三つの異能と魔眼魔術師

えんとま

文字の大きさ
上 下
24 / 56
第3章 魔導省

無能魔術師、特訓する

しおりを挟む
「…っ!いってぇ…」


ハルトは痛みに目を覚ます。後頭部から滲むように響く鈍痛は先ほど行われた魔術戦の記憶をフラッシュバックさせた。





(そうか、俺は負けたんだな)




惜しくも二階堂の固有性質「世界演算カリキュレーター」を見破るところまではいったが、そこで倒れたことを鮮明に思い出す。





それと同時に後頭部に違和感。ひんやりと、ぷにっとしたものが枕のように敷かれているようだ。





「ようやくお目覚めね?おはようハルトさん」








「…ヴァルミリア?何してんだ。てかなんでここにいるんだ。あれ、アンリもいるじゃんか」






どうやらぷにっとしたものはヴァルミリアのおひざだったらしい。どういうわけかハルトは膝枕をされていたようだ。





改めて辺りを見回すと、そこはさっきと同じ魔導省管理下の訓練施設だ。





先ほどと違うのはいつのまにか出現したヴァルミリアとアンリの二人がいること。ハルトは先ほどよりは和らいだ後頭部の痛みを堪えつつ起き上がる。






「あの伝説、教会の吸血鬼ヴァルミリアさんに膝枕をしてもらってそれだけですか!なんかこうもっと感想的なものは無いんですか!」





アンリが吠える。





「何いってんだお前。まぁ強いていうなら…ぷにぷにだったな」






「ぷに…ぷに…」





アンリが口をパクパクさせている。そのリアクションの真意がハルトには読み取れない。このやりとりをヴァルミリアが楽しそうに見ている。




「そんなことはどうでもいい、教えてくれ。なんでお前ら二人がここにいるのか。そして二階堂はどこへ…って、そうか。俺が負けたから上層部に報告して始末する気か」




ハルトは苦笑いする。なんせただでさえ古術師達に命を狙われているというのに、まさかの自分と同じ魔術師も加わるというのだ。そうなるともはや味方と呼べるものなどいないのではないだろうか。





「私たちがここにいる理由は説明するけど、まず1つ訂正しておくわ。ハルトさんは魔導省に命を狙われてはいない。が報告をしないからね」





「凛ちゃん?二階堂か。二階堂がそう言ったのか!?」





ヴァルミリアはハルトが気を失ってからの事を説明し出した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「それでハルトさんの今後についてアンリちゃんも呼んで話をしていたってこと」



「そうか。三週間…二階堂に首を取られることよりも古術師の襲撃を心配した方が良さそうだな」





ヴァルミリアの説明を受けたハルトは難しい顔をする。





それもそのはず、胸の内に敗北感を残したまま「貴方はこれから襲撃されます」と宣言されたのだ。残された短い時間でどこまでできるか。難しい顔にもなる。






「そんなわけで、ハルトさんにはここで戦闘訓練をしてもらうことになりました」




アンリはすっとカードを取り出す。真っ白なそのカードの端っこに(仮)と書かれたテープが貼られていた。




「なんだそのカード」





ハルトはマジマジと眺めるが見当がつかない。




「なんでもここを行き来するための認証カードらしいですよ。二階堂さんが落としていったみたいです」




「はぁ!?落としたぁ!?」




思わず大声を出すハルト。彼女に抱いた印象はまさにエリートで真面目でプライドが高いという、まるでそんなおっちょこちょいをしでかすような人物像とはかけ離れているからだ。






「多分わざとよ。だってこれ仮カードでしょう。凛ちゃんは自分の身分証でここを開けられるのにわざわざ仮カードを持っておく必要がない。渡すために持ってたとしか思えないわ」






可愛らしい子よね~と呟くヴァルミリア。







「理由はなんであれ、これで魔術師の目に留まらず秘密裏に特訓ができる環境という一番大きな課題がクリア出来ます。後は特訓の方法と相手ですね!」




アンリは立ち上がると出口へと向かった。





「アンリ、どこいくんだ?」



アンリについてヴァルミリアも立ち上がる。二人の目からはなぜか光が消えていた。






「まぁ…ついてくれば分かりますよ」








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「…なんでここに?」





ハルトはそのビルを見上げる。何も聞かされずついていったその場所はハルトもよく知る場所であった。






アニメ漫画専門店「アニメイク」。





抱き枕やフュギアといった定番アイテムから同人漫画、ゲームまでありとあらゆるものを取り揃えた、オタク御用達の店だ。


ハルトも数度訪れたことがあるが、今回の特訓との関連がいまいち読めない。






「ここにハルトさんの特訓相手、さらには先生になる人がいるんですよ。ヴァルミリアさん、彼は今ここに?」




「えぇ、この時間帯に出没することは調がついているわ。行きましょう」




3人はポスターひしめく階段を上がっていく。




数階上がったところであるフロアにたどり着いた三人。



そしてヴァルミリアの調べの通り、目的の人物はいまいちまさに目の前でライトノベルを漁っている最中だった。



ハルトはそこにいたまさかの人物に開いた口が塞がらない。そう、その人をハルトは知っていたのだ。




「…クラウスさん。何してるんですか?」




ハルトの呼び声にくるっと視線をこちらに向けるのは他でもない。




ハルトが浅見に襲われた時に一緒にいた初老の紳士な男性、クラウス・リーン・レイズベルトだ。





「おや、これは四宮様。こんなところでお会いするとは。お恥ずかし処を見られてしまいましたね」





口ではそう言いつつも全く恥ずかしがる様子などない。アンリとヴァルミリアの二人はもう慣れたのか、若干引いている様子はあるが動揺の色は全くなかった。







「こんなところで話すのもあれですな。場所を移動しましょう」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


クラウスを含む4人は再び魔導省管轄の訓練施設へと戻ってきた。話をするだけならどこでもいいかもしれないが、魔術師が多くいる魔学区内で古術や奇跡の名前を出すこと、そして何より金髪蒼眼の少女に黒髪幼女、アニメグッズを携えた初老の男に学生という組み合わせは、かなり目立つ。


4人が今いるのはハルトたちがいた最下層の訓練施設ではなく、その少し上の階に当たる「休憩フロア」だ。


実はハルトが最初に訪れたときに気になっていたのだが、最下層にある訓練施設へ下るエレベータの途中にいくつかフロアがあることがうかがえるボタンが付いていたので、試しにおりてみたところ訓練後の休憩所のような空間があった。


その後も探索してみると、合宿ができるくらい設備がしっかり整っており、宿泊設備からキッチン、洗濯機や乾燥機まで一通りの家具家電がそろっている。


さすがは魔術学生最優先の魔学区、しかも魔導省の手が入っているとなればなおさらだ。ただ家具家電があるだけでなく、それら道具から施設においてもグレードの高いものばかりだ。


無論4人のいる休憩スペースとて例外ではない。給湯室は当然のこと、飲み物の置かれているその種類や軽食の自動販売機、テーブルやいすも安物ではない。




「すごいですねハルトさん。二階堂さんってばあんなにムスッてして不愛想だったのにこんなちゃんとした施設を託してくれるなんてびっくりです」





「あぁ、その点には俺も驚いてる。まさか見逃した上にここまで準備してくれるなんて…」



(少々難はあるかもしれないが二階堂の真っすぐな正義感と真面目さは間違ってない。おそらく根はいい奴なんだろうな)



「さて、早速ですが本題に入りましょう。まずは私にこれまでの経緯を説明していただけますかな?」




クラウスはいすに腰掛ける。その動作から姿勢においてまで、ひどく丁寧できれいだ。これで燕尾服を着ていたらもう間違いなく執事そのものである。




「先に結論から言うとクラウス、貴方にハルトさんの相手をしてほしいのよ。やはり体に覚えこませないと覚えるものも覚えられないわ」




(ヴァルミリアはクラウスさんのこと呼び捨てなんだな。まぁ本来の姿はだいぶ大人だし吸血鬼だし…結構歳いってんのかな)





などと失礼なことを考えながらハルトは二人の会話に返事に耳を傾ける。


二階堂との接触と抜き打ち戦闘、そして三週間というリミット。これまでの経緯を丁寧に説明していくヴァルミリア。


「そういうお願いでしたらぜひお相手させていただきましょう。我々支部は四宮様を全面サポートするためにいるようなものですからね」




「へぇ、そうだったんですね」




その話はハルトも初めて聞いた。ふと最初にアンリと会った時のことを思い出す。




(一番最初にアンリはなんて言ってたっけ・・なんとかベル教会の日本支部?マーテル魔学区担当って言っていたが…マーテル魔学区にある支部の構成員は俺のサポートで配置されてるのか)





改めて自身の持つ魔眼の重大さを思い知らされる。こうして自分の成長のため付き合ってくれているのもそういうことなのだ。



であれば、今ハルト自身にできることはひたすらに自分の成長について考え抜き行動に起こすのみ。




「ありがとうございます、クラウスさん。それに二人も。強くなって古術師たち、ついでに二階堂を見返してやる!」






「えぇ、その意気ですよ四宮様」



クラウスはにっこりとほほ笑んだ。





「やる気は十分、でしたらさっそく始めましょう。ですがいきなり戦闘訓練とはいきませんね。まず四宮様には自身の戦闘スタイルのメリットとデメリットを知っていただかなくてはなりませんね」



「多分ハルトさんはすでに知っていると思いますけどね。いきなり魔眼が発現したせいでそれを見失ってるだけかと思います」



アンリも付け加える。




「俺が…見失っていること?でも俺はそれを知っている…」




ハルトは今までの戦闘を思い返すが…





(ん~?あんまり魔術を使わずに戦闘してるとか?そんなことないよな。初級魔術ばっかりとか…)




眉間にしわを寄せ悩むハルトにアンリは一言付け加える。





「軸、ですよハルトさん。魔術戦における自分の軸である魔術が、ハルトさんにはないんです」





その言葉にハッとするハルト。




「軸!そうか、固有性質を持っていないから盲点だった!確かに考えてみれば属性も性質もばらばらに使ってたな」




言われて今一度ハルトはこれまでの戦闘を思い浮かべる。



炎、風、氷、そして属性外魔術の声送りウィスパー。今日だけでもこれだけの属性を使い分けていた。




「魔術は多く使えて損はないわ。臨機応変に対応することができるし手数が増える。ましてやハルトさんの場合固有性質にとらわれないこと、そしてその知識量から一般的な魔術師に比べかなり広い手段を用いて戦っている。それは悪いことではないわ」




さすが普段隠れてハルトの陰に潜んでいるだけのことはある。よく観察しているようだ。




「だけど手段が多いということはそれだけ選択できるということ。とっさの事態にすぐ選択できないから、そこでワンテンポ遅れが出てしまう。さらに言えば軸がないせいで戦闘方針にブレが出やすいの。オールラウンダーという戦い方は歴戦の大魔術師が初めて使える手法だから、ハルトさんにはちょっと早いわね」





アンリだけかと思っていたが、教会の人はみんな魔術についてよく知っている。何せこの中に実は魔術師はハルトしかいないのだが、ハルト以外の3人がハルトの魔術戦について講義しているのだ。異様な光景である。






「確かに幅広く魔術強化を行ってたんじゃ話にならない。短期強化なら一本軸を決めて伸ばすのは合理的だな。加えて魔術戦の方針も決まる。文句なしだ」





「納得していただけたようですね」




アンリはごそごそと懐をまさぐると、液体の入った瓶を取り出す。ハルトが幾度となく指を漬け込んだ記憶があるその液体。


あっ、というハルトの表情を察してアンリは説明を続ける。


「そう、魔術属性反応溶液です。ネガル魔専にあったやつを拝借してきました」





一般的に人体に魔力原子を取り込み魔力とする際に、実は何らかの属性が付与されている。


基本的には5大元素の火・水・風・土・木属性、たまに未発見やレアな闇・光属性に変わっている場合があるが、この属性と自分の使用する魔術が一致した際にはほかの属性と比べ魔術の質も威力も上がるのだ。この属性のことを優属性という。


そして無いケースもあるが大体は属性相関図において自身の優属性の弱点属性は自分自身の弱点になりやすく、例えば火の優属性を持つ魔術師が水魔術を受けたときのダメージは、普通の魔術のダメージより大きくなる。これを劣属性という。



自身の優劣属性について、実際にダメージを受け感じたり魔術の威力を比較しなくても知ることができるのが、この魔術属性反応溶液だ。



体内に魔力を宿した状態でこの溶液に体の一部を浸すと、体内をめぐる魔力の秘めた属性を検知し色が変わる。その結果自身の優属性がわかるというものである。




普通は魔術師になるため一番最初に行うことなのだが…





ハルトは魔術容量が溶液を反応させないまで少なかったため、今に至るまでわからずじまいだったのだ。





「そうか、すっかり忘れてたけど。これで俺の優劣属性がわかるのか…」






アンリはハルトの前にこの溶液の入った瓶を置く。








「さてさて、何が出ますかね。さ、思い切って行っちゃってください!」
しおりを挟む

処理中です...