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第三章 アルリナの影とケントの闇
策謀と大義
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馬を引き、ギウと共にエクアを連れて、急ぎ東門へ向かう。
その途中でエクアが声に怯えを乗せながら尋ねてきた。
「な、なんだか、大変なことになっている気がするんですが、大丈夫なんですか?」
「たしかに大変なことになっているし、そう大丈夫でもない」
「ええ!?」
「だが、必要なことでね」
「必要?」
「争いごとには大義名分というものが必要だ。先程のは、その大義を得るための挑発」
「えっと、よくわかりませんけど、シアンファミリーの人たちと争うんですよね? あちらは五百人もの傭兵がいますよ。ここまで助けていただいてなんですが、これ以上ケント様にご迷惑をおかけするわけには……」
声を落とし、大変申し訳なさそうに体を縮めるエクア――そんな彼女の頭をそっと撫でる。
「はは、安心してくれ。何も君を助けるためだけに動いたわけではない。今後のアルリナとの関係を良いものとするため……それに実を言うと、私とギウの都合のためでもあるんだ」
「ギウギウ?」
前を歩いてたギウは立ち止まり、はてなマークを瞳に宿して振り向いた……目は相変わらず無表情だが、私にはなんとなくわかる。
「ほら、城の内部をもう少し華やいだものにしたいという話だ。今回の件を上手く治められれば、快適な部屋が手に入る」
「ギウ~?」
ギウは腕を組んで、身体を斜めに傾ける。
まだ、私が企んでいる中身に気づいていないようだ。
「ま、それらのことはあとでな。今は急いでトーワに戻らなければ」
「ギウ?」
「どうしてですか?」
「早晩、シアンファミリーが攻めてくるからだ」
「え!?」
「ギウッ!?」
「そう驚くことでもあるまい。ムキ=シアンとは会ったこともないが、町の評判だけでも彼の性格は透けて見える」
私は二人に対して、簡単に今後の展開となぜそうなるかを説明する。
まず、ムキ=シアンの性格。
プライドが高く、面子に拘り、器が小さい。
そのような男が公衆の面前で罵倒した存在を許すわけがない。
さらに、あの場で私は、『領主の私に手出しはできない』と発言した。
いくら肩書だけの領主相手とはいえ、一応、ヴァンナス国から領地を預かった人物。
ヴァンナスからの采配を仰ぐことなく事を構えるなど得策ではない。
だが、事を構えなければ民衆は『アルリナで我が物顔に振舞っていても、領主様には手出しできないんだ』と囁くようになる。
実際にその様なことを囁かなくとも、ムキ=シアンが勝手にそう思い込む。自身のプライドが生み出した虚構の嘲りを気にする。
彼はこう思うだろう。
相手が何者であろうと舐められてたまるものか、と。
これに加え、彼が私を襲うことのできる条件が揃っている。
一つはアルリナの町を牛耳っていること。
もう一つは、私に部下はなく、古城トーワで孤立していること。
つまり、相手が領主であろうと、誰の目も届かないところで事に及べば、どうとても取り繕うことができる。
これを聞いて、エクアは顔を青褪める。
「そ、それじゃ、シアンファミリーは目撃者がいない場所で、ケント様を亡き者にするために!」
「そうだ。そして、君を連れ去るだろうな」
「……あ」
エクアの美しい新緑の瞳から光が消え、震えが体全身を包む。
それはわかっているからだ。
ムキ=シアンに囚われれば、一生屋敷に閉じ込められ、贋作づくりを強要されることを。
そして、やがては……。
「安心しろ。そうはならない」
私は声に最上の優しさを乗せて言葉を出した。
しかし、エクアから怯えを拭いきれない。
「で、でも、相手は五百人の傭兵を雇っているんですよ。そんな人たちに攻められたら!」
「五百人全てを繰り出すことはないだろう。彼らはこちらの戦力にギウの存在を加味して判断しているだろうが……それでも、せいぜい二十~三十といったところか」
「たとえ数十でも、とてもお二人では! もしかして、ケント様とギウさんはとてもお強いんですか?」
「いや、私はそれほどでもないな。並の戦士相手なら適当にあしらうことはできるが」
「それじゃ、ギウさんは?」
エクアはギウに顔を向ける。
するとギウは、銛の先をじっと見つめ、堂々と胸を張った。
「ギウ!」
その自信に溢れる返事にエクアは安堵した表情を見せる。
このエクアの様子から、私の言葉よりもギウの存在の方が評価が高いようだ……ちょっと悲しい。
ま、それはともかく、今回はその評価の高いギウの力を借りる気はない。
「ふふ、傭兵数十人を相手にするかもしれないのに凄い自信だな」
「ギウギウッ」
「実に頼もしいかぎりだが、さすがに君の力を借りるわけにはいかない」
「ギウ?」
「この件は私が売った喧嘩。君の手を血で汚したくはない。今回は私が何とかしてみせるよ」
「ギウギウ、ギウ?」
「うん、何か策があるのか? まぁな。それについては多少手を借りることになるが、互いに血が流れるようなことがないように努めたい……流れるのは、一人で十分だ」
私は終わりを結ぶ言葉から熱を消し去り、とても冷たい表情を見せた。
この様子に、ギウとエクアは不安そうな声を上げる。
「ぎ~う?」
「ケント、様?」
「ああ、すまない。つい、感情が表に出てしまったようだ。それでは古城トーワに戻り、傭兵を待ち受ける準備をしよう」
「あ、あのっ」
「どうした、エクア?」
「ケント様がお一人になると危ないのでしたら、むしろ町中の目立つ場所にいた方が?」
「いや、町はシアンファミリーのテリトリー。外よりも危険だ。それに、トーワに攻めて来てもらわないと困るのだ」
「え?」
私は銀の瞳をエクアから外して、ムキ=シアンの屋敷がある高台を見つめる。
「彼が賢ければ、攻めてくるような真似はしないだろう。だが、面子に拘るのならば……ムキ=シアンは破滅する」
その途中でエクアが声に怯えを乗せながら尋ねてきた。
「な、なんだか、大変なことになっている気がするんですが、大丈夫なんですか?」
「たしかに大変なことになっているし、そう大丈夫でもない」
「ええ!?」
「だが、必要なことでね」
「必要?」
「争いごとには大義名分というものが必要だ。先程のは、その大義を得るための挑発」
「えっと、よくわかりませんけど、シアンファミリーの人たちと争うんですよね? あちらは五百人もの傭兵がいますよ。ここまで助けていただいてなんですが、これ以上ケント様にご迷惑をおかけするわけには……」
声を落とし、大変申し訳なさそうに体を縮めるエクア――そんな彼女の頭をそっと撫でる。
「はは、安心してくれ。何も君を助けるためだけに動いたわけではない。今後のアルリナとの関係を良いものとするため……それに実を言うと、私とギウの都合のためでもあるんだ」
「ギウギウ?」
前を歩いてたギウは立ち止まり、はてなマークを瞳に宿して振り向いた……目は相変わらず無表情だが、私にはなんとなくわかる。
「ほら、城の内部をもう少し華やいだものにしたいという話だ。今回の件を上手く治められれば、快適な部屋が手に入る」
「ギウ~?」
ギウは腕を組んで、身体を斜めに傾ける。
まだ、私が企んでいる中身に気づいていないようだ。
「ま、それらのことはあとでな。今は急いでトーワに戻らなければ」
「ギウ?」
「どうしてですか?」
「早晩、シアンファミリーが攻めてくるからだ」
「え!?」
「ギウッ!?」
「そう驚くことでもあるまい。ムキ=シアンとは会ったこともないが、町の評判だけでも彼の性格は透けて見える」
私は二人に対して、簡単に今後の展開となぜそうなるかを説明する。
まず、ムキ=シアンの性格。
プライドが高く、面子に拘り、器が小さい。
そのような男が公衆の面前で罵倒した存在を許すわけがない。
さらに、あの場で私は、『領主の私に手出しはできない』と発言した。
いくら肩書だけの領主相手とはいえ、一応、ヴァンナス国から領地を預かった人物。
ヴァンナスからの采配を仰ぐことなく事を構えるなど得策ではない。
だが、事を構えなければ民衆は『アルリナで我が物顔に振舞っていても、領主様には手出しできないんだ』と囁くようになる。
実際にその様なことを囁かなくとも、ムキ=シアンが勝手にそう思い込む。自身のプライドが生み出した虚構の嘲りを気にする。
彼はこう思うだろう。
相手が何者であろうと舐められてたまるものか、と。
これに加え、彼が私を襲うことのできる条件が揃っている。
一つはアルリナの町を牛耳っていること。
もう一つは、私に部下はなく、古城トーワで孤立していること。
つまり、相手が領主であろうと、誰の目も届かないところで事に及べば、どうとても取り繕うことができる。
これを聞いて、エクアは顔を青褪める。
「そ、それじゃ、シアンファミリーは目撃者がいない場所で、ケント様を亡き者にするために!」
「そうだ。そして、君を連れ去るだろうな」
「……あ」
エクアの美しい新緑の瞳から光が消え、震えが体全身を包む。
それはわかっているからだ。
ムキ=シアンに囚われれば、一生屋敷に閉じ込められ、贋作づくりを強要されることを。
そして、やがては……。
「安心しろ。そうはならない」
私は声に最上の優しさを乗せて言葉を出した。
しかし、エクアから怯えを拭いきれない。
「で、でも、相手は五百人の傭兵を雇っているんですよ。そんな人たちに攻められたら!」
「五百人全てを繰り出すことはないだろう。彼らはこちらの戦力にギウの存在を加味して判断しているだろうが……それでも、せいぜい二十~三十といったところか」
「たとえ数十でも、とてもお二人では! もしかして、ケント様とギウさんはとてもお強いんですか?」
「いや、私はそれほどでもないな。並の戦士相手なら適当にあしらうことはできるが」
「それじゃ、ギウさんは?」
エクアはギウに顔を向ける。
するとギウは、銛の先をじっと見つめ、堂々と胸を張った。
「ギウ!」
その自信に溢れる返事にエクアは安堵した表情を見せる。
このエクアの様子から、私の言葉よりもギウの存在の方が評価が高いようだ……ちょっと悲しい。
ま、それはともかく、今回はその評価の高いギウの力を借りる気はない。
「ふふ、傭兵数十人を相手にするかもしれないのに凄い自信だな」
「ギウギウッ」
「実に頼もしいかぎりだが、さすがに君の力を借りるわけにはいかない」
「ギウ?」
「この件は私が売った喧嘩。君の手を血で汚したくはない。今回は私が何とかしてみせるよ」
「ギウギウ、ギウ?」
「うん、何か策があるのか? まぁな。それについては多少手を借りることになるが、互いに血が流れるようなことがないように努めたい……流れるのは、一人で十分だ」
私は終わりを結ぶ言葉から熱を消し去り、とても冷たい表情を見せた。
この様子に、ギウとエクアは不安そうな声を上げる。
「ぎ~う?」
「ケント、様?」
「ああ、すまない。つい、感情が表に出てしまったようだ。それでは古城トーワに戻り、傭兵を待ち受ける準備をしよう」
「あ、あのっ」
「どうした、エクア?」
「ケント様がお一人になると危ないのでしたら、むしろ町中の目立つ場所にいた方が?」
「いや、町はシアンファミリーのテリトリー。外よりも危険だ。それに、トーワに攻めて来てもらわないと困るのだ」
「え?」
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