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四の巻~平成美女は平安(ぽい?)世界で~

91.暴走が止まらない隆

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  隆は慌てて外に逃げ出すと、護身用のスタンガンを持ち(これは、高額な電化製品を納品時に営業の車に常備してあったものだ)そのまま亜里沙を探しに行こうと雑木林の方へ向かった。

 すると何か赤い顔をした定近様と亜里沙が籠いっぱいの松茸を持って前からやってくるではないか。

「亜里沙ちゃん!よかった!無事だったんだね?」と隆は亜里沙に駆け寄り両肩をがしっとつかんだ。

「きゃっ!何ですか?急に!」と亜里沙がその手をふりほどく。

「あっ!いきなり、ごめんっ!でも、俺、心配してたんだ!亜里沙ちゃん一人にこんな山の中、松茸を採りに行かせるなんてあの女、本当にひどいよな」と隆は振りほどかれた手をさまよわせながらまたもや扶久子を悪く言った。

「「は?」」と亜里沙と定近が短く声をあげる。
 亜里沙はもちろんだが、身内(孫の嫁)を悪し様に言われ定近もいい気はしない。

「あの女とは、まさか扶久姫様の事ですか?あなたという人は?先日、さんざん申し上げたのに懲りていらっしゃらないのですか?わたくしの主人あるじに向かって悪口雑言!許せませんっ!」

「あ~もう!何だよ!その設定!亜里沙ちゃんがお姫様ってんなら、まだしも、あんなちんちくりん!大体こんな山の中松茸採ってこいだの意地悪としか思えないだろう!亜里沙ちゃん人が良すぎだよっ!」

「おま…おまえ、一体何を言って…そんな意地の悪い見方をするものではない!扶久姫はちゃんと儂に亜里沙殿が、もし出かけるような相談をしてきたら一人だと危ないから一緒に行ってやってほしいと儂に言っていたのだぞ!家の中ばかりだと活発な亜里沙殿には息苦しいだろうから息抜きもさせてあげたいとも言っていた!良き主人ではないか!」と定近は心底、扶久子をよい主だと感心していた。
(実際は、定近と亜里沙を仲良くさせようという可愛い企みもあったが、そんなことは知る由もない)

「まぁ、扶久姫ったら、そんな事を?」と亜里沙は定近にそれはそれは嬉しそうに言う。
 定近は大きくうんうんと頷き
「山の中は危ないかもしれないから、猛将とうたわれた定近様に片時も離れず見守ってほしいのだと言って、何度も何度もそれは真剣に頭を下げられてな。亜里沙殿の事が本当に大事なのだと感じ入ったものだ。」

「まぁ!扶久姫様ったら本当に優しくて…」と亜里沙も感じ入ったようにうなずく。

「な…っんだよ、それ!また俺が悪者かよ!」と、隆が毒づくと亜里沙がきっと隆をにらんだ。
 亜里沙が好きなら扶久子の悪口は絶対言ってはならないのに知り合って日も浅い、そしてデリカシーもない隆は全くそれに気づいていない。

「あなたこそ何故、そんなに扶久姫の事を悪く言うのですか!そっちのほうが私には信じられませんっっ!あんなに、可愛くて優しくて友(供)思いで素晴らしい姫君はいないのにっ」と前世から扶久子命の亜里沙は渾身の想いを込めて言い放つ!

 …が、この平安世界の美的感覚も扶久子と亜里沙の前世からの因縁も知らない隆には意味がわからない。

「亜里沙ちゃん、目を覚ませ!あんなのと一緒にいたら亜里沙ちゃんが損するだけだ!俺と一緒に行こう!まだ車には電化製品の予備もあるし」と亜里沙の腕をつかんだ。

「なっ!何を言ってるの?人の話をききなさいっ!手をはなしてっ!」と亜里沙が言い、側にいた定近がその手を弾きはがす!

「隆!いい加減にしないかっ!亜里沙殿が嫌がってるのがわからないのかっ!」

「っ!何だよ!定近様までっ!亜里沙ちゃんみたいな美少女が、あんな冴えない女と友達ってだけでも謎なのに何であんなのに優しくすんだよ」

「隆!何を言ってるんだ!扶久子姫は誰が見ても絶世の美女ではないか!」と定近が言う。
 そしてそれに激しくうなづく!

「ああっ!もう!それがおかしいんだって!」

「おかしいのは隆さんの方です!ここは令和とやらの世界ではありませんのよ!」亜里沙がそう叫び定近の後ろに隠れる。

「さぁ、亜里沙ちゃん!あんなのといたら亜里沙ちゃんまでおかしくなる!っていうか、きっともう毒されてきてる!僕が君を幸せにするからっ!」と叫ぶ。

「絶対!無理っ!」と言って亜里沙は定近の背中に張り付く。

 そしてそんな亜里沙を背に庇い、定近は隆を寄せ付けぬように阻んだ。
 すると隆は懐からスタンガンを取り出し定近の胸元に押し当てた!

「うぉっっ!」と定近が倒れる。
 体がしびれ、がくがくと痙攣する。

「きゃあああ!定近様っ!しっかり!隆さん何てことを!」

 当然、スタンガンなどこの平安の世界には本来無い。
 定近は未知の武器の攻撃に成す術もなく倒れた。

「さぁ!亜里沙ちゃん!今のうちにっ!」と隆は亜里沙ににじりよる。

「今はつらいかもしれないけど、きっとあの女から離れたら亜里沙ちゃんも正気にもどるよ!だから今は、亜里沙ちゃんを無理やりにでも連れていく!これは亜里沙ちゃんの為なんだ!」
 そう言いながら隆は亜里沙にもスタンガンを向けてにじり寄ってきた。

「い…嫌っ!死んでも嫌っ!」
 亜里沙はこの瞬間、こんな勘違い男に連れていかれるくらいなら自決すると覚悟を決めていた。
 扶久姫の側にいれないのなら自分の生きてきた意味さえないのだから。
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