精霊の森には

ginsui

文字の大きさ
4 / 17

しおりを挟む
 
「まったく気にいらないわ、あの神官」
 濡れた服を着替え、ようやくさっぱりしたところでアウルはライと向き合った。
 執務室の外は、今はうそのように晴れている。
 セニがもってきてくれた熱い香草茶をすすりながら、
「馬鹿にしてる。帝国帰りって、みんなそうなのかしら」
「どうでしょう。すこしばかり、変わっていますが」
「もう一人は、ただの俗物」
 アウルは怒りがおさまらなかった。
「あんなやつらの神殿なんて」
「どうします」
 ライは腕組みしたままアウルを見つめた。
「あちらは森が気にいったらしい」
「ことわったら、どうなると思う?」
「王は無理強いしないでしょう。他に手を上げている領地もあることですし」
「そうよね」
 アウルは、椅子にぐったりと身体をあずけて天井を見上げた。
 そしてこちらは、神殿ができて日々栄えていくお隣を横目で眺めることになる。
 ダイの将来のためには、神殿を受け入れた方がいいことははっきりしていた。しかし、森のありさまは、すっかり変わってしまうだろう。
「精霊を怒らせたわ」
「ただ天気が変わっただけかも」 
「神官と同じことをいうのね」
「後悔しないようにしなくては。アウル」
 にこりともせずにライは言った。
「この機会を逃せば、ダイはずっと王国の片田舎のままです」
「わかってる」
 どちらを取っても後悔はしそうだった。森を壊しても、守っても。
「あなたは、神殿を建てた方がいいと思っているのね。ライ」
 ライは無言だった。
 ライの助言は、いままで間違ったことはない。森を壊し、精霊を追いやり、新しいダイの生活を築くべきなのだろう。
「精霊を、なだめなければいけないわ」
「ダイの者たちはみな精霊を大切にしています」
 ライはうなずいた。
「大きな祭りが必要でしょうな」
 自分たちを納得させるためにも。
「それでも精霊が許してくれなかったら?」
「ここに来るのは神ですよ」
 ライは言った。
「精霊よりも力はあるらしい。なんとかしてくれるでしょう」
「そう願いたいわ」 
 ライが部屋を出て行く時、扉のすきまからするりとローが入ってきた。アウルの机に飛び乗り、毛繕いをはじめる。
「ロー」
 アウルは机にほおづえをつき、もう一方の手でローの耳の後ろをかいた。
「アレンに叱られるわね。あの子は森が好きだもの」
 ローは、しっぽをなめるのをやめて顔を上げた。
「でも、しかたがない。アレンもわかってくれるでしょう」
 ローは、澄んだ宝石のような緑色の目でアウルをじっと見つめた。そして、
「だめ」
 アウルは小さく声を上げた。
 ローはそしらぬ顔で机をおり、扉に向かった。扉は細く開き、ローは出て行った。
 アウルはあわててローの後を追った。
 廊下にはすでに姿がない。
 執務室の扉にもたれかかって、アウルは動悸をしずめた。
 いまのは、何だったのだろう。
 ローがしゃべった。
 それとも、聞き間違い? 
 しかし、扉はひとりでに開き、ローは出ていった。
 アウルは身体を伸ばし、大きく深呼吸した。
 もう一度、確かめてみなければ。 
 ローはどこにもいなかった。夕食近くになっても、厨房にも現れない。
「ローに何か用があるの? 姉さま」                                             
 不思議そうにアレンがたずねた。
「うん、ちょっとね」
 アウルは曖昧に答えた。
「アレン、あなたローとお話したことある?」
「あるよ」
 アレンは、あっさりとうなずいた。
「いつも鳴いて答えてくれるでしょ」
「ああ、そうね」
 今となっては、あれが本当にローの言葉だったのかあやしくなってくる。自分の内なる声が、ローのものとして聞こえたのでは。
 神官たちの顔も見たくなかったが、接待はしなければならない。アウルはむっつりと夕食のテーブルについた。
「明日は、若い者を数人おかりしますぞ」
 ジャビは上機嫌だった。
「森を測量するのですよ。具体的な設計図を作って王にお見せします」
「王のお許しがでなかったら?」
「それはありませんな。王はわれわれにまかせるといってくださいました」
 こちらの意向にはおかまいなしでね。アウルは軽くため息をついた。
「莫大な費用がかかりそうですが、ダイはごらんの通り小さな領地。多くの負担はできませんけれど」
「ご心配はいりません。国家事業ですから」
 ジャビは気前よく言った。
「土地を提供していただき、それから労力と食糧。もちろん国は補助をおしみません。長い目でみれば、けして損にはならぬはず」
「森に建てることにしたの? 姉さま」 
 脇からそっとアレンがたずねた。
「ええ」
「神さまと精霊、仲良くできるかな」
「してもらわなくてはね」
「神と精霊を同列にみなしてはいけません」
 ジャビがたしなめるように口をはさんだ。
「神はすべてのものの上に立つのです。しかし、ふところは深い。精霊がいるとすれば、その僕に加えてくださるでしょう」
「しもべ?」
 アレンは不満そうに繰り返した。
「精霊は、いやだと思うよ」
「その時は、消えるだけです」
 ソーンが言った。
「この世界には、もう精霊の居場所などないのですから」
 アレンはまじまじとソーンを見つめた。
「ソーン師は精霊が嫌いなんだね」
 ソーンは答えなかった。
「好き、嫌いは俗人の感情なのですよ、若君」
 ビールのジョッキをかかげてジャビが言った。
「われわれは、神がおつくりになったすべてのものを愛します。そうでないものにも、慈愛をもって接します。いや、この世に神がつくらなかったものなどありません」
 ジャビは、だいぶ酒がまわってきたようだった。
「ですから、精霊などはじめからいないのですよ」
 アレンは何か言いかけたが、あきらめて顔を伏せた。取りつく島もないことをさとったようだ。
 アウルはソーンの冷たい横顔を見つめた。ジャビと違って、ソーンは精霊の存在を認めている。
 それでいて、ひどく嫌っている。
 なぜなのだろう?

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

処理中です...