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しおりを挟む一行は、十人にも満たなかった。
砂漠の夜の風が、疲れた彼らの前を吹きすぎた。時おり馬がすすり泣きのように鼻を鳴らす。口を開く者は誰もいなかった。
彼らは並びない屈強の男たちだったが、手傷を負っていないのはジュダインぐらいのものだった。王宮を逃亡する際の乱戦で、仲間の半分が命を落としたのだ。
戦う相手は、ついさっきまでの同僚で、親しく肩をたたきあっていた者ばかり。ましてやその平凡な人間たちが、死への恐怖もなく、ただがむしゃらに戦うだけの狂戦士に変わっていたのだから。
いくつもの夜を渡りながら、ジュダインは生まれてはじめて底冷えのする恐怖を味わっていた。
砂漠に充満している混じりっけのない悪意を感じとれるのはジュダインばかりだった。
馬が力なく踏みしめる砂つぶのひとつひとつが彼に語りかけてくる。
オマエタチヲコロシテヤルオマエタチヲニクンデヤルヒトリトシテアマスコトナクオマ
エタチヲ──。
それがインダインから発しているのは確かなことだ。
インダインには人間の力では及びのつかないものが存在している。
ジュダインはインダインに行かなければならなかった。
何のために?
そのものの正体をみとどけるために。
そして?
まるで火の中に飛び込む羽虫のようだ。
ジュダインは自分の考えに薄笑いした。くりかえしあの夢を見てきたのは、自分の最後の場所としての予見ではなかったろうか。
「わたしは、どこか変わったと思わないか? エベド」
エベドはそこいらにはびこる短い草木を集めて焚き火を作っていたが、ジュダインを見つめて首をかしげた。
太陽は沈みかけ、大気はひんやりとしはじめていた。他の者たちは砂丘の陰でマントを被り、まだ眠りをむさぼっている。
「いいえ」
エベドは首を振った。
「あなたは、いつものあなたです」
「そうかな。ちょっと見ていてくれ」
ジュダインはこころもち眉を寄せ、思念をこらした。
エベドの足元で風がおこり、ひとつかみの砂を舞い上がらせて渦を作った。熾したばかれの焚き火の炎が大きく揺らいだ。
エベドはなかば口を開き、しばらくの間黙り込んでいたが、ようやく言った。
「クラウトの力ですね。話には聞いていましたが、見るのははじめてです」
「どうやらあの忌まわしい日から、こんなことができるようになったらしい」
「そうでしたか」
「だからわたしには、おまえたちが何を考えているか、手にとるようにわかるんだ」
「あなたは、以前からそうでした」
エベドはあっさりとそう言った。
「あなたはいつでも、わたしたちが何を考えているか、何を欲しているかご存じでした。あなたはわたしたちの主人なのですから」
「そうだったな」
ジュダインは額にかかった髪を払いのけ、弱々しく笑い返した。
エベドの彼によせる信頼が、痛いばかりに感じられた。これまでに当然のこととして受け取ってきたそれが、ふいに彼の胸をしめつけた。
「しかし、それだから」
ジュダインは言った。
「わたしは、ひとつの過ちを犯したと思うんだ」
「あなたが、ですか?」
「インダインへはわたし一人で行くべきだ。おまえたちがわたしに従って来た見返りが死とならない前に」
「なぜ、そんなことをおっしゃるのです」
エベドは驚いて声を上げた。
そうとも。エベドは夏の昼下がりのある日、ジュダインに初めて会った時のことを思い出した。
父が彼に引き会わせてくれたのは、十四才の輝くばかりの少年だった。ジュダインは馬上からエベドを見下ろした。逆光を受けたその髪は燃えるように風になびいた。
「この方がおまえの主人だ」
父が言った。
ひどく眩しいジュダインをエベドは見つめた。ジュダインは身を乗り出し、にっと笑った。
「ついて来るか?」
もちろん。何が起ころうと。
エベドが口を開きかけた時、馬がけたたましいいななきを上げた。
ジュダインとエベドはぎくりとして腰を浮かした。
馬たちはいっせいに胴ぶるいをし、狂おしく足ぶみしはじめた。
他の者たちも目を覚まして、互いに顔を見合わせた。
立ち上がってあたりを見回したジュダインは、目を疑わずにはいられなかった。
彼らをとりかこんでいるのは、百人を下らない砂人たちの群れなのだ。
陽はまだ落ちていない。しかも、砂人たちが集団で行動するなど、およそ考えられないことだった。
しかし、砂人たちは確かにじわじわと近づきつつあった。歯から息をもらすような声をたて、砂地に這いつくばり、不気味な輪はしだいにせばめられてくる。
思いがけない出来事にとまどいながらも、人間たちは剣を抜いて身がまえた。時を置かず、砂人がかん高いおたけびを上げて襲いかかった。
武器を持たないとはいえ、砂人には肉を切り裂く鋭い爪と牙がある。一人か二人の砂人なら難なくかわせるそれも、数が多すぎた。何人かの砂人が倒れたが、後ろから前から執拗に攻撃されては、さしもの人間もかないはしない。
ジュダインは砂人と戦う目の端で、彼の部下たちが次々に砂人に喉を喰い破られるのを見てとった。
「もうかまうな!」
ジュダインは叫び、まじかの馬に飛び乗った。
「逃げるんだ」
砂人と戦っているのは、もはやエベド一人になっていた。ジュダインはエベドに手をさしのべた。
エベドは砂人の胴をひとなぎすると、ジュダインを見上げてにこりと笑った。そして、剣の背でおもいきりジュダインの馬の尻を叩いた。
「エベド!」
馬は砂をけちらし、しゃにむに駆け出した。
ジュダインは手綱にしがみついて後ろを振り返った。
エベドはしばらくの間、砂人をくい止めていた。
やがて、彼の姿は見えなくなった。
幾人もの砂人が、彼の上に覆いかぶさった。
砂丘の陰から、新たな砂人がジュダインの前におどり出た。ジュダインは持てるだけの怒りをその砂人に向けた。
砂人は一声大きな悲鳴を発し、青白い炎につつまれて燃え尽きた。
それから後のことを、ジュダインは覚えていなかった。
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