魔法使いの巣──ヴェズの魔法使い2

ginsui

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 渡し場は、アイン河を境とする北側のイース領と南側のナガルク領にそれぞれ設けられていた。
 北岸と南岸の舟が一日おきに交互に出る。今日は南岸の日で、一日待たずにすむトルグとリイシャは運がよかった。
 陽が高くなるにつれ、霧はだんだんと薄くなってきた。中州の木々は色を帯び、意外に緑の豊かな場所だということがわかる。ここから見えない場所には、広い農園や牧場もあるのだと老人は教えてくれた。
 老人は、二人を乗せて舟を漕ぎ出した。
 薄霧は、舟の両脇をゆるやかに流れた。
 トルグは目を見はり、迫ってくるアイン・オソを見つめた。遠目に見えた建物も、いまは木立の中に隠れている。高い塔だけが、陽の光を受けて鋼のように耀いている。
 リイシャが、深々と息を吸い込んだ。彼女の白い頬が、興奮で赤みを帯びていた。
 トルグも思わず同じように深呼吸した。
 これから、魔法使いになるための新しい生活がはじまるのだ。
 舟は中州の河口側に着いた。護岸された船着き場がある。
 桟橋の付け根に、何人かの人影が現れた。一人だけ魔法使いの藍色の寛衣を着た長身の男がおり、老人に挨拶した。老人も頭を下げ、
「こちらは二人ですよ、ラウドさん」
「四人だ。よろしく頼むよ」
 それぞれに荷物を背負った四人は、十代から二十代くらい。誰もがうつむきかげんで暗い顔をしている。トルグたちと入れ違いに舟に乗り込んだ。
「行こうかね」
 老人は彼らにやさしく声をかけた。
 トルグとリイシャは老人に礼を言って舟を見送った。リイシャの顔はきつくひきしめられていた。
「魔法使いになれなかった人たちよ」
 リイシャはトルグにささやいた。
「わたしは、あんなふうになりたくない」
「そうだな」
 ラウドが口を開いた。
「みんなそう思うが、魔法使いになれない者は多い。はやく諦めた方が幸せと言うこともある」
 トルグは改めてラウドを見つめた。あまりに落ち着き払った物腰なので、年の頃はわからない。整った顔は浅黒く、皺一つなかった。意外に若いのかも知れない。まっすぐな長髪は黒、目の色も黒。鼻も顎も骨張った身体も、どこを見ても尖った印象がある。
「ついておいで」
 ラウドは二人を従えて船着き場を後にした。斜面の石段を登りきると、背の高い樫の木に挟まれた道がつづいた。やがて木立が開け、赤みがかった石づくりの建物があらわになる。塔は建物を囲む高い木々の向こう側に見えた。ここは別棟になるらしい。
「予備舎だ」
 ラウドは説明した。
「一般教養を身につけながら、きみたちはまずここで生活する」
「どのくらいですか?」
 リイシャが訊ねた。
「一年から数年。人それぞれ。実力しだいだな。もちろん、本舎にも行けずに中州を去る者も大勢いる」
 リイシャはゆっくりと頷き、憧れをこめたまなざしで塔を見つめた。
 予備舎は、飾り気のない横長の建物だった。中央の四角い扉は開いたままになっていて、ラウドはすたすたと広い玄関に入った。
 トルグたちより年上らしい二人の男女が待っていた。
「新人係のアリザとタラックだ。いろいろ教えてくれるだろう」
 アリザは金色の髪の少女で人なつっこい笑みを向けた。赤毛のタラックは大柄な青年で、いささか仏頂面。
「わたしが舎監だ。たいてい執務室にいるので、なにかあったら来ればいい」
 ラウドは突き当たりの大階段を上って行ってしまった。リイシャが、はっとしたように言った。
「推薦状を渡してなかったわ」
「必要ないのさ、そんなもの」
 タラックがぶっきらぼうに言った。
「会った時にラウド先生が〈力〉の有る無しを見分けてる」
「たまに偽の推薦状を持って来る人がいるらしくてね」
 アリザはくすくすと笑った。
「そうすると追い返されるわけ」
 トルグはリイシャと同時にうなずいた。大事に持ってきた推薦状も、ヴェズの通行証にすぎなかったわけだ。
「反対に、推薦状がなくてここに来ても〈力〉があれば受け入れられるのよ」
「おしゃべりはそこまで、アリザ。寮に案内しよう」
 三階建ての建物は幅広い中央階段を挟んで右翼が寮、左翼が学舎になっていた。寮は一階が食堂、二階が女子の大部屋二つと自習室、三階に男子の大部屋が五つ並んでいる。人気は無かった。この時間、係以外はみな学舎にいるのだろう。
 二階でリイシャと別れたトルグは、一番端の部屋に導かれた。棚のついた十ほどの寝台がおかれていて、棚の空いている入り口側の寝台をタラックは示した。
「あそこに荷物を置けばいい。でも、必要なものはほとんど支給されるんだ。下着に至るまでね。あとで倉庫に連れて行こう」
 トルグは言われたとおり、寝台の下に荷物を入れた。
「ここは、ルークが使っていた。船着き場で会ったはずだ」
 トルグは、はっとした。入れ違いに舟に乗った者たちの、がっくりとした姿を思い浮かべる。あの中の一人がルーク。
「ルークは六年目で諦めた。早いやつじゃ二年もしないうちに本舎に行ってしまうからな。やってられなかったんだろうよ」
 タラックは、おもいきり肩をすくめた。
「かく言うおれも四年目さ。人のことは言ってられないな」

 
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