サルバトの遺産

ginsui

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 たくさんの燭台に照らされた昼間のように明るい大広間では、とりどりの色の礼服を着た人々が笑いさざめいていた。
 シャデルの喪があけ、正式に〈王を継ぐ者〉となったアロウィンのための祝賀会だった。
 中央の舞台では楽士たちの奏でる激しい音楽にのって、薄い衣をまとった踊り子たちがおどろくほど柔軟な肢体を披露している。
 人々はおもいおもいのクッションに座って杯をかたむけていたが、その中でもひときわ目立つのがジュダインだった。
 地味な黒の上下を着、壁ぎわに座っているだけだというのに、人々の目はどうしてもジュダインに向けられてしまう。
 彼の優雅なものごし、自信に満ちた一挙一動が、人々を引きつけずにはおかない魅力を持っているのだ。
 レヴァイアで、最も王にふさわしい者はジュダインだろう。
 アロウィンはそう認めざるをえなかった。
 彼と比べれば、自分はひどく場ちがいな所にいるような気がする。
 場違いと言えば、ジュダインとライランの父親のハリスラムもまた、影の薄い存在だった。今は王座に近いところに一人で座り、大きな身体を丸めて杯を抱え込んでいる。
 王族でありながら、たえず、おどおどとあたりを見まわしているようなところが彼にはあった。ライランも、父親は小心者だと言っていたっけ。
 叔父ハリスラムが、気の毒にもなってくる。できのいい息子を持ったがために、彼に頭が上がらず、その顔色をうかがいながら暮らしているにちがいない。 
 上座にアロウィンと並んでいた王がおだやかな目をむけてきた。隣の王妃の席は当然のように空いている。
 シャデル亡き後、王妃はいっそうの信頼をジュダインに向けていると聞いていた。無理からぬことと思いはするが。
「どうだな、気に入った娘はいるかね」
 目じりに皺をよせ、微笑みながら王は言った。
「わしの相手はもういいから、下に降りてみんなと話をしておいで。おまえも早くいい友人をみつけないとな」
 王の言葉に従って、上座を降りたアロウィンはたちまち何人かの婦人にとりかこまれた。
 彼女たちが口々にシャデルの最後をたずねたので、アロウィンはいたたまれなくなった。
「わたくしにはわかりますわ。彼はご自分の死に場所を海と定めていらしたの」
「ええ、シス・マダは海の王になられたのですわ」
「亡くなるまぎわ、何をお考えになったのかしら」
「エルグのことよ、きっと」
「エルグ?」
 アロウィンは口をはさんだ。
「あら、ご存じなかったの」
 その婦人は大げさに驚いてみせた。
「シス・マダの思い人ですわ。王宮では知らぬ者はおりませんのよ」
 アロウィンは、思い出した。レヴァイアに行ったら〈緑人〉のエルグに会うがいい。そうシャデルは言ったのだ。
 アロウィンはもっと話を訊こうとしたが、その時ライランが近づいて来た。
「失礼、美しいご婦人方。彼をちょっとお借りしますよ」
 ライランは無邪気な笑顔で軽く会釈すると、アロウィンの腕を引っ張って彼女たちの側を離れた。
「やつらと話してたら朝がきちまう。まったくおしゃべりな女どもだ」
「でも、ライラン。あの人たちが言っていたことは本当なのかい。つまり、エルグのことだけど」
「嘘に決まっているだろう」
 ライランはいまいましそうにアロウィンをにらんだ。
「そんなことは暇な女たちのかんぐりさ」
「ぼくも、シャデルからエルグの名を聞いたことがあるんだ。いったい、〈緑人〉ってどんな人?」
「人じゃない。〈緑人〉は〈緑人〉だ」
 ライランは顔をしかめた。
「あとは自分で調べるんだな」
 二人は窓際の大きなクッションに並んで腰を下ろした。
「ジュダインの隣を見てみろよ」
 給仕が持ってきたシャーベットを手にしながら、ライランが話を変えた。
 なるほど、壁にもたれかかったジュダインが誰かと話しているのが遠くに見える。
 こころもち目を伏せて静かにジュダインの話にうなずいているのは、白っぽい金色の髪をした青年だった。ジュダインよりはこぶし一つぶんだけ背が低く、華奢なつくりの、細面の顔をしている。
 燭台の明かりが彼の横顔をうかびあがらせていたが、そのまつげは、女のように長かった。
 アロウィンは一度、彼を見かけたことがあった。通りかかった剣術の稽古場で、アロウィンの剣術教師と試合をしていたのだ。
 相手が苦戦しているのは、アロウィンでもはっきりとわかるというのに、彼は口もとに笑みすら浮かべ、軽くあしらっているかにも見えた。
「彼は?」
「エベドだ。ジュダインの側近さ。おとなしそうな顔をしているが、あれでめっぽう剣が強いんだ」
 アロウィンは、もっともだというふうにうなずいた。
 ライランは言葉をつづけた。
「エベドはジュダインの命令なら何でもするぜ。あんたが暗殺されるとしたら、毒か彼の剣にかかってだろう」
「いやなことを言うなよ、ライラン」
 アロウィンは口にふくんだシャーベットにむせかえりそうになりながら言った。
「本当のことさ」
 ライランは、真顔だった。
「おれの胸騒ぎは当るんだ。せいぜい気をつけることだな」

 屋敷に帰ろうとしていたライランは、前庭でばったりと宮廷医師のカルダと出くわした。
 ガルダは間の悪そうな顔をしてライランに会釈し、そそくさと行ってしまった。ライランはその後ろ姿を見送って眉をひそめた。
 彼は普段からジュダインと親しく、この屋敷にはしょっちゅう出入りしている。しかし、今夜の祝賀会には医者の不養生を理由に出席していなかったのだ。病気であるはずの彼が、なぜここにいるのだろう。
 胸に不吉なものをおぼえて、ライランは屋敷に戻った。自室のドアを少し開けて、外をうかがった。家令のザールが、廊下の明かりの点検をしながら屋敷内をまわっている時間だった。
「ザール」
 ザールがドアの前に来ると、ライランは声をかけた。ザールはぎょっとして立ちすくんだ。
「ガルダ医師は何をしにここに来たんだ?」
「シス・ラウ・マダにご用があってのことです」
 ザールは、ライランを見、痩せぎすの顔をひきしめた。
「ほう、そういえばジュダインはずいぶん早く広間を引き上げて行ったな。にしては、屋敷にいないようだが」
「王妃さまのところへ」
「こんな夜にか」
「アリ・ラウ・マダ」
 ザールはため息をつき、小さな子供でもなだめすかすかのような口調で言った。
「あなたは、兄上のするにまかせていればよいのです。彼は、けしてあなたを悪いようにしませんから」
「そして、一生ジュダインに飼い慣らされていろというのか、ザール」
 ライランは、ザールの腕をつかんで自分の部屋にひきずりこんだ。彼の肩を壁に押しつけると、
「あいにくおれは、ジュダインの言いなりになるのはごめんなんだ」
 ライランは懐から切っ先の鋭い短剣を取り出し、ザールの喉元に突きつけた。
「さあ、言えよ。これから何がはじまるんだ?」
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