地獄に一度だけ咲く花

SIYO

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第一怪談「亡者列車」

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その列車に迷い乗った者は、永遠に彷徨い続ける。
たとえ肉体が朽ち果てようとも、魂だけになろうとも。

――鎌倉事変が発生する少し前。

人気のない山奥に佇む、苔むした古社。
その本殿の床で、一人の男が静かに目を覚ました。

「……約束を果たす時が来たか」

呟きとともに立ち上がると、戸を押し開け、苔の生えた石畳を踏みしめて歩き出す。
遠く霞む街並みに目を細め、男は短く言葉を漏らした。

「妖気に溢れているな」

それだけを呟くと、長い石段をゆっくりと降りていった。
男の衣は狩衣に似ていたが、戦場にも立てるほど機能的で、静かな風格を纏っていた。

山を抜けると、舗装された道が続いていた。
男は黙々と歩き、やがて駅のホームに辿り着く。
構内に貼られた路線図を眺め、近くの駅員に声をかけた。

「鎌倉に向かうには、どうすればいい?」

無愛想な駅員が淡々と答える。
「六番線の十一時三十二分に乗れば行けますよ」

「そうか、助かる」

男はそう呟き、改札を通り抜けた。
しかし改札機は反応しない。
駅員は何も気づかぬまま、ただ日常の作業を続けていた。

やがて、時刻表どおりに列車が滑り込んできた。
男は窓際の席に腰を下ろす。
ふと隣に座った年配の女性が、柔らかい声で話しかけた。

「まぁ、なんて素敵なお着物……」

男は視線を女性に向け、静かに尋ねた。
「私が視えるのか?」

他の乗客には、年配の女性が独り言を言っているようにしか見えない。
彼女は気にする様子もなく、微笑みながら言葉を続けた。

「えぇ、こんな立派な着物……昔どこかで見たような気がして。
 ついお声を掛けてしまって、ごめんなさいね」

遠く霞む記憶を懐かしむように、女性は窓の外を見つめた。
男も同じ方向へ視線を向け、懐から扇子を取り出して開いた。

「私はかなり昔、この土地で稲が揺れる頃に舞を踊ったことがある。
 その時に纏っていた衣と同じものかもしれんな……」

扇子に描かれた絵が淡く光り、花弁のような模様が空中に浮かび上がる。
年配の女性は息を呑み、目を輝かせた。

「あなたは一体……?」

男は静かに微笑んだ。
「これがあなたを導く道標となるだろう」

それだけを告げ、扇子を彼女の手にそっと渡した。

――その時。

車両の奥から、掠れた呻き声が響いた。
タスケテ……カエリタイ……カエラナクチャ……アノコタチガマッテイルノニ……

空気が歪み、列車の光が濁り始める。
血肉の腐臭が鼻腔を満たし、床には見えぬ手形が浮かび上がった。

隣を見たが、年配の女性の姿はもうなかった。
男は安堵の息を漏らし、扇子を構えた。

「極楽にも行けず、地獄にも堕ちれず……さぞ、苦しかったことであろう。
 その未練、怒り、悲しみを──」

男の声が低く響く。

「穢れを祓いて、業を斬りて鎮め、體と魂を赦し──弔う」

静寂。
一瞬ののち、男は扇子を一閃し、力強く叫んだ。

「滅ッ!」

閃光が車内を満たし、世界が反転する。
次の瞬間、景色は穏やかな日常に戻っていた。

だが──座席には男の姿だけが残されていた。
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