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第一章 左遷された銀眼の青年
廃城トーワ
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人の気配などなく、寂しげな潮騒のみが響く森の出口。
私は遠くを見渡せる高い場所から鈍く輝く銀眼に古びた城を映した。
「ここが古城トーワか。状態は最悪と聞いていたが、これほどとは……」
海を背後に置くなだらかな丘の頂に立つ城は、城の形を保っていなかった。
外壁の至るところが崩れ落ち、梁が飛び出している。
屋根の一部もまた崩れ落ち、内部は風雨に晒され住めたものではないだろう。
城だけではなく、城を守るはずの堅牢な城壁も無秩序な石の積み木と化していた。
城から扇状に広がる歯車のような凹凸持つ三重の防壁。
その防壁の門は石に埋まり城への道を邪魔するが、代わりに壁だった場所が道になっている。
ここは、主なく民なく打ち捨てられた城。
彼の背後から響く海の揺れる音と、私の背後から届く夕日の色が哀愁を彩る。
このような領民など一人もいない領地へ、私は領主ケント=ハドリーとして訪れた。
私は世界スカルペルにおいて最強の国家・『ヴァンナス国』出身で、勇者たちの友人だ。
私自身は勇者と違い、剣や魔法など全く使えない。
そう……今の私は、勇者たちの友人にすぎない。
しかし、私が存在しなければ勇者は生まれなかった……いや、そんな話はどうでもいいか。
今ある現実は、私に帰る場所はないということ。
友人たちが勇者として才能を開花した現在、私は不要な存在……だが、そうであっても、不要な存在なりに『王都オバディア』で足掻いていた。
私は父を失い、その空席を埋めるために中央議会の議員になった。
しかし、私の掲げる政策はことごとく他の議員たちの反感を買ってしまう。
その結果、彼らは私を排除することに決めたのだが、亡き父の権威と勇者の友人という肩書きが邪魔をして無下に扱えない。
そこで、栄転とは名ばかりの放棄された領地を私に与えたのだ。
私は厳しい冬の終わりを待って、春となり、王都を発つ。
馬に跨りパカパカと歩き、乗り慣れない船にプカプカと乗って、港町からまたもや馬に跨り森を通り抜けて、王都から遠く離れた古城トーワへやってきたというわけだ。
私は銀の瞳を朽ちた城から外して全景を捉える。
「ひどい有様だが、防壁内部はかなり広いな」
三枚構えの防壁内部。そして、城の周りの土地。
思いのほか土地は広く、小規模な町ならば形成可能なほどだ。
「その気になれば防壁内部に千人規模の町なら作れるか? しかし……」
城から北へ顔を向ける。
そこに広がるは、毒に汚染された呪いの大地。
草木などは一切なく、乾ききった荒涼としたヒビの大地が広がっている。
「北の大地があのような状態ではな。防壁内だけでは食料の自給は難しいか……それにしても、不思議なものだ」
私は瞳を左右に振って、北の荒れた大地と崩れかけた城を観察するように見つめた。
乾いた大地とは対照的に、城壁内部には緑が溢れ返っている。
まるで、城壁を境界にして生と死が分かたれているかのようだ。
「奇妙な光景だ。呪われた大地にあるという遺跡の影響だと聞いているが、いったい何を行えばこのような現象が起きるのか?」
そう呟くが、従者すらいないため誰も受け止める者はいない……。
唯一の供であった案内人の男は、半月分の食料と今後の生活費用を置いて早々と帰ってしまった。
彼とは半月以上も共に居たが、結局、必要最低限の会話しか行わなかった。
そこには身分差という溝があったのだろう。
そして、それ以上に彼は、私の瞳の色が苦手だったように感じる。
世界に二つとない、人の暖かさを感じぬ銀の瞳を恐れていたのかもしれない……。
「ふふ、今さら寂しがっても仕方ないか。従者を断ったのは私自身なのだからな」
本来ならば、案内人と共に屋敷の者が数人ほどついてくるはずだった。
だが、その者たちの家族は王都やその近隣の町にいる。
そうだというのに、このような辺鄙に共させるわけにはいかない。
それに何より、私自身、一人の時間が欲しかった。これから何をするべきか。それとも何もせず、全てを諦めて若く余生を送るべきか……。
「まぁ、時間はたっぷりある。のんびり考えるとしよう」
私は初めて手に入れた時間に追われぬ生活に小さな笑みを浮かべ、今後我が家となる崩れかけた城を望む。
「ざっと目を通した資料には、城は魔族との攻防拠点として使われ、彼らを排除後は呪われた大地にあるという遺跡の発掘拠点に使われていたと記載されていたが……今は完全に放棄されたわけか」
放棄された城はとても風通しが良く、堅牢であるはずの防壁は胸襟を開いてあらゆる者を出迎えている。
「この一帯からは魔族が排除されて久しいというが、魔物・獣の類はいないだろうな? 現状では手も足も出ないので不要な客人は遠慮願いたいね」
兵は私一人。
背は高いため、多少の威圧感はあろうが腕に覚えはない……。
特別な銀の瞳の力を使えば身体機能は僅かに向上し、素早く動くものを捉えることはできるが一流の戦士と呼べるほどの力はない。
装備もまた戦士からは遠く、貴族にも領主にも見えないもの。絹でできた白のブラウスの上に、麻でできた厚手のマント纏う旅人の装い。
腰には使えもしないお飾りの長剣。
私は長めの銀髪を揺らし、防壁と古城へ銀の瞳を動かす。
頭に木霊するのは、崩れかけた城に外敵の可能性。
「ふふ、予想よりもひどい有様だな。レイたちも、さすがにここまで酷い状況だとは知るまい」
レイとは私の友人で、魔族と対抗できる勇者の一人だ。
もし彼が、私の現状を知れば激高したに違いない。
おそらく中央議会は私を古城の管理者に任命し、それを快く私が引き受けたとだけ彼に伝えたのだろう。
そう伝えていれば、彼が声を小さくするのはわかっている。
彼は私が常々王都から離れたがっていたことを知っているし、一部の権力者たちと対立していたことも知っているから……。
ともかく、現状に至る原因の一端は権力者と対立した私にあるわけで、同時に、私の希望と私を疎ましく思っている連中の思惑が合致して、ここにいるわけだ。
ただ、予想外だったことが二つある。
一つは、想像以上に古城が酷く損壊していたこと。
もう一つは、当面の生活費用。
案内人が置いていった木箱にはかなりの量の金と宝石が詰められていた。
贅沢をすればあっという間になくなる財だが、並みの生活を行うだけならば一生安泰だ。
もちろん、領主任命に対する対価としては少なすぎるが……。
「なんにせよ、父の遺産のほとんどを放棄した私にはありがたい。しかし、ここまで出してくれるとは……彼らから見れば、雀の涙程度の送り銭だったのか? それとも……いや、おそらく」
私は遥か西にある『クライエン大陸』に顔を向けて、瞳に故郷である王都を映す。
「閣下の御配慮だろうな。王都で孤立していた私を煩わしい雑音から遠ざけ、わざわざ放棄された領地を与えたのは、一人でゆっくり休めるようにと……」
私は瞳を閉じて故郷の姿を消し、代わりに我が家となる城を瞳に入れた。
「とりあえず、今日の寝床の確保からだな」
森の出口から馬を使い坂道を下りて防壁に近づく。
そこから防壁内部を通って城へ向かうつもりだったのだが、内部は瓦礫たちの遊び場となっていて通せんぼをされてしまった。
仕方なく馬での移動は諦め、瓦礫たちに捕まらぬように馬の手綱を引きながら徒歩で古城へ向かうことにした。
崩れかけの古城まで来て、一階に食料などの荷物を置き、そこから天井が崩れ落ちないか不安を抱きつつ城の内部を散策する。
内部でありながら草木が生えて夕日が差し込む城は、外なのか内なのかわからない。
一階には人が休めるような部屋はなく、空っぽの武器庫や倉庫らしい部屋ばかり。途中、地下に続く階段を見つけたが、瓦礫が石積み遊びをしており覗くことは無理だった。
再び一階……使用人らしき部屋を見つける。しかし、朽ちた家財道具が休憩中であったため中には入れない。
私は風が舞い、自然を間近に感じられるトイレと台所を確認して、二階へと続く階段に向かう。
屋根を失った階段は野ざらしだったが石製であったため、一部は崩れているものの形は留めていた。
そこを慎重に昇っていき、二階へ……。
二階には広めの部屋が多く、ここもまた住居として機能していた様子はない。
部屋の床には草の絨毯が敷かれ、可愛らしい花々が模様となり、絨毯を敷き忘れた石床では根っこたちが談笑していた。
草花たちが交わり踊り狂うダンス会場で横になるのはマナー違反であろう。
二階を後にして、さらに階段を昇り、三階へ。
ここがこの城の最上階となる。
いくつか部屋を回るが一階や二階よりも風雨に晒されることが多いようで、どこも苔生していて、とてもじゃないが寝れるような場所ではなかった。
「はぁ~、これでは城の外で寝た方がよさそうだな。だが、春とはいえ夜は冷えるし……ん?」
愚痴を零しながら三階の廊下を歩いていると、奥に扉を見つけた。
木製の扉の表面は朽ち果てている。
あまり期待はせずに、最後の部屋を開いた……。
私は遠くを見渡せる高い場所から鈍く輝く銀眼に古びた城を映した。
「ここが古城トーワか。状態は最悪と聞いていたが、これほどとは……」
海を背後に置くなだらかな丘の頂に立つ城は、城の形を保っていなかった。
外壁の至るところが崩れ落ち、梁が飛び出している。
屋根の一部もまた崩れ落ち、内部は風雨に晒され住めたものではないだろう。
城だけではなく、城を守るはずの堅牢な城壁も無秩序な石の積み木と化していた。
城から扇状に広がる歯車のような凹凸持つ三重の防壁。
その防壁の門は石に埋まり城への道を邪魔するが、代わりに壁だった場所が道になっている。
ここは、主なく民なく打ち捨てられた城。
彼の背後から響く海の揺れる音と、私の背後から届く夕日の色が哀愁を彩る。
このような領民など一人もいない領地へ、私は領主ケント=ハドリーとして訪れた。
私は世界スカルペルにおいて最強の国家・『ヴァンナス国』出身で、勇者たちの友人だ。
私自身は勇者と違い、剣や魔法など全く使えない。
そう……今の私は、勇者たちの友人にすぎない。
しかし、私が存在しなければ勇者は生まれなかった……いや、そんな話はどうでもいいか。
今ある現実は、私に帰る場所はないということ。
友人たちが勇者として才能を開花した現在、私は不要な存在……だが、そうであっても、不要な存在なりに『王都オバディア』で足掻いていた。
私は父を失い、その空席を埋めるために中央議会の議員になった。
しかし、私の掲げる政策はことごとく他の議員たちの反感を買ってしまう。
その結果、彼らは私を排除することに決めたのだが、亡き父の権威と勇者の友人という肩書きが邪魔をして無下に扱えない。
そこで、栄転とは名ばかりの放棄された領地を私に与えたのだ。
私は厳しい冬の終わりを待って、春となり、王都を発つ。
馬に跨りパカパカと歩き、乗り慣れない船にプカプカと乗って、港町からまたもや馬に跨り森を通り抜けて、王都から遠く離れた古城トーワへやってきたというわけだ。
私は銀の瞳を朽ちた城から外して全景を捉える。
「ひどい有様だが、防壁内部はかなり広いな」
三枚構えの防壁内部。そして、城の周りの土地。
思いのほか土地は広く、小規模な町ならば形成可能なほどだ。
「その気になれば防壁内部に千人規模の町なら作れるか? しかし……」
城から北へ顔を向ける。
そこに広がるは、毒に汚染された呪いの大地。
草木などは一切なく、乾ききった荒涼としたヒビの大地が広がっている。
「北の大地があのような状態ではな。防壁内だけでは食料の自給は難しいか……それにしても、不思議なものだ」
私は瞳を左右に振って、北の荒れた大地と崩れかけた城を観察するように見つめた。
乾いた大地とは対照的に、城壁内部には緑が溢れ返っている。
まるで、城壁を境界にして生と死が分かたれているかのようだ。
「奇妙な光景だ。呪われた大地にあるという遺跡の影響だと聞いているが、いったい何を行えばこのような現象が起きるのか?」
そう呟くが、従者すらいないため誰も受け止める者はいない……。
唯一の供であった案内人の男は、半月分の食料と今後の生活費用を置いて早々と帰ってしまった。
彼とは半月以上も共に居たが、結局、必要最低限の会話しか行わなかった。
そこには身分差という溝があったのだろう。
そして、それ以上に彼は、私の瞳の色が苦手だったように感じる。
世界に二つとない、人の暖かさを感じぬ銀の瞳を恐れていたのかもしれない……。
「ふふ、今さら寂しがっても仕方ないか。従者を断ったのは私自身なのだからな」
本来ならば、案内人と共に屋敷の者が数人ほどついてくるはずだった。
だが、その者たちの家族は王都やその近隣の町にいる。
そうだというのに、このような辺鄙に共させるわけにはいかない。
それに何より、私自身、一人の時間が欲しかった。これから何をするべきか。それとも何もせず、全てを諦めて若く余生を送るべきか……。
「まぁ、時間はたっぷりある。のんびり考えるとしよう」
私は初めて手に入れた時間に追われぬ生活に小さな笑みを浮かべ、今後我が家となる崩れかけた城を望む。
「ざっと目を通した資料には、城は魔族との攻防拠点として使われ、彼らを排除後は呪われた大地にあるという遺跡の発掘拠点に使われていたと記載されていたが……今は完全に放棄されたわけか」
放棄された城はとても風通しが良く、堅牢であるはずの防壁は胸襟を開いてあらゆる者を出迎えている。
「この一帯からは魔族が排除されて久しいというが、魔物・獣の類はいないだろうな? 現状では手も足も出ないので不要な客人は遠慮願いたいね」
兵は私一人。
背は高いため、多少の威圧感はあろうが腕に覚えはない……。
特別な銀の瞳の力を使えば身体機能は僅かに向上し、素早く動くものを捉えることはできるが一流の戦士と呼べるほどの力はない。
装備もまた戦士からは遠く、貴族にも領主にも見えないもの。絹でできた白のブラウスの上に、麻でできた厚手のマント纏う旅人の装い。
腰には使えもしないお飾りの長剣。
私は長めの銀髪を揺らし、防壁と古城へ銀の瞳を動かす。
頭に木霊するのは、崩れかけた城に外敵の可能性。
「ふふ、予想よりもひどい有様だな。レイたちも、さすがにここまで酷い状況だとは知るまい」
レイとは私の友人で、魔族と対抗できる勇者の一人だ。
もし彼が、私の現状を知れば激高したに違いない。
おそらく中央議会は私を古城の管理者に任命し、それを快く私が引き受けたとだけ彼に伝えたのだろう。
そう伝えていれば、彼が声を小さくするのはわかっている。
彼は私が常々王都から離れたがっていたことを知っているし、一部の権力者たちと対立していたことも知っているから……。
ともかく、現状に至る原因の一端は権力者と対立した私にあるわけで、同時に、私の希望と私を疎ましく思っている連中の思惑が合致して、ここにいるわけだ。
ただ、予想外だったことが二つある。
一つは、想像以上に古城が酷く損壊していたこと。
もう一つは、当面の生活費用。
案内人が置いていった木箱にはかなりの量の金と宝石が詰められていた。
贅沢をすればあっという間になくなる財だが、並みの生活を行うだけならば一生安泰だ。
もちろん、領主任命に対する対価としては少なすぎるが……。
「なんにせよ、父の遺産のほとんどを放棄した私にはありがたい。しかし、ここまで出してくれるとは……彼らから見れば、雀の涙程度の送り銭だったのか? それとも……いや、おそらく」
私は遥か西にある『クライエン大陸』に顔を向けて、瞳に故郷である王都を映す。
「閣下の御配慮だろうな。王都で孤立していた私を煩わしい雑音から遠ざけ、わざわざ放棄された領地を与えたのは、一人でゆっくり休めるようにと……」
私は瞳を閉じて故郷の姿を消し、代わりに我が家となる城を瞳に入れた。
「とりあえず、今日の寝床の確保からだな」
森の出口から馬を使い坂道を下りて防壁に近づく。
そこから防壁内部を通って城へ向かうつもりだったのだが、内部は瓦礫たちの遊び場となっていて通せんぼをされてしまった。
仕方なく馬での移動は諦め、瓦礫たちに捕まらぬように馬の手綱を引きながら徒歩で古城へ向かうことにした。
崩れかけの古城まで来て、一階に食料などの荷物を置き、そこから天井が崩れ落ちないか不安を抱きつつ城の内部を散策する。
内部でありながら草木が生えて夕日が差し込む城は、外なのか内なのかわからない。
一階には人が休めるような部屋はなく、空っぽの武器庫や倉庫らしい部屋ばかり。途中、地下に続く階段を見つけたが、瓦礫が石積み遊びをしており覗くことは無理だった。
再び一階……使用人らしき部屋を見つける。しかし、朽ちた家財道具が休憩中であったため中には入れない。
私は風が舞い、自然を間近に感じられるトイレと台所を確認して、二階へと続く階段に向かう。
屋根を失った階段は野ざらしだったが石製であったため、一部は崩れているものの形は留めていた。
そこを慎重に昇っていき、二階へ……。
二階には広めの部屋が多く、ここもまた住居として機能していた様子はない。
部屋の床には草の絨毯が敷かれ、可愛らしい花々が模様となり、絨毯を敷き忘れた石床では根っこたちが談笑していた。
草花たちが交わり踊り狂うダンス会場で横になるのはマナー違反であろう。
二階を後にして、さらに階段を昇り、三階へ。
ここがこの城の最上階となる。
いくつか部屋を回るが一階や二階よりも風雨に晒されることが多いようで、どこも苔生していて、とてもじゃないが寝れるような場所ではなかった。
「はぁ~、これでは城の外で寝た方がよさそうだな。だが、春とはいえ夜は冷えるし……ん?」
愚痴を零しながら三階の廊下を歩いていると、奥に扉を見つけた。
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