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第四章 権謀術策
ムキ=シアン
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――ムキ=シアンの屋敷
金色に輝く巨大な門。
門をくぐると、真っ白な大理石を敷き詰めた玄関前広場が出迎えてくれる。
広場の正面には、青い海と白い町の調和を乱す金ぴかの広大な屋敷。
その屋敷内には王でもないのに、ムキ=シアンへの謁見の間があった。
彼は宝石の散りばめられた巨大な椅子に座り、白金のグラスに満たされたワインを堪能しながら、エクアを攫いに来た小柄な戦士たちの報告を受けていた。
彼らは冷たい石の床に正座して報告を行う。
「というわけでして、ガキを連れてこれませんでした!」
「何がというわけだ! この役立たず共が!!」
ムキは手にしていたグラスを小柄な戦士に投げつけ、彼の顔をワインの色で穢した。
赤紫色が染み込む小柄な戦士の瞳の先には、鼠のような顔をした矮小な男が椅子に腰かける。
男は絹の服に毛皮を纏い、指先全てに巨大な宝石の付いた指輪をはめ、首元にはジャラジャラとしたネックレスたちを付けていた。
全身を高級服と装飾品に包む。そこにはオシャレなどという概念は存在せず、ただ値の張るものを纏っているだけ。
彼は蜜柑色に染まるオールバックの髪を掻き毟り、耳たぶに揺れるダイヤのイヤリングを振り乱しながら小柄な戦士たちを罵倒し続ける。
「俺様はなんて言った? 答えろ!?」
「え、あ、あの、絵描きのガキを連れてこいと」
「おお、記憶力はいいじゃねぇか。で、そのガキはどこに居る? 俺様の目には馬鹿面下げたてめぇらしか見えねぇが?」
「……すんません」
「てめぇの謝罪なんていらねんだよ! 犬の糞以下の謝罪なんてされても鼻がひん曲がるだけだ! 何のために高い金を払っててめぇらを雇ってると思ってんだ? てめぇはあれか? 俺様の寄生虫か?」
小柄な戦士は返事をすることができず、沈黙で応える。
それに苛立った様子を見せて、ムキは席を立ち、椅子を何度も踏みつけた。
「質問してんだぞ! こ、た、え、ろ、よ! うがぁあぁぁあ!!」
子どものような癇癪を重ねるムキ=シアン。
そこに無骨そうな戦士がとても冷静な声を挟む。
「申し訳ありません。ケントという男、思った以上に頭が回りまして。さらに、領主という肩書を持ち出されては、我々では判断が尽きかねます」
「領主がなんだ? 相手は左遷王なんて呼ばれている小物だぞ。あの呪われた土地に建つおんぼろ城に一人で住んでやがる。領主どころか物乞い以下! そんな奴にやり込められたのか、ああ!?」
「……物乞いであっても、ヴァンナス国から正式に領地を預かった領主。下手に動けば、本国からどのような咎めがあるか」
「だからなんだ? まさか、俺様に諦めろって言ってるのか? 町の連中の前で恥をかかされた俺様に退けっていうのか? ケントとかいうあの左遷野郎が、俺様を名指しで罵倒したってのに!」
「それは……」
「ここで退いたら左遷野郎どころか、町の連中にも舐められるだろうが!! わかってんのか!?」
「もちろん承知しております。ですが、事を構えるには少々面倒な相手だと」
「チッ! グダグダうるせいよ!! ごらぁ!!」
「グッ!」
ムキは無骨そうな戦士に駆け寄り、彼を殴りつけた。
戦士の下唇から血が流れ落ちる。
さらにムキが拳を固めたところで、小柄な戦士が止めに入った。
「やめてください! 俺が日和ったから悪いんです。だから」
「ああ、その通りだよっ!」
「ゴホッ!」
ムキは先の尖った靴で小柄な戦士の腹部を蹴り上げた。
今度は無骨そうな戦士が小柄な戦士を庇う。
「兄貴! おやめください、ムキ様!」
「やめろやめろやめろ、ってうるせいなっ。お前らの友情ごっこなんか見せられても、一銭にもならねぇんだよ!」
「申し訳ありません。しかし、相手は一人であれど領主。私たちではどうすることも……」
「はんっ! ああ、てめぇらみたいな剣を振り回すしか能のない連中には何もできないだろうな。だが、俺様は違う! この港町アルリナを牛耳るムキ=シアン様はな!!」
ムキは口端を醜く捩じ上げる。
その表情に不安を覚えた無骨そうな戦士は恐る恐る尋ねた。
「何か、お考えが?」
「はっ、考えるまでもねぇ。ここは俺様の町。俺様がルールだ。領主だろうがヴァンナスだろうが関係ねぇ。俺様に逆らう者は、死、あるのみだ!」
「死? ムキ様、まさか!?」
ムキはニチャっと汚らしく笑い、振り乱した髪を後ろに撫でて整え直す。
そして、小柄な戦士に話しかけた。
「おい、てめぇにチャンスをやる。たしか、左遷野郎はギウを連れてんだよな? じゃあ、三十人ほど連れていけ。それで左遷野郎を殺ってこい」
「え?」
「なんだ、嫌なのか?」
「いえ……へへ、あいつにはムカついてたんで喜んで」
小柄な戦士はムキに呼応するように嫌らしい笑みを見せた。
だが、彼の後ろに控える無骨そうな戦士がムキを止めに入る。無論、ムキは聞き入れない。
「お、お待ちください。相手は領主。その殺害となればっ」
「たしかに大事だな。だがよ、その少ない脳みそをもう少し回せや。相手はボロボロの古城に一人で住んでいる男。つまり、何をしようと目撃者なんて誰もいねぇ」
「ですが、領主ですよ。こちらから攻め込んだら……あ、攻め込む? 領主同士……そうなると……」
何かに気づき、小さく呟いた戦士。
だが、その呟きに気づくことなくムキは彼の肩に手を置く。
「左遷野郎は盗賊に襲われて死んだ。そういうことで処理する。それでおしまいだ。たとえ中央の連中が調査に乗り出しても、町の役人は俺様のいいなり。どうとでもできる……わかるな?」
彼は戦士の肩をポンと叩いて立ち上がる。
「絵描きのガキは生かして連れて帰ってこい。まだ、利用価値がある。そういやガキと言えば、最近ジェイドさんの顔を見ねぇな。お前ら知ってるか?」
「いえ」
「まさか、他の貴族や富豪に贋作業がバレたんじゃねぇだろうな? アグリス相手だと、こちらから探りを入れるのも危険だしよ~」
ムキは二・三度考え込むように首を捻るが、表情を明るく戻す。
「ま、おかげでジェイドさんから絵描きのガキを奪えそうだからいいけどよ。しかし、贋作業自体、そろそろ怪しくなっているからな。その時が来たら、ガキに全部罪を擦りつけてさよならだ。あとはギウだが……あいつは喋れねぇから問題ない。だが、左遷野郎と一緒に居たら仲良く殺しといてやれ」
「「「はい!」」」
「よし、良い返事だ。報告もそんな感じで頼むぞ」
ムキは傭兵たちから視線を外し、謁見の間から出て行こうとした。
だがそれを、無骨そうな戦士が止める。
「ムキ様、お待ちを!」
この呼びかけに、ムキはゆっくりと後ろを振り向いた。
「…………おい、俺様は命を下したんだぞ。それを傭兵如きがケチをつける気か?」
ムキの瞳には苛立ちと殺意が宿っていた。
戦士はこれ以上言葉を重ねるのは危険と感じ、心にもない言葉を生む。
「いえ、ケントの遺体はどう扱えばよいのかと?」
「はぁ~、てめぇバカだろ? さっき言っただろ。左遷野郎は盗賊に殺された。そうだってのに、死体をいちいち持ち帰ったり埋葬したりするか? そこら辺に放置しとけ。ったく、傭兵は馬鹿だから困る……」
ムキはブツブツと愚痴を重ねながら謁見の間から出て行った。
彼を見送り、戦士たちも謁見の間から出て、戦準備へ向かう。
小柄な戦士は拳を合わせ打ち、言葉に気合を乗せていた。
「よっしゃ、ケントの野郎見てろよ。恥をかかされた礼をたんまりしてやっからな」
「兄貴……ムキ様との会話の途中で気づいたんだけど、たぶんこれ、不味いことになると思うよ」
「はぁ~、なに言ってんだよ? ムキ様の言う通り、誰もいなければ誰が殺ったなんてわかりゃしねぇよ。ほらほら、さっさと準備しろ。お~い、お前ら、戦の準備だ。まぁ、戦にもならねぇけどな。ギャハハハ!」
小柄な戦士は意気込んで他の傭兵に命令を伝えていく。
それとは真逆に、彼の後ろに残る無骨そうな戦士は大きくため息をついた。
「はぁ~、なんで気づかなかったんだろう。これは個人の争いじゃない、領主同士の争いだったんだ。それなのに、ヴァンナスに上奏することなく事を起こすなんて。ムキ様は面子にこだわって状況が見えていないし。兄貴は相変わらずだし。何とかうまく立ち回らないとなぁ……」
金色に輝く巨大な門。
門をくぐると、真っ白な大理石を敷き詰めた玄関前広場が出迎えてくれる。
広場の正面には、青い海と白い町の調和を乱す金ぴかの広大な屋敷。
その屋敷内には王でもないのに、ムキ=シアンへの謁見の間があった。
彼は宝石の散りばめられた巨大な椅子に座り、白金のグラスに満たされたワインを堪能しながら、エクアを攫いに来た小柄な戦士たちの報告を受けていた。
彼らは冷たい石の床に正座して報告を行う。
「というわけでして、ガキを連れてこれませんでした!」
「何がというわけだ! この役立たず共が!!」
ムキは手にしていたグラスを小柄な戦士に投げつけ、彼の顔をワインの色で穢した。
赤紫色が染み込む小柄な戦士の瞳の先には、鼠のような顔をした矮小な男が椅子に腰かける。
男は絹の服に毛皮を纏い、指先全てに巨大な宝石の付いた指輪をはめ、首元にはジャラジャラとしたネックレスたちを付けていた。
全身を高級服と装飾品に包む。そこにはオシャレなどという概念は存在せず、ただ値の張るものを纏っているだけ。
彼は蜜柑色に染まるオールバックの髪を掻き毟り、耳たぶに揺れるダイヤのイヤリングを振り乱しながら小柄な戦士たちを罵倒し続ける。
「俺様はなんて言った? 答えろ!?」
「え、あ、あの、絵描きのガキを連れてこいと」
「おお、記憶力はいいじゃねぇか。で、そのガキはどこに居る? 俺様の目には馬鹿面下げたてめぇらしか見えねぇが?」
「……すんません」
「てめぇの謝罪なんていらねんだよ! 犬の糞以下の謝罪なんてされても鼻がひん曲がるだけだ! 何のために高い金を払っててめぇらを雇ってると思ってんだ? てめぇはあれか? 俺様の寄生虫か?」
小柄な戦士は返事をすることができず、沈黙で応える。
それに苛立った様子を見せて、ムキは席を立ち、椅子を何度も踏みつけた。
「質問してんだぞ! こ、た、え、ろ、よ! うがぁあぁぁあ!!」
子どものような癇癪を重ねるムキ=シアン。
そこに無骨そうな戦士がとても冷静な声を挟む。
「申し訳ありません。ケントという男、思った以上に頭が回りまして。さらに、領主という肩書を持ち出されては、我々では判断が尽きかねます」
「領主がなんだ? 相手は左遷王なんて呼ばれている小物だぞ。あの呪われた土地に建つおんぼろ城に一人で住んでやがる。領主どころか物乞い以下! そんな奴にやり込められたのか、ああ!?」
「……物乞いであっても、ヴァンナス国から正式に領地を預かった領主。下手に動けば、本国からどのような咎めがあるか」
「だからなんだ? まさか、俺様に諦めろって言ってるのか? 町の連中の前で恥をかかされた俺様に退けっていうのか? ケントとかいうあの左遷野郎が、俺様を名指しで罵倒したってのに!」
「それは……」
「ここで退いたら左遷野郎どころか、町の連中にも舐められるだろうが!! わかってんのか!?」
「もちろん承知しております。ですが、事を構えるには少々面倒な相手だと」
「チッ! グダグダうるせいよ!! ごらぁ!!」
「グッ!」
ムキは無骨そうな戦士に駆け寄り、彼を殴りつけた。
戦士の下唇から血が流れ落ちる。
さらにムキが拳を固めたところで、小柄な戦士が止めに入った。
「やめてください! 俺が日和ったから悪いんです。だから」
「ああ、その通りだよっ!」
「ゴホッ!」
ムキは先の尖った靴で小柄な戦士の腹部を蹴り上げた。
今度は無骨そうな戦士が小柄な戦士を庇う。
「兄貴! おやめください、ムキ様!」
「やめろやめろやめろ、ってうるせいなっ。お前らの友情ごっこなんか見せられても、一銭にもならねぇんだよ!」
「申し訳ありません。しかし、相手は一人であれど領主。私たちではどうすることも……」
「はんっ! ああ、てめぇらみたいな剣を振り回すしか能のない連中には何もできないだろうな。だが、俺様は違う! この港町アルリナを牛耳るムキ=シアン様はな!!」
ムキは口端を醜く捩じ上げる。
その表情に不安を覚えた無骨そうな戦士は恐る恐る尋ねた。
「何か、お考えが?」
「はっ、考えるまでもねぇ。ここは俺様の町。俺様がルールだ。領主だろうがヴァンナスだろうが関係ねぇ。俺様に逆らう者は、死、あるのみだ!」
「死? ムキ様、まさか!?」
ムキはニチャっと汚らしく笑い、振り乱した髪を後ろに撫でて整え直す。
そして、小柄な戦士に話しかけた。
「おい、てめぇにチャンスをやる。たしか、左遷野郎はギウを連れてんだよな? じゃあ、三十人ほど連れていけ。それで左遷野郎を殺ってこい」
「え?」
「なんだ、嫌なのか?」
「いえ……へへ、あいつにはムカついてたんで喜んで」
小柄な戦士はムキに呼応するように嫌らしい笑みを見せた。
だが、彼の後ろに控える無骨そうな戦士がムキを止めに入る。無論、ムキは聞き入れない。
「お、お待ちください。相手は領主。その殺害となればっ」
「たしかに大事だな。だがよ、その少ない脳みそをもう少し回せや。相手はボロボロの古城に一人で住んでいる男。つまり、何をしようと目撃者なんて誰もいねぇ」
「ですが、領主ですよ。こちらから攻め込んだら……あ、攻め込む? 領主同士……そうなると……」
何かに気づき、小さく呟いた戦士。
だが、その呟きに気づくことなくムキは彼の肩に手を置く。
「左遷野郎は盗賊に襲われて死んだ。そういうことで処理する。それでおしまいだ。たとえ中央の連中が調査に乗り出しても、町の役人は俺様のいいなり。どうとでもできる……わかるな?」
彼は戦士の肩をポンと叩いて立ち上がる。
「絵描きのガキは生かして連れて帰ってこい。まだ、利用価値がある。そういやガキと言えば、最近ジェイドさんの顔を見ねぇな。お前ら知ってるか?」
「いえ」
「まさか、他の貴族や富豪に贋作業がバレたんじゃねぇだろうな? アグリス相手だと、こちらから探りを入れるのも危険だしよ~」
ムキは二・三度考え込むように首を捻るが、表情を明るく戻す。
「ま、おかげでジェイドさんから絵描きのガキを奪えそうだからいいけどよ。しかし、贋作業自体、そろそろ怪しくなっているからな。その時が来たら、ガキに全部罪を擦りつけてさよならだ。あとはギウだが……あいつは喋れねぇから問題ない。だが、左遷野郎と一緒に居たら仲良く殺しといてやれ」
「「「はい!」」」
「よし、良い返事だ。報告もそんな感じで頼むぞ」
ムキは傭兵たちから視線を外し、謁見の間から出て行こうとした。
だがそれを、無骨そうな戦士が止める。
「ムキ様、お待ちを!」
この呼びかけに、ムキはゆっくりと後ろを振り向いた。
「…………おい、俺様は命を下したんだぞ。それを傭兵如きがケチをつける気か?」
ムキの瞳には苛立ちと殺意が宿っていた。
戦士はこれ以上言葉を重ねるのは危険と感じ、心にもない言葉を生む。
「いえ、ケントの遺体はどう扱えばよいのかと?」
「はぁ~、てめぇバカだろ? さっき言っただろ。左遷野郎は盗賊に殺された。そうだってのに、死体をいちいち持ち帰ったり埋葬したりするか? そこら辺に放置しとけ。ったく、傭兵は馬鹿だから困る……」
ムキはブツブツと愚痴を重ねながら謁見の間から出て行った。
彼を見送り、戦士たちも謁見の間から出て、戦準備へ向かう。
小柄な戦士は拳を合わせ打ち、言葉に気合を乗せていた。
「よっしゃ、ケントの野郎見てろよ。恥をかかされた礼をたんまりしてやっからな」
「兄貴……ムキ様との会話の途中で気づいたんだけど、たぶんこれ、不味いことになると思うよ」
「はぁ~、なに言ってんだよ? ムキ様の言う通り、誰もいなければ誰が殺ったなんてわかりゃしねぇよ。ほらほら、さっさと準備しろ。お~い、お前ら、戦の準備だ。まぁ、戦にもならねぇけどな。ギャハハハ!」
小柄な戦士は意気込んで他の傭兵に命令を伝えていく。
それとは真逆に、彼の後ろに残る無骨そうな戦士は大きくため息をついた。
「はぁ~、なんで気づかなかったんだろう。これは個人の争いじゃない、領主同士の争いだったんだ。それなのに、ヴァンナスに上奏することなく事を起こすなんて。ムキ様は面子にこだわって状況が見えていないし。兄貴は相変わらずだし。何とかうまく立ち回らないとなぁ……」
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