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仲直り
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夕飯の片付けを済ませたあとは皆で集まり話し合いです。日もすっかり暮れ、クリス様がテーブルの横に出した篝火が皆の顔を照らしてます。自然と探索組と待機組に別れて座ってしまいます。
話し合いの進行はテオフィル様。普段でしたらカスパル様の役割だと思うのですが、船酔いに始まり、頭脳派にも関わらず半日以上歩き回って探索をし、夕飯前に幼馴染からの説教で止めを刺されたカスパル様は消え入りそうな様子で座っております。かわいそうですが、正直、皆で作ったスープを汚いと言われてカチンときたので私も放置しています。
「ここは無人島のようです。人も、人がいた形跡も見つかりませんでした。森をまっすぐ突っ切ったら海岸に出ました。その後は海岸に沿って移動し、一度この浜辺に戻り、折り返し海岸沿いに歩いたらまたこの浜辺に戻ったことから、周囲10数キロほどの島だと思われる、とカスパル殿が計算しました」
探索組の方達は一度この浜辺に来ていたそうですが気づきませんでした。声をかけてくれたら良かったのに。
「最悪、船が沈没していたとしても、夕方以降には我々がトット島へ到着していない事に気づき捜索が始まるはずです。死にかけてたら自動的に王城に転移するはずだけど転移して来ない、でも、自分たちで陣紙を起動しない、ということは誘拐だと思われている可能性が高い、というのがカスパル殿の予測です」
「日が暮れて星座の位置を見て確信した。ここは転移した船の位置とトット島の間に無数にある無人島の一つだろう」
さすがに王妃教育でも星座から位置の特定までは習っていません。私にだけ無愛想なことが悲しいと傷ついてもやっぱり、“さすがハルトムート様”と思ってしまいます。
「王城ではなくこの無人島へ転移してしまった原因も不明です。事故ではなく犯人がいた場合、この無人島へ転移してから何も接触が無く目的もわかりません。船が無事だったなら昼には捜索が始まっているはずだし、誘拐の可能性を考慮されていたとしても、我々はここで狼煙を上げて待つのが一番よいのでは、というのがハル殿下、エル殿下、カスパル殿、俺の総意…」
「ねぇ」
「クリス、今は真面目な話し合いだ。意見があるなら最後まで発言を聞…」
「ねぇ!すごい魔力の波動!」
クリス様の焦った様子から皆立ち上がり警戒した態勢に入ります。
「クリス、どっちだ」
「森の方向!ハル様にもまだ感知出来ないの?何これ、どんどん大きくなってる。こんなの人間じゃ無いよ。災害クラスの魔獣だ」
森の方向の魔力を探ると、すごい荒々しい魔力の塊を感じます。全方位に向けて魔力を放っているようです。
「逃げましょう!」
「夜の海に入るなんて自殺行為だろ!冷静になれよ!」
森と反対方向、海の方へ向かおうとしたカスパル様をエルヴィン殿下が止めました。
「私が確認しに行く。皆は残って…」
「この中で一番生き残らないといけないのは兄上だろ!」
「来る!」
誰ともなく叫びます。森の方向から魔力の塊がこちらに向かって来ているのがわかります。
「イィィィイィィィィイィィィイィィィィ」
ペガサスです。
月の光に照らされて、白毛の馬に白鳥のような立派な翼が付いたペガサスが叫びながらこちらへ向かって来るのが見えます。私たちを認識している様子ではありませんが、とても苦しそうに暴れまわり、森の木々をなぎ倒しています。このままではせっかく作った寝床や水場が壊されてしまいそうです。
ペガサスはすごい量の魔力を持ちながらも温厚で賢く魔獣ではなく幻獣と呼ばれています。討伐の対象になることなど聞いた事がありません。ペガサスがこんな攻撃的になるなど考えられない事態です。
皆で攻撃しどうにか倒すしかないのかと思ったその時、私たちの周りを分厚い氷のドームが囲いました。氷のドームの中にはハルトムート様、エルヴィン殿下、カスパル様、テオフィル様、クリス様、マリー様と私の7人。ベティーナさんとトラウさんの2人はドームの外にいます。
「何をする!出せ!まさかこれはお前達の企みだったのか!?」
テオフィル様が吠え、クリス様やハルトムート様も氷のドームを壊そうと攻撃しますがビクともしません。そして、ベティーナさんとトラウさんはこちらを気にもせずに暴れるペガサスを真剣に見つめています。
「非常事態につき無人島ゼミを終了し、殿下達の援護に切り替える。フーゴはペガサスを討伐、私は殿下達を護衛しつつ緊急避難信号を出し援護射撃する」
ベティーナさんがそう言ったとたんピンク髪の美少女から茶色い髪のお母様くらいの年齢の女性に変わり、トラウさんは茶髪緑目の青年から黒髪黒目のお父様くらいの年齢の男性に変わりました。
「……黒髪のフーゴ。何を言っても引きこもって出てこないと父上がぼやいていたあの化け物が外に出て来てるなんて」
クリス様の言葉でトラウさんが黒髪のフーゴ様だと判明しました。黒髪のフーゴ様は平民でも知っている有名人、お母様の学生時代に異世界から迷い込んできた史上初の全属性持ちです。“魔法師団の隠れたエース黒髪のフーゴ”と呼ばれています。クリス様から化け物呼ばわりされるのも納得です。
「黒髪のフーゴに“無人島ゼミ”ね。これは父上達の仕業みたいだね、兄上」
「あの転移の陣紙を作った黒髪のフーゴがいたんだ。奴が王城からこの島へ転移先を変更したのだろう」
クリス様でも破ることができない頑丈な氷のドームを破るのを諦めた王子2人は、この異常事態について解き明かしてしまったようです。あまり驚いていない反応から薄々陛下の企みだと察していたようにも見えます。
王宮魔法師の黒髪のフーゴ様とその同僚と思われるベティーナさん、“無人島ゼミ”“緊急避難信号”という言葉。船の高波から無人島へ飛ばされたのもすべて陛下含む保護者達が計画したものなのでしょう。
“婚約者や側近候補達と親睦を深めるように”無人島でのサバイバル実習をさせられていたようです。そして、あのペガサスの暴走だけは予定になかったのだと思われます。少し腹立たしい気持ちもありますが、ペガサスさえどうにかしたら無事家に帰ることができそうなことと、船に残っている侍女や護衛は無事だということがわかり安心しました。
「あのペガサスお腹が大きいわ!赤ちゃんがいるのかもしれない!」
マリー様が声をあげます。攻撃寸前だったトラウさん改めフーゴ様がマリー様の声を聞き手を止めました。ペガサスを見ると、確かにお腹が大きい。しかもお尻から脚のようなものが出ているのが確認できます。暴れているのは出産のせいみたいですが、ペガサスの出産はこんなに激しいのかと驚きます。
「あっ」
「どうした」
ペガサスの様子にあることを思い出し思わず声を漏らしてしまったのですが、ハルトムート様が気づいて理由を聞いてくれます。
「古い詩の中に、“仔馬は蹄から出てくる”という一節があった気がするのです。暗くて確信を持てないのですが、あの少し出ている仔馬の脚は蹄ではなく関節に見えるのです」
「馬の出産は前足の蹄から出てくるはずです。もし関節が出ているならばペガサスが暴れているのもそのせいかもしれません。非常にまずい。一旦出ている脚を押してお腹へ戻し、脚を伸ばして蹄を出し直さないと無事に仔馬が生まれないかもしれません」
私のおぼろげな知識をカスパル様が補足してくれました。本来のカスパル様はこのように物知りで優秀な方なのです。この旅で初めてカスパル様らしいところが見られました。
「ベティーナ、この氷を解け。皆でペガサスの出産を助ける」
ペガサス母子のピンチを察したハルトムート様がベティーナさんへ命令します。王族に命令されたベティーナさんがどうしようかと迷っているのがわかります。そこへフーゴ様が声をかけました。
「ヘラ、ペガサスも暴れ疲れたのか魔力の放出も減ってきた。私たち全員で押さえつけれるまで弱ったら出産を助けてやろう。何かあったら俺が責任を持つ。お前の立場と報酬は俺が保証しよう」
「そういうことなら分かったわ。殿下ももし何かあったら全てこのフーゴの責任になるようによろしくお願いします!」
そう行ってベティーナさん改めヘラ様は氷のドームを解きました。ヘラ様は現金な方みたいです。
こうして、急遽、ペガサスの出産を助けることになったのです。
最初は抵抗していたお母さんペガサスですが、本来はとても賢い幻獣です。私たちの助けたい気持ちが通じたのかすぐに大人しくなりました。私たちはジャンケンで決めた順番で仔馬の脚を戻すことになりました。もちろん私も試しましたがビクともしませんでした。テオフィル様が力任せに仔馬の脚を押し込むことに成功し、何時間もかけてやっと仔馬の脚をお腹に戻す事ができたのです。
脚を戻した時点でお母さんペガサスが力尽きてしまい今度は蹄部分を掴んだテオフィル様をみんなで引っ張り赤ちゃんを引っ張り出すことになりました。夕飯前には探索組と待機組に分かれていがみ合っていた私たちですが、今は皆で一丸になってます。
そして、無事、赤ちゃんペガサスは生まれました。
生まれたばかりでお母さんの体液で汚れた赤ちゃんペガサスを水魔法で洗おうとしたマリー様をヘラ様が止めます。
「母親の匂いが消えた子供は育児放棄されることがあります。だから動物の赤ちゃんを綺麗にしたり無闇に触ったりしてはダメです」
「知らなかったわ。ありがとう。ベティーナさんは本当は物知りで素敵なエリート女性魔法師だったのね」
「アンネマリー様、エリート女性魔法師だからって素敵とは限りませんよ。現に私の同僚にはベティーナの性格設定の参考にした“ひどぉ~い”が口癖の超あざといぶりっ子女魔法師がいます」
なんと、ベティーナさんの人懐っこく砕けた性格と「ひどぉ~い」には参考元の方がいるようです。もしかしてこのゼミにはハニートラップ実習も含まれていたのかも。ベティーナさんを好きになっていたように見えたテオフィル様とカスパル様の評価が心配です。
「その方と一緒に働くのはストレスが溜まりそうね」
マリー様に同情されているベティーナさん改めヘラ様ですが、気にせず出産で抜けたペガサスの羽を拾っております。ペガサスの羽はポーションなどの材料としてとても高く売れるらしいです。
「それにしても、ロミルダ様は本当にレオニー様にそっくりですね」
レオニーは私のお母様です。
「ヘラ様は母とお知り合いなのですか?」
「学園の同級生なんです。私は平民なのに4属性持ちだったせいで貴族学園に通うことになったんですが、レオニー様は平民でも関係ないと仲良くしてくれたのです。実はフーゴも同級生で、奴はそんな優しいレオニー様のことが大好きだったんですよ。レオニー様が結婚して失恋してからは引きこもって出てこなくなって、陛下の命令すら無視することもあったんです。そんなフーゴがこの無人島ゼミを担当するって聞いて、嫌な予感がして私も無理やり担当になったんですが、おかしな所もなく予定通り進行してたのですぐに杞憂だったと気づきました」
ロミーたんと呼んだり、私の作った土鍋を欲しがったりしたのはおかしな所にはカウントされないのでしょうか。トラウさん改めフーゴ様のあの謎の行為は私のお母様のことが好きだったからこその奇行だったとわかり、とても複雑な気持ちです。
私たち女性陣がそんな話をしている間にペガサスのお母さんと赤ちゃんは2匹でどこかへ飛んで行ってしまいました。生まれたばかりでもすぐ飛べるのですね。どちらも欠けることなく元気に飛んでいけて本当によかった。
カスパル様は疲れたのかドロドロの姿のままその場で寝てしまってます。おそらくまた船に乗ることになると思うので、このまま寝ている間に船に乗せてあげたいです。
クリス様とテオフィル様は仲良くペガサスの赤ちゃんの可愛さについて話しています。幼なじみの2人が仲直りしたようで良かったです。
フーゴ様は、マリー様から待機中のトラウさんの発言を聞いたヘラ様に怒られています。やはり“ロミーたん“はアウトだったようです。フーゴ様がお母様のことを“レオたん”と呼んでいるのが聞こえて来ていますが、気づかなかったことにしたいです。
あたりは真っ暗ですが、東側の空がすこしだけ明るくなって来ています。そろそろ夜明けが近い気がします。
「ロミルダ、少しいいか?」
硬い顔をしたハルトムート様に声をかけられました。改まったハルトムート様の態度に私も緊張してしまいます。皆から少し離れた岩場の隅に2人並んで座りました。
「アンネマリー嬢に朴念仁と言われた時の事なんだが」
朴念仁。ペガサスの出産が衝撃的すぎて忘れていましたが、そんな事もありました。
「島を探索していた時に一度浜辺に戻って来たんだが、実はその時にこっそりと水場を作るロミルダ達を見てたんだ。ロミルダの事をロミーと言っているクリスやトラウゴットにすごい怒りを覚えて、しかもロミルダが2人をクリスやトラウと呼んでいるのも聞こえて来て、これは嫉妬だって気づいたんだ。隠れて嫉妬するくらいなら私もロミーって呼びたいって言おうと決意したのに、顔を見たら恥ずかしくなって言えなくなってしまって、あんな態度になってしまった。どうしてかわからないけどロミルダだけに素っ気なくなってしまうんだ。許して欲しい。こんな私だけどロミーって呼んでも良いだろうか?」
ハルトムート様が一生懸命に話してくれている中で、海面から太陽が出て来ました。段々と明るくなるにつれハルトムート様の銀色の髪がキラキラと輝き、真っ赤なお顔が露わになっていきます。
「ロミーって呼んでもらえたらとても嬉しいです。実は私も、ハル様って呼ぶベティーナさんに嫉妬していたんです。私もハル様って呼んでも良いですか?」
そんな私も、ハルトムート様に負けないくらいの真っ赤な顔になっている気がします。
「もちろんだ!」
とても眩しいのですが、眩しいのはハル様の笑顔なのか髪なのか海に照らされた朝日なのかはわかりません。でも今日2人で笑いあったことは私たちがおじいさんとおばあさんになってもずっとずっと忘れないことだけはわかります。
「ちょっと!隠れて見ていたらこの場に及んでも“どうしてかわからないけど素っ気なくなってしまう”だけですって!朴念仁にもほどがあるわ。もっとロマンチックな言葉は言えないのかしら」
「マリー、こういう鈍感なところも兄上のいいところなんだ」
「絶対いいところではないわよ。エルはブラコンがすぎると思うわ」
いつの間にかマリーとエルと呼び合っている未来の義弟夫婦。2人は本当に“気安い間柄”のようです。
こうして私たち7人はきっと一生忘れられない無人島での1日を終えたのでした。
話し合いの進行はテオフィル様。普段でしたらカスパル様の役割だと思うのですが、船酔いに始まり、頭脳派にも関わらず半日以上歩き回って探索をし、夕飯前に幼馴染からの説教で止めを刺されたカスパル様は消え入りそうな様子で座っております。かわいそうですが、正直、皆で作ったスープを汚いと言われてカチンときたので私も放置しています。
「ここは無人島のようです。人も、人がいた形跡も見つかりませんでした。森をまっすぐ突っ切ったら海岸に出ました。その後は海岸に沿って移動し、一度この浜辺に戻り、折り返し海岸沿いに歩いたらまたこの浜辺に戻ったことから、周囲10数キロほどの島だと思われる、とカスパル殿が計算しました」
探索組の方達は一度この浜辺に来ていたそうですが気づきませんでした。声をかけてくれたら良かったのに。
「最悪、船が沈没していたとしても、夕方以降には我々がトット島へ到着していない事に気づき捜索が始まるはずです。死にかけてたら自動的に王城に転移するはずだけど転移して来ない、でも、自分たちで陣紙を起動しない、ということは誘拐だと思われている可能性が高い、というのがカスパル殿の予測です」
「日が暮れて星座の位置を見て確信した。ここは転移した船の位置とトット島の間に無数にある無人島の一つだろう」
さすがに王妃教育でも星座から位置の特定までは習っていません。私にだけ無愛想なことが悲しいと傷ついてもやっぱり、“さすがハルトムート様”と思ってしまいます。
「王城ではなくこの無人島へ転移してしまった原因も不明です。事故ではなく犯人がいた場合、この無人島へ転移してから何も接触が無く目的もわかりません。船が無事だったなら昼には捜索が始まっているはずだし、誘拐の可能性を考慮されていたとしても、我々はここで狼煙を上げて待つのが一番よいのでは、というのがハル殿下、エル殿下、カスパル殿、俺の総意…」
「ねぇ」
「クリス、今は真面目な話し合いだ。意見があるなら最後まで発言を聞…」
「ねぇ!すごい魔力の波動!」
クリス様の焦った様子から皆立ち上がり警戒した態勢に入ります。
「クリス、どっちだ」
「森の方向!ハル様にもまだ感知出来ないの?何これ、どんどん大きくなってる。こんなの人間じゃ無いよ。災害クラスの魔獣だ」
森の方向の魔力を探ると、すごい荒々しい魔力の塊を感じます。全方位に向けて魔力を放っているようです。
「逃げましょう!」
「夜の海に入るなんて自殺行為だろ!冷静になれよ!」
森と反対方向、海の方へ向かおうとしたカスパル様をエルヴィン殿下が止めました。
「私が確認しに行く。皆は残って…」
「この中で一番生き残らないといけないのは兄上だろ!」
「来る!」
誰ともなく叫びます。森の方向から魔力の塊がこちらに向かって来ているのがわかります。
「イィィィイィィィィイィィィイィィィィ」
ペガサスです。
月の光に照らされて、白毛の馬に白鳥のような立派な翼が付いたペガサスが叫びながらこちらへ向かって来るのが見えます。私たちを認識している様子ではありませんが、とても苦しそうに暴れまわり、森の木々をなぎ倒しています。このままではせっかく作った寝床や水場が壊されてしまいそうです。
ペガサスはすごい量の魔力を持ちながらも温厚で賢く魔獣ではなく幻獣と呼ばれています。討伐の対象になることなど聞いた事がありません。ペガサスがこんな攻撃的になるなど考えられない事態です。
皆で攻撃しどうにか倒すしかないのかと思ったその時、私たちの周りを分厚い氷のドームが囲いました。氷のドームの中にはハルトムート様、エルヴィン殿下、カスパル様、テオフィル様、クリス様、マリー様と私の7人。ベティーナさんとトラウさんの2人はドームの外にいます。
「何をする!出せ!まさかこれはお前達の企みだったのか!?」
テオフィル様が吠え、クリス様やハルトムート様も氷のドームを壊そうと攻撃しますがビクともしません。そして、ベティーナさんとトラウさんはこちらを気にもせずに暴れるペガサスを真剣に見つめています。
「非常事態につき無人島ゼミを終了し、殿下達の援護に切り替える。フーゴはペガサスを討伐、私は殿下達を護衛しつつ緊急避難信号を出し援護射撃する」
ベティーナさんがそう言ったとたんピンク髪の美少女から茶色い髪のお母様くらいの年齢の女性に変わり、トラウさんは茶髪緑目の青年から黒髪黒目のお父様くらいの年齢の男性に変わりました。
「……黒髪のフーゴ。何を言っても引きこもって出てこないと父上がぼやいていたあの化け物が外に出て来てるなんて」
クリス様の言葉でトラウさんが黒髪のフーゴ様だと判明しました。黒髪のフーゴ様は平民でも知っている有名人、お母様の学生時代に異世界から迷い込んできた史上初の全属性持ちです。“魔法師団の隠れたエース黒髪のフーゴ”と呼ばれています。クリス様から化け物呼ばわりされるのも納得です。
「黒髪のフーゴに“無人島ゼミ”ね。これは父上達の仕業みたいだね、兄上」
「あの転移の陣紙を作った黒髪のフーゴがいたんだ。奴が王城からこの島へ転移先を変更したのだろう」
クリス様でも破ることができない頑丈な氷のドームを破るのを諦めた王子2人は、この異常事態について解き明かしてしまったようです。あまり驚いていない反応から薄々陛下の企みだと察していたようにも見えます。
王宮魔法師の黒髪のフーゴ様とその同僚と思われるベティーナさん、“無人島ゼミ”“緊急避難信号”という言葉。船の高波から無人島へ飛ばされたのもすべて陛下含む保護者達が計画したものなのでしょう。
“婚約者や側近候補達と親睦を深めるように”無人島でのサバイバル実習をさせられていたようです。そして、あのペガサスの暴走だけは予定になかったのだと思われます。少し腹立たしい気持ちもありますが、ペガサスさえどうにかしたら無事家に帰ることができそうなことと、船に残っている侍女や護衛は無事だということがわかり安心しました。
「あのペガサスお腹が大きいわ!赤ちゃんがいるのかもしれない!」
マリー様が声をあげます。攻撃寸前だったトラウさん改めフーゴ様がマリー様の声を聞き手を止めました。ペガサスを見ると、確かにお腹が大きい。しかもお尻から脚のようなものが出ているのが確認できます。暴れているのは出産のせいみたいですが、ペガサスの出産はこんなに激しいのかと驚きます。
「あっ」
「どうした」
ペガサスの様子にあることを思い出し思わず声を漏らしてしまったのですが、ハルトムート様が気づいて理由を聞いてくれます。
「古い詩の中に、“仔馬は蹄から出てくる”という一節があった気がするのです。暗くて確信を持てないのですが、あの少し出ている仔馬の脚は蹄ではなく関節に見えるのです」
「馬の出産は前足の蹄から出てくるはずです。もし関節が出ているならばペガサスが暴れているのもそのせいかもしれません。非常にまずい。一旦出ている脚を押してお腹へ戻し、脚を伸ばして蹄を出し直さないと無事に仔馬が生まれないかもしれません」
私のおぼろげな知識をカスパル様が補足してくれました。本来のカスパル様はこのように物知りで優秀な方なのです。この旅で初めてカスパル様らしいところが見られました。
「ベティーナ、この氷を解け。皆でペガサスの出産を助ける」
ペガサス母子のピンチを察したハルトムート様がベティーナさんへ命令します。王族に命令されたベティーナさんがどうしようかと迷っているのがわかります。そこへフーゴ様が声をかけました。
「ヘラ、ペガサスも暴れ疲れたのか魔力の放出も減ってきた。私たち全員で押さえつけれるまで弱ったら出産を助けてやろう。何かあったら俺が責任を持つ。お前の立場と報酬は俺が保証しよう」
「そういうことなら分かったわ。殿下ももし何かあったら全てこのフーゴの責任になるようによろしくお願いします!」
そう行ってベティーナさん改めヘラ様は氷のドームを解きました。ヘラ様は現金な方みたいです。
こうして、急遽、ペガサスの出産を助けることになったのです。
最初は抵抗していたお母さんペガサスですが、本来はとても賢い幻獣です。私たちの助けたい気持ちが通じたのかすぐに大人しくなりました。私たちはジャンケンで決めた順番で仔馬の脚を戻すことになりました。もちろん私も試しましたがビクともしませんでした。テオフィル様が力任せに仔馬の脚を押し込むことに成功し、何時間もかけてやっと仔馬の脚をお腹に戻す事ができたのです。
脚を戻した時点でお母さんペガサスが力尽きてしまい今度は蹄部分を掴んだテオフィル様をみんなで引っ張り赤ちゃんを引っ張り出すことになりました。夕飯前には探索組と待機組に分かれていがみ合っていた私たちですが、今は皆で一丸になってます。
そして、無事、赤ちゃんペガサスは生まれました。
生まれたばかりでお母さんの体液で汚れた赤ちゃんペガサスを水魔法で洗おうとしたマリー様をヘラ様が止めます。
「母親の匂いが消えた子供は育児放棄されることがあります。だから動物の赤ちゃんを綺麗にしたり無闇に触ったりしてはダメです」
「知らなかったわ。ありがとう。ベティーナさんは本当は物知りで素敵なエリート女性魔法師だったのね」
「アンネマリー様、エリート女性魔法師だからって素敵とは限りませんよ。現に私の同僚にはベティーナの性格設定の参考にした“ひどぉ~い”が口癖の超あざといぶりっ子女魔法師がいます」
なんと、ベティーナさんの人懐っこく砕けた性格と「ひどぉ~い」には参考元の方がいるようです。もしかしてこのゼミにはハニートラップ実習も含まれていたのかも。ベティーナさんを好きになっていたように見えたテオフィル様とカスパル様の評価が心配です。
「その方と一緒に働くのはストレスが溜まりそうね」
マリー様に同情されているベティーナさん改めヘラ様ですが、気にせず出産で抜けたペガサスの羽を拾っております。ペガサスの羽はポーションなどの材料としてとても高く売れるらしいです。
「それにしても、ロミルダ様は本当にレオニー様にそっくりですね」
レオニーは私のお母様です。
「ヘラ様は母とお知り合いなのですか?」
「学園の同級生なんです。私は平民なのに4属性持ちだったせいで貴族学園に通うことになったんですが、レオニー様は平民でも関係ないと仲良くしてくれたのです。実はフーゴも同級生で、奴はそんな優しいレオニー様のことが大好きだったんですよ。レオニー様が結婚して失恋してからは引きこもって出てこなくなって、陛下の命令すら無視することもあったんです。そんなフーゴがこの無人島ゼミを担当するって聞いて、嫌な予感がして私も無理やり担当になったんですが、おかしな所もなく予定通り進行してたのですぐに杞憂だったと気づきました」
ロミーたんと呼んだり、私の作った土鍋を欲しがったりしたのはおかしな所にはカウントされないのでしょうか。トラウさん改めフーゴ様のあの謎の行為は私のお母様のことが好きだったからこその奇行だったとわかり、とても複雑な気持ちです。
私たち女性陣がそんな話をしている間にペガサスのお母さんと赤ちゃんは2匹でどこかへ飛んで行ってしまいました。生まれたばかりでもすぐ飛べるのですね。どちらも欠けることなく元気に飛んでいけて本当によかった。
カスパル様は疲れたのかドロドロの姿のままその場で寝てしまってます。おそらくまた船に乗ることになると思うので、このまま寝ている間に船に乗せてあげたいです。
クリス様とテオフィル様は仲良くペガサスの赤ちゃんの可愛さについて話しています。幼なじみの2人が仲直りしたようで良かったです。
フーゴ様は、マリー様から待機中のトラウさんの発言を聞いたヘラ様に怒られています。やはり“ロミーたん“はアウトだったようです。フーゴ様がお母様のことを“レオたん”と呼んでいるのが聞こえて来ていますが、気づかなかったことにしたいです。
あたりは真っ暗ですが、東側の空がすこしだけ明るくなって来ています。そろそろ夜明けが近い気がします。
「ロミルダ、少しいいか?」
硬い顔をしたハルトムート様に声をかけられました。改まったハルトムート様の態度に私も緊張してしまいます。皆から少し離れた岩場の隅に2人並んで座りました。
「アンネマリー嬢に朴念仁と言われた時の事なんだが」
朴念仁。ペガサスの出産が衝撃的すぎて忘れていましたが、そんな事もありました。
「島を探索していた時に一度浜辺に戻って来たんだが、実はその時にこっそりと水場を作るロミルダ達を見てたんだ。ロミルダの事をロミーと言っているクリスやトラウゴットにすごい怒りを覚えて、しかもロミルダが2人をクリスやトラウと呼んでいるのも聞こえて来て、これは嫉妬だって気づいたんだ。隠れて嫉妬するくらいなら私もロミーって呼びたいって言おうと決意したのに、顔を見たら恥ずかしくなって言えなくなってしまって、あんな態度になってしまった。どうしてかわからないけどロミルダだけに素っ気なくなってしまうんだ。許して欲しい。こんな私だけどロミーって呼んでも良いだろうか?」
ハルトムート様が一生懸命に話してくれている中で、海面から太陽が出て来ました。段々と明るくなるにつれハルトムート様の銀色の髪がキラキラと輝き、真っ赤なお顔が露わになっていきます。
「ロミーって呼んでもらえたらとても嬉しいです。実は私も、ハル様って呼ぶベティーナさんに嫉妬していたんです。私もハル様って呼んでも良いですか?」
そんな私も、ハルトムート様に負けないくらいの真っ赤な顔になっている気がします。
「もちろんだ!」
とても眩しいのですが、眩しいのはハル様の笑顔なのか髪なのか海に照らされた朝日なのかはわかりません。でも今日2人で笑いあったことは私たちがおじいさんとおばあさんになってもずっとずっと忘れないことだけはわかります。
「ちょっと!隠れて見ていたらこの場に及んでも“どうしてかわからないけど素っ気なくなってしまう”だけですって!朴念仁にもほどがあるわ。もっとロマンチックな言葉は言えないのかしら」
「マリー、こういう鈍感なところも兄上のいいところなんだ」
「絶対いいところではないわよ。エルはブラコンがすぎると思うわ」
いつの間にかマリーとエルと呼び合っている未来の義弟夫婦。2人は本当に“気安い間柄”のようです。
こうして私たち7人はきっと一生忘れられない無人島での1日を終えたのでした。
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