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しおりを挟む熱っぽい身体をもてあまし、ジュダインは何度となく寝返りをうった。
うつらうつらして目を覚ますたび、彼を心配そうに見守っている少女の姿を見たような気がしたが、それが夢なのか現実なのか、見当もつかなかった。
はっきりと意識をとりもどした時、ジュダインが横たわっていたのは天幕の中だった。
少女は、彼の枕元に胡座をかいて座っていた。
「おまえは?」
「ようやく気がついたね」
少女はほっとしたように微笑んだ。
「三日も眠り続けていいた。あんたは、この近くに倒れていたんだよ」
「ここは?」
「キアル族の村。あたしはエメル・メラ」
ジュダインは身を起こそうとしたが、また力なく倒れ込んだ。
目を閉じ、深いため息をつく。
「無理しなさんな」
エメル・メラは彼の毛布をかけ直した。
「熱病で死にかけていたのを、お忘れなく。あんたは砂漠の民じゃないね。どこから来たんだい?」
「ネイクロートだ」
「名は?」
「ジュダイン」
「ジュダイン?」
エメル・メラはもう一度繰り返して目を見開いた。
「レヴァイアの〈王を継ぐ者〉と同じ名だ」
「わたしがそうさ、かつてはな」
エメル・メラは大きく息を吸い込み、とまどったように顔をそむけた。
「ああ、そうだよ! なんで早く気がつかなかったんだろう。あんたはライランに似ている」
「ライランもここに来たのか」
「今はいない。だけどなぜ、あんたがここに」
「王宮を逃げて来た」
ジュダインは答え、自分の素直さに内心驚いた。この少女の、よくかがやく黒い目のためだろうか。
「あのままでは、王に殺されていただろうからな」
「ふん、自業自得さ」
エメル・メラは言い捨てた。
「キアル族にもあんたの悪名はとどろいているよ。裏切り者まで作ってくれて。エベドとやらはどうしてる?」
「エベドは死んだ」
天井に目を向けたままジュダインは言った。
「砂人に殺された」
「それはお気の毒、と言っておこうか」
エメル・メラはジュダインの悲しげな瞳を見、声を和らげた。
「砂人にはあたしたちも手を焼いている。このところ、あいつらはどうかすると群れをなして悪さをするようになった。それに、大がかりな移動をしているようだね。西に向かっている。砂人たちはみんな」
「西、か」
ジュダインはつぶやいた。
「インダインの方角だな」
「インダイン?」
「そこに何かがあるんだ。王宮を支配し、おそらく砂人たちも操っている何かがな」
「……」
「助けてもらった礼に言っておこうか。レヴァイア王はウェストファーレン中に戦いを起こすつもりでいる。もう兵を上げたかもしれん。この砂漠めざして」
「本当かい、それは?」
「信じるか信じないかは、おまえたちの勝手だが」
「まったく!」
一呼吸おいた後、エメル・メラは額に手をあてて立ち上がった。
「あんたの言うことを確かめてみよう。嘘であればありがたいんだがね」
ジュダインの身体は日に日に回復していった。
エメル・メラは毎日のように彼の天幕を訪れた。
「あんたの口に砂漠の食べ物は合わないだろうけどね」
ジュダインに夕食を差し出しながら、皮肉っぽくエメル・メラは言った。
ジュダインは辛味のきいた、汁気たっぷりの羊肉に口をつけた。
「慣れてしまえばたいしたことはない。いささか香料がききすぎているようだが」
「あんた一人のために料理法を変えるわけにはいかないさ」
「ところでエメル・メラ」
ジュダインは空になった鉢を置き、手の甲で口をぬぐった。
「わたしはいつまでこうして軟禁されていなければならない?」
「さあね」
エメル・メラは肩をすくめた。
「グララ族のところにいるレヴァイアの連中は、あんたを渡せと催促してきてるよ。アロウィンが戻るまで、あんたを捕らえておくんだとさ」
「それではなぜ、わたしを彼らに引き渡さないんだ」
ジュダインはまっすぐにエメル・メラを見つめた。
エメル・メラははっとしたように目をそらした。
「どこにいようと、あんたは同じだからね、ジュダイン。あんたはもうレヴァイアのジュダインじゃない。ただの無力な病み上がりだ。恐れることなどありゃしない」
「そうかな」
ジュダインは低く笑った。
「わたしは以前のわたしよりも力を持っているかもしれないぞ、エメル・メラ」
「……」
「たとえば、わたしはおまえの心を読むことができる。おまえがここに来るまえに、何度天幕の中を歩きまわるか、今日こそ行くまいと思いつつ、それでもここに足を向けるのはなぜか」
最後まで言いきる間をあたえず、エメル・メラは水さしの水をジュダインに浴びせかけた。
ジュダインは空に止まったままのエメル・メラの手首をすばやく掴み、彼女に顔を近づけた。
一度たりとも、エメル・メラの心をのぞいたことなどなかった。
だが、彼女の表情、声、しぐさがあまりにも正直にそれを物語っているのだ。
ジュダインは、自分もまた彼女の訪れを心待ちにしていることを知っていた。この砂漠の粗野な少女に、なぜこんなにも心をひかれるのか。
エメル・メラは小さくあえいで身をもがき、ジュダインの手を振りはらった。
「この、人でなし」
エメル・メラの声はふるえていた。ジュダインはびっしょりと濡れた髪をかきあげた。
二人は、喰い入るように見つめ合った。
「お逃げ。ジュダイン」
やがてエメル・メラはささやいた。
「馬を用意する。ここを出て、どこか遠くへ。アロウィンたちが帰らないうちに」
「わたしがアロウィンを恐れていると思うか?」
「強がり言ったって、あんた一人で何ができる」
「何かはできるさ」
ジュダインはにっと笑った。
「おまえの好意は受けるよ、エメル・メラ。今夜にでも馬を用意してくれ。アロウィンにも会いたいが、いまのところは彼よりもっと会いたいものがいる」
「インダイン」
「そうだ」
「だめだ! 行かせない」
「ここを出ろと言ったのは、おまえだぞ、エメル・メラ」
「あたしは、あんたに生きていて欲しいから言ったんだ。インダインなんて、何があるかもわからないのに」
「わたしが、そこで死ぬとでも?」
ジュダインは暗い微笑を浮かべて言った。エメル・メラはうつむいたままかぶりを振り、何も答えなかった。
「わたしは負ける気はない。たとえ相手が何であろうとな」
「馬鹿だ、あんたは」
ジュダインは手を伸ばし、エメル・メラの頬につたう涙を指先でぬぐった。
「ああ、たぶんな」
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