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しおりを挟むアロウィンは目をこらした。
前方に、砂嵐が巻き起こっていた。
インダインはそのただ中にあるということは、はっきりとわかった。灰色の砂の渦の間から、廃墟の黒い影が見え隠れする。
一行がさらに馬を進めようとした時、砂丘の陰からぬっと人影が現れた。
「砂人だ」
ライランが叫ぶまもなく、砂人たちはわらわらと目の前に立ちふさがった。砂が人に姿を変えるのではないかと思えるほどおびただしい数だ。声すら上げず、一斉に飛びかかってくる。
フフルがアロウィンに貸してくれた砂漠の民は十人だった。彼らはすばらしく勇猛果敢。馬上でおたけびを上げ、剣をふるい、向かってくる砂人たちを斬り伏せる。普段は不細工にさえ見える砂漠馬も主人と一体になって駆け回り、砂人たちを踏みしだいた
アロウインもライランも、イムラとともに剣を振るった。不思議なことに、砂人たちの動きが一呼吸先に察知できた。どこから飛びかかってくるのかが感じられるのだ。そこに剣を向ければ砂人がいる。
これもクラウトの力なのだろうか。
自分で驚きながらも、アロウィンは焦っていた。今のところ人間たちの被害は少ないが、砂人たちは尽きることなく砂嵐の向こうからやってくる。このままではみな疲れ果て、やがては新手の砂人に立ち向かうことさえできなくなるだろう。一時も早く、〈彼〉とまみえなければならないのに。
いまはもう、ほとんどの者が馬から下りて戦っていた。ライランの姿を捜すと、彼は狂ったように剣を振りまわしている。誰もがジュダインの死を認めていた。しかし、ライランがそれを認めまいとしているのがアロウィンにもわかった。
「アロウィン」
イムラが、砂人をなぎ払いながら歩み寄ってきた。
「このままでは、きりがありません。あなたとライランで〈彼〉のもとに行きなさい」
「どうやって」
「空間移動を」
「できるもんか、そんなこと」
「わたしが力を貸します。エルグも」
「エルグ?」
(大丈夫ですよ、アロウィン)
エルグのやわらかな思考が入り込んできた。それは、アロウィンの殺伐とした感情をなだめることも忘れなかった。
(エルグ)
(わたしの身体はゴルにありますが、あなたがたのお手伝いをすることはできます。二人とも、手をつないで)
アロウィンは馬から下りて、あっけにとられているようなライランに手をさしのべた。ライランもエルグの声を聞いているに違いない。
(そう、そしてわたしたちの思念に波長をあわせて。いいですか)
波長、と言うより押し寄せる波を真っ向から受け止める感じだった。
エルグとイムラの強い〈力〉の奔流に身を委ねた。
飲み込まれてはならない。同調しなくては。
身体が虚空に舞い上がり、そのまま落ちて行くようだった。
一瞬、意識が遠ざかる。
閉じた目をはっと見開いた時、アロウィンとライランは〈彼〉の前に立っていた。
エルグたちのしてくれたことは正解だった。
〈彼〉に対する恐怖に尻込みする余裕もなく、〈彼〉と向き合うことができたのだから。
〈彼〉の目は、憎悪で青く燃えていた。
人間であった〈彼〉の姿をとどめているのは、いまはその美しい顔ばかりだった。純白の髪が額に落ちかかり、顔をふちどり、長い首筋に豊かなたてがみとなって流れ落ちている。やはり白く長い毛におおわれた身体、その背に折りたたまれているのは、白い大きな翼。
サルバトの傲慢さが生み出した変形人間。
アロウィンですら、怒りがこみあげてきた。
同じ人間に対して、なぜこんなにもひどいことができたのだろう。
〈彼〉は床に散らばっているガラスのかけらに前足の爪をくい込ませ、まっこうから二人を見据えた。
(また邪魔者が来たようだ)
「また」
ライランは、はっとして後ろを振り返った。
崩れかけた壁にもたれて、ジュダインがうずくまっていた。
こんなジュダインの姿は、誰も想像できはしなかった。鮮やかな赤毛は色あせ、その目はかつてのようなきらきらしい生気をたたえていない。うつろに見開かれたまま、遠い一点に向けられていた。
「ジュダイン」
ライランは彼に駆け寄って、その肩をゆさぶった。
「ジュダイン!」
だがジュダインの目は灰色の空洞。ライランを見ることさえしなかった。
ジュダインは、〈力〉を使い果たしてしまったのだ。
「こんなことになるくらいなら、死んだほうがましだったんだ」
ライランは涙をぬぐいもせず〈彼〉に向き直った。
「ちくしょう、よくも!」
(おまえの憎しみなど、わたしのものと比べたら塵も同然だ)
〈彼〉は冷ややかに言った。
(わたしとて、おまえたちのような身体を持っていた。いつも夢見ていた。どこかの広く明るい草原に横たわり、手足を伸ばして風を感じることを。わたしの親はその夢を奪った。連中はわたしの手足をもぎとった)
〈彼〉はゆっくりと翼を広げた。
(許さない)
アロウィンとライランは剣をかまえた。
(二人とも、心をひとつに合わせなさい)
エルグの声が聞こえた。
(〈彼〉の〈力〉を受け止めるのです。精神《こころ》を失わないように)
アロウィンは恐ろしい激流となって押し寄せてくる〈彼〉の〈力〉を感じた。
憎しみ。
ただただ憎しみ。
歯を食いしばり、〈彼〉の攻撃を迎え撃った。
そう。〈彼〉との戦いに剣は通用しなかった。
持てるだけの〈力〉で、〈彼〉を屈服させなくては。
とぎれそうになる意識を、なんとか保つ。ライランがいなかったら、とても耐えきれなかったろう。ジュダインは、これを一人で受け止めたのだ。
〈力〉と〈力〉がぶつかり、きしみあう。
ついで、白い閃光がほとばしり、地下室を満たした。
砂嵐はぴたりとやんだ。砂人たちはいっせいに悲鳴を上げ、陽の光から逃れるために砂丘の中に潜り込んだ。
そこだけ丸く、砂人の死体に覆われている砂地に、戦士たちは呆然と立ち尽くした。
パドマが、イムラにのろのろと歩み寄った。
「なにもかも、終わったのでしょうか、イムラ」
いましもキアル族に踊りかかろうとしていた王軍は、突然足並みを乱して動きを止めた。先頭きって馬を奔らせていたハリスラムは、手にしていた剣をきょとんと見つめ、やはり間の抜けた顔をして馬にまたがっている側近に言った。
「いったい、何をしていたんだ」
ゴルの天幕で、エルグは眉をひそめてつぶやいた。
「消えた──。どこへ?」
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