ふろむ・○○○○

雪野湯

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解決編

世界を巡る~密林・地球?~

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 扉を開けると、湿度の高い熱気と鬱蒼とした木々の群れ。
 ここは思考力を失った人々が暮らす、密林。
 
 杖をくれたご老公と会うために、廃墟となったビルを目指す。
 道中、幾人もの男女に会うが、皆、私に一切の興味を示さない。

 廃墟へ訪れ、ご老公の部屋へ入る。彼は空中を見つめるだけで反応はない。
 ご老公を抱え上げて、廃墟の中央にある広場にポイっと放置する。
 ついでに、そこらをうろついていた子どもたちを捕まえ、適当に座らせた。


 準備は終えた。
 リュックから紙芝居を取り出す。
 そして、紙芝居といえば、私の脳に眠る昭和知識がこれだと指し示す。
 ベルとお菓子だ。

 ベルを大きく振るって、廃墟内に響き渡らせる。
 すると、僅かな人数であるが、こちらに興味を示す人がいた。
 すかさず、お菓子を配って紙芝居を始める。


「は~い、よいこのみんな、物語が始まるよ~」


 私は異なる地球にて、幼い子たちに読み聞かせた時と同じ要領で紙芝居を読み上げる。
 紙芝居はお姉さんが妹のために作り上げた物語。
 
 物語は単純でありながらも、子供心を刺激して、冒険へのドキドキ感や憧れを呼び起こすもの。
 物語を読み進めていくうちに、廃墟に住む彼らは物語へ没頭し始めた。
 
 話は佳境へと移る。
 
 最後の一捲り……しかし、それは存在しない。
 別の地球に忘れてしまったからだ。

 廃墟に住む彼らは、物語の最後を聞けずに文句を口にし始めた。
 もちろん私は、物語の結末を知っている。
 だが、あえて結末を口にしない。
 代わりに、彼らに問う。

「君たちなら、どのようにして物語が終わると思う?」

 この問いに、彼らはどよめいた。
 大人たちが困惑する中で、一人の少年が大きな声ではっきりと言葉を生んだ。

「いっぱいの宝物を手に入れて、幸せに暮らしたんだ!」


 少年の言葉がきっかけで、大人も他の子どもたちも口々に、自分たちが思い描く結末を語り始めた。

 私はリュックから真っ新な画用紙とクレヨンを取り出して、彼らに手渡す。

「君たちが最高の物語を作り出すんだ」

 彼らは思い思いに、自分の物語を語る。
 彼らの生み出した物語が他の誰かの物語に交じり合うと、また、新たな物語が紡がれていく。

 もはや、誰もが私の存在など忘れてしまったようで、自分たちが作り上げる物語に夢中だ。
 そのような中で、ご老公が私に語り掛けてきた。

「我々が忘れていたもの、欲していたものは、わしの思っていた思考力とは違ったようじゃな」
「というと?」
「わしらに必要なものは、生活を豊かにする思考力だと思っていた。しかし、必要だったのは遊び心……心の豊かさこそが必要じゃったようじゃ、あははは」

 彼はビー玉のように瞳を輝かせて、童のように笑う。
 私はご老公の心に宿る少年へ微笑み、扉のある場所へ歩みだす。

 去り際の私に、ご老公が呼び掛けてくる。

「物語を作ったのは、おぬしなのか?」
「いえ、ある世界で、心優しい姉が妹のために作ったものです」
「そうか。物語を通して、創り手の暖かな心が伝わってくる。その方に、礼を伝えておいてほしい」
「……ええ、必ず」


 向かおう……次なる世界、異なる地球へ。



 
 扉を開けるとすぐに、爆発音が響いた。
 トイレから飛び出して学校の門のそばへ来ると、門前でクラスメイトと宇宙人と思われる連中が対峙していた。


「おい、大丈夫か?」
「えっ? あ、君は、別世界のっ?」
「ああ、そうだ。一体何が起こっている?」
「コロニーを落とされ、生き残った人たちを学校へ避難させようと、だけどっ!」

 彼が宇宙人を鋭く睨みつける。
 瞳が生み出す殺意に反応したのか、宇宙人は耳をつんざく声を上げた。

「シャシャシャシャシャ、ミ~ン、ミ~ン、ミミミミミミミ!」

 声はクラスメイト達の耳に不快さと痛みを与え、彼らは皆、両耳を押さえて悶えている。

「ひ、ひどい、音だろ。頭が痛くて、イライラしてくる」
「ふむ……」

 私は一歩前に乗り出して、宇宙人の様子を観察した。
 宇宙人は、夏にやかましいセミそっくり。
 人と同じ大きさのセミが赤色のジャケットと、長い棒を持って立っている。

 そして、彼らがいま話した言葉は……。

「ワレラノ、オクリモノ、ユルサナイ? 意味がわからないな」
「え? まさか、君……あいつらの言葉がわかるのか?」
「ああ、こいつのおかげでな」

 クラスメイトに青い宝玉の付いた翻訳ネックレスを渡す。

「これは翻訳機だ。言葉が通じなくて誤解を生んだと聞いていたから、おそらくこれがこの世界に必要ものだと思い、何個かもらってきた。つけてみてくれ」
「わ、わかった」
「よし、では、宇宙人に話しかけてみよう。宇宙人よ、私の言葉はわかるか?」

「ギ? ワカル。ワレワレハウチュウジンダ」

「ふむ~、翻訳ネックレスをもってしても、片言か。相当言語が違うと見える。しかし、通じないわけじゃないな。続きは、お前が宇宙人と話すんだ」
「お、俺が?」
「当然だろう。ここはお前の世界だ。お前がやらなくてどうする? ようやく、宇宙人と意思の疎通ができるんだ。やれっ!」
「強制かよ。わかったよ、やってやる!」
「その意気だ!」

 
 彼の背中をバンと叩いて、セミ型宇宙人の元へ送り出す。
 彼と宇宙人の代表は、両陣営の中央でたどたどしいながらも会話を重ねていく。
 しばらくすると、彼は顔を真っ赤にして宇宙人を罵り始めた。


「ふざけるなっ! アレのせいで、どれだけの人が亡くなったと思っているんだ!!」
「フザケテイルノハ、オマエラダ! あれガドレダケキチョウカ、マルデワカッテイナイ!!」

 二人の大声に触発されて、両陣営が武器を構え始めた。
 このままでは戦闘になってしまう。
 私は二人の間に入る。


「落ち着け、二人とも。せっかく話せるのに、武器を手に取るのか?」
「しかし、こいつが!」
「とにかく落ち着け。何があった?」
「君は巨大な虫を見たことあるよな?」
「ああ、あるが」
「アレは人を食う虫だ。多くの人がアレに食われた。なのに、こいつは虫を殺した俺たちを野蛮人だと、礼儀知らずだと罵った!!」
「礼儀知らず? ちょっとまて、宇宙人からも話が聞きたい」

 私は宇宙人に近づき、事情を聴いてみる。

「あれハタイヘンキチョウナモノ。ナノニ、チキュウジンハ……」

 私は二人の間を行ったり来たりして、双方の事情をまとめていく。
 そうしてわかったことは……。

「大体、わかった。誤解が誤解を生んで、こんがらがったんだな」
「どういうことだ?」
「ドウイウコトダ?」

「現状、お前たちでも理解できていることは、最初の衛星が放ったパルスに攻撃の意図がなかったこと。その後の行為も、悪意を持っていなかったこと。ここまではいいな」
「ああ」
「アア」

「問題はアレ、虫の存在だ」
「そうだ、突然虫を放ち、俺たちを苦しめた!」
「ソウダ、オレタチノオクリモノヲハカイシタ!」
「贈り物? ふざけるな!」
「クルシメタ? フザケルナ!」
「説明するから二人とも黙れ! とりあえず、宇宙人にこちらの事情を話すからな」


 セミ型宇宙人の放った虫により、人々が食われていることを伝えると、宇宙人は一気に青ざめた……顔色はわからないが、青ざめていると思う。
「ソ、ソンナ、あれガ……」

 私はクラスメイトに向き直り、虫の存在の意味を伝える。

「虫が、宇宙人のよる贈り物なのは間違いない」
「あれが贈り物だと?」
「あの虫は、彼らのとって最高の…………食べ物なんだ」
「…………は? いや、アレは食べ物じゃないだろ?」

「いや、結構美味だったぞ」
「食ったのか!?」
「こちらに初めて来たとき襲われてな。だから、逆に食ってやった」
「よ、よく、そんな真似ができるな……」
「まぁ、つまり宇宙人は、言葉が通じないなりに、自分たちの最高の食料を地球人に渡して、誠意を汲み取ってもらおうとしていたらしい。結果は、残念だったが……」

 
 宇宙人は貴重な食料を地球人に贈った。
 しかし、食料は地球人を食料とした。
 地球人は身を守るために食料を駆除する。
 
 宇宙人は謂れのない攻撃を受けながらも、そのことを腹に収め、今後の互いの関係を考え、最高の贈り物をしたつもりだった。
 だけど地球人は、その誠意のこもった贈り物を床に叩きつけた。
 宇宙人の目にはそう映ったに違いない。
 それで彼らは、激情に駆られ攻撃を仕掛けてきた。
 しかし……。


「ワレワレハ、ナントイウアヤマチヲ……」
「過ちじゃ済まねぇよ! 見ろよ、町を! 人を! 星を! ボロボロじゃねぇか!!」

 クラスメイトは銃を宇宙人に突きつける。
 彼の指は引き金にかかっている。
 だが、銃口突きつけられた宇宙人はもちろん、他の宇宙人たちも抵抗する意思を見せない……。

 私は静かに二人を見守る。

 クラスメイトは引き金を引いた……ただし、銃口は空へ。

「くそっ! こんなバカげた話あるかよ! あってたまるかよぉぉぉ!!」

 彼は銃を地面に叩き付け、ありったけの大声でずっとずっと叫び続けていた。




 小一時間ほど経ち、校庭にある木の袂で一人、ボーっとしていたクラスメイトに話しかけた。

「どうだ?」
「なにがだ?」
「いろいろだ」
「さぁな、今まで何やってたんだろうな、俺は……これから、どうすればいい?」
「……とりあえず、宇宙人代表と地球人代表とで話し合いがもたれるようだ。虫の方は宇宙人が処理するとさ」
「あとは、上の連中が決めるってか。はっ!」

 彼は近くにあった小石を放り投げた。
 石の転がった先にある広い校庭では、子どもたちが追いかけっこをしている。
 彼は無邪気に走り回る子どもたちを見て呟く。

「もう、怯える必要はないか……終わったんだな」
「そうだな」
「なら、いいか……よくないけど、いいや」
「溜まっているものがあるなら、付き合うが?」
「100年あっても尽きないよ。ふふ、ありがとうな」

 彼が微笑み、顔を上げると、校庭の方からボールが飛んできて、それは見事に顔へ命中した。
 彼はボールを拾い上げ、子どもたちに全力投球をかます。

「どりゃあぁ!!」
「ご、ごめんなさ~い!!」
「ふんっ!」

「子どもに当たるなよ」
「俺が当てられたんだよ、顔にっ」
「元気がありそうで何よりだ。それじゃ、私は行くよ」
「世界を回っているんだってな。君は君で大変そうだ」
「ふふ、人を気遣う余裕あるなら大丈夫だな。では、またな」
「ああ、また」


 私は校舎内のトイレを目指して歩く。
 その途中で、紙芝居を読んでほしいとせがんでいた女の子を見かけた。
 女の子のそばに近づいて、ご老公の思いを伝える。

「やぁ、こんにちは。久しぶりだな」
「うん、こんにちは」
「君からもらった紙芝居は、たくさんの人が楽しんでいるよ」
「ほんと! うれしい!」


 ぴょんぴょんと跳ねている女の子に手を振って……いざ、トイレへ戻ろう。
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