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第五章 善のベールを纏う悪人
悪党たち
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あの夜から、私たちは数日ほどノイファンが用意した宿で過ごした。
ノイファンはムキの後始末に追われ、それが一段落ついたところで人手を集めてくれた。
すでに人手は目的の場所に集まっているようなので、私たちは早速その場所へ向かう。
その途中で、あの小柄な戦士と無骨そうな戦士に出会う。
だが、彼らの姿は戦士ではなく、無地のパンツとシャツを着た労働者の格好をしていた。
二人は新しい港の建設のために、鋼材を運んでいる最中のようだ。
私が小気味よく声を掛けると、まずは無骨そうな戦士が挨拶を返してきた。
「おお、ご苦労さん」
「これはケント様。ご機嫌麗しゅうございますね」
「ああ、上機嫌だ。君たちも一命を取り留めたようで何よりだ」
「ええ、これもケント様のおかげです……ほら、兄貴も」
と、無骨そうな戦士は小柄な戦士を促すが、彼は反吐を吐く。
「ケッ、てめぇに礼なんか言うつもりはねぇ!」
「兄貴っ」
「お前は黙ってろ! いいか、ケント。俺は腸が煮えくり返ってる。俺に不義理を行わせた、てめぇになっ」
「不義理?」
「ムキ様のことだ!」
「君はムキに義理があると? こう言ってはなんだが、彼は義理を重んじるような人間ではないぞ」
「わかってんよ、そんなことは。俺はあの方のお傍でずっと非道を見てきた。それは俺みたいな悪党が、思わず目を背けたくなるようなこともな。だがな、俺たちは救われたんだ!」
「救われた?」
「アグリスとトリビューターの戦いで、俺たちはトリビューターの兵士だった。だが敗れて、命からがらで逃げていたところをムキ様に拾われた。本来ならアグリスの奴隷になるところだったのに……あの方は、故郷を失った俺たちの居場所を作ってくださった! それどころか、腕を買われ、傭兵団の頭に据えてくれた。俺には、その義理がある!」
ギョロリと剥き出しになる瞳。怒りに震える唇。
彼には彼の想いがあるのだろうが、私は淡々と言葉を返す。
「そうか」
「っ……そうだってのに、俺は一番大事なところで裏切っちまった……」
小柄な戦士は拳を握り締める。その拳はギシギシと悲痛な泣き声を産む。
ムキは悪党だ。彼もまた悪党。
だが、悪党にも悪党なりに通す仁義というものがあるらしい。
私は彼に声を掛けることなく、ここから立ち去ることにした。
しかし、背後から大切なものを思う心が届く。
「弟分と仲間を救ってくれたことには感謝する。だが、俺はてめぇに感謝できねぇ。イラつくだけだ……」
私たちは無言で彼らから離れる。
しばらく歩いたところで、エクアが声を漏らした。
「結局、あの人はケント様を恨んでいるんでしょうか?」
「どうだろうな」
「ある種の葛藤でしょう」
親父がぼそり呟く。そして、複雑な表情を見せた。
「憎き相手。だが、大切な仲間を救ってくれた相手でもある。感謝と憎しみが同居する感情を制御できずに苛立つ……。仲間を救ってくれたケント様。だが、非情なアグリスから救ってくれたムキを犠牲にした。心情は荒波のように荒れ狂っているでしょう…………アグリス……」
「親父?」
親父はアグリスと呟き、服の上から右胸を擦る。
彼とアグリスには何かあるのだろうか?
その動作に気づかないエクアは親父に言葉を返している。
「あの人にとって、傭兵の人たちは家族も同然だったんですね?」
「え? ああ、そうだねぇ、エクアのお嬢ちゃんの言うとおりだ。だが、身勝手な話でもあるなぁ」
「身勝手?」
エクアの疑問に、私が答える。
「あの男たちの過去を探れば、八つ裂きにしても足らぬくらいの悪事を行っているはず。その中には大切な人同士を引き裂き、時には命も奪った。しかし、いざ自分たちが同じ立場になると、大切な人を守らずにはいられなかった。それは恩人であるムキを裏切ってもね」
「それは……そうなんでしょうね。どうして、大切な人を知るのに、誰かの大切な人を傷つけることができるんでしょうか?」
「たとえ、失う痛みを知っていたとしても、他人の大切なものは傷つけても痛くはない。苦しくはない。だから、彼にとって価値のないもの。彼は、自分の心と他者の心を重ね合わせられない人物なのだろう」
「そんな……誰かが苦しんでいたら、私なら苦しい。それが普通じゃ……普通じゃ……普通じゃない人も……いるんだ……」
エクアは悲しげな瞳を見せて、顔を伏せてしまう。ギウはそんなエクアの肩をそっと支えている。
私は二人を瞳に取り入れ、薄寂しく微笑んだ。
「エクアは本当に純粋で優しいな」
「え? そんな、私なんて全然! ケント様こそ、縁もゆかりもない私を救ってくださって!」
エクアは伏せていた顔を勢いよく上げて、水色の髪に赤と白の髪を交差させる。
瞳には感謝と……尊敬の念が宿っていた。
だが私は、穢れのない純白な気持ちを向けられるような存在ではない。
「エクア……私は優しい人間ではない。今回の件で君は、ムキ・ノイファン、そして私に利用された」
「そ、それは……でも、ケント様は違います。私を救ってくれた。たとえ、利用されたとしても、利用するだけじゃなかった! だから、ケント様は良いか――」
「エクア、それは違う。私が行ったのは、偽善だ。私の本質はムキよりも、ノイファンよりも悪なのだよ」
悪を隠さないムキ。悪をこそりと重ねるノイファン。悪に善のベールを纏うケント。
三者の内、最も正直な者は、皮肉にもムキだろう。
そして、最も卑怯な者は私だろう。
私の心に淀む思い。
だが、エクアの言葉がこの全てを吹き飛ばす。
ノイファンはムキの後始末に追われ、それが一段落ついたところで人手を集めてくれた。
すでに人手は目的の場所に集まっているようなので、私たちは早速その場所へ向かう。
その途中で、あの小柄な戦士と無骨そうな戦士に出会う。
だが、彼らの姿は戦士ではなく、無地のパンツとシャツを着た労働者の格好をしていた。
二人は新しい港の建設のために、鋼材を運んでいる最中のようだ。
私が小気味よく声を掛けると、まずは無骨そうな戦士が挨拶を返してきた。
「おお、ご苦労さん」
「これはケント様。ご機嫌麗しゅうございますね」
「ああ、上機嫌だ。君たちも一命を取り留めたようで何よりだ」
「ええ、これもケント様のおかげです……ほら、兄貴も」
と、無骨そうな戦士は小柄な戦士を促すが、彼は反吐を吐く。
「ケッ、てめぇに礼なんか言うつもりはねぇ!」
「兄貴っ」
「お前は黙ってろ! いいか、ケント。俺は腸が煮えくり返ってる。俺に不義理を行わせた、てめぇになっ」
「不義理?」
「ムキ様のことだ!」
「君はムキに義理があると? こう言ってはなんだが、彼は義理を重んじるような人間ではないぞ」
「わかってんよ、そんなことは。俺はあの方のお傍でずっと非道を見てきた。それは俺みたいな悪党が、思わず目を背けたくなるようなこともな。だがな、俺たちは救われたんだ!」
「救われた?」
「アグリスとトリビューターの戦いで、俺たちはトリビューターの兵士だった。だが敗れて、命からがらで逃げていたところをムキ様に拾われた。本来ならアグリスの奴隷になるところだったのに……あの方は、故郷を失った俺たちの居場所を作ってくださった! それどころか、腕を買われ、傭兵団の頭に据えてくれた。俺には、その義理がある!」
ギョロリと剥き出しになる瞳。怒りに震える唇。
彼には彼の想いがあるのだろうが、私は淡々と言葉を返す。
「そうか」
「っ……そうだってのに、俺は一番大事なところで裏切っちまった……」
小柄な戦士は拳を握り締める。その拳はギシギシと悲痛な泣き声を産む。
ムキは悪党だ。彼もまた悪党。
だが、悪党にも悪党なりに通す仁義というものがあるらしい。
私は彼に声を掛けることなく、ここから立ち去ることにした。
しかし、背後から大切なものを思う心が届く。
「弟分と仲間を救ってくれたことには感謝する。だが、俺はてめぇに感謝できねぇ。イラつくだけだ……」
私たちは無言で彼らから離れる。
しばらく歩いたところで、エクアが声を漏らした。
「結局、あの人はケント様を恨んでいるんでしょうか?」
「どうだろうな」
「ある種の葛藤でしょう」
親父がぼそり呟く。そして、複雑な表情を見せた。
「憎き相手。だが、大切な仲間を救ってくれた相手でもある。感謝と憎しみが同居する感情を制御できずに苛立つ……。仲間を救ってくれたケント様。だが、非情なアグリスから救ってくれたムキを犠牲にした。心情は荒波のように荒れ狂っているでしょう…………アグリス……」
「親父?」
親父はアグリスと呟き、服の上から右胸を擦る。
彼とアグリスには何かあるのだろうか?
その動作に気づかないエクアは親父に言葉を返している。
「あの人にとって、傭兵の人たちは家族も同然だったんですね?」
「え? ああ、そうだねぇ、エクアのお嬢ちゃんの言うとおりだ。だが、身勝手な話でもあるなぁ」
「身勝手?」
エクアの疑問に、私が答える。
「あの男たちの過去を探れば、八つ裂きにしても足らぬくらいの悪事を行っているはず。その中には大切な人同士を引き裂き、時には命も奪った。しかし、いざ自分たちが同じ立場になると、大切な人を守らずにはいられなかった。それは恩人であるムキを裏切ってもね」
「それは……そうなんでしょうね。どうして、大切な人を知るのに、誰かの大切な人を傷つけることができるんでしょうか?」
「たとえ、失う痛みを知っていたとしても、他人の大切なものは傷つけても痛くはない。苦しくはない。だから、彼にとって価値のないもの。彼は、自分の心と他者の心を重ね合わせられない人物なのだろう」
「そんな……誰かが苦しんでいたら、私なら苦しい。それが普通じゃ……普通じゃ……普通じゃない人も……いるんだ……」
エクアは悲しげな瞳を見せて、顔を伏せてしまう。ギウはそんなエクアの肩をそっと支えている。
私は二人を瞳に取り入れ、薄寂しく微笑んだ。
「エクアは本当に純粋で優しいな」
「え? そんな、私なんて全然! ケント様こそ、縁もゆかりもない私を救ってくださって!」
エクアは伏せていた顔を勢いよく上げて、水色の髪に赤と白の髪を交差させる。
瞳には感謝と……尊敬の念が宿っていた。
だが私は、穢れのない純白な気持ちを向けられるような存在ではない。
「エクア……私は優しい人間ではない。今回の件で君は、ムキ・ノイファン、そして私に利用された」
「そ、それは……でも、ケント様は違います。私を救ってくれた。たとえ、利用されたとしても、利用するだけじゃなかった! だから、ケント様は良いか――」
「エクア、それは違う。私が行ったのは、偽善だ。私の本質はムキよりも、ノイファンよりも悪なのだよ」
悪を隠さないムキ。悪をこそりと重ねるノイファン。悪に善のベールを纏うケント。
三者の内、最も正直な者は、皮肉にもムキだろう。
そして、最も卑怯な者は私だろう。
私の心に淀む思い。
だが、エクアの言葉がこの全てを吹き飛ばす。
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