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8巻
8-3
第二章 挨拶回りをしよう。
「えっ!? レベッカさんも領地に行くんですか?」
「ええ、そうなの」
ルーウェン家の邸の一室で、僕が思わず声を上げると、レベッカさんが頷いた。
年が明けた現在、王都の社交シーズンは既に終わっている。
王都に集まっていた貴族達はどんどん領地に戻っていて、リスナー家のセドリックさん、テオドールくん、ラティスくんも近いうちに領地に戻ると連絡が来ていた。
そして、ルーウェン家の長男夫婦であるヴェリオさんとアルメリアさんも、身重であるアルメリアさんの体調が良いうちに領地に戻るそうだ。
「ほら、アルメリアさんがあの状態でしょう? ですから、私も領地に行っていろいろ手助けをすることにしたの」
確か、ルーウェン家の領地は、王都で仕事のあるマティアスさんの代わりに、ヴェリオさんが領主代行をしているんだったな。
すると、奥さんであるアルメリアさんも領地では何かしら手伝うことがあるはずだ。
今はまだ目立たないが、すぐにお腹が大きくなってきて、思うように行動できなくなるんだろうな~。
であれば、レベッカさんが二人について領地に戻るのも納得できる。
「そうなんですね。それで、出発はいつなんですか?」
「それが、五日後なのよ」
「えっ!? すぐじゃないですか!」
もっと時間があると思っていたのに、あまり猶予はないようだ。
急な気もするが、もしかしたらもっと前から決まっていたのかもしれないな。
「「……おばーさま」」
「アレンちゃん、エレナちゃん、どうしたの?」
「「おばーさま、どっかいっちゃうのー?」」
「あらまあ! それで泣きそうなお顔をしているの?」
「「うぅ~~~」」
僕とレベッカさんのやりとりを眺めていたアレンとエレナは、今にも泣きそうな顔をしていた。
そんな子供達を見て、レベッカさんはほのかに嬉しそうな顔をする。
「離れるのが悲しいなんて、私、感激だわ~」
「「……うにゅ~~~」」
……いや、かなり嬉しそうだ。
「私もアレンちゃんとエレナちゃんと離れるのは寂しいもの。そうだわ! アレンちゃんとエレナちゃんも一緒に行きましょうか!」
「「いっしょー?」」
「ええ、アレンちゃんとエレナちゃんはお兄さんといろいろな街を見て回っているのでしょう? それなら、次はルーウェン領の街に行ってもいいじゃない! ――ねえ、タクミさん、良い案だと思わない?」
「そうですね~……」
レベッカさんの言葉に、僕は考える。
王都にはそれなりの期間いたので、そろそろ違う街に行ってみようかと思っていたのは確かだ。まあ、どこに行こうかは全然決めていなかったけどな~。
「別の街に行こうにもまったく当てはなかったので、嬉しいお話ですね。だけど、それではまた甘えることになりそうで……」
きっとまた、ルーウェン家の邸でお世話になってしまうであろうことだけが気がかりだった。
「あら、甘えると言っているけれど、滞在場所だけでしょう? そのくらいなら甘えるとは言わないわよ。だいたい、それ以上に私達だってタクミさんにはお世話になっているわよ」
「え、そうですかね?」
「そうよ」
何だろう? 僕的には一方的にお世話になっていると思っていたが、そうではないらしい。
ん~、僕がルーウェン家に提供したものね……食材かな? まあ、それを今考えても仕方がないか。
「アレンとエレナはどうしたい?」
「「いきたい!」」
「それはルーウェン領の街に?」
「「うん!」」
泣きそうだったはずのアレンとエレナは一転、強い眼差しで訴えてくる。
「よし、じゃあ、行こうか」
「「ほんとー?」」
「うん。まあ、しばらくはレベッカさんと離れることになるけどね」
「「なんでー?」」
ルーウェン領の街に遊びに行くのはいいけど、五日後に出発するレベッカさん達と一緒には行けない。
だって、注文した魔道具や臼と杵を受け取らないといけないし、自領に戻るセドリックさん達も見送りたい。
「王都でやり残したことがあるからね。それが終わってから出発するとして……――レベッカさん、ルーウェン領は王都から西に行ったところでしたよね?」
「あら? タクミさん……もしかしてローヴェル領と勘違いしているんじゃないかしら?」
「えっ!?」
「ルーウェン領は王都の東の海沿い。セルディーク国との交流が盛んな街、ルイビアがそうよ」
うわっ、凄い勘違いをしていた。西じゃなくて、東! 正反対じゃないか!
今、確認しておいてよかった~~~。
「危うく違う場所に行くところでした」
「ふふっ、良かったわね~」
「ええ、本当に。えっと……王都とルイビアの街の間にはまだ他の街がありますよね?」
「ええ、あるわね。――ああ、そういうことね」
僕が考えていることがわかったのか、レベッカさんはにっこりと微笑む。
「アレンちゃん、エレナちゃん、他の街も見ながらゆっくりルイビアの街に来てちょうだい」
「「ほかのまちー?」」
「そうよ。二人はまだまだ知らないものがいっぱいあるでしょう? だから、いろんなものを見て、感じて……たくさん経験することも大事よ」
「「……だいじ~」」
そう、僕は真っ直ぐにルイビアの街を目指すんじゃなく、せっかくなので間にあるだろう街や村なども堪能しつつ向かおうと思っているのだ。
レベッカさんは、そのことをしっかり理解してくれていた。
「ははは~、レベッカさん、代弁ありがとうございます」
「ふふっ、合っていたようね」
「ええ、僕の考えていたことと同じだったので驚きましたよ」
本当に、僕の考えを読んだかのようだった。
「レベッカさん、準備があると思いますが、出発までの間、時間があったらアレンとエレナを構ってあげてもらえますか?」
「もちろんよ」
それからというもの――
「おばーさま、おやつたべよー」
「おばーさま、ごほんよもうー」
アレンとエレナは〝外に遊びに行きたい〟〝依頼を受けに行きたい〟などとは言わず、カルガモの雛のようにレベッカさんについて回るようになった。
「――アレンちゃん、エレナちゃん、お茶にしましょうか」
「「うん! あのねー、きょうはね、おやつをつくってきたのー」」
レベッカさんが出発する前日、アレンとエレナはレベッカさんのお誘いに、そう答えた。
「あら、二人が?」
「うん、アレンね、ちょこぷりんつくったのー」
「エレナはね、いーちのぷりん!」
これは、レベッカさんと一緒に食べるためにおやつを作りたい、と二人が言うので挑戦した新作だ。
テーブルについてお茶の準備ができたところで、二人はプリンを出す。
「「どう? どう?」」
「まあ、二人とも、美味しいわよ~」
「「ほんとう!?」」
プリンを食べたレベッカさんの反応に、アレンもエレナも満面の笑みで喜んだ。
「「またつくるー」」
「あら、いいの? こんなにも美味しいものを作るのは大変ではなくて?」
「「だいじょーぶ」」
「じゃあ、お願いしようかしら」
「「うん!」」
そんなほのぼのとした日々も過ぎ、あっという間にレベッカさん、ヴェリオさん、アルメリアさんが領地に向けて出発する朝を迎えた。
僕はアレンとエレナを連れて、玄関に見送りに出た。当然、ルーウェン家の皆さんもいる。
「「……あぅ~」」
「あらあら、アレンちゃん、エレナちゃん、泣かないでちょうだい」
そしてアレンとエレナは、涙をポロポロと零していた。
自分達が旅立つことはあっても、親しい人が旅立っていくのは初めてだもんな~。
「アレン、エレナ、一生の別れじゃないんだから、笑顔で見送ってあげないと」
「そうよ。また会えるでしょう?」
「「……うん」」
まだぐずぐずとしているが、アレンとエレナは涙を止めて笑顔を作ろうとする。
「「おばーさま、またね」」
「ええ、また会いましょうね」
「「うん」」
子供達はレベッカさんにぎゅっと抱き着いてお別れの挨拶をする。
「レベッカさん、ヴェリオさん、アルメリアさん、道中お気をつけて」
「ありがとう。ルイビアの街でまた会えるのを楽しみにしているわ」
「タクミくん、楽しかったよ。領のほうにはいつでも来てくれ」
「お待ちしていますね」
ヴェリオさんとアルメリアさんとはなかなか一緒に過ごすことはなかったが、二人とも穏やかな人物なので、今では僕も親しみを感じている。
「子供達と一緒に、お土産をいろいろと集めてお伺いしますね」
「いっぱい~」
「あつめる~」
「「「……」」」
僕達の宣言に、旅立つ三人がなぜか無言になった。
「……タクミさん? それはあくまでも……お土産話よね?」
「ああ、そういうお土産ですか。いや~、私はタクミくんがどんな非常識なものを持ってくるのかと冷や冷やしましたよ」
絞り出すように言ったレベッカさんに、ヴェリオさんが続く。
確かにレベッカさんの言う通り、アレンとエレナがこれから体験するだろう旅の話は、次に会った時の土産話にはなるだろう。でも、僕の言ったものは物品のほうなんだけどな~。
……それにしても、ヴェリオさん、非常識なお土産って何ですかね?
「……どのくらいのものからが、非常識なお土産になりますか?」
正直自分でもわからないので、思い切って聞いてみた。
「今までの経験からいえば……マジェスタの実、トリュフ、ユキシタ茸、オークジェネラルやアーマーバッファローは普通じゃないな。ああ、パステルラビットもか。こうやって挙げてみると、タクミの非常識さが浮き彫りになるな~」
ここで何故か、一緒にお見送りしていたヴァルト様――僕がこの世界で最初に訪れた街、シーリンで親しくなった騎士で、ヴェリオ様の弟であるグランヴァルト様から指摘が入った。
予想通りと言えば予想通りの品々が挙げられたが……細かいことを気にしないヴァルト様に指摘されると何だか癪だ。
「……じゃあ、ドラゴンのお肉をお土産にできるように頑張りますね」
「「がんばるー」」
なので、あえて非常識なお土産を用意すると宣言すると、アレンとエレナもにこにこと笑いながら拳を突き上げた。
「いやいやいや! タクミ、それはシャレにならないからな!」
「この際、非常識というものを突き詰めてみるのもいいかな~と」
「……おい、タクミ、ちょっと待てよ」
ヴァルト様から制止の声が掛かるが、聞こえない振りをする。
「あ、なくなってしまう肉よりは毛皮とかのほうがいいかもしれない。えっと、毛皮なら何の魔物がいいかな?」
「くまー?」
「おおかみー?」
アレンとエレナも、目を輝かせて提案してきた。
「じゃあ、片方は王都のルーウェン邸への、もう片方は領地のルーウェン邸へのお土産にするか?」
「「おぉ~、がんばる~」」
「だから、ちょっと待てって言っているだろう!」
ヴァルト様はとうとう声を荒らげてくる。
「「だめなのー?」」
「ああ、駄目だぞ」
「「なんでー?」」
不思議そうな子供達に、ヴァルト様は言葉に詰まりながらも答える。
「何で……それはな、普通じゃないからだ」
「「ふつうってなーに?」」
「普通!? 普通っていうのは……一般的なことだ」
「いっぱんてきー?」
「なーに?」
「一般的っていうのはな……――」
アレンとエレナがヴァルト様を質問攻めにする。
質問を受ける立場っていうのは、結構つらいんだよね~。うん、ここはヴァルト様に任せておこう!
「タクミさん」
そっと子供達とヴァルト様から遠ざかっていると、そこにレベッカさんがマティアスさんを伴って近寄ってきた。
「美味しいドラゴンのお肉、楽しみにしているわね」
「私も毛皮の敷物を新しくしたいと思っていたところなんだ。タクミくん、良いものがあったらよろしく頼むよ」
「ええ、期待に応えられるように頑張ります」
二人はとてもにこやかに笑っているので、本気で言っているのではなく、僕の冗談に乗ってくれているだけだとわかった。
……まあ、毛並みの良い毛皮の敷物なら何とかなるかもしれないが、さすがにドラゴンの肉はちょっと無謀だよな~。
「ふふっ。でも、あまり待たされるのは嫌よ。ですから、お土産が手に入らなくても、ある程度の期間で切り上げて遊びに来てちょうだい」
「わかりました。何十年経っても会えないのは僕も嫌なので、しっかりと心に刻んでおきます」
「ええ、そうしてちょうだい」
レベッカさんは微笑むと、僕のことを軽く抱きしめてくる。
「レベッカさん?」
「タクミさん、これからあなたも旅立って行くんでしょうけれど、あなたは私の三人目の息子なの。だから、王都にあるこの邸も、領にある邸もあなたの家よ。遠慮せずに帰ってきてね」
「……ありがとうございます」
レベッカさんがこんな風に思ってくれていることに感動し、思わず泣きそうになる。
「寂しくなって、すぐにルイビアの街に行きたくなっちゃうじゃないですか」
「あら、それは大歓迎よ」
「レベッカさん、誘惑は駄目です」
「あら、残念」
今度は笑いが誘われる。
「でも、本当に待っているわ」
「はい、すぐに伺います」
「アレンちゃんとエレナちゃん、元気でね」
「「うん、おばーさまもね」」
レベッカさんはいつの間にかこちらに来ていたアレンとエレナにもう一度挨拶をすると、馬車に乗り込んで出発していった。
アレンとエレナは、馬車が見えなくなるまで手を振って見送っていた。
◇ ◇ ◇
「またベイリーにも遊びに来てくださいね」
「アレンくん、またね~」
「エレナちゃん、またね~」
レベッカさん達を見送った三日後、今度は領に戻るリスナー家の三人を見送った。
そしてそれからというもの……
「「いってらっしゃい」」
「ああ、行ってくるよ」
「「はやくかえってきてね」」
「わかったよ。二人も良い子で待っているんだよ」
「「うん!」」
アレンとエレナは仲の良い人達が少なくなっていくのが寂しいのか、仕事に行くマティアスさんに「ちゃんとかえってくる?」「きょうははやい?」などと尋ねるようになった。
マティアスさんは笑いながら子供達の相手をしてくれるが、毎日何回も聞くので本当に申し訳ないんだよね~。
しかもそれだけじゃなくて……。
「おやおや、二人ともどうしたんだね?」
「「おじーさま、おしごとー?」」
マティアスさんが自邸の執務室で仕事をしている時まで、部屋を覗き込んで執務を中断させてしまうこともあった。
「マティアスさん、すみません」
「急ぎのものはないし、構わないよ。こっちにおいで」
「「うん!」」
呼ばれたアレンとエレナは、満面の笑みでマティアスさんに駆け寄る。
「今日は何をしていたんだい?」
「「おりょうりしたの!」」
「料理かい? 美味しいものはできたかな?」
「「うん!」」
楽しそうに話す子供達。
「おじーさま」
「たべてねー」
「おや、では二人が作った料理が夕食に出るのかな? それは楽しみだ」
今日二人が作ったのは、お好み焼きっぽいものだ。
長芋がなかったので固めの出来だし、ソースもトゥーリの実――トマトをベースにショーユやニンニクを混ぜて作ったから、お好みソースとは似ても似つかない。
全体的にお好み焼きと呼んでいいものかわからないが、それなりに美味しくできた。
僕達は昼に食べたのだが、アレンとエレナがマティアスさんにも食べさせたいと言うので、午後からもう一度作ったのだ。
僕の勝手なイメージだと、お好み焼きって夕食にはあまり食べないんだけど……まあ、ただのイメージなので問題ないだろうと、夕食の一品に加わったというわけだ。
「タクミくん、やはり子供達は邸に籠りがちなのかい?」
マティアスさんは子供達と話していた表情を一変させ、真剣な表情で僕のほうを見てくる。
「そうなんですよ……すみません」
そうなのだ。アレンとエレナはレベッカさんがルーウェン領に行くとわかってから旅立つまで、ずっと邸の中で過ごしていた。
そして彼女がいなくなった後も、あまり外に出たがらなかった。
「いやいや、責めているわけではないんだよ。ヴェリオやヴァルトがこの子達くらいの時は、邸にいるほうが断然多かったからね。ただ、この子達の場合はいつもあちこちと出歩いていたから、少し気になっただけだよ」
そうか、貴族の子供だとそう頻繁に出歩いたりしないものなのか。
「まあ、一時的な行動だと思うんですよね。明日は街に出かけようと思っているので、それを嫌がったら……ちょっと真剣に考えてみます」
「それでいいだろう。で、明日はどこに出かけるんだい?」
「はい、白麦を炊く魔道具の試作品ができたと連絡が来たので、確認しに行ってきます」
「おぉ! それは重畳だな!」
マティアスさんは嬉しそうな表情を浮かべる。
「確認して問題がないようなら、すぐに正式に製造をお願いしてきますね」
「頼むよ! 他家からもその魔道具に関しての要請が来ているし……そして何より、我が家にも欲しいものだからね」
わぁーお、炊飯器についての他家からの要請ってまだ来ていたんだ~。
マティアスさんが防波堤になってくれていたのかな? これは早めに魔道具を完成させないと。
「えっ!? レベッカさんも領地に行くんですか?」
「ええ、そうなの」
ルーウェン家の邸の一室で、僕が思わず声を上げると、レベッカさんが頷いた。
年が明けた現在、王都の社交シーズンは既に終わっている。
王都に集まっていた貴族達はどんどん領地に戻っていて、リスナー家のセドリックさん、テオドールくん、ラティスくんも近いうちに領地に戻ると連絡が来ていた。
そして、ルーウェン家の長男夫婦であるヴェリオさんとアルメリアさんも、身重であるアルメリアさんの体調が良いうちに領地に戻るそうだ。
「ほら、アルメリアさんがあの状態でしょう? ですから、私も領地に行っていろいろ手助けをすることにしたの」
確か、ルーウェン家の領地は、王都で仕事のあるマティアスさんの代わりに、ヴェリオさんが領主代行をしているんだったな。
すると、奥さんであるアルメリアさんも領地では何かしら手伝うことがあるはずだ。
今はまだ目立たないが、すぐにお腹が大きくなってきて、思うように行動できなくなるんだろうな~。
であれば、レベッカさんが二人について領地に戻るのも納得できる。
「そうなんですね。それで、出発はいつなんですか?」
「それが、五日後なのよ」
「えっ!? すぐじゃないですか!」
もっと時間があると思っていたのに、あまり猶予はないようだ。
急な気もするが、もしかしたらもっと前から決まっていたのかもしれないな。
「「……おばーさま」」
「アレンちゃん、エレナちゃん、どうしたの?」
「「おばーさま、どっかいっちゃうのー?」」
「あらまあ! それで泣きそうなお顔をしているの?」
「「うぅ~~~」」
僕とレベッカさんのやりとりを眺めていたアレンとエレナは、今にも泣きそうな顔をしていた。
そんな子供達を見て、レベッカさんはほのかに嬉しそうな顔をする。
「離れるのが悲しいなんて、私、感激だわ~」
「「……うにゅ~~~」」
……いや、かなり嬉しそうだ。
「私もアレンちゃんとエレナちゃんと離れるのは寂しいもの。そうだわ! アレンちゃんとエレナちゃんも一緒に行きましょうか!」
「「いっしょー?」」
「ええ、アレンちゃんとエレナちゃんはお兄さんといろいろな街を見て回っているのでしょう? それなら、次はルーウェン領の街に行ってもいいじゃない! ――ねえ、タクミさん、良い案だと思わない?」
「そうですね~……」
レベッカさんの言葉に、僕は考える。
王都にはそれなりの期間いたので、そろそろ違う街に行ってみようかと思っていたのは確かだ。まあ、どこに行こうかは全然決めていなかったけどな~。
「別の街に行こうにもまったく当てはなかったので、嬉しいお話ですね。だけど、それではまた甘えることになりそうで……」
きっとまた、ルーウェン家の邸でお世話になってしまうであろうことだけが気がかりだった。
「あら、甘えると言っているけれど、滞在場所だけでしょう? そのくらいなら甘えるとは言わないわよ。だいたい、それ以上に私達だってタクミさんにはお世話になっているわよ」
「え、そうですかね?」
「そうよ」
何だろう? 僕的には一方的にお世話になっていると思っていたが、そうではないらしい。
ん~、僕がルーウェン家に提供したものね……食材かな? まあ、それを今考えても仕方がないか。
「アレンとエレナはどうしたい?」
「「いきたい!」」
「それはルーウェン領の街に?」
「「うん!」」
泣きそうだったはずのアレンとエレナは一転、強い眼差しで訴えてくる。
「よし、じゃあ、行こうか」
「「ほんとー?」」
「うん。まあ、しばらくはレベッカさんと離れることになるけどね」
「「なんでー?」」
ルーウェン領の街に遊びに行くのはいいけど、五日後に出発するレベッカさん達と一緒には行けない。
だって、注文した魔道具や臼と杵を受け取らないといけないし、自領に戻るセドリックさん達も見送りたい。
「王都でやり残したことがあるからね。それが終わってから出発するとして……――レベッカさん、ルーウェン領は王都から西に行ったところでしたよね?」
「あら? タクミさん……もしかしてローヴェル領と勘違いしているんじゃないかしら?」
「えっ!?」
「ルーウェン領は王都の東の海沿い。セルディーク国との交流が盛んな街、ルイビアがそうよ」
うわっ、凄い勘違いをしていた。西じゃなくて、東! 正反対じゃないか!
今、確認しておいてよかった~~~。
「危うく違う場所に行くところでした」
「ふふっ、良かったわね~」
「ええ、本当に。えっと……王都とルイビアの街の間にはまだ他の街がありますよね?」
「ええ、あるわね。――ああ、そういうことね」
僕が考えていることがわかったのか、レベッカさんはにっこりと微笑む。
「アレンちゃん、エレナちゃん、他の街も見ながらゆっくりルイビアの街に来てちょうだい」
「「ほかのまちー?」」
「そうよ。二人はまだまだ知らないものがいっぱいあるでしょう? だから、いろんなものを見て、感じて……たくさん経験することも大事よ」
「「……だいじ~」」
そう、僕は真っ直ぐにルイビアの街を目指すんじゃなく、せっかくなので間にあるだろう街や村なども堪能しつつ向かおうと思っているのだ。
レベッカさんは、そのことをしっかり理解してくれていた。
「ははは~、レベッカさん、代弁ありがとうございます」
「ふふっ、合っていたようね」
「ええ、僕の考えていたことと同じだったので驚きましたよ」
本当に、僕の考えを読んだかのようだった。
「レベッカさん、準備があると思いますが、出発までの間、時間があったらアレンとエレナを構ってあげてもらえますか?」
「もちろんよ」
それからというもの――
「おばーさま、おやつたべよー」
「おばーさま、ごほんよもうー」
アレンとエレナは〝外に遊びに行きたい〟〝依頼を受けに行きたい〟などとは言わず、カルガモの雛のようにレベッカさんについて回るようになった。
「――アレンちゃん、エレナちゃん、お茶にしましょうか」
「「うん! あのねー、きょうはね、おやつをつくってきたのー」」
レベッカさんが出発する前日、アレンとエレナはレベッカさんのお誘いに、そう答えた。
「あら、二人が?」
「うん、アレンね、ちょこぷりんつくったのー」
「エレナはね、いーちのぷりん!」
これは、レベッカさんと一緒に食べるためにおやつを作りたい、と二人が言うので挑戦した新作だ。
テーブルについてお茶の準備ができたところで、二人はプリンを出す。
「「どう? どう?」」
「まあ、二人とも、美味しいわよ~」
「「ほんとう!?」」
プリンを食べたレベッカさんの反応に、アレンもエレナも満面の笑みで喜んだ。
「「またつくるー」」
「あら、いいの? こんなにも美味しいものを作るのは大変ではなくて?」
「「だいじょーぶ」」
「じゃあ、お願いしようかしら」
「「うん!」」
そんなほのぼのとした日々も過ぎ、あっという間にレベッカさん、ヴェリオさん、アルメリアさんが領地に向けて出発する朝を迎えた。
僕はアレンとエレナを連れて、玄関に見送りに出た。当然、ルーウェン家の皆さんもいる。
「「……あぅ~」」
「あらあら、アレンちゃん、エレナちゃん、泣かないでちょうだい」
そしてアレンとエレナは、涙をポロポロと零していた。
自分達が旅立つことはあっても、親しい人が旅立っていくのは初めてだもんな~。
「アレン、エレナ、一生の別れじゃないんだから、笑顔で見送ってあげないと」
「そうよ。また会えるでしょう?」
「「……うん」」
まだぐずぐずとしているが、アレンとエレナは涙を止めて笑顔を作ろうとする。
「「おばーさま、またね」」
「ええ、また会いましょうね」
「「うん」」
子供達はレベッカさんにぎゅっと抱き着いてお別れの挨拶をする。
「レベッカさん、ヴェリオさん、アルメリアさん、道中お気をつけて」
「ありがとう。ルイビアの街でまた会えるのを楽しみにしているわ」
「タクミくん、楽しかったよ。領のほうにはいつでも来てくれ」
「お待ちしていますね」
ヴェリオさんとアルメリアさんとはなかなか一緒に過ごすことはなかったが、二人とも穏やかな人物なので、今では僕も親しみを感じている。
「子供達と一緒に、お土産をいろいろと集めてお伺いしますね」
「いっぱい~」
「あつめる~」
「「「……」」」
僕達の宣言に、旅立つ三人がなぜか無言になった。
「……タクミさん? それはあくまでも……お土産話よね?」
「ああ、そういうお土産ですか。いや~、私はタクミくんがどんな非常識なものを持ってくるのかと冷や冷やしましたよ」
絞り出すように言ったレベッカさんに、ヴェリオさんが続く。
確かにレベッカさんの言う通り、アレンとエレナがこれから体験するだろう旅の話は、次に会った時の土産話にはなるだろう。でも、僕の言ったものは物品のほうなんだけどな~。
……それにしても、ヴェリオさん、非常識なお土産って何ですかね?
「……どのくらいのものからが、非常識なお土産になりますか?」
正直自分でもわからないので、思い切って聞いてみた。
「今までの経験からいえば……マジェスタの実、トリュフ、ユキシタ茸、オークジェネラルやアーマーバッファローは普通じゃないな。ああ、パステルラビットもか。こうやって挙げてみると、タクミの非常識さが浮き彫りになるな~」
ここで何故か、一緒にお見送りしていたヴァルト様――僕がこの世界で最初に訪れた街、シーリンで親しくなった騎士で、ヴェリオ様の弟であるグランヴァルト様から指摘が入った。
予想通りと言えば予想通りの品々が挙げられたが……細かいことを気にしないヴァルト様に指摘されると何だか癪だ。
「……じゃあ、ドラゴンのお肉をお土産にできるように頑張りますね」
「「がんばるー」」
なので、あえて非常識なお土産を用意すると宣言すると、アレンとエレナもにこにこと笑いながら拳を突き上げた。
「いやいやいや! タクミ、それはシャレにならないからな!」
「この際、非常識というものを突き詰めてみるのもいいかな~と」
「……おい、タクミ、ちょっと待てよ」
ヴァルト様から制止の声が掛かるが、聞こえない振りをする。
「あ、なくなってしまう肉よりは毛皮とかのほうがいいかもしれない。えっと、毛皮なら何の魔物がいいかな?」
「くまー?」
「おおかみー?」
アレンとエレナも、目を輝かせて提案してきた。
「じゃあ、片方は王都のルーウェン邸への、もう片方は領地のルーウェン邸へのお土産にするか?」
「「おぉ~、がんばる~」」
「だから、ちょっと待てって言っているだろう!」
ヴァルト様はとうとう声を荒らげてくる。
「「だめなのー?」」
「ああ、駄目だぞ」
「「なんでー?」」
不思議そうな子供達に、ヴァルト様は言葉に詰まりながらも答える。
「何で……それはな、普通じゃないからだ」
「「ふつうってなーに?」」
「普通!? 普通っていうのは……一般的なことだ」
「いっぱんてきー?」
「なーに?」
「一般的っていうのはな……――」
アレンとエレナがヴァルト様を質問攻めにする。
質問を受ける立場っていうのは、結構つらいんだよね~。うん、ここはヴァルト様に任せておこう!
「タクミさん」
そっと子供達とヴァルト様から遠ざかっていると、そこにレベッカさんがマティアスさんを伴って近寄ってきた。
「美味しいドラゴンのお肉、楽しみにしているわね」
「私も毛皮の敷物を新しくしたいと思っていたところなんだ。タクミくん、良いものがあったらよろしく頼むよ」
「ええ、期待に応えられるように頑張ります」
二人はとてもにこやかに笑っているので、本気で言っているのではなく、僕の冗談に乗ってくれているだけだとわかった。
……まあ、毛並みの良い毛皮の敷物なら何とかなるかもしれないが、さすがにドラゴンの肉はちょっと無謀だよな~。
「ふふっ。でも、あまり待たされるのは嫌よ。ですから、お土産が手に入らなくても、ある程度の期間で切り上げて遊びに来てちょうだい」
「わかりました。何十年経っても会えないのは僕も嫌なので、しっかりと心に刻んでおきます」
「ええ、そうしてちょうだい」
レベッカさんは微笑むと、僕のことを軽く抱きしめてくる。
「レベッカさん?」
「タクミさん、これからあなたも旅立って行くんでしょうけれど、あなたは私の三人目の息子なの。だから、王都にあるこの邸も、領にある邸もあなたの家よ。遠慮せずに帰ってきてね」
「……ありがとうございます」
レベッカさんがこんな風に思ってくれていることに感動し、思わず泣きそうになる。
「寂しくなって、すぐにルイビアの街に行きたくなっちゃうじゃないですか」
「あら、それは大歓迎よ」
「レベッカさん、誘惑は駄目です」
「あら、残念」
今度は笑いが誘われる。
「でも、本当に待っているわ」
「はい、すぐに伺います」
「アレンちゃんとエレナちゃん、元気でね」
「「うん、おばーさまもね」」
レベッカさんはいつの間にかこちらに来ていたアレンとエレナにもう一度挨拶をすると、馬車に乗り込んで出発していった。
アレンとエレナは、馬車が見えなくなるまで手を振って見送っていた。
◇ ◇ ◇
「またベイリーにも遊びに来てくださいね」
「アレンくん、またね~」
「エレナちゃん、またね~」
レベッカさん達を見送った三日後、今度は領に戻るリスナー家の三人を見送った。
そしてそれからというもの……
「「いってらっしゃい」」
「ああ、行ってくるよ」
「「はやくかえってきてね」」
「わかったよ。二人も良い子で待っているんだよ」
「「うん!」」
アレンとエレナは仲の良い人達が少なくなっていくのが寂しいのか、仕事に行くマティアスさんに「ちゃんとかえってくる?」「きょうははやい?」などと尋ねるようになった。
マティアスさんは笑いながら子供達の相手をしてくれるが、毎日何回も聞くので本当に申し訳ないんだよね~。
しかもそれだけじゃなくて……。
「おやおや、二人ともどうしたんだね?」
「「おじーさま、おしごとー?」」
マティアスさんが自邸の執務室で仕事をしている時まで、部屋を覗き込んで執務を中断させてしまうこともあった。
「マティアスさん、すみません」
「急ぎのものはないし、構わないよ。こっちにおいで」
「「うん!」」
呼ばれたアレンとエレナは、満面の笑みでマティアスさんに駆け寄る。
「今日は何をしていたんだい?」
「「おりょうりしたの!」」
「料理かい? 美味しいものはできたかな?」
「「うん!」」
楽しそうに話す子供達。
「おじーさま」
「たべてねー」
「おや、では二人が作った料理が夕食に出るのかな? それは楽しみだ」
今日二人が作ったのは、お好み焼きっぽいものだ。
長芋がなかったので固めの出来だし、ソースもトゥーリの実――トマトをベースにショーユやニンニクを混ぜて作ったから、お好みソースとは似ても似つかない。
全体的にお好み焼きと呼んでいいものかわからないが、それなりに美味しくできた。
僕達は昼に食べたのだが、アレンとエレナがマティアスさんにも食べさせたいと言うので、午後からもう一度作ったのだ。
僕の勝手なイメージだと、お好み焼きって夕食にはあまり食べないんだけど……まあ、ただのイメージなので問題ないだろうと、夕食の一品に加わったというわけだ。
「タクミくん、やはり子供達は邸に籠りがちなのかい?」
マティアスさんは子供達と話していた表情を一変させ、真剣な表情で僕のほうを見てくる。
「そうなんですよ……すみません」
そうなのだ。アレンとエレナはレベッカさんがルーウェン領に行くとわかってから旅立つまで、ずっと邸の中で過ごしていた。
そして彼女がいなくなった後も、あまり外に出たがらなかった。
「いやいや、責めているわけではないんだよ。ヴェリオやヴァルトがこの子達くらいの時は、邸にいるほうが断然多かったからね。ただ、この子達の場合はいつもあちこちと出歩いていたから、少し気になっただけだよ」
そうか、貴族の子供だとそう頻繁に出歩いたりしないものなのか。
「まあ、一時的な行動だと思うんですよね。明日は街に出かけようと思っているので、それを嫌がったら……ちょっと真剣に考えてみます」
「それでいいだろう。で、明日はどこに出かけるんだい?」
「はい、白麦を炊く魔道具の試作品ができたと連絡が来たので、確認しに行ってきます」
「おぉ! それは重畳だな!」
マティアスさんは嬉しそうな表情を浮かべる。
「確認して問題がないようなら、すぐに正式に製造をお願いしてきますね」
「頼むよ! 他家からもその魔道具に関しての要請が来ているし……そして何より、我が家にも欲しいものだからね」
わぁーお、炊飯器についての他家からの要請ってまだ来ていたんだ~。
マティアスさんが防波堤になってくれていたのかな? これは早めに魔道具を完成させないと。
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