……!おにい……うわぁぁぁぁあああああん!」
「う……ふぇっ……あいだがっだぁ」
園児たちは門扉に寄り集まって、格子を掴んで紫音の名を呼んでいる。
同じ目線の高さに合わせて座った紫音は、懐かしい顔ぶれを見渡して目頭が熱くなった。ふっくらとした手を握り返すと、積もり重なった寂寥がひりひりと伝わってくる。
そこへ、エプロン姿の保育士が騒ぎの発端へ駆けつけてきた。
「まぁ、急にどうしたの……あら!もしかして、紫音君?!」
「さゆり先生、ご無沙汰してます。クリスマス会の件、本当にすみませんでした」
紫音は慌てて立ち上がり、キャップを取って頭を下げた。
「やだわ、そんなの全然いいのよ!園長先生が張り切って手伝ってくれたから。そんなことより……」
彼女は朗らかな笑顔を絶やさず、むしろ両手を振って申し訳無さそうにしていた。
「お仕事順調みたいで、私たち本当に嬉しいわ。立ち話もなんだから、お茶でも飲んでいって」
職員室そばの応接間へ通され、温かい紅茶とフルーツが出された。
こうした気遣いと配慮は、紫音が園に通い始めた頃から変わらない。二人は窓越しに遊具で遊ぶ園児たちを眺めた。一週間前から冬休みに入り、預かり保育の子が今は元気に駆け回っていた。
「皆でライブを見に行った日から、毎日SPLASHの話題で持ち切りよ。休み時間も歌とダンスを練習したりね……おかげで、園全体の雰囲気がすごく明るくなったの」
あまり交流が無かった子同士でも、同担であることが発覚して仲良くなったり、消極的で友達が少なかった子も新曲のダンスを完コピして人気者になったり。
共用のタブレットで撮影したという写真や動画には、『歌ってみた』や『踊ってみた』の微笑ましい様子が収められていた。フォトコレクションの中には、過ぎし日のクリスマス会の動画もある。完璧なサンタに変装した園長先生がプレゼントを配り、子供たちが大喜びする姿を見て、紫音は胸を撫で下ろした。役目は無事に引き継がれていたのだ。
「ママのファンもすごく増えたのよ。広告にもたくさん起用されて、おめざめ出演も本当におめでとう!全部見てるわ」
青年の苦節を知る彼女もまた、感極まったように瞳を潤ませていた。
ただの自己満足や偽善なのかもしれないと、迷いながらも続けてきたボランティア活動。その行為を施設側が受け入れ、これほど温かく見守ってくれていたことを知り、紫音は胸を打たれる。無数の匿名メッセージよりも、直接届けてくれた一言ほど心に響くものは無い。
「今まで素敵なプレゼントも十分貰ったから、もう気を遣わなくて大丈夫よ。何も心配しないで……暇な時に、お茶を飲みにきてくれるだけで嬉しい」
得られるものが大きいほど、失われたものも多かった。
その一つが、もえぎ幼稚園での時間だった。園総出でイベントに遊びに来てくれた日から、勇気を奮い立たせてくれた声援に何一つ返せていなかった。撮影や取材のスケジュールに追われる間に、かけがえのない小さなファンたちを、あんな風に悲しませてしまったのだ。だが、なかなか会えなくなっても、テレビやMoreTubeで自分たちの姿を見るのが一番嬉しがっているのだと、さゆり先生は言い添えてくれた。
予期せぬ形で、予期せぬ恥部をさらけ出してしまったことが判明した日。
連日トレンド入りの喜びよりも、紫音はショックでしばらく寝込んでしまった。年端のいかない幼子とその保護者に、成人指定のシロモノを見せてしまった慢心への後悔。公演中に気付くことができなかった、己の愚かさを呪った。しかし、紫音が懸念していたよりも、本人たちはずっと大人びた対応をしてくれた。
「お兄ちゃんのおっぱい、とってもきれいだったよ。何も恥ずかしがらないで」
「そうだぜ!オレの母ちゃんも、スゲエうらやましがってた」
「感動したよ。ぼくも……自分をさらけ出す勇気、もらえたんだ」
逆に慰められてしまうとは、可愛いサンタからの贈り物だろう。
暗黒の黒歴史もひっくるめて推してくれる、園児たちの寛大な愛に感謝せざるをえない。紫音はその愛に応えるべく、クリスマスプレゼントとして持参した仕掛け絵本を、心を込めて読み聞かせた。
「勇敢なお姫さまは眠れる森でエクスカリバーを見つけ、毒リンゴの魔女を倒しました……」
ぺージをめくるたび、迫力ある仕掛けが飛び出して、息を吞む歓声が聞こえてくる。
果敢にもカボチャの馬車を自ら操る姫君は、チャシャ猫と野獣の従者を引き連れ、七人の小人たちの救出に成功した。そして、ためらうことなく、聖剣の切っ先を魔女の喉元に突きつけたのだった。
「……帰還した姫は大金持ちの王子様と結婚し、いつまでも幸せに暮らしました。めでたしめでたし」
純白のドレスで着飾り、伝説の城で盛大な結婚式を挙げる王女。気高く美しい妻の隣で白い歯を見せて笑う、異国の皇太子。幸福な結末を迎え、紫音を取り囲むように拍手が沸き起こった。
目を輝かせて聞き入っていたももかは、意を決したように立ち上がる。
「今どき、王子様を待ってるだけじゃだめね。恋は自分からつかみとらなくちゃ」
紫音の膝にしがみついていたさなは、大きく頷く。すると、神妙な面持ちで切り出した。
「知ってる?韓国ドラマだとね、たいせつな人が急に死んだり、ゆうかいされたりするの」
悲しげな瞳での訴えに、遊戯室は不穏なざわめきに包まれる。女児は母親と夢中になっている韓ドラから得た教訓を、全員に向かって声高に告げた。
「だから……すきって気持ちはすぐにでもつたえるべきなの!」
熱心な聴衆と同じく、紫音もハッと意表を突かれる。
まるで、落雷と雹に同時に打たれたような感覚だった。背中にくっついていた男児が、夢から醒めたように宣言する。
「ぼく……明日すばる君と遊ぶやくそくしてるから、その時にこくはくするよ!」
「がんばれよ、とおる。オレ、心の底からおうえんしてっから!」
突然の死、もしくは誘拐――。
失われた時間を取り戻すべく、昨夜主人と過ごした甘いひと時。今朝、別れを惜しみながら味わった、クロワッサンとコーヒーの芳しい香り。そんな健やかな日常が、いとも簡単に奪われてしまうかもしれないのだ。
不安の種が一つ消えれば、たちまち次の芽が顔を覗かせる。子供たちの無邪気な語らいをよそに、紫音は忙しない感情の波に備えなければならなかった。
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