17 / 24
16
しおりを挟む大地が高いと、星々はこんなにも近くに見える。
メダリアの山並の間の降るような星空をあおぎながら、アロウィンは〈緑人〉の天幕の前にたたずんでいた。
アロウィンとライランに〈力〉が目覚めたのは、〈彼〉の〈力〉に触発されたためだろうとイムラムが言っていた。今もって信じられないことだった。自分はどう考えても今まで通りの自分だし、これからも変わることがないように思われる。
シャデルが言っていたのは、このことなのだろうか?
やはりこのような星の下でシャデルは言ったのだ。
レヴァイアがアロウィンを必要とする時が来るかもしれない、と。
だとすれば、自分は戦わなければいけない。
どんなことをしても。
「まず、フフルの所に戻りましょう」
そうイムラは言ったのだった。
「わたしの記憶が正しければ、インダインはネイクロートとグララ族の集落を結ぶ延長線上にあります。フフルにも急を告げなければなりません。レヴァイア王軍が真っ先に戦いを挑むのは砂漠の部族でしょうから」
「もしフフルたちも〈彼〉に支配されているとしたら? 都よりもインダインに近いはずだよ、グララ族の居場所は」
「それはありえないと思いますよ」
イムラはにこりと笑ったものだ。
「〈彼〉が支配できるのは、意志の弱い者たちだけです。砂漠の民は厳しい自然と隣り合わせですからね、心が強くなければ、とても生きていけませんよ」
確かにイムラの言う通りだろう、とアロウィンは思った。
でも、宮廷人たちは、やすやすと〈彼〉の手中に落ちたのだ。
アウィロンはかたわらにぼんやりと立っているライランに目を向けた。夜目にも彼の顔は青ざめて見えた。
無理もない。捨てて来たとはいえ、王宮には、彼の父と兄がいる。
「あまり、いい気持ちはしないね、ライラン。王宮が今どうなっているか考えると」
ライランはアロウィンを見返した。
「無理しなくてもいいんだぜ、アロン。あそこにいるのは、あんたにざまみろと思われてもしかたない連中ばかりなんだ」
「でも、ジュダインは大丈夫だと思うよ」
「あたりまえさ!」
ライランは声高に言った。
「あの人は、誰にも支配されない」
「わかるよ」
「おれは、いつも彼に押し潰されてきたんだ、アロン。彼はできのいい兄貴で、おれはできの悪い弟だった。父親があんな調子だったから、ジュダインはずいぶん小さい時からおれの親がわりになろうとしていたよ。母さまは、おれを産んでじきに死んでしまったしな」
「……」
「ジュダインは、おれの気持ちなど、かまいはしなかった。何か一つのことがある。すると、彼はきまってこう言うんだ。わたしはこう思う、だからおまえもこうしなければならない。だけど、おれにだって自分の意志ってものがあるさ。そんなジュダインが嫌でおれは──ちくしょう!」
ライランはいらだたしそうに髪の毛をかきあげた。
「なんだってジュダインのことばかり。おれは!」
アロウィンはそっとライランの肩に手をのせた。
「きみは、ジュダインのことが心配なんだよ、ライラン」
「そんなことはない」
「ジュダインときみは兄弟だ。心配しない方がおかしいよ」
「彼は王を殺したんだぜ」
「そうだね」
アロウィンはうつむき、つま先でしきりに草を掘り起こした。
「でも、ぼくの憎しみはきみの憎しみじゃない。意地を張るのはやめてくれよ、ライラン。かえって辛くなる」
「アロン」
「それに、ジュダインもこの事態をなんとかしようとしているはずだよ。今のところ、ぼくたちの目的は同じなんだと思う」
「あんたは意地がなさすぎるんだ」
ライランはきっと眉を上げて叫んだ。
「ずいぶんと寛大になったもんだな、アロウィン。レヴァイアのために自分の復讐を忘れるつもりか? きれいごとを並べるやつは、おれは大嫌いだ。ジュダインだって、大嫌いだ!」
ライランはくるりと背を向けて駆け出した。
アロウィンはひとり、ため息をついた。
ジュダインへの復讐を、もちろん忘れたわけではなかった。
でも、とアロウィンは思った。
自分にはできない気がする。
〈彼〉のように、憎しみで盲目になることなんて。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる