地獄に一度だけ咲く花

SIYO

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第参怪談 「首斬り地蔵」 前編①

災厄の集結

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夜に杭を打つ音が、不気味に森へ響く。
月は雲に隠れ、夜の山林は深い闇に満たされていた。
僅かに揺れる二つの灯りだけが、暗闇の中でぽつりと孤立していた。

「しね、シネ、死ね死ね死ね……」

白装束を身に纏い、頭に灯した二本の蝋燭を揺らしながら、女は木に貼り付けた数枚の写真へ釘を打ち込んでいた。
カーン、カーン……乾いた音が静寂を裂き、その音を頼りに肝試しに訪れた若者たちが面白半分で近づいてくる。

突然の足音に驚き、女は蝋燭の火を消して草むらへ身を隠した。

「音はこっちから聞こえたよな?」
「動物とかじゃねぇの?」
「いや、灯り見えたもん。絶対ここだって」

息を潜めた女の目の前に、突然男の足が現れた。

「おい!」

見つかった――。
女は張り裂けそうな心臓の鼓動しか聞こえなかった。

「うわ、写真に釘が打ってある」
「マジかよ……怖っ」

男たちは周囲にある地蔵の首を蹴り倒しながら去ろうとした、その時だった。

女がわずかに足を引いた瞬間、乾いた枝を踏みしめてしまった。

――まずい。

「誰だ!?」

三人の懐中電灯が一斉に草むらを照らし、隠れていた女を暴き出す。
諦めて姿を見せようと立ち上がった女の視界に広がった光景に、血の気が引いた。

そこには、座禅を組んだまま首を失った遺体があった。
その両手には――切断された自分の首が置かれている。

「ヒィッ……!」

懐中電灯が点滅を繰り返す中、三体の遺体の中心に“それ”が立っているのが見えた。

それは仏像のようでいて、明らかに仏ではなかった。
首はなく、六本の腕を持ち、中央の二本は地蔵の首を掴んでいる。
残る四本の腕は静かに印相を組んでいた。

ギ……ギ……ギ……

不気味な軋みと共に、それは女の方向へ向き直った。
いや――“見た”のだ。

懐中電灯が完全に消えた瞬間、
女の視界は地面に落ちた。

――首斬り地蔵。
それが、鎌倉へと向かい始めた瞬間だった。



怪異は鎌倉に近付きながら、濃密な瘴気を撒き散らしていた。

全国の狩人たちは各地の異変に奔走していたが、
鎌倉で生中継された“狩衣の男の出現”を皮切りに、
すべての怪異現象の中心が鎌倉にあると判明する。

鎌倉GATE対応機関(KAGURA)は、急増する神隠し事案に対応していた。

研究室では、壁一面に貼られた被害者リストを前に、
科学部門の若き天才・土間涼之助が沈黙していた。

「土間、最後に寝たのはいつだ?」

湯気の立つコーヒーが、ぼんやりとした彼の視界を遮った。
声の主は戦闘科の片岡秀三郎だ。

「ども……片岡さん。寝たのは、42時間32分前ですね」

片岡は呆れたように溜息をつく。

「お前な……で、何か掴めたのか?」

土間は肩を竦めながら、クシャクシャの資料を取り出して見せた。

「神隠し発生の頻度に、明確な共通点がありました。ただ――」

「なんだ?」

土間は書類を机に置き、淡々と説明を始めた。

「神隠しは怪異・妖怪のテリトリー、つまり“異界(RZ)”に侵入、もしくは招かれた者が消える現象です。
本来なら、怪異同士は互いの結界を避ける傾向があります。
ですが今回、複数の怪異が同じRZ内に集まっている」

片岡の表情が険しくなる。

「鎌倉の正月の生放送以降、鶴岡八幡宮を中心に半径2キロで神隠しが急増。
さらに妖怪の大群が鎌倉を目指して行列しているとの報告も多数。
これは、過去のどの文献にも存在しない前代未聞の事態です」

説明を終えた土間は、軽く笑った。

「片岡さん、コーヒーのおかわりを――」

その直後、機関内の全警報が同時に鳴り響いた。

2人はメインフロアへ走る。

「何が起きてる!?」

「鶴岡八幡宮本殿で――地獄の門が開門しました!!」

「ありえない!GATE波形には異常はなかったはず――!」

その時、全員の脳内に奇妙な声が直接響いた。

――約束の時が来た。

片岡は叫ぶ。

「全職員に告ぐ!
鎌倉周辺の狩人全員へ招集令!
警察・自衛隊へGATE隔離協力を要請!
戦闘科は武装して第参フロアへ急げ!!」



鎌倉では警察主導の大規模避難が始まっていた。
ほとんどの市民は脱出したが、取り残された者も多く、
狩人たちは救出に奔走していた。

一方、KAGURA本部では戦闘科が整列していた。

「我々の任務は接触可能な妖怪・怪異の排除だ!
狩人による浄化が完了するまで援護に徹する!
浄化有効範囲は狩人から半径3メートル!
妖怪は我々でも追い払えるが、怪異は必ず狩人へ伝えろ!
英雄になろうなどと思うな!!」



隔離完了から1時間後――。

噂を聴きつけた不届き者たちが、空き巣目的で次々と侵入した。

その中の二人も、無人となった雪ノ下通りを歩いていた。

「おいおい、マジで無人じゃん!」
「盗り放題だな!」

チ……チ……チ……
ギャア……ギャア……

妙な音に気付いた瞬間、背筋が凍った。
すべての家の屋根――そこに無数の餓鬼が張り付き、
獲物として二人を見下ろしていた。

「な、なんだ……子供?」
「隔離された鎌倉にいるわけ――」

男の足首に激痛が走る。
餓鬼が喰らいついていた。

「離せッ!!」

想像以上の力に押されていると、もう一人が肩を叩いた。

「おい……やばいって……」

振り返ると、周囲は餓鬼の群れで埋め尽くされていた。
涎を垂らし、“ご馳走”を前に舞い上がるように蠢いている。

隔離された鎌倉へ侵入した者で、
生きて帰れた人間は――一人もいなかった。

続く。


データベースへのアクセスを承認……。

【KAGURA公式文書:分類規定第18号】
――怪異・妖怪が発生させる領域現象について――

用語:RZ(Realm Zone)/異界(いかい)



1. 定義(Definition)

RZ:Realm Zone
KAGURA科学部門が用いる技術的分類名。
怪異・妖怪など超常存在が展開する、
局所的・時限的な空間歪曲領域
を指す。

異界(いかい)
狩人(祓魔師)部門による呼称。
RZ内部は「現実世界と似て非なる境界の狭間」であり、
怪異の本質や“未練・怒り”が顕在化する精神汚染領域でもある。

両者は異なる視点で命名されているが、
指す現象は同一である。

2. 基本特性(Characteristics)

RZ(異界)は、以下の特徴を持つ。
1. 空間構造の変質
• 現実の地形が異なる形で再構成される
• “怪異•妖怪個体が最も馴染む環境”として出現する
• 例:廃寺院、森、古い学校、闇に沈んだ街路 など
2. 視認性の変化
• 非視認者でも怪異•妖怪を視認可能になるケースが存在
• 特に地獄の門出現時はRZ濃度が異常上昇
• これにより「一般人が怪異に襲われる」状況が発生
3. 精神汚染(Emotional Resonance)
• 怪異の“未練・怒り・恐怖”が空気中に凝集
• 長時間滞在すると精神侵蝕・幻覚・錯乱を誘発
4. 外部干渉の困難性
• RZ内部の怪異は、通常物理攻撃を受け付けない
• KAGURA製の対怪異武装、狩人の退魔法式のみ有効



3. 発現条件(Manifestation Requirements)

RZ(異界)は、怪異自体の意思、あるいは
その存在を形作る「感情エネルギー」「怨念」「召喚儀式」などにより発生。

特定条件下では複数RZが干渉し、
大規模な“領域融合” を起こす。

鎌倉事変においてはこれが顕著であり、
元来分離されるべき複数の怪異結界が
GATE(地獄の門)出現に伴い一箇所に集結した。

これは過去の記録に前例がない最悪級現象である。



4. 危険度(Hazard Level)

KAGURAではRZを以下の危険階級で分類する。
• RZ-Ⅰ:局所型(単独怪異・小規模異界)
• RZ-Ⅱ:拡張型(複数怪異による干渉)
• RZ-Ⅲ:融合型(鎌倉事変級・一般人視認可)
• RZ-Ω:GATE直結型(地獄領域との接続を含む)

鎌倉事変は RZ-Ⅲ → RZ-Ω に変異した特例。



5. 内部挙動(Internal Behavior)
• 怪異はRZ内部で 最も活性化 する
• 一般的な怪物行動ではなく、
“死者を呼ぶ”“魂を弄ぶ”“特定の儀式を再現する”
など人格・目的が明確な行動を取る
• 一部RZは「招きの異界」として働き、
被害者を“内部へ引き込む”

(例:首斬り地蔵 / 灰堂坊 / 夜行衆 など)



6. 突破と制圧(Neutralization)

RZは科学武装だけでは破壊できない。
KAGURAでは“二本柱”の協力体制を原則とする:
• 科学部門:RZの構造解析と弱点曝露(Exposure)
• 狩人(祓魔師):内部に踏み込み、退魔法式で“弔い・祓い”を行う

RZは狩人の浄化行為(弔い)によって初めて閉じる。
これを RZ収束(Realm Collapse) と呼称。



7. 補足:一般向け注意喚起文

RZ(異界)に侵入した場合、一般人が生還する例はほぼ存在しない。
視認・接触・聴覚汚染のいずれも“怪異の誘因”となる。
鎌倉事変では、未承認で隔離区域へ侵入した者は全員死亡・消失した。
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