ふろむ・○○○○

雪野湯

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ギフト編

男子禁制

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 もはや、決壊は避けられない。
 我慢はとうに通り越している。
 もし、扉の先に便器がなければ、地獄の釜が開くであろう。

 
 常に愛用している学校のトイレの扉を開く。
 南無三! 今回はどこにも繋がっていないでくれ!

「こ、これはっ!?」

 私の願いが届いたのか、目の前には愛の代弁者、便器がっ。
 しかし、いつものマイ便器とは違う。
 ピカピカで品を感じる。

 何が起こったかわからないが、全ては用が済んでからにしよう。
 ズボンとパンツを流れるように下ろし、便座に腰を掛け、解放。

「お、う、おう。おおおおお~!! く、おおおおお、お、お?」

 ファースト踏ん張りで、半分は解き放たれた。しかし、もう半分が抵抗を試みている。
 これは長丁場になりそうだ。

「ん?」

 壁の横に小さな台を見つけた。台には何かの雑誌が置いてある。
 ちょうど良かった。雑誌を片手に攻防を続けよう。
 
 雑誌のページを捲ると、見たこともない文字が目に飛び込んできた。
 地球の言語には見えない。
 やはりここは、見知らぬ世界のようだ。
 
「文字は読めないが、料理本かな?」
 
 雑誌には写真やイラストで描かれた料理が載っており、文字を読めずとも楽しめそうだ。
 のんびり雑誌に目を通し、時折出口に力を込めて、ぴちょんぴちょんと水音を広げていると、何者かの声が聞こえてきた。
 声の数から三、四人程度。

 しかし、相手が何人こようが何者であろうが、今はトイレの中。
 気にするほどのものではないっとぉっぉぉぉぉぉ! 甘かったぁぁぁあ!

 声の質は明らかに女!
 ということは、ここはっっ!? 


 女子トイレ!!


 いかん、いかんぞっ。どうする? 出るか?
 いや、無理だっ。間に合わない。
 籠るしか、ない……。


 トイレの鍵がかかっていることをしっかりと確認して、息を殺した。
 僅かの間をおいて、若い女性と思われる声がトイレ内に響いてきた。
 幸いにして翻訳機能付きネックレスのおかげで、彼女たちの会話は把握できる。
 彼女たちは取りとめのない世間話をしている。

 私がいることはバレていないようだ。
 少し待てば、離れるだろう。

 ――10分後……まだ、いる。

 ――20分後……まだ、いる。

 ――30分後……まだ、いる。


 いい加減にしろっ!
 いつまで話しているつもりなんだ!

 苛立ちを覚え、台を叩く。
 この行為が、女性たちの意識をトイレに向けさせてしまう結果になってしまった。


「ねぇ、トイレの子。ずっといるけど、大丈夫かな?」
「そういえば、長いよね」


 長いのはお前らのお喋りだ! 
 しかし、文句を言うことも叶わぬ。声を出せば、男とバレてしまう。
 とにかく、早く、どこかに行ってくれ!


「ちょっと、声かけて見ようか? 中で倒れてたりして?」

 やめろ、余計なお世話だ。来るな、近づくんじゃないっ。


 ――コンコン
「大丈夫? 生きてる?」

 くっ、無視をすれば怪しまれる。こうなったら、女声で誤魔化すしかないっ。
 小さく喉を鳴らして、声を高めに艶っぽく言葉を返す。

「ええ、大丈夫でありんすぇ。わっちは平気ありんすから、放っていてくんなまし」
「え、あ、そ、そう。大丈夫ならいいんだけど……」

 フハハ、見たかっ。我が女子力っ。
 あまりの品の良さに、相手も風格に呑まれておるわっ。

「ねぇねぇ、やっぱりなんか変じゃない?」

 な、なに!? 誤魔化しきれていないだとっ!
 大誤算だっ。これほど疑り深いとはっ!


「ねぇ、あなた。本当に大丈夫っ?」
 何度もノックを交え、声をかけてくる。
 ノックは次第に強いものとなる。

 何か、何か、言葉を返さなくては、クホッ!?
 ば、馬鹿な!? こんな時に、残り半分が暴れだした!

 暴れん坊たちは、まるで無邪気な子どもたちが滑り台を滑るように腸内を滑り降り、門を激しく打ち鳴らしている。
 このままでは、若い女性の鼓膜に茶色な音楽を焼き付けてしまう。
 彼女たちを退避させないとっ!

「は、離れてくんなまし……あ、危ないでありんす」
「え、何が危ないの?」
「だ、だから……あ、無理だ」


 奏でられた天国と地獄の 狂想曲カプリチオ
 これほどまでに、トイレという場に相応しい演奏はないだろう。
 彼女たちは演奏に畏敬の念を払い、走り去っていった。

 フッ、匂いが目に染みて前が見えないぜ。
 
 
 暴れん坊たちは門を破り、出尽くした。私も力の限りを尽くした。
 故に、眠気を覚える。
 ちょっとだけ、目を閉じる。



 ……ガヤガヤと、トイレの扉の前がうるさい。
 寝ぼけ眼を擦ろうとしたところで覚醒。

 しまった、尻丸出しの状態で眠っていたようだっ!

 扉の前では何人もの女性の声が飛び交っている。
 その中で、一際声の通る女性が扉を破壊すると言い出した。
「鍵が壊れているのかもしれないわね。扉を破壊しましょう」

 これは大変なことになったぞ。
 少しでも長く籠城ができるように手に持っていた雑誌をズボンと腹の間に挟み、ノブをグッと掴んだ。
 だが、別の女性が思いもよらぬ提案をする。

「ねぇ、上から覗いてみたら?」

 なに、天才がいたか!
 何とか誤魔化さなくてはっ!
 
「待ってくんなまし! 扉は壊れていんせん。少うし、長めなだけ」
「長めって、もう丸一日籠っているじゃない。あなた、どういうつもり?」

 
 丸一日!? 
 なんてこったいっ、少し眠ったつもりだったのだが!!

「鍵を開けなさいっ。早くっ!」
「や、やめろぉぉっ!」

 ノブをものすごい勢いでガチャガチャと回される。このままでは鍵は壊れ、私の人生も壊れる!

 万事休す!

 もはや、これまでか……観念し、ノブを掴む手を緩めようとした時、扉の様子が変わる。
 見慣れた扉を目にして、急いで扉を開いた。

 助かった!

 扉を開くと同時に、あっちの扉も開いたらしく、女性の声が背後から聞こえてくる。

「いない。何だったの? う、残り香が」
「ねぇ、さっきの声。データベースに残る男の声に似てなかった?」
「何を馬鹿なことを。もう、この世界に男は……」



 転がり込むように、自分の世界のトイレへ戻ってきた。
 後ろを振り返り、いつものマイ便器を確認。

 耳に残るは、女性たちの声。

「彼女たちの最後の言葉……男がいない? おや?」

 
 ズボンと腹の間に料理雑誌を挟みっぱなしだった。
 誰のものかわからないが、勝手に持ってきてしまった。

 無断借用は良くないが、せっかくなので料理本に載る料理を作ってみることしよう。
 材料はよくわからないものばかりだったが、見た目が似た材料を使えばどうにかなるだろう。

 そうしてできたのは、七色に光る料理。
 一口、いただく…………不味くはない。が、美味くもない。
 何とも言えない不思議な味だった。
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