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第三章 アルリナの影とケントの闇

頼れる存在

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――路地裏

 
 頭の悪そうな男たちの悔し気な背中を見つめながら、私はギウに話しかける。
「君の槍術、銛術か? ともかく、凄いものだな。剣を塵に返す技など聞いたことも見たこともない」
「ギウッ」

 ギウは銛をエラの横に置き、ぐっと胸を張る。
「ふふ、君の実力の底知れなさには驚かされてばかりだ。さて……もう、大丈夫だ。男どもは逃げたからな」

 私は後ろを振り返り、木箱の裏に身を隠している少女に呼びかけた。
 声に応え、少女はゆっくりと木箱から姿を現してこちらに近づき、数本の赤と白の髪が水色の髪と入り交じるほどの勢いで頭を深々と下げた。

「あの、ありがとうございます!」
「気にするな。当然のことをしたまでだ。むさ苦しい男どもに君のような少女が拐かされそうになれば、なおさらな」
「……はい」
 
 少女は落ち込んだように返事をする。
 それはとても大きな懸念を抱いている態度。


「何か、心配事があるんだな?」
「え?」
「問題がなければ話してくれ。内容次第では手助けできるかもしれない」
「それは……いえ、これ以上、ご迷惑をかけるわけにはいきませんから。それに相手は、シアンファミリー。助けていただいて恐縮ですが、お二人も早く立ち去った方が」

「それは手遅れだろう。ああいったたぐいは面子を重んじる。彼らは私たちを決して許しはしないだろうな」
「あ……ごめんなさい。わたしのせいで!」

 少女は申し訳なさで心の中を満たし、辛い表情を見せる。
 その表情に、私は少し身を屈め、彼女と視線を合わせ笑顔で応えた。

「私は大人だ。自分の行動と、それによって起きる結果に責任を持っている。だから、君のような少女が重荷を背負う必要はない」
 少女が不要なモノを背負うことがないように、笑顔を見せ続ける。
 それに対して少女は戸惑いを見せている。

「で、でも……」
「ふふ、通りすがりの人間にこのようなことを言われても困ってしまうだろうな。だが、一度は関わった問題だ。このままというわけにはいかない……話してくれないかな? シアンファミリーと何があったのか?」
「そ、それは……」

 少女は小さな手で塗料に汚れたエプロンを握り締めた。
 彼らとの間柄を話しにくいのだろう。
 だが、それは当然だ。
 おそらく、少女は……私は口に出しにくい話を先んじて出した。


「シアンファミリーが行う悪事に加担していたのだな?」
「っ!?」
 
 少女はびくりと体を跳ね上げる。そして、小刻みに全身を震わせ始めた。
 私は余計な刺激を与えぬように、淡々と言葉を続ける。
「しかし、君は知らなかった。騙されていた。そうだろ?」
「ど、どうして?」
「彼らと君の会話を少し聞いていたからな。これくらいは想像がつく。そして、それらをわかった上で、私は自分の責任の名の下で、君の声を聞こうとしている……話してみるといい。子どもでは解決できないことも、大人の私なら解決策があるかもしれない」
「あ……」

 私の言葉に安心感を覚えてくれたのだろうか。
 少女は小さな声を漏らし、瞳を潤ませる。
 瞳は揺らめき、それには縋るような思いが内包されてあった。
 私は涙が零れ落ちてしまう前に、少女に名を尋ねた。

「私はケント。彼はギウ。君は?」
「私は、エクア=ノバルティ。両親と一緒に旅をしていましたが、あっ」


――グゥ~
 

 不意に、少女の腹の虫が鳴く。
 少女は顔を真っ赤にして両手でお腹を押さえた。

「す、すみません。最近、あまり食べてなくて。本当、もう、なんで、こんなタイミングで。恥ずかしい……」
「あはは。なに、それは身体が元気な証拠だ。そうだな、いつまでもここで話し込んでいても仕方がない。話は食事を取りながらするとしよう。店は……今は避けた方がいいか」

 シアンファミリーと揉めた後だ。万が一鉢合わせすれば周りに迷惑が掛かる。
 私は後ろにいるギウに尋ねる。

「食料品の買い付けは終わっていたな。ギウ、何か作れるか?」
「ギウ」
「よし。それではエクア、悪いが君の家に案内してくれないか? ご両親に台所を使う許可を戴きたい」
「親は、いません」
「ん?」
「半年前に二人とも……」
「そうだったのか。辛いことを聞いた。すまない」
「いえ、大丈夫です」

 そう答えながらも、エクアは顔を伏せる。
 彼女の態度と今の会話から、先ほどエクアが見せた瞳の意味を知る。


(両親を失って以降、大人に頼ることなく生きてきたのか。それで、私の言葉が救いの手のように見えたのだな)
 幼き少女は両親を亡くし、一人の力で生きてきた。
 何の因果かはまだわからないが、彼女はシアンファミリーと関わってしまう。
 一人の少女には辛い出来事だったであろう。

(助けてやれるならば、助けてやりたいが。果たして、私に助けてやれるだろうか?)
 一応、領主である私が無理を押せば、退く可能性はある。
 私は王都で議員をしていた実績があるため、シアンファミリーも余計な波風は立てたくないと考えるはず。

 だがそれは、シアンファミリーが行った悪事の度合いに掛かっている。
 軽い物であれば、エクアを手放すだろう。しかし、もし、重い物であれば……。
 私は眉間に寄った皺に手を置き、エクアに気づかれぬように額を隠す。
 彼女は私を見上げ、不安そうな表情をし……。


――グゥ~

 
 腹を鳴らした。

「あっ、ち、違うんです。もう、なんで鳴くのっ?」
 エクアは再び顔を真っ赤にしている。
 彼女の姿のおかげで、私の心から緊張が解ける。

(ふふふ、面白い子だな。まずは、エクアから話を聞いてからにしよう。悩むのはそれからでも遅くない)

 
「エクア、家まで案内してくれるか?」
「え、はい」
「まずは食事にしよう」
「でもっ」
「遠慮は無しだ。腹が減っていては良い考えもまとまらない。そうそう、食事の方は期待していいぞ。ギウの作る料理は絶品ばかりだからな」
「ギウギウ」

 ギウはドンと自分の胸に手を置いた。

「ふふ。それじゃ、案内を頼むよ。エクア」
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