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1章 「生徒と教師は肉体関係を持っちゃ駄目なんですか!?」
2「恋なんてクソゲー」
しおりを挟む気が付くと目の前には暗闇が広がっていた。
ここはどこだろうか。
俺は確か新田に呼び出されて教室に行って……。
そうだ。
そこで新田に殴られたんだった。
ほんと、とんだラブコメだ。
告白されたその後に鉄パイプで殴られるとか、そんな教師は日本中探してもきっと俺一人だろう。
そんなことより、俺はあのあとどうなっちまったんだ?
あんな意味の解らない理不尽に苛まれた後だというのに意識ははっきりするし、自分に起こったことを冷静に分析できるってことに驚きなんだが……。
殴られたはずの頭にも痛みは感じないし、体の感覚も至って普通──
いや、普通じゃないな。
なんだこれは。
俺は何かに座らされている。それはわかる。
そして、それと共に手首に圧迫感を感じた。
ロープか何かの縄上の物で縛られているような感覚だ。
無論、動かすこともできないし、無理に動かそうとすると俺が座っている何かが一緒に動き、床を擦る様な音が響く。
それに、太腿がやけに重いような──
自分の状況を確認するため、無理矢理足を動かした時だ。
俺の官能に響くような甘ったるい声が聞こえた。
「っ、あ……ん、先生っ……? 気が、ついたんですねっ……っ、ん」
「お前、新田か……? な、なにしてんだ……?」
「はぅ……っ、あんま、動かないでください……中で擦れて、んっ」
え、ちょっと待って。
なんだこの状況──!?
待って待って待って待って!?
なんか、下半身に生暖かい感覚があるんだが……!?
視界を遮られているせいで自分の身に何が起こっているのかまったくわからない。
ただ、生徒である新田を前にして絶対に感じちゃいけない快感を俺の体が感じているということだけはわかった。
「んんっ……先生の、まだ大きくなってますね……っ」
「……お前、なにしてんだっ……どういう状況なんだ……これは……」
「ふふっ……まだ、っん……気づかないんですかぁ……? せーんせいっ……」
耳元で囁かれる吐息交じりの声に背筋が凍り付く。
互いの肌が擦れるような感触と体温を感じ、それだけで体が震えるくらい敏感になっていた。
そして、目の前からほんのりと香る蜜のような甘い匂いと俺の体に残る倦怠感。
想像したくはないが、嫌な光景が脳裏に浮かぶ。
「目隠し、取ってあげるので、じっとしててくださいねっ……」
後頭部らへんで新田は目隠しを解いているのか、手が擦れ妙にくすぐったく感じ身じろぐ。
受け入れたくない現実から目を逸らしたくて、首を横に振るもがっしりと掴まれた首はそのまま固定され、目隠しは新田の手慣れた手つきで外されていく。
シュルシュルと布が擦れる音と共に目隠しは外れ落ちていく。
暗闇から解放された俺の視界に飛び込んできたのは窓から差し込む夕日──と、俺の下半身。そして、素っ裸で俺の膝の上に跨る新田の姿。
「……はあ゛ぁぁぁぁぁ──!?」
ズボンもパンツも脱がされ、あられもない姿をさらけ出した俺の下半身。
その上にどっかりと座り込む新田も身を隠すものは一切纏っていない。
誰がどう見てもアウトな光景に気が動転してしまった俺は奇声を上げた。
そんな俺に「なんだこいつ、あぶねぇ……」みたいな視線を送る新田。
完全に被害者のはずの俺がヤバい奴扱いされている。
「おま、おまえ……ま、まさか……こ、これ……」
「ふふっ……先生、気づくの遅いですよぉ」
蕩け切った表情を浮かべながらその体を全て俺に預けるかのように首へ腕を回して抱き着く新田。
予想していた以上の光景を前にして俺の思考は停止寸前。
ただ体が「キモチヨカッタヨー」という意味不明な信号を発しているってだけであとはもう何も感じない。
男子が良く自慰をした後に感じる賢者タイムって奴だな。
それからしばらくの間、密着する新田の体温に余韻を感じていた俺も徐々に頭が回り始め、取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感によってがっくりと肩を落としていた。
その時には既に新田も俺から離れ、酷く上機嫌な表情で絶賛絶望中の俺を見つめていた。
「なあ、一応聞くけど……ここで何があった?」
もう聞かなくてもわかってる。
むしろ聞きたくないし、できることなら全部なかったことにして逃げてしまいたい。
「えー? 女の子にそんな恥ずかしいこと言わせようとするなんて、先生はとんだ変態さんですねぇ?」
新田のしてやったりないたずらっ子もびっくりするくらいの意地の悪い悪魔のような笑顔を見て、聞くまでもなかったと悟る。
あぁ、俺の人生もここまでか……。
全てを諦めた俺に対して、新田裁判から告げられた宣告は、
「先生と私は、ここでエッチしちゃったんですよ! たったいま! 先生が眠ってる間に!」
有罪だった。
「な、なななななななっ──!?」
彼女の口から告げられた死刑宣告により、俺が今まで築き上げてきた理想の教師と生徒の関係が音を発しながら崩れていった。
それはもう木端微塵にだ。
いったい何の目的があってこんなことをしたのか。
そして、俺はこれからどうなってしまうのか。
焦りと不安が生み出した苛立ちに、気づけば俺は新田の顔を睨みつけていた。
そんな俺の反抗的な態度に気づいた新田はニンマリと微笑み、いつの間にか俺の座っている椅子の横に置かれた三脚とビデオカメラを指さし言う。
「なんですか~? 私に歯向かうんですか~? やめておいた方がいいですよ~。先生と私のラブシーン、このカメラでしっかりと記録されちゃってるんですから」
「ビ、ビデオカメラ……!? ってことはそれに全部記録されてんのか……!?」
完全に脅迫じゃないかそれ。
最悪だ。
そんなもんが世に出回れば懲戒免職じゃ済まされないぞ……。
確かに、俺が彼女に眠らされ、その間に起きたことではある。が、しかし、成人男性が、しかも教師という立場で自身の受け持つクラスの女子生徒と肉体関係を持ってしまうというこの事実はかなりまずい。
俺がどれだけ自分の無実を主張したところで世間は許しちゃくれないだろうし、字面だけ見ても100%俺が悪い。
完全に有罪判決は下されていて、今や俺と新田蘭香の間に教師と生徒という上下関係は一切機能しない。
俺は今、新田に逆らうことができないということだ。
「やっとわかってもらえましたか。なら、話は早いですね」
納得していただいてなによりです、みたいな顔でうんうんと頷いた新田は、依然すっぽんぽんの裸身を晒したまま俺に近寄り、椅子に縛り付けられていた俺の腕や足に手を伸ばした。
「……? んだよ、解いてくれるのか」
「はい。別に先生を虐めたいわけじゃないですから」
さっきの意地悪な笑顔から、好きな人へ向ける女の子の可愛らしい笑顔へと切り替え、新田は俺の手足を縛り付けていたロープを解いた。
やっと手足の自由を取り戻し、俺は早々に教室のフローリングの上に転がっていた自分のパンツとスーツを履き直した。
「お前も、さっさと服着ろよ」
「え~……めんどくさいですよ~」
「めんどくさいじゃねーよ。人間が服着るのをめんどくさがったら、町中全裸のチンパンジーで溢れかえるぞ」
「ふふっ、確かにそれもそうです」
さて、どうしたものか。
俺は教師という立場で生徒である新田と肉体関係を持ってしまった。
そこに俺の意志は関係ない。いわゆる逆レイプってやつだ。
こいつの出方次第で俺の人生は左右されてしまうわけだが──
「あーもう。先生出し過ぎなんですよ。これじゃパンツも履けないですね~」
「あ゛ぁ!? 出したぁ!? 何を!?」
「何ってせい──」
「あぁあぁあぁあぁあ!!! やっぱ言わんでいい!!」
もうわかったから。
もう俺の負けでいいから。とにかくその白くてネバネバした液体を指の間で伸ばして遊ぶの止めてもらっていいですか(泣)
「あー、もう着替えるの怠くなってきました~……先生、着替えさせてくださいよ~……」
「うるせぇ!! まだほとんど何も身に着けてねぇじゃねぇか!! どこの学校に生徒の着替えを手伝う教師がいるんだよ!?」
「ここにいますよ~」
「いねーよ!!」
はぁ、もう頭いてぇ……。
なんだってこんなことになっちまったんだ。
俺の平穏な教師生活はいったいどこに逝っちまったんだよ。
こめかみを押さえ、絶望的な未来に頭を抱える俺。
それに対して新田は「あー……久々に激しく動いたから疲れちゃいましたよー」なんて声を上げ、教室の床に寝そべった。
そして、こちらを色っぽい表情で見つめこんなことを口にした。
「先生、私と恋愛しませんか──?」
◆
と、ここでようやく前回の冒頭に繋がったわけだ。
今の俺の状況を整理するとだな、自分が受け持つクラスの女子生徒にハメ撮りをネタに脅迫されている。以上。
自分でも何を言ってるのかよくわからないが、とりあえずそういうことだ。
「ゲームだ? なんのゲームだよ」
「ふふっ。よくぞ聞いてくれました」
お、お前切り替え早いな。
床から起き上がるまでのモーションが早すぎてめっちゃ気持ち悪かったぞ。
「恋愛と書いてゲームと呼ぶ。聡明な先生ならこれで何かわかりますよね~?」
「いや、まったくわからん」
「なっ!?」
「『なっ!?』はこっちの台詞だ」
いきなり殴られ気を失い、目が覚めたら生徒とヤっちゃってましたとかどこのエロ小説だよ。
目的も動機も不明瞭で一方的な言葉の弾丸だけ撃ちまくって、それに付いていくほどの思考回路は生憎持ち合わせちゃいないんだよ俺は。
「では、もっとストレートに言いましょう。先生、私と付き合ってください」
「はぁ?」
「ですから、私と恋人になってください」
「嫌だって言ったらどうするんだよ」
「もしその場合は──こちらの動画を某動画投稿サイトにアップします!」
「おま──!!?」
新田が手にしたビデオカメラには目隠しされたまま椅子に腰掛け気絶している俺と、そんな俺の上に跨り腰を上下に振っている新田の姿が映し出されていた。
「わかった。わかったから、とにかくその動画を止めよう。な?」
「えー……? ふふっ、先生が私とお付き合いしてくれるなら考えてあげてもいいですけどぉ?」
「う、うっぜぇ……」
「何か言いました?」
「べ、別に……」
マジでうぜぇ……。
今年一番最悪の日と言っても過言じゃないくらい、厄日だろ。
いや、逆に考えれば誰もがうらやむような絶頂体験をしてるけど、いざ冷静になるとほんとにやばいって。
とんでもないクソ生徒に目を付けられたんじゃないか、俺。
こんなのどうしようもないじゃないか……。
「で、先生。どうするんですか? 私と、付き合ってくれるんですか?」
「……わかった。お前と付き合うよ」
ガックリと肩を落とし、溜息と共に零れる妥協の言葉。
もう一度言うが、俺はとんでもないクソ生徒に目を付けられてしまったらしい。
前にも話したかもしれないが、高校生とは何をしでかすかわかったもんじゃない。
若さを武器にいろんなもの(今回例にあげるなら俺の社会的人権)を簡単に犠牲にしてしまう生き物なのだ。
今だって満足気にニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべてはいるが、内心何を考えているのか俺には全くわからない。
これが最近の女子高生ってやつなんだろうか。
「じゃあ、先生と私がお付き合いする上でのルール説明と行きましょうか」
「ルール? なんだよそれ」
「さっきも言ったじゃないですか。これはゲームだって。恋愛とは言えど、普通に恋するだけじゃ面白くないですし~」
ルンルンと語尾に♪(音符)でも付きそうなくらい弾んだ声で告げる新田は今にもずり落ちそうなスカートを腕で抑え、こちらに顔を寄せた。
「では、まずこの紙をごらんください」
「ん……なになに。清く正しく楽しく過ごす先生と私の学園性活……?」
あれ、生活の生って性だっけ?
ってか、ツッコミどころ多すぎないかこのルール。
「ルールその1。私と先生の関係は口外禁止。私と先生二人だけの秘密とする。もし破った場合、例の動画を世間に公開することをここに誓う」
「何を勝手に誓ってんだ!?」
本人になんの許可もなく変な誓約書を作りおって。
大体、教師と生徒の恋愛が誰にもバレずに成立するとは一切思えん。
必ずどっかでボロが出るに決まってる。
「ルールその2」
「無視かよ!?」
どうやら新田に俺の意見は通らないらしい。
お前は涼宮ハルヒか……。
「先生は私の命令・願望を最優先遵守すること。例外は認めません」
「ちょっと待て! なんだそのお前にしかメリットのないルールは! それじゃ、俺はお前の奴隷になって働けってことになるじゃねーか!」
ちょっと食い気味に反論をする俺に、面倒くさそうな視線を向けながら新田は答える。
「男なんて所詮、結婚したら奥さんの奴隷ですよ?」
「身も蓋もない話をするな!」
駄目だ。全くついていけない。
こんなのに付き合わされてたら俺まで新田と同じ変人扱いされてしまう。
ただでさえ教師としての威厳やら立場やら極薄なのに、これ以上変な属性を付けられたら俺の理想の教師生活も終わっちまうよ。
「いいか、新田。確かに俺はお前にとんでもないことをしてしまった。いや、正確にはさせられたといった方が正しいが、人の弱みに付け込んで誰かを脅迫するってのは先生どうかと思うぞ」
ここでもう一度考え直してほしい。
教師としての切実な気持ちを綴った必死の説得も、
「ルールその3。いかなる場合であっても、先生は私との性交渉を断ることはできない。ルールその2と同じように絶対遵守していただきます」
ルール3を読み上げる新田の声によって掻き消されてしまった。
「よしわかった。お前が俺の話を一切聞いてくれないってことがな」
ガン無視ですか。新田さん。噂以上にヤバいっすね。
もともと問題児ばっかの高校だけどこいつは予想以上に酷い。
だって意思疎通が全くできないんだぜ?
俺が今まで受け持ってきた生徒の中で1番と言っていいほどの問題児だわ。
あ、それともうルールについてはいちいちツッコまん。
どうせツッコんだところでこいつは俺の話を聞こうとはしないからな。
みんなはこういう消極的な大人になっちゃ駄目だぞ。
「ルールその4。先生は私と最低週に1回、デートをしなければいけません」
「っと、ここにきて案外普通だな。もっとぶっ飛んだの来ると思ったんだが……」
「ルールその5」
「いや、ここも普通に無視するのかよ……」
お前の作ったルールとやらにせっかく興味持ってやったのにこの仕打ちは酷くないか?
こんなやつとこれから付き合っていかなきゃいけないのか。
マジでやってられないな……。
「私が城之内学院を卒業したら、この関係は終了。お互いにお互いの生活には一切干渉せず、恋愛のことも忘れて自由に暮らす」
「ほ、ほう……」
「なにか不満でも?」
「いや……ちょっと意外だなって思っただけだ」
「そうですかね?」
「あぁ。俺はてっきり、卒業後は一生お前を養っていかなきゃいけないとかそんなのを想像してたんだが……」
ここはなんというか、案外現実的だな。
まあ、その方が俺は助かるんだけどな。
「あー……まあ、それもいいかもしれないですねー!」
「めちゃくちゃ幸せそうな顔を浮かべてるとこ悪いけど、俺は絶対嫌だからな?」
「えー? いいじゃないですかぁ! きっと、楽しいですよ?」
「楽しいのはお前だけだよ、絶対」
「そうですかねー?」
「そうだよ」
少々面倒くさそうに返し、黒板の上に掛けられた時計を見る。
もう既に最終下校時刻である6時を過ぎており、この教室にもいつ見回りの教師が来るかわかったもんじゃない。
そろそろ帰らないとヤバいな……。
「お前の作ったルール云々はさておき、そろそろ帰らないとヤバいぞ。こんなところ誰かに見られたら俺はクビ。お前は退学だぞ」
「むむむ……。確かにそうですねー」
名残惜しい表情で時計を見つめた新田は溜息を一つ漏らし、夕日の色に染まった頬を見せつけるように顔を寄せ、口を開く。
「それでは先生、2年間よろしくお願いしますね!」
非常に納得いかない恋愛と称したゲームのゴングは、あざとくも可愛い彼女のとびきりの笑顔と共に鳴らされた。
さて、俺の教師生活はこれからどうなっちまうんだろうな。
いろんな意味で胸のドキドキが止まらないぜ。
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