サルバトの遺産

ginsui

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 エベドがジュダインの部屋を訪れたのは昼すぎだった。
 ジュダインは部屋の片隅のクッションに座って、ぼんやりと頭をかかえていた。
 こんな彼を見るのは初めてだ。
 エベドはそっと声をかけた。
「王がお呼びですが、お断りしますか、ジュダイン。まだ顔色が悪いようです」
「いや、行こう」
 ジュダインは軽く頭を振って立ち上がった。
「王にはそれなりの敬意をはらわなくてはな」
 いつものように皮肉めかして言い、無理に笑ってみせる。
「どうせまた、役にもたたない政策でも考えついたのだろうが」
 今朝方、レヴァイアではめずらしい地震が起こり、ジュダインはそれと同時にひどい頭痛にみまわれたのだった。
 頭痛はおさまったものの、彼はこれまでに感じたことのない胸騒ぎを覚えていた。
 割れるような痛みの中で、はっきりとひとつの光景が頭に浮かんだのだ。
 これまでに幾度も夢の中で見ていた光景だ。
 それが、夢を乗り越え、現にまで顕れたとは。
 風吹きすさぶ砂漠のただ中に、折れて横たわる巨大な塔。それを取り囲む柱やひしゃげた壁。
 石造りではないようだった。砂にさらされても、壊れた断面にまだ滑らかな光沢が残こっている。何かの金属──かつてこの世界を支配していたサルバトの〈科学〉の産物か。
 サルバトの都市の遺跡?
 ジュダインは、眉をひそめずにはいられない。
 それを自分とどう結びつければいいのだろう。
 
 ハリスラムは衛兵を控えさせた謁見室の王座に深々と腰を下ろしていた。
 いつもと様子が違う。
 彼を見るなりジュダインは思った。目つきが奇妙にすわっている。動作にも石のような落ち着きがあり、まるで別人のようだった。
「何事です? 王」
 ジュダインは父親の前に進み出た。ちょっと言葉を切り、
「お体の具合でも悪いのではないですか」
「いいや、わしはいたって健康だ」
 ハリスラムは薄笑いを浮かべて立ち上がり、いくらか胸をそりかえしてジュダインを見下ろした。
「おまえを呼んだのは他でもない、ジュダイン。わしは今レヴァイアの王だ。しかし、それに満足しているわけではない。いずれ全ウェストファーレンの王にもなろうと思う」
「あなたは──何を言っているんです」
 ジュダインはあっけにとられてハリスラムを見つめた。
「くどいな」
 ハリスラムはつま先で、タイル張りの床をとんとんと叩いた。
「レヴァイア中に布告を出すがいい。これからのレヴァイアは大いなる戦いの時代に入る。インダインの名にかけて兵をつのり、まず砂漠にはびこっている小うるさい遊牧民どもを一掃し、ナーラルを、エルドーナを、ロドロムを討ち滅ぼしてレヴァイアに服従させるのだ」
 それだけのことを、ハリスラムはまるで顔色も変えずに言ってのけた。
 ジュダインは胸に冷たい塊を感じ、それを呑み下して声をひそめた。
「インダイン? 何です、それは」
「愚か者め、聖なる地も知らんとは」
 ハリスラムは身体をそりかえし、大きな声で笑い出した。ついで、片手を振り上げ、
「話にもならんわ、衛兵! この者を連れて行け、地下牢にでも放り込んでおくがいい」
 ハリスラムの言葉が終わらないうちに、衛兵たちが進み出てジュダインを取りかこんだ。
 ジュダインは思いもかけない出来事に呆然としながら彼らを見まわし、彼らもハリスラムと同様、こわばったガラスのような目をしていることに気がついた。
 ジュダインは半ば独り言のように言った。
「どういうことなんだ? これは」
 衛兵たちは何も答えず、ジュダインを両脇からがっしりと捕らえて謁見室を出た。

 まれにみる経験だな、これは。
 ジュダインは髪の毛に指をつっこんで、そんなことをぼんやりと考えていた。
 地下牢は薄暗く、じめついていて、遠くで地下水の流れる音がした。
 鼻につく臭気。何世紀にも渡って、王宮の罪人や罪なくして罪人あつかいされた人々が残していった臭いだ。
 誰かを放り込むならともかく、放り込まれる立場になろうとは。
 いや、そんなことはどうでもいい。問題は、何が起こったか、だ。
 ハリスラムがあのような行動をとるとは、およそ考えられないことだった。
 何かが狂っている。狂いはじめている。
 それに、インダインとは何だ? 
 誰かの名前だろうか。
 インダイン、インダイン。くりかえしつぶやいてみて、ジュダインは再びあの光景に突き当たり愕然とした。
 白茶けた砂漠の遺跡。
 確かめなければならない。
 あの場所がインダインならばそこに何があるのか。自分が見てきた夢はこの出来事の予兆だったのか。
 それにはまず、ここを出ることだ。
 地下牢を抜け出せるということに、ジュダインは確かな自信があった。まもなくエベドがやって来るだろう。
 剣を抜き、牢番を倒し、ジュダインを助けるべく──。
 どうしてこんなにもあざやかに思い浮かべることができるのか。
 ジュダインがふといぶかしんだその時、はっきりと牢番らしい者の悲鳴が聞こえた。
 牢番から奪った鍵を手にしながら、エベドが現れた。
「王宮中がおかしくなっています、ジュダイン」
 鍵を開けるとエベドは言った。
「王は兵を整えはじめましたし、人々はそれを不思議にすら思っていません。まるでみな何かに取り付かれたように」
「わたしと動ける者は何人いる?」
「二十人ほどです」
「よし、彼らを連れてここを出るぞ、エベド」
「どちらへ?」
 ジュダインはエベドが差し出した剣を受け取り、口をゆがめて言い放った。
「決まっている。インダインだ」

   
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