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贈り物

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 サスティナ地方の婚姻には身分の規制はない。
 そんな贅沢を言っていたら家が絶えてしまうのだ。リラの立場が今は平民であろうとなんの問題もない。たとえ王女が降嫁してきたとしても、乾いた風は平等に肌と髪の水分を奪っていく。美醜でさえ問われることはない。この地を愛するものだけが、この地を継ぐことができるのだ。
 などと高尚な建前ではあるが、ようは嫁が来ないのだ。来るもの拒まず、誰でもウエルカム。貴族の青い血は薄まっているかもしれないが、そんなものはどうせ戦になれば最前線である。血なんか流れて乾いた土に飲み干される。大事なのは血を継ぐ意志。この地を守る覚悟を継ぐのだ。

 けれどさすがに貴族の婚姻である。結婚しましょう、はいしました。というわけにはいかない。そんなことはケインもリラもハイネスだってよくわかっている。とりあえずマルカ国の第二王子を騙したことにしなければ良いのだ。勢いで押し切ったとはいえ、冷静に理詰めで来られたら国際問題である。クリオスフィート王子がチョロくて助かった。

 結婚相手が決まったなら、まずは実家へ挨拶に行くべきだろう。ケインの実家だ。ケインの両親は領館に住んでいる。数年前に怪我をして、ほんの少し剣の腕が鈍ったと言い張って、早々に領主の座をケインに譲り渡して隠居をキメた。先代領主も嫁問題には苦労しており、年下の嫁を可愛がるために隠居の機会を待ち望んでいたのだ。ケインが領館に戻るたびあきれるほどのいちゃつきっぷりである。実家には二十二歳離れた妹がいる。隠居後に早速子づくりしたらしい。
 一度実家に戻ると連絡を入れたところ、向こうで早くも勝手にパーティが開催されたようだ。いつでもどうぞ、の返信を持った伝令が、祝いにと何樽もワインを持たされていた。

 ケインの実家に挨拶に行く前に、結婚の贈り物がしたいと言われたリラはものすごく悩んでいる。
 結婚前に贈り物の一つもしていないなど言語道断とハイネスと実家に言われたケインは、何を贈るべきか悩んだ挙句に全く何も思いつかず、リラに丸投げしたのだ。正直なのは良いが、リラも贈り物などついぞもらったことがない。マルカ国の王子たちは王子妃候補のうち本命に一途で、他の脱落するであろう令嬢たちに期待を持たせるような真似はしなかった。

 さんざん考えて、最近少し表情がでてきたリラは、頬を染めながら言った。

「贈り物と言えないかもしれませんが、乗馬を教えていただきたいと思います」
「乗馬は贈り物に向かないが。何故?」
「彼方まで平原が続くこの地を、馬で駆けることができたらとても気持ちが良いと思うのです。上手に乗れるようになったら、領し……ケイン様と遠乗りにも行きたいです」

 リラの答えを聞いて、ケインは蕩けるような笑みを浮かべた。そばにいたハイネスが驚きのあまり椅子から落ちるほど、極上の。

「では馬を贈ろう。葦毛の気立ての良い、足の速いのを。俺と遠駆けに行くなら足が速くないと」

 リラがこの地を好意的に、ケインも含めて受け止めてくれることがとても嬉しかった。

 馬を贈ったものの、リラがすぐに騎乗できるようになるわけもなく、実家への道程はケインの馬の前にリラをちょこんと乗せて向かうことになった。砦の馬車は令嬢を乗せるようなものなどなく、荷馬車しかなかったからだが、そういうわけで馬に乗るときにはじめてケインはリラに触れたのだった。
 手を取ろうとして、リラの指の細さに驚いた。触れただけで壊してしまいそうだ。途中でかたまったケインにリラが怪訝な視線を向けると、真っ赤になって汗をかいている。

「……クッキーよりも脆そうだ」
「わたくし、割と丈夫です。川に落ちても怪我もしませんでしたし」

 そう言って強引にケインの手を取ると、ぎゅっとしがみついた。見た目に反して奥手なケインには、リラから詰めるしかないと思ったのだ。はじめてクッキーに触れたときのようにぷるぷるするのを待っていたら、あっという間に日が暮れてしまう。
 馬の背に乗り背中を預けると、ケインが呼吸を止めたのがわかった。息がかかったくらいでこわれると思っているのかもしれない。リラは後ろ頭をぐいっと押し付けた。

「ケイン様。ちゃんと抱えてくださらないと、落ちてしまいます」

 くすくす笑うリラにケインは息をのみ、それからゆっくり吐いて、呼吸を再開した。そろりと馬をすすめると、リラの背中が振動で揺れる。両腕で支えていないと本当に落ちそうだ。ケインは手綱を持つ腕でそっとリラを挟み込んだ。ギリギリ触れる程度、シュークリームより繊細な力加減で。騎馬でこんなに緊張したのははじめてのことだった。
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