【完結】死に戻り伯爵の妻への懺悔

日比木 陽

文字の大きさ
6 / 66
過去編

強請られたのは①

しおりを挟む


先日から消えない焦燥感を抱いて、今日の執務を終わらせる。
手伝ってくれている侍従達に休むように言ってから、報告書を開いた。



◇◆◇◆





あの日、怖い思いをしたであろうセレスティアが馬車から降りた時の表情は、予想だにしない…笑顔だった。


元侍従だろう三十代程の男に、エスコートを受けて、見たことのないほど無邪気な笑顔を向けていたのだ。




「セレスティアッ!」




堪らず馬車から降りて、セレスティアに走り寄る。


「旦那様…」


先ほどの笑顔は見間違いだったのかと思うほどの無表情が自分へと向けられた事を認めたくない。




「…貴方が妻を助けてくださったのですね、感謝致します。」


エスコートされているセレスを僕の腕へと連れ戻す。


「私に敬語など、止して下さいターナー伯爵。…私は雇われている訳でもないので失礼を承知で申しますが、セレスティア様にあのような会合は全く似合いません。…今後は夫婦同伴ではな旦那様だけで参加された方がよろしいかと思います。」


「デイビッド…!」


最近、感情の波が立たない妻が、彼に向ける瑞々しい言葉に、強烈に腹から何かがこみ上げる。
だが、妻は僕の腕に居る。妻に狭量だと思われてはかなわない。抑え込まなければ。




「…そうですね、まさかあの様に下品な集まりだとは思いも寄らず。今後参加することはないでしょう。」


納得のいかない様子の男をその場に残し、侍従に後ほど礼を贈るように指示を出して、何か言いたそうなセレスティアの腰を抱いたまま強引に屋敷へと入った。




◇◆◇◆




どうしても、頭からあの日の笑んだ横顔が消えない。


あの男は、デイビッド・ペレス。セレスティアの実家で侍従を勤めていた。
侍従を辞めてからは、職を転々としている。
あの怪しい会合の会場近くの集合住宅の一室を借りて住んでいる。



報告書を机の上に投げ出して、ため息を吐いた。
あの後、例の会合についても調べた。
セレスティアに強引に迫った輩も調べが付いた。

僕をあの下品な会合に何度も誘った学友だ。

そして自分に迫った夫人についても調べた。以前から僕を狙っていたとの事で、友人を唆した者でもあった。もう今後一切関わらないで済む様脅しの材料を用意してある。


学友とはもう一切の商的取引を絶っておいた。…直に潰れるだろうが、自業自得でしかない。



…あの会場に焚かれていた香の正体は媚薬。


判断力を鈍らせ、性的興奮を高めるためのものだった。
調べればすぐに出てくるような情報を調べもせずに、実に浅はかだった。


今後セレスティアを参加させるようなものは下調べを入念にしなければ。


全ての報告書を皮のスリーブケースに挟んで、引き出しに仕舞った。

セレスティアの寝室へと向かうため、扉を開ける。


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...