一揃いの曙光《Quantiz and Synesthesia》

弥都 史誠(ヤツ フミタカ)

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第二章

4.一雫の誰そ彼。

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 食事をしながら、フイは時々ハリアカに目を向ける。
 ハリアカはその視線に気付かないふりをしているのか、チキンの取り合いを優しく宥《なだ》めている。
「……ハリアカァ」
 フイが持っている皿を膝の上に置いて、ハリアカにだけ聞こえるように呟く。
「はい?」
 ハリアカは俯くフイの呼び掛けに応える。座り直し、フイの方へと身体を向ける。
「…やっぱり明日、行った方が良いよ」
 フイの言葉に、ハリアカは僅かに困った顔をする。
「その話は、もう終わりって、言ったでしょう」
 フイの膝上で右拳が握られている。その手には、ご飯が二粒付いていた。
 震える唇から、声を絞り出す。
「だって…、だって…‼︎」
 諦めきれなかった。
 フイの大きな声に、チキンの取り合いをしていた子供たちが静まり、フイに視線が集まる。
「──絶対、撮って貰った方が良いよ」
 周囲が静かになった事で、フイは絞り出すように、声を落とした。
 ハリアカは溜め息を吐く。
「フイ、あなたが言いたい事は判っているつもり。でもね…」
「えー! ハリアカ、明日行かないの?」
 ハリアカの言葉を遮ったのは、ランギだった。
 市場に行かなかった子供たちは、何の事か分からず、キョトンとしている。
「ハリアカ、市場で写真のモデル、頼まれたんだよ」
 それを、別の子がこっそりと教える。
「えーー‼︎ 凄いじゃん」
「ハリアカ、やりなよ!」
 子供たちはご飯の皿をその場に置くと、ハリアカの周りに集まって来た。
「ちょ…っと待って」
 ハリアカは余計に戸惑い、子供たちを見渡しながら困った顔をする。
「良いじゃん、何で嫌なの?」
「ハリアカの写真、見たい!」
 子供たちの勢いに、ハリアカは益々困惑する。
 正直なところ、「写真くらいなら」という気が無い訳ではない。
 ただ、怖いのだ。
 この穏やかな日常に落とされた一雫によって、子供たちに何か起こるのではないか。
 それよりも──あのポウリウリ深い闇
 自分の心に入り込んだ黒鉛の瞳に、心をかき乱されるのが恐ろしい。
 この恐怖の正体は、判らないけれど。
「判った!」
 フイが意を決したように叫ぶ。
 ハリアカも他の子供たちも、一斉にフイに顔を向ける。
 フイは背筋をピンと伸ばして、真正面の遥か遠くを見ていた。
「──ハリアカの代わりに私が行く‼︎」
 フイは真正面を見据えている。
「…え?」
 ハリアカは即座に小さく声を上げる。
「えええーーーー⁉︎」
 しばしの静寂の中、子供たちが一斉に叫ぶ。
「フイが行くなら、私も行きたい!」
「俺も‼︎」
「やっぱりハリアカじゃなきゃダメだよ!」
「ねぇ、ハリアカ~、みんなで行こうよ~」
 子供たちが好き勝手に言い合う中、フイはご飯とスープを混ぜた物を、黙々と左手で口に運ぶ。
 ハリアカは背中に乗って来た子をそのままに、静かに問う。
「フイ、どうして?」
「だっ…」
 フイは口に入っている物を飲み込む。
「──だって、ハリアカが行かないなら、私が行くしかないじゃん」
 ハリアカは再び溜め息を吐く。
「……」
 どうしたものか。
 貧しい暮らしの中、誰も写真など一度も撮った事は無い。
 それ故に、ここを出た子供たちの思い出も、記憶の中にあるのみで、その記憶も年月と共に色褪せて行く。
 だから子供たちは皆んな、興味津々である事も、撮って貰いたい事も判る。
 しかし今日、出会ったばかりの得体の知れない人物に、自分も含め子供たちを委ねて良いものか。
 写真家と言うからには、撮影した写真を何処かで発表するのは確かで…それが引き金となって、この子たちに何かあったら…。
「それに写真のモデルさん、やってみたいんだもん」
 フイは食事を頬張りながら、そう言った。
「モデルを頼まれたのは、ハリアカだよ!」
「そうだよ! フイじゃダメだよ」
 ハリアカは手で子供たちに静止をかける。
「じゃあ、私も一緒に行くから。それで良い?」
 ハリアカはフイの顔を覗き込むように、身体を傾げる。
 フイは膨れっ面のままハリアカを見るが、彼と目が合うとニコリと笑い、「うん」と大きく頷いた。
「──皆んなも一緒に、ね?」
 その言葉に、子供たちが歓喜の声を上げる。
 ハリアカの背に乗っていた子も、降りて皆んなと踊っている。
 中には食事中だという事も忘れて、部屋を走り回る子もいて、お祭り騒ぎになる。
 皆んなが喜ぶなら…。
 一度くらい願いを叶えてあげるのも悪く無い、そう思った。
 あの男が慌てながら、肩掛けバックの中から名刺を取り出して、差し出して来たのを思い出す。
 不思議と胸に月明かりが射し込むのを感じた。
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