サルバトの遺産

ginsui

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「ジュダインは死ぬ気なんだ」
 ライランがぼそりと言った。
「ジュダインにはもう何も残っちゃいない。こののまま生きながらえるには、彼の誇りが許さないんだ。インダインに行って、〈彼〉に会って、そして──」
「ライラン!」
 アロウィンはぼそぼそとつぶやき続けるライランの肩をゆさぶった。
 ライランは我にかえって、驚いたようにアロウィンを見つめた。そして、両手に顔をうずめ、ぴくりとも動かなくなった。
 フフルの天幕に彼らはいた。
 炉を囲んで座っているのは二人の他にしかめっつらしい顔をしたフフルとラマーヤ・メサ、レヴァイアからアロウィンを追って来た者たちの代表であるパトマとシンク。それから、あいかわらず超然とした態度を崩さないイムラの七人。
 それぞれ交換しあった情報は、どれもこれも悪いものだった。王軍はすでに戦準備を整え、砂漠に向かっているという。砂人たちはインダインのぐるりに集結し、そしてインダインには〈彼〉がいる。
 アロウィンはライランをいたましそうに眺めやった。彼はもはや、ジュダインに対する思いを隠しきれないでいた。
 ライランのジュダインへの反抗は、そのまま愛情でもあったのだ。
 なぐさめてやりたいが、でも、今はやらなければならないことが多すぎる。
「ぼくも、インダインに行く」
 きっぱりとアロウィンは言った。
「〈彼〉がしようとしていることを止めさせるんだ。どうすればいいのか、わからないけど、とにかくこうして考えていてもはじまらない」
「そうだな」
 フフルが大きくうなずいた。
「おれたちは王軍を迎え討たなければならないが、何人かはあんたがたにつけてやれる」
「殺人しか頭にない狂戦士たち」
 ラマーヤ・メサが寒々とした表情で言った。
「考えるだけでぞっとするわ。でも、わたしたちも砂漠の民よ。この生活を守るために、戦わなければ」
「エメル・メラはどうしているの? ラマーヤ・メサ」
 アロウィンの言葉に、彼女は顔を曇らせた。
「いつもとかわらない様子だと聞くわ。今ごろはキアル族の戦士たちを率いているでしょう。気丈な子だけにね」
 ラマーヤ・メサは首を振った。
「メラを責めないでちょうだい、アロウィン。あの子があなたの意に反することをしたのは確かだけれど」
「しかし、あなたの慈悲深い妹のおかげで」
 シンクが、陰険な笑いを浮かべて言った。
「やっかい事が一つ減ったわけだ」
「口がすぎるぞ、シンク」
 パドマがたしなめた。パドマもシンクも、まだ若い青年だ。
「確かに彼が行ったのは許せないことだ」
 パドマはアロウィンを見、遠慮がちに言った。
「だが、われわれは認めるべきだと思う。彼は果敢だよ、おそろしく」
「ぼくもそう思うよ、パドマ」
 アロウィンは言った。パドマはちょっと顔を赤らめた。
「だけど、ジュダインはまだ死んだと決まったわけじゃない。今からなら追いつけるかもしれない」
「それで、どうするんだ!」
 ライランがきっと顔を上げて言った。
「ジュダインの望み通りにした方が、よっぽど親切ってもんだ」
「親切だって?」
 アロウィンはライランを見てぴしゃりと言った。
「どうしてぼくが彼に親切心を持たなくちゃいけないんだい。彼くらい自分の思うままに生きてきた人はいないよ。その最後の時まで彼の望み通りにすることを、ぼくは許せないだけだ」
 ライランはそれ以上何も言わなかった。
 
「こんどは、あなたが頑固になりましたね、アロウィン」
 二人きりになるとイムラが言った。
「ジュダインのこと?」
「ええ」
「あなたは、ぼくがライランを納得させるためにああ言ったと思う?」
「本心だと言い切れますか」
「わからない」
 アロウィンは、ため息をついた。
「ジュダインがしたことは、もちろん許せない。だけど、彼は生きるべきだよ。ライランのためにも、エメル・メラのためにも。残された者の悲しみを、彼だってわかっていいはずだろう」 
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