一揃いの曙光《Quantiz and Synesthesia》

弥都 史誠(ヤツ フミタカ)

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第三章

5. この世界の色彩と喧騒の中で、

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 翌朝、ワイルアは相部屋客が動き出した音で目が覚めた。
 携帯電話で時間を確認する。早朝五時過ぎだった。
(もう少し寝るか…)
 布団を被り直す。しかし、やはり思い直す。
 早朝の客が来る前の、市場を撮るのも良いかもしれない。
 共同トイレへ行き、手洗い場で手を洗いながら、錆の浮かんだ鏡を見た。
 無精髭に寝癖の付いた黒髪。
 いつもなら気にならない風貌。
 だが、今日はそういう訳にはいかない。
 アメニティ置き場から、髭剃り用の剃刀を追加で貰って来た。
 シェーバー用の泡の代わりに石鹸を使って、丁寧に髭を剃る。
 剃刀は使った事が無いから扱いに困るかと思った。
 少し手こずりはしたが、幸い肌が切れる事も、剃刀負けする事も無く綺麗に剃れた。
「──ふぅ…」
 生温い水で石鹸を綺麗に落として、顔を上げて、硬いタオルで顔を拭く。
 鏡に映った無精髭の無い自分の顔を、久し振りに見た。スッキリとした顔に、何故か気恥ずかしさを感じる。
 ブラシで丁寧に髪をとく。
 ヘアジェルの類は無い為、髪を固定する事は出来ないが、髪の分け目を変えたり、額を出してみたり、色々と髪型を試してみる。
 これじゃあまるで、初デートに行く中学生か高校生じゃないか。
 ワイルアは苦笑して、いつも通りに髪をくしゃくしゃと手漉《てす》きで、前髪を下ろした。
 部屋に戻って、なるべく清潔感のある服を選ぶ。
 少し前に買った、黒のTシャツにした。
 仕事道具が入ったバッグを肩から掛ける。それとカメラ。
 カメラの充電と、メモリカードの容量のチェックをする。
「──よし、良いな」
 準備を整え、早々にゲストハウスを出た。
 まだ人通りの少ない外の空気が、シン…と静まっている。
 朝食を摂る為に、市場の横に並ぶ屋台へと向かった。
 ここはゲストハウス前とは違い、既に人で溢れている。
 昨日の午後とは打って変わり、食欲をそそる香りがあちこちからして来る。
 肉を焼く香辛料やタレの匂い。
 野菜や魚介がたっぷりと入った粥。
 炭火で焼かれる、串に刺した魚の香り。
「——さて…」
 今日の朝食は何にするか、迷いながら屋台を見て回る。
 店主の客を呼び込む、威勢の良い声も、あちらこちらから飛んで来る。
「お早うさん、いつもの粥を頼むよ」
 スーツを着た一人の男がやって来て、店主に注文を告げる。
 屋台横の簡易テーブルに、きちんと椅子に腰掛けて、一呼吸置くのも惜しいようだ。
「おう、お早うさん。たまには違うのも食って行きなよ」
「選ぶ時間が勿体無いんだよ」
 常連客と店主の軽快なやり取りを通り過ぎて、ワイルアは一旦足を止める。
 屋台通りは、大勢の朝食を求める客や市場の商人でごった返している。
 その通りの中央で、両腕を前に突き出し、人差し指と親指で四角を作る。
「うん、良いな」
 そう呟いて、カメラを構えた。
 屋台通りの『熱』を一つ一つ切り取って行く。
 すると香りに誘われた腹が、不満気に鳴った。
「──そろそろ俺も何か食うか」
 ふと、麺料理の屋台に目が止まる。
 大きな鍋の中で、湯が渦を作っている。
 店主が慣れた手付きで踊る麺をすくい上げる。
 湯気を上げた麺を器に入れ、手際良く汁を入れる。そして香草やそぼろ肉を乗せて行く。
 それを客が受け取り、横のテーブルに着いて食べ始めた。
(──朝から麺も悪くないな)
 ワイルアはその店の主に声を掛けた。
「──この人と同じ物を一つくれ」
 ワイルアは店主に向けて、人差し指を立てる。
「あいよ」
 店主が一人前の麺を鍋に放り込む。
「それから、作っているところの写真を撮らせて欲しいんだが」
 ワイルアはカメラを店主に「ほら、コレ」と見せながら、歯を出して人懐こい笑みを向ける。
「あぁ、良いよ」
 店主は一瞬眉間を寄せたが、了承を告げた。
「これ、何の麺? こんな白いの、見た事が無い」
 ワイルアはカメラをシャッターを切りながら、店主にインタビューを始める。
「これは米粉麺だよ。米で出来てるんだ」
 店主は左腕を腰に置き、麺を湯がきながら得意気に答える。
「これはこの辺りの料理?」
「違う違う。これは隣りの国、俺の祖父さんの国の郷土料理だ」
「どうして、この料理の屋台を?」
 店主がニカッと笑った。
 その自慢気な笑顔を切り取る。
「この国は、香辛料の辛《から》い食い物《ん》ばっかりだろ? たまには優しい味の食い物《ん》が欲しくなるじゃあねえか」
 そう言って、鍋から茹で上がった麺を取り出して、器に入れる。
「──俺は産まれも育ちもこの国だが…ま、『誇り』ってやつだな」
 麺の上に乳白色のタレをかけ、香草とそぼろ肉を乗せる。
「──はいよ」
 出来上がった麺料理を、ワイルアの前に置いた。
「ありがとう。美味《うま》そうだ」
 ワイルアは肩掛けバッグから財布を取り出して、金を払う。
「美味《うま》そうじゃあねぇよ。美味《うま》いんだ」
 店主の自信に満ちた言葉に、ワイルアは一瞬呆気に取られる。
「それは失礼。良い写真が撮れたよ」
 すぐに笑顔を作ると、カメラをケースに入れる。
 器を持って、先の客と少し距離を空けて席に着く。
 周辺の強烈な香辛料の香りの中で、優しい塩の香りと、香草の少し苦味のある香りがした。
 テーブルの上の箸立てに入れられた、箸を一膳取る。
 そして麺を口に入れた。
「——うん、美味《うま》い!」
 何度も頷《うなず》いて店主を見ると、嬉しそうに親指を立てている。
 ワイルアも同じように、親指を立てて返した。
 ちょうど良い塩加減が、この暑い国での塩分補給になる。
 香草の苦味が、良い目覚ましになった。
 麺を咀嚼しながら、無意識に人間観察をする。これは最早、職業病だった。
 カラフルな野菜や肉、魚、香辛料、雑貨…。市場に生活に必要な物が、活気と共に運ばれて行く。
 その様子を撮影しようと箸を置く。
 カメラを構えて、シャッターを切った、その瞬間。先の客がカメラの前を横切って、店を去って行ってしまった。
「——あっ! クッソー」
 液晶画面には、男のスーツのアップと、申し訳程度に、市場が写っていた。
 これも、このような場所で撮影した時には、よくある事だ。
 ワイルアはフィルムカメラで無い事に感謝する。その写真は即削除した。
 そして再度カメラを構える。
 すると、色鮮やかな布を店先に並べている女性が画角に入っている事に気付く。いや、正確には彼女より商品の方だ。
 ワイルアはカメラをケースにしまう。残っている麺を一気に口にかき入れた。
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