僕とあなたの地獄-しあわせ-

薔 薇埜(みずたで らの)

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第3章 火宅之境

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「何もない、何もないと思ってたけど、そう言えばなんでこの部屋何もないんだ?」
どうしようどうしようと、 部屋中きょろきょろ見回してたら、この言葉と共に静先輩にベッドに引っ張り込まれた。

今まで部屋に何もないのには理由があって、かなり気にしていたことだったから人には言いたくはなかった。
でも静先輩にはもう全部知られているし、今の僕は考え方が変わったから気にする必要がなくなった。

そうやってこの話に始まり聞かれたこと全てに何一つ隠すことなく答えたり、静先­輩のこともあれこれと聞いてみたかったことを聞いたりした。
そんな話をしているうちにあっという間に時間が経って静先輩がお昼ご飯を作ってくれたんだけど、静先輩の手料理はやっぱり優しい味がした。

「少し休憩したら商店街に顔出しに行くぞ。あ、そうだマフラー置いていけよ」

「えっ!?」
休憩してから商店街に行くこと自体には問題ない。
不安ではあっても静先輩がいる。
だからそこじゃなくて、マフラーを置いていけって言われたことに驚いた。

僕がマフラーをただ防寒のためだけにしているわけじゃないことを、静先輩は知っているはずなんだ。
だからマフラーを置いていけってことがどういうことなのか。
しかもそれを、あ言うの忘れてたけど、みたいなすごく軽いノリで言わないで欲しい。

「無理っ、無理無理!! こわっ、まだこわい」
静先輩がどうしてそんなこと言い出したのか全く理解出来なくて、頭の中が一気にぐちゃぐちゃになる。
そのせいで挙動不審になった僕を、静先輩が優しく抱き締めてくれた。

「大丈夫。俺が大丈夫だって言うんだから心配はないよ。それにさっきおばちゃんが来た時に見られちゃってるんだから、今更隠したって仕方ないだろ。だったら皆に味方になってもらおう。弥桜には大事にしてくれる人がいるんだって事をもっと知っておいた方がいい」

それだけ言い切るとそろそろ行こうか、と僕に上着だけ着せてさっさと引っ張って外へ出た。
僕はまだなんの心の準備も出来ていないのに、静先輩に連れられてどんどん商店街に近づいていく。

「あら静くん、こんにちは」
「こんにちは、八百屋さん」
ずっと静先輩の後ろに引っついて下を向いて来たから、いつの間にか商店街に着いていたことに気づかなかった。
ここに来るまでに誰にもすれ違わなかったから、余計に知ってる人に声を掛­けられて、全身を猫のようにびくっとさせて静先輩の背中に貼り付く。

「そうだ、弥桜ちゃんの様子はどう? 肉屋の彼女が今朝はまだ青い顔してたって言ってたから心配で」
「心配を掛けてすみません。まだ良くはないんですけど、こればっかりは時­間が掛かるので。・・・・・・弥桜」

今朝は予期しない訪門だったから、自分の意思で人に会うのは昨日のことがあってから初めてになる。
人に会うこと自体まだ怖いのに、その上マフラーなしで番避けを見られるだなんて、どんな反応されるかわからなくて余計心臓がぎゅっと縮こまる思いだ。

「弥桜ちゃん、いるの?」
「っ、・・・ぁう」
それでも静先輩に促されてその腕にすがり付いたまま1歩ずつ前に出る。
「あ、あのこんにちは・・・・・・」

「こんにちは弥桜ちゃん。外には出て来れるのね、そこまで酷そうじゃなくてよかった。・・・・・・無理じゃなければお顔を見せてくれると嬉しいわ」
なんとかあいさつだけしてすぐ後ろにさがろうと思っていた所に、ずっと下げたままの顔を上げて欲しいと言われ動きが止まった。

たしかに相手に顔を見せないというのも失礼なことだと、おばちゃんがどんな反応をしているのか見るのが怖い気持ちを抑えてゆっくり顔を上げた。

「やっぱりまだ真っ青よ。本当に無理してない? ・・・・・・あらその首元。弥桜ちゃんΩだったのね。今まで大変だったでしょ? 何かあったら私たちを頼っていいんだからね。商店街の人たちは皆弥桜ちゃんのこと可愛いくて仕方ないんだから」
そう言って顔を上げた先には心配そうに眉を歪めつつ笑顔を向けてくれるおばちゃんの顔があった。

もちろん僕が大変だったのが変な考え方を持ってたからだってことを知ってるわけじゃないけど、それでも初めて大変だったねって声を掛けられて、その言葉がや­けに心に重く響いてくる。

Ωだってことを1年以上隠してきたのに、Ωのくせにって言われなかった。
それどころか頼っていいんだって、皆僕のこと可愛いって思ってるって、そんなこと初めて言われた。
家族にしか言われたことがなかった言葉、Ωだって知られた瞬間皆僕から遠ざかっていってしまうから他人から聞いたことがなかった言葉。
そんなものを初めて掛けられてどう受け取めればいいのかわからない。

「静先輩・・・・・・」
助けを求めるように掴んでいる手に力を込めて静先輩を見上げる。
「な、大丈夫って言っただろ?」
自信たっぷりなその言葉に僕の中で張り詰めていた糸が切れて、昨日散々枯らしたはずの涙がまた溢れてきた。

「弥桜ちゃん、やっぱりまだ体調悪いんじゃない? それとも私何か変なことでも言っちゃったかしら」
「いえ、大丈夫です。商店街の皆さんはこれからも弥桜のこと、どうか見守ってくださるとありがたいです」

それから僕たちのやり取りに気づいて商店街の人たちが集まって来てくれて、皆口々に大変だっただろとか、可愛い子だとか、頼るんだぞとか言ってくれた。
やっぱりまだ人は怖いけど、僕のことを大事にしてくれ­る人が少しは近くにいるんだ、ということをちゃんと知れた気がした。

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