小指は契約の香り-秘密の二人編-

弥都 史誠(ヤツ フミタカ)

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第七章

『熱』#2

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 二人の会話が聞こえたロイスは、マズいと思い、咳払いをして気を引き締める。
「アマンシア、次の会議の議題はどうなっている?」
「あ、はいっ。次の会議では、新入生のクラブ活動の勧誘発表会についてが主な議題になります。これには生徒会委員の勧誘も入っていますので、発表内容について話し合います」
 ロイスはティーポットの紅茶をティーカップに注ぎ入れる。
「判った」
 フーフーと息を吹きかけると、一口口に含む。
「──あっつ」
 まだ飲める温度にまで冷めていなかった。
「ぎゃはははー! 坊ちゃん、ソレ何回繰り返せば気が済むんだよ⁉︎」
 レイモンドは机を叩きながら、腹を抱えて笑う。
「あーー、うるさい‼︎ 部外者は出て行け‼︎」
 ロイスはレイモンドに向けて、シッシッと手を振る。
「別に良いじゃんよ。それより坊ちゃん、あの地理教師とどーゆー関係?」
 ロイスの手がピタリと止まる。
 レイモンドがデスクに片肘を付いて乗り出し、ニヤニヤと意味ありげに笑っていた。
「地理教師って、新任のシエン先生?」
 アマンシアがまたディスプレイの向こうから顔を出す。
「──私、担任が地理だったんですよ~。シエン先生の授業受けたかったのにぃ」
 ロイスは眉間を寄せて、紅茶を一口飲む。丁度良い温度まで冷めていた。
「──シエン先生って、いつも爽やかなシトラス系の香水の香りがして、良い匂いなのよね~」
(シトラス系の香水?)
 紅茶を飲みながら、ロイスの眉がピクリと反応した。
 自分は、この紅茶に似た香りと、家に送って貰った時のバニラに似た香りしか知らない。
(──もしかして…あの香りは俺にだけ、か?)
 と、ロイスは恥ずかしくなって、デスクに両肘を付いて顔を覆う。
 いやいや、考え過ぎだとも思う。
「じゃあ、俺は? 俺も香水付けてるぜ」
 レイモンドが自分を指差して、アマンシアに感想を聞く。
「レイ先輩、いつも香水変えてるでしょ。はっきり言って臭いです」
 片肘を付いてディスプレイの横から覗かせたアマンシアの顔は、呆れて半目になっていた。
「うっそ‼︎ マジかよ! 流行りのモテ香水だよ? 小遣い叩《はた》いて買ったんだぞ⁉︎」
 レイモンドはムキになって、アマンシアに訴える。
「臭いものは臭いんです! レイ先輩、ホンっト流行り物、好きですよね。少しはシエン先生を見習ったらどうです?」
 アマンシアは言いたい事を全て言って、作業に戻る。
「かーー‼︎ 大人の道は遠いか~」
 レイモンドは椅子の背もたれに体重を掛けると、両手で髪の毛を掻きむしった。
「その点、シエン先生はカッコ良いし、爽やかだし、笑顔は優しいし、話し方も穏やかで、もう大人の男の見本よね~。世の中の男がみんなシエン先生みたいだったら良かったのに」
 アマンシアは、ふふっと恋する乙女の顔で笑う。
 ロイスはシエンを褒められて、嬉しいのか恥ずかしいのか分からなくなる。が、嫉妬心や対抗意識が湧かないのは、お互いの気持ちが繋がっていることが判った余裕からか。
「シエン先生って言ったらよ。坊ちゃん、あのセンセの前だと、ド緊張してるんだぜ~」
 ロイスは突然、自分に話を振られてバッと頭を上げる。
 そしてレイモンドの奴、余計なことを、と思い睨みつける。
「うるさい。あいつはうちの執事の息子だ。まぁ…幼馴染みみたいなものだ」
「…へー」
 それを聞いたアマンシアが、驚いた顔をしている。
「久し振りに会ったから、驚いただけだ」
 本当は恋人未満の関係になったのだが。
「本当にそれだけ?」
 レイモンドの目尻が下がっている。
「それだけだ! それ以上も以下も無い‼︎」
 ロイスはチラリと右手の小指に目をやる。
 もう何処にも行かないと、約束した小指には感触と蜂蜜の香りが残っている。
 再来年、自分は大学部に進学し、シエンはここに留まるのだろう。
 その二年で、会えなかった時間を埋めて、卒業する頃には、本当の恋人のような関係になっていたい。
 シエンは高校卒業まで待つ、と言ってくれた。しかし自分はそんなに待てる性分ではないし、もう嫌と言う程待ったじゃないか。
 十八歳の誕生日までに、こちらから交際を持ち込んでやる。
(──シエンと付き合ったら……ん?)
 ロイスの思考が一旦止まる。
『あの“オトナのおツキアイ”かっ!』
 レイモンドの言葉が蘇る。
(──“おツキアイ”って…こいつ、俺を嵌《は》めやがったな‼︎)
 アマンシアとふざけ合っているレイモンドに怒りが込み上がって来たが、シエンとの関係は誰にも言えない秘密なのだ。
 車の中で、キスをされるのかと思ったことを思い出す。
(──でも…いつかは…いや、ない‼︎ 絶対、まだ早い‼︎)
 頭を振って、思考を振り払う。
(──今はまだ早いけど…恋人になるっていうことは…そういう《・・・・》ことなんだよな…)
 一杯目を飲み干した空のティーカップに、二杯目の紅茶を注ぎ入れて、口を付ける。
「──熱っ!」
 完全に油断していた。
 レイモンドが背を向けて、肩を揺らしている。
 アマンシアは笑いを堪えるように、明後日の方を見て、拳を縦にして口元を押さえている。
 二人の姿を苦々しく思いながら、ロイスは椅子に深く座り直す。
(──まずは猫舌の克服からだな…)
 背もたれに体重を預けると、足を組み、腹の前で腕を組む。
 折を見て、シエンのあの紅茶の香りがする香水の名前でも聞いておくか。
 そして、来たるシエンとの初デートに思い巡らせて、微笑んだ。
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