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Ⅴ
しおりを挟むその夜、いつものように梅王を臥所に迎えた白鷺は、彼の青ざめた顔を不思議そうに覗き込んだ。
「どうしたのさ」
「ほんとうなのか」
「なにが?」
「さっきあんたがいったことだ」
「ああ」
白鷺は思いをはせるように視線を空にさまよわせ、くっくと低い笑い声をたてた。
「ほんとのことさ。そういえば、あのときの赤子もあんたと同じ名前だったっけ。不思議に美しいところだった。鬼といっても、怖くもなんともなかった。嫌な人間よりは、ずっとましさ」
梅王は、歯をくいしばったまま、白鷺の独り言のような話を聞いていた。
「人界に戻ると、夫は新しい妻を見つけていたよ。他に行くあてもなかった。尼になろうとも思ったが、あたしは魔というものをしたたかに見てきたからね、仏さまは色あせるばかり。だったら、人間界の魔になってやろう、そう考えたのさ」
白鷺は、梅王に顔を近づけた。
「どうだい、なかなかさまになつているだろう」
「ちがう!」
梅王は叫び、激しくかぶりを振った。
「ちがう。あんたなんかじゃない」
梅王は白鷺の首に手をまわした。
白鷺には、あがらう間もなかった。
女の身体が冷たく動かなくなると、梅王は顔を覆ってすすり泣いた。
「結局」
水王はいいかけて口をつぐんだ。
「結局?」
茨木は首をめぐらして水王を見つめた。
水王はうつむき、低く笑った。
それは茨木の耳にもうつろに響いた。
水王は池の水面に背を向けた。
*
暗い冬の夜、ひとりの盗賊が羅城門の前を通りかかった。
星も見えない凍てつく闇の中、羅城門の上層にちらと光がよぎったような気がして、彼は立ち止まった。
上層にともるほのかな光は眼の迷いではなかった。盗賊はその光に導かれ、羅城門を登って行った。
床に置かれた紙燭の明かりが、折り重なった死体をうかびあがらせていた。
何かがうごめいたので、盗賊はぎくりと身がまえた。
小さな老婆がひとり、背を丸くしてうずくまっている。側にあるのはまだ新しい女の死体だ。
老婆は死体の艶やかな黒髪をしなびた手にからめ、根気よく引き抜いているのだった。
「怪しいものではございませぬよ」
盗賊に気づいた老婆は、歯をむきだしにしてにやりと笑った。
「日ごろお仕えしていたお方の弔いに参った者でございます」
盗賊は、せせら笑った。
「髪を抜くのが何の弔いだ」
「これは哀れな方でございましてな」
老婆は悪びれもせずに話をかえた。
「まこと、因果なことでございますよ」
老婆の女主人は貧しい貴族の娘だった。
両親はすでになく、頼りにしていた男は彼女を身ごもらせ、地方に赴任したままそれきり帰ってこなかった。
彼女はついに子供を捨てて武士の後妻になることにした。その武士もあっけなく死んでしまい、以来この老婆と細々と日をおくっていたという。
顔つきばかりはしみじみと、老婆は髪を抜く手を休めなかった。
「二十年まえ御子を捨てた羅城門、こんどはご自分が、のう」
梅王はぼんやりと立ちつくしていた。
が、とりあえず生きねばなるまい。
女の髪は幾らかの金になるはずだ。
梅王は無言で刀を引き抜いた。
闇の片隅を、淡いひらめきがかすめ飛んだ。
梅王の目に、その時節はずれの花びらが見えるはずもなかった。
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