33 / 67
劇薬
しおりを挟む
道中で瀬戸と別れ、今日も俺は七瀬を家まで送る流れを踏むことになる。
結局、昼食の時のことは、その後も瀬戸に聞けずじまいだった。
「…………」
「…………」
何より、いつもは鬱陶しいぐらいに喋る七瀬が、今日は静かだった。
それが露骨に伝わってくるものだから、俺まで口を開けずにいる。
流れ星も、こんな時に限って降ってはくれない。
「……懐かしいね」
「そうだな」
いつもの話題なのに、今日ばかりは少し雰囲気が違う。
瀬戸の作戦は思ったよりも劇薬で、七瀬には効きすぎてしまったのかもしれない。
たかが一回食事を共にしない程度のことと思っていたが、あの時間の価値は、俺と七瀬では大きく違っていたのかもしれない。
どこまで行っても俺と七瀬は他人だから、七瀬が何を考えているのかは、どこまで行っても俺にはわからない。
ただ、沈んでいるような七瀬の姿を見るのは、それでも少し胸が痛む。
「……ねぇ」
「なに?」
「愛美ちゃんと、何かあったの?」
何かあったか、と聞かれるのは正直言って困る。
存在の証明はできるが、内容の説明はできないから。
「そっか……」
七瀬が、何かを悟ったかのように天を仰ぐ。
「何かあったんだね」
「……え?」
今までで一番、七瀬を怖いと感じる自分がいた。
七瀬の言葉は突き刺さるように鋭く、それでいて鈍い重みがあった。
もしかしたら、これは罪悪感が生み出した錯覚なのかもしれない。
それでも、七瀬に対して何か不義理をしているかのような、そんな気持ちが胸深くから噴き出してくる。
「私は仲間外れかぁ」
「……いや、そういうわけじゃ」
否定しようとしても、言葉が上手く続かなかった。
中学の頃にさんざん七瀬を仲間外れにしていじめていた人達と、構造的には同じことを自分がしているのに気づいてしまったからだ。
胸が焼け、吐き気がする。
そんな俺の心すらも七瀬に読まれているのだとしたら、これから俺はどんな顔をして付き合えばいいのだろう。
「……もしかして、浮気とか?」
「…………は?」
「どう……なの?」
「いや……俺たちそもそも付き合ってないだろ」
「あはは……そうだよね……」
七瀬の乾いた笑い声が、肌の上で嫌に響く。
せっかく七瀬がネタを振ってくれたのに、どうやら俺は上手く返せなかったらしい。
でも、そのおかげで見慣れた門が見えてきた。
ここまで来れば一安心。あとは別れの挨拶を済ませれば、何とかこの場から逃げられる。
あとは明日の俺に任せるという遅延行為で判断を回避する。
「じゃあな」
「……ちょっと待って」
去ろうとする俺に、七瀬が声をかけて引き留めてくる。
これで十分になってしまった今の俺たちの距離感が、今日ばかりは恨めしい。
心身は、俺の思い通りに駆け去ってはくれない。
「…………なに?」
「あの……その……」
七瀬が鞄を開き、中を覗きながら何かを探している。
頭の中で演繹かも帰納かもわからない推論が暴走して、不都合な真実を見出しそうになる。
「えっと、迷惑かもしれないけど……」
「…………うそだろ」
瀬戸が連絡したんじゃないのか? どうしてわざわざそんなことをするんだよ。
意趣返しか何かなのか? 勘弁してくれ。
俺にとっては劇薬だろ、そんなの。
「よかったらお夕飯にでも……」
「…………」
「駄目なら明日の朝ご飯にしてくれてもいいから……お願い」
「…………」
「お願い……します……」
目の奥がチカチカと明滅して、流星が三つ降り注いだ。
どうやら、七瀬のお願い事は叶うらしい。
「…………わ……かった……」
かろうじて振り絞れる声と手の動きで、俺は弁当の包みを受け取る。
それはびっくりするほどに重く、少しでも指先が狂ったら落としてしまいそうだった。
でも、そんなことは絶対に避けなければいけないので、いつも以上に強く掴み、何とか自分の鞄に押し込む。
「……じゃあね」
「ああ……」
「また明日」
「…………」
慣れ切ったはずの挨拶を満足に返すこともできず、俺はその場を立ち去る。
その日、七瀬から通話がかかってくることはなかった。
結局、昼食の時のことは、その後も瀬戸に聞けずじまいだった。
「…………」
「…………」
何より、いつもは鬱陶しいぐらいに喋る七瀬が、今日は静かだった。
それが露骨に伝わってくるものだから、俺まで口を開けずにいる。
流れ星も、こんな時に限って降ってはくれない。
「……懐かしいね」
「そうだな」
いつもの話題なのに、今日ばかりは少し雰囲気が違う。
瀬戸の作戦は思ったよりも劇薬で、七瀬には効きすぎてしまったのかもしれない。
たかが一回食事を共にしない程度のことと思っていたが、あの時間の価値は、俺と七瀬では大きく違っていたのかもしれない。
どこまで行っても俺と七瀬は他人だから、七瀬が何を考えているのかは、どこまで行っても俺にはわからない。
ただ、沈んでいるような七瀬の姿を見るのは、それでも少し胸が痛む。
「……ねぇ」
「なに?」
「愛美ちゃんと、何かあったの?」
何かあったか、と聞かれるのは正直言って困る。
存在の証明はできるが、内容の説明はできないから。
「そっか……」
七瀬が、何かを悟ったかのように天を仰ぐ。
「何かあったんだね」
「……え?」
今までで一番、七瀬を怖いと感じる自分がいた。
七瀬の言葉は突き刺さるように鋭く、それでいて鈍い重みがあった。
もしかしたら、これは罪悪感が生み出した錯覚なのかもしれない。
それでも、七瀬に対して何か不義理をしているかのような、そんな気持ちが胸深くから噴き出してくる。
「私は仲間外れかぁ」
「……いや、そういうわけじゃ」
否定しようとしても、言葉が上手く続かなかった。
中学の頃にさんざん七瀬を仲間外れにしていじめていた人達と、構造的には同じことを自分がしているのに気づいてしまったからだ。
胸が焼け、吐き気がする。
そんな俺の心すらも七瀬に読まれているのだとしたら、これから俺はどんな顔をして付き合えばいいのだろう。
「……もしかして、浮気とか?」
「…………は?」
「どう……なの?」
「いや……俺たちそもそも付き合ってないだろ」
「あはは……そうだよね……」
七瀬の乾いた笑い声が、肌の上で嫌に響く。
せっかく七瀬がネタを振ってくれたのに、どうやら俺は上手く返せなかったらしい。
でも、そのおかげで見慣れた門が見えてきた。
ここまで来れば一安心。あとは別れの挨拶を済ませれば、何とかこの場から逃げられる。
あとは明日の俺に任せるという遅延行為で判断を回避する。
「じゃあな」
「……ちょっと待って」
去ろうとする俺に、七瀬が声をかけて引き留めてくる。
これで十分になってしまった今の俺たちの距離感が、今日ばかりは恨めしい。
心身は、俺の思い通りに駆け去ってはくれない。
「…………なに?」
「あの……その……」
七瀬が鞄を開き、中を覗きながら何かを探している。
頭の中で演繹かも帰納かもわからない推論が暴走して、不都合な真実を見出しそうになる。
「えっと、迷惑かもしれないけど……」
「…………うそだろ」
瀬戸が連絡したんじゃないのか? どうしてわざわざそんなことをするんだよ。
意趣返しか何かなのか? 勘弁してくれ。
俺にとっては劇薬だろ、そんなの。
「よかったらお夕飯にでも……」
「…………」
「駄目なら明日の朝ご飯にしてくれてもいいから……お願い」
「…………」
「お願い……します……」
目の奥がチカチカと明滅して、流星が三つ降り注いだ。
どうやら、七瀬のお願い事は叶うらしい。
「…………わ……かった……」
かろうじて振り絞れる声と手の動きで、俺は弁当の包みを受け取る。
それはびっくりするほどに重く、少しでも指先が狂ったら落としてしまいそうだった。
でも、そんなことは絶対に避けなければいけないので、いつも以上に強く掴み、何とか自分の鞄に押し込む。
「……じゃあね」
「ああ……」
「また明日」
「…………」
慣れ切ったはずの挨拶を満足に返すこともできず、俺はその場を立ち去る。
その日、七瀬から通話がかかってくることはなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる