三つの異能と魔眼魔術師

えんとま

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第3章 魔導省

闇と炎と時々光

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ハルトは目の前に置かれた液体の入った瓶のふたを開ける。


液体は少しばかり水面を揺らした後、再び静止した。


魔術属性反応溶液。これに指を少しつけるだけで、これまで自分が知らなかった自分の可能性を知ることができるのだ。



アンリの聖域展開を吸収して魔力に変換したハルト。これで準備はできた。


「よし、じゃあ…つけるぞ」



恐る恐る指を近づける。果たしてその結果は吉と出るか凶と出るか…。



つい目をつぶってしまう。指先に冷たい液体が触れるのを感じる。反応が出るのは数秒で済む。ここで目を開けば結果が見えるはずだ。


ゆっくりと、うっすらと瞼を開け、その色を確認する。















「…なんだこれ」


「二色?…三色にも見えますが…」


「これは奇妙ですな」


「選択肢を絞るための溶液だったのに、これじゃあまり変わらないわね」



4人は口々に言葉を述べる。その色はだれが想像した色でもなかったのだ。



赤、黒、そして少しばかり黄色に近い白。なんと3色のセパレートになったのだ。



「これ、ほんとに反応溶液か?赤はわかる。黒と白ってなんだ?」


ハルトはこれを持ってきたアンリに視線を送る。



「黒と白、それは5大元素の外にある存在、光と闇ですよ」



「え、光と闇…?」



確かに魔術属性には光と闇も存在するが、反応溶液でその色が出たのはハルトも初めて見た。



「実は黒は出るだろうっていうのは最初から思っていたんですよね。ハルトさんの魔眼は古術ベースで作られていますので」



アンリは興味深そうに溶液を眺めながら補足した。



「奇跡と古術はその根底の属性として光と闇という属性を有しています。古術にも火や風を扱う術も当然ありますが、必ず闇属性を含んでいますので。逆パターンで奇跡もしかりです」




「それはわかったが…この白い色って光属性なんだよな。白黒どっちもってありえるのか?」



ハルトがの頭をよぎった疑問、それは互いが互いに弱点でもあり効果的でもある特殊な属性、光と闇が一緒に優属性として反応したことだ。



劣属性は優属性とは違い、発動した魔術には一切作用しない。ただ身体に対するダメージの倍率が劣属性のみ変わるだけである。




が、優属性を二つ持つ場合5大元素であれば弱点と組み合わせになることはまずありえないのだ。





「いえ、それはあり得ませんね」




クラウスはハルトの疑問を否定する。どうやら光と闇についても同じのようだ。



「それにバランスが悪いのも奇妙です。白と黒の量が全く同じで拮抗しているなら共存も可能性としてなくはないのですが…白が限りなく少ない。これでは優属性として認められないほどに、です」



おそらくですが、とクラウスは自身の仮定を説明する。




「四宮様は魔眼でアンリの聖域展開を吸収しましたから、その際に奇跡の光属性を変換しきれず取り込んだんではないでしょうか。私も魔眼で変換した魔力の属性反応を見るの初めてなのであくまで仮定ですが」



あぁそれだ、と他の3人も納得する。


確かに魔眼の魔力変換効率はヴァルミリア曰く10割ではない。損失している分はこうして取り込んだ力の属性をそのまま蓄えてしまうのだろう。



「であれば、ハルトさんの優属性は火と闇の二種類ですね。ますます魔眼で容量が圧迫されているのがかわいそうなほど潜在能力が高いですね」



アンリの余計な一言が胸に突き刺さる。

どれもこれも行方不明のハルトの父、四宮レイが魔眼など移植したせいだ。この積もり積もった不満はいずれ必ず父にぶつけてやると強く心に決めるハルトであった。





「四宮様の属性もわかりましたし、ようやくこれで本題に入れますな」



クラウスは席を立ち、みんなを訓練場へ移動するよう促す。


各々立ち上がるとエレベータへと向かい最下層へ降りる。


再びやってきた訓練場は二階堂との戦闘があった様子も見せないほど傷もなければ汚れもなかった。



全体が魔術吸収材でできていると二階堂が言っていたが、その効力は目を見張るものだ。

結局はったりで終わったが、ハルトが放ったロッククリエイトが発動した場合、地面と地表の間にある魔術吸収材を貫通することは果たしてできたのだろうか。

いまさらながら疑問を感じるハルトであった。




「ハルトさんの訓練についてはクラウスさんに一任するつもりです。どうでしょう、短い時間でしたが訓練の大まかな内容についてまとまりましたか?」



どうやら単純な対戦相手ではなく、指導者としてクラウスを呼んだ意図があったようだ。当のクラウスはふっと余裕の表情を見せる。



「伊達に年を重ねてはいません。任せてください」




さすがは年長者。その安心感はほかの二人とは別格だ。



「猶予は三週間ですが…そうですね、最初の二週間は魔術に本腰を入れた訓練はしないでおきましょう」




「え、魔術は使わないんですか!てっきり俺は魔術の訓練をするかと」



「驚かれましたかな?まったく、というわけではありませんが、まずは説明いたしましょう」



一体魔術を使わずにどう訓練をするつもりなのか。ハルトはクラウスの言葉に耳を傾ける。



「まず今のハルトさんの評価ですが、魔学が優秀なだけあってその知識量から機転の利いた攻めを得意とされています。魔術のみならず、化学現象や環境も応用した戦闘には私も感服いたしました」




「いやぁ、それほどでも」



なんだか知らないがいきなり褒められてしまった。不意を突いた褒め攻めに少し照れるハルト。




「逆に言えば選択肢が多い分考える時間が生まれ隙を与えてしまう。その点については先ほどの優属性を踏まえ軸を定めればよいと考えております。では、最初の二週間は何をするか。それはです」




「近接戦闘…近接戦闘ですか」





ハルトはクラウスの言葉を繰りかえす。ハルトがぴんと来ないのもそのはず、基本的に魔術師は魔術を使ってなんぼである。近接戦闘を好む魔術師もいるが、そういった場合使うのは自己強化が大半を占める。





「大丈夫です、しっかり理由がありますので」



ハルトの不安をくみ取ってか、クラウスは話を続ける。




「私が人に稽古をつける際に考えるのは、自分が何をされれば一番苦戦を強いられるか、ということです。ハルトさんは応用力と優れた機転の利く戦闘に傾向しています」



「ならば私は近接戦を避けるか、逆に認知されない速度で近接戦闘を行うかの二択でしょう。とっさの判断に優れた相手は戦闘展開がはやい近接戦闘において必ず優位に立てますからね」




(なるほど、そういう意味での近接戦闘か。考えたこともなかったな)



自分では客観的になってみたつもりでも、他人の目から評価されるのが結局のところ一番客観性を持った意見をもらえるものだ。ハルト自身、自分では戦闘スタイルについていろいろ考えてはみたが近接戦闘には行き着くことができなかった。

  

「しかし、近接戦の最中魔術の発動や作戦の構築、詠唱を行うのはかなり難易度が高いです。それ故に近接戦闘を主体とする魔術師はあまりいませんからね」


もちろんそのための方法はあります、とクラウスはさらに提案する。



「この二週間はひたすら私と近接訓練をしましょう。素手と武器、両方できるといいですね」



クラウスは訓練場を見回した。幸いにもここには武器などの道具も一通り揃っているようだ。




「さらに効率を上げるために、ヴァルミリアさんとアンリにも協力してもらいます。まずヴァルミリアさん」



クラウスはヴァルミリアに視線を送る。




「ヴァルミリアさんの絶影憑依を使ってハルトさんを傀儡にし私と戦闘してください。ハルトさんは自分の体の動きを他人に任せることで体でも覚えられるし、自身の体裁きを集中して意識することができます」




「なるほどね。正解をひたすら体になじませる、一番手っ取り早いわね」




いいわよ、とヴァルミリアは了承してくれた。





「そしてアンリ。申し訳ないのですが…」



クラウスが今度はアンリに話しかけるが、アンリはクラウスの言葉を遮るように続きの言葉を言う。その顔はげんなりしていてあまり乗り気な顔ではない。




「わかっていますよクラウスさん。『感覚改竄かんかくかいざん』をしろって言うんでしょう。訓練効率化にはもってこいですから」





「えぇ、よろしくお願いします。限定的にして力を温存してください。四宮様の意識のみ、0.8でも十分でしょう」





「感覚改竄・・・?」




聞きなれない言葉にハルトは聞き返した。





「感覚改竄というのは意識時間を変えてしまう奇跡です。よく事故なんかで車とぶつかる瞬間時間がゆっくり流れた気がしたーなんてのがありますよね。あれをわざと再現する奇跡ですよ」



本当は拷問に使う奇跡なんですけどね、と恐ろしい補足を加える。確かに意識時間を遅くして拷問をすれば鋭い痛みが長時間与えられた感覚に陥る。想像するだけでもぞっとする奇跡だ。



「クラウスさんの狙いはこれをハルトさんに使って戦闘を学ばせることです。ヴァルミリアさんとクラウスさんの戦闘なんて普通にみてれば何やってるかわかりませんからね。意識時間を遅くすることでより効率を上げる、というわけです」



必要なのは慣れること、と補足するクラウス。




「ギターボーカルが歌と楽器を同時に行う時にどう練習するか、ただひたすら動きを体に刻み込み無意識化でも弾けるようになるのです。そうすることでようやく歌に集中できるしアドリブの歌詞をいきなり入れたりもできます」



つまりは近接戦闘を反射的に行えるまで体に馴染ませることで、相手を圧倒しながらもこちらは戦闘の展開や魔術の構築を行えるというわけだ。




「すごい、すごすぎる!これなら無駄のないうえに最短で覚えられる!」



ハルトは興奮を隠せない。

どんなに頑張ろうと自分一人ではこの環境あってもどれだけ時間のかかることか。3週間という短い時間設定に古術師の襲撃まで予見され正直不安でいっぱいだったハルトだが、クラウスの効率を重視した訓練内容に心底ほっとした。




「意識時間を遅らせれば通常の時間間隔より長くなるし、学校に通いながら短い時間でどれだけできるか不安だったけどこれなら何とかなりそうだ!」




「?何を言っているんですかハルトさん」



アンリが不思議そうにこちらの目を除く。今の言葉にそんなに変な内容が含まれていただろうか。逆に不安になるハルト。



「学校なんて行かせませんよ。ここには宿泊施設もあることですし。事故でも病気でも親戚が亡くなったでも何でもいいんで適当な理由をつけて学校は3週間お休みしますからね」




「…まじで?3週間全部?」


思わず絶句するハルト。


「大マジですよ。こちとらハルトさんの訓練に付き合うんですから、それくらいの融通はきかせてください」





「そん・・・な・・・」



魔学に関しては手を抜けない、というよりそこでしか成績を上げようがないハルトにとって三週間学校に行かないというのは大きな代償だ。







付け加えるなら、実は皆勤賞を狙っていたハルト。残念ながらここでその記録は途絶えてしまった。





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