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夢が覚めたら
しおりを挟む翌日、俺は一人で学園に行こうと少し早めに家を出た。
すると厄介なことに、歩いてすぐのところに瀬戸と紗花がじっと立っているのが見えた。
どちらも喧嘩をしたばかりで気まずいので、早歩きをしてさっさと通り過ぎたところ、わかりやすいぐらいの舌打ちが聞こえて、背中に鈍い衝撃を受けた。
振り返ると、どうやら瀬戸がバッグを投擲してきていたらしく、息を切らしてこちらを睨みつけていた。
何も言わないけど、俺に何か言いたいような表情なんだなということは、よくわかった。
瀬戸の隣にいる紗花はずっと俯いたままで、表情はわからなかった。
あれだけのことがあったにも関わらず、俺たち三人は、一緒に学園に向かう。
だけど、道中で会話することは一切なく、ただ三人分の足音だけが響いていた。
意図していた形とは違うけれど、これで噂も何もかもなくなるだろう。
今の俺たちの姿はあまりにも異様なようで、普段はすぐに紗花を取り囲む女子生徒たちも、今日ばかりは声すらかけられずにいるぐらいだ。
こんな俺たちに、恋だの愛だの見出せるわけがない。
北雪学園に入ってすぐの、いつもなら紗花が立ち止まって待ってくれている階段も、今日ばかりは気遣いを期待できないので、二人を置いてさっさと先に上ってしまう。
これまたわかりやすい舌打ちが聞こえた気がするけれど、何も聞こえないフリをした。
三階で会った滝川は、俺の顔を見るや否や表情を深刻に強張らせていたけど、よくわからないので、軽く挨拶をして通り過ぎた。
後ろから階段を駆け上がる音が聞こえるけど、気にしないことにする。
いつもは毎朝やっている村上との生存確認も、今日ばかりはする気になれないので、早々に自分の席に着くことにした。
こんなに時間の余裕があるのは久しぶりだから、いざとなると何をやったらいいのかわからないな。
とりあえず適当な参考書を眺めていると、後ろの席に人が座った気配がした。
でも、別に何もされない。もう、何かされるような間柄じゃないだろうし。
「ちょっと、桜井」
いつの間にか教室に到着していたらしい瀬戸が立ったまま、俺を見下ろして声をかけてくる。
まさか普通に声をかけられるとは思わなかったので、少しだけ動揺した。
「なに?」
「いや、なにって……」
瀬戸は、そのまま視線を俺の後ろの席に向かわせる。
何かを訴えかけているのかもしれないけど、後ろの席を振り返ることだけは絶対にしたくないので、もう一度参考書に目線を落とす。
それで諦めてくれたのか、瀬戸は自分の席に座った。
後ろからは、何かガタガタと断続的な音が聞こえた。
まだHRまで時間があるというのに、俺たちの間には何の会話も起きない。
俺と瀬戸、紗花を頂点にした直角三関係は、その三辺のいくらかを失ったことで条件を満たせなくなり、バラバラになってしまったようだ。
こうなってしまえば、もうどうしようもない。
結局、俺は他人と上手く関われない人間でしかなかったようだ。
「はぁ…………」
どうしようもないため息が一つ、こぼれた。
これからHRまで十分間もないというのに、まるで十時間は耐えなければいけないような気がする。
何もかも俺のせいだろうけど、もはやどうしたらいいのかわからない。
俺が紗花のことを好きだと自覚したところで、世界が劇的に変わるわけではない。
俺が、劇的に変われるわけでもない。
何もかも巻き戻せない。何もかも早送りできない。
何の変哲もない一倍速再生が、まるで今はその半分以下の速度に感じられて、じわりじわりと俺を苦しめてくる。
どうすればよかったのかは星の数ほどわかるけど、これからどうすればいいのかは砂浜から一粒の星を探すようなものだ。
要するに、皆目見当もつかない。
何より、あの頃の俺ではそんな「もしも」ですら行動できなかった。
できなかったから、今に至ってる。
この先ずっと続くであろう沈黙の朝への憂いはそのままに、俺は参考書に意識を集中させる。
後ろからは、もう何の音も聞こえなかった。
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