精霊の森には

ginsui

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 伸びやかに枝葉を広げる木々の間を縫って、馬は走った。
 アウルは何の指示もしていない。
 ローが馬を導いてくれているのだろう。
 陽は高くなっていた。
 木の幹はどれもが太く、何千年も前から根を下ろしているようだった。人が足を踏み入れたことのない、原初の森だ。
 木漏れ日が、幾条もの光の綾となって地面の苔にふりそそいでいた。
「このあたり、精霊の子供がたくさん生まれていそうね」
「いえ」
 後ろから、ローが答えた。
「こっちの森で生まれた精霊を見たことはありません。精霊の子供は、人間と森が交わる場所で生まれているようなんですよ」
「なぜ?」
「森の気が人間の霊気を吸い込むのか、にじみ出た人間の霊気が森の気を取り込むのか、どちらにしろ、人間がいなければ精霊は生まれないらしい」
 アウルは無言でうなずいた。
 森を離れた精霊が、人間の霊気を求めるのも納得がいく。
 精霊にとって、人間は切り離せない存在なのだ。
 森の景色はどこまでいっても変わらなかった。ローがいなかったら、間違いなく迷っていただろう。
 死ぬまで森の中をさまようことになったかも。
 そう思っていた時、馬の足並みが緩やかになった。
 木のもりあがった根元から小さな子供が顔を出してこちらを眺めていた。
 一人、二人、三人。
 ひょこひょこと姿を現し、軽やかな笑い声をたてて逃げ去った。
 アウルは子供たちを追いかけた。
 ほどなく木々がひらけて、明るい草地にたどり着いた。
 精霊の王は、狼の姿で寝そべっていた。前足に顎をのせ、目を閉じている。
 たくさんの子供たちが、彼のまわりに集まって楽しげに遊んでいた。背中にまたがっている者や、長い尾にじゃれついている者、色とりどりの花をふりかけている者もいる。
 精霊の子供たちは、彼らの王さまが大好きらしい。
 シャアクも、うるさがりもせず、子供たちのなすがままになっていた。自分の子供は、もてあましているくせに。
 アウルは馬から降りて彼に近づいた。
「お前か、ウインドリン」
 シャアクは片目を開けた。
「なぜ、こんなところまで人間を連れてくる」
 ローは、苦笑した。
「この人には、逆らえないんですよ。シャアク」
「もう眠ったかた思ったわ」
「こんな場所では眠れんさ」
「よかった」
 アウルは、シャアクの前に膝をついた。
「お願い、もう一度ソーンに会って」
 シャアクは身を起こし、鼻に皺をよせた。
「これ以上どうにもならん。すんだことだ」
「あなたはそうかもしれないけど、ソーンはちがうわ。まだあなたを求めている」
「そんな風には見えなかったが」
「意地を張っているのよ。このままでは、あなたは本当にソーンを捨てることになってしまう」
「捨てる?」
 シャアクは首を振った。
「違うな。あれが勝手に私を恨んでいる。私が消えることを望んでいる」
「だから、その通りにするつもりなの?」
 シャアクは歯をむき出した。
「あなたがいなくなったら、ソーンは本当に一人になってしまう。ソーンを理解できるのはあなただけなのに」
「では、どうすればいい」
 シャアクは声を荒らげた。
「あれが満足するまで、頭を下げ続けていろとでもいうのか」
「そうは言ってない」
「オルヴァを生み出した私が愚かだったことは認めよう。だが、その時は後悔などなかった。手の中で眠る小さな愛しいものが、あんな男になるなどとは考えもしなかった」
「たいていの親はそう考えるようよ」
 アウルは、同意してやった。
「子供は子供で、大きくなると不満ばかり。それでもたいていの親子はお互い折り合ってうまくやってる。あなたたちは、人間よりもずっと長い時間を持っているのに相手をわかろうとしない。あなたはさっさと背を向けるし、ソーンはかんしゃくを起こすし。アレンは父とさえ十年一緒にいられなかったのに」
 アウルはため息をついた。
「もっとじっくりソーンを見てあげて」
 シャアクは無言だった。
「それでもだめならしかたがない。私は、少しでも長くこの森を守っていける方法を考えるだけ」
「精霊の王ですら投げ出したのに、ですか?」
 ローが言った。
 アウルは振り返り、ちょっと笑った。
「人間にとっては、精霊が森にいてもらった方がいいのよ。諦めるわけにはいかない」
 アウルは立ち上がった。
「言いたいことは言った。帰るわね。みんなが心配しているでしょう」
 シャアクは、むっつりと座り込んだままだった。
 ローは馬の手綱をアウルに渡した。
「乗っていれば、森を抜けてくれますよ」
「もう館には来てくれないの」
 アウルは、ローを見つめた。
 日差しを弾く木の葉色の瞳が、うるんでいるように思われた。
「アレンに、よろしく伝えて下さい」
 ローは、目をそらした。
 アウルは、こくりとうなずき、馬にまたがった。
  
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