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章間 老獪
ヴァンナス・王都オバディア
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ヴァンナス国――
クライエン大陸に於いて、最強の国家。
周辺に散らばる小国家は全て属国と言ってもよかった。
その王都・オバディア。
都の中心には天を穿ち聳える城がある。
その城の威容は、巨石を削り出した石材やレンガやセメントによって創り出された王都の街並みとは一線を画す。
陶磁器のように滑らかな白の壁面は、一見、石材のように見えるがその中身は全くの別物。
魔導の力と錬金術……そして、科学によって生み出された壁。
分子そのものに神なる奇跡である魔法の術式を刻み、それを鎖で編んだ建築物。
スカルペルの平均技術を大きく上回る、神に近づきし城。
大鷹が羽を広げるが如く、優雅な城のテラスから街を見下ろせば、王都の発展を肌に感じることのできるメインストリートが目に飛び込んでくる。
メインストリートには五階建ての宿や十階建てのデパートなどの中層階の建物たち軒を連ねている。
だが、僅かに目を逸らせば、華美な建造物から打って変わり、とても落ち着いた住宅街が広がる。それらの多くは、一階建て・二階建ての建物。木造でできたものも多く混じっていた。
通りを走る馬車。荷物を運ぶ馬。移動手段は馬が中心。
そこからは、高度な技術で生み出された城を構える街とは到底思えない。
しかし、よく目を凝らしてみると、町のあちらこちらに雰囲気とはかけ離れた道具が溢れている。
井戸から水を汲み出す場所には魔導の力で動くポンプ。
太陽光の強弱を感知し、自ら燈火を掲げる街灯。
楽隊もなく、音符を弾ませるスピーカー。
そして、街に差す巨大な影……影の正体を見上げれば、そこにあるのは世界でヴァンナスのみが所有する、仰々しい砲台が無数飛び出した飛行艇ハルステッド。
世界でただ一つの、天を翔ける翼。
だが、これほどまでの技術力を誇りながら、国民が一般的に学び知る知識は基本となる読み書き計算程度であった。貴族や富豪であっても、そうそう高度な知識に触れることはない。
それは何故なのか?
その理由は、これら飛び抜けた技術が全て古代人の知識であるからだ。
ヴァンナスのごく限られた者たちだけが彼らの知識を独占し、知識に満たされたコップの表面から滴り落ちる雫程度の知識を民衆に開放しているだけに過ぎない。
行き過ぎた知識が種の寿命を縮めぬように……。
一歩誤れば、世界を滅ぼしかねない古代人の知識。
その知識の髄を集めて創られた城の一室で、大貴族ジクマ=ワー=ファリンは、ヴァンナス国王・ネオ=ベノー=マルレミと盤上遊戯に興じていた。
もう、六十へ差し掛かろうとする老体とは思えぬ巨体に、白き外套を纏う白髪の男――ジクマ。
顔には年相応の皺が刻まれ、瞳には冷たき光を宿し、これまでの深き足跡を感じさせる威風を纏っている。
対するネオ王は、とても若々しく、金色の髪と柔和な紫の瞳を持ち、とても親しみ深い雰囲気を表す。
だが、彼の年齢を知れば、誰もが驚きに息を止める。
ネオ=ベノー=マルレミは生を受けて、百と三十の年を刻む。
彼は駒を盤面に置きながらジクマへ、とある男の話題を持ちかけた。
「ケントがアルリナで活躍したようだね」
「公文書に彼の名はないというのに、さすがですな、陛下」
「あはは。最近、貴族内でサレート=ケイキの贋作が出回っていると聞いてたからね。興味本位でアルリナに密偵を放っておいた」
「お戯れが過ぎますぞ。もっと政務に励まれませんと」
「なに、最近は息子たちや周りの者に任せっきりで半隠居状態。古代人の技術のおかげで若々しく長生きしてきたけど、さすがに王をやるのは飽きた。いい加減、後釜を据えないとね」
「陛下が引退となると、鎖をつける必要がありますな」
「おい?」
「この返し手で、決着と相成りますかな?」
「おいっ!?」
ジクマは盤面に深く切り込み、駒を置いた。
それを見つめ、ネオは歯ぎしりを見せる。
「この~、接待を知らぬ男めっ」
「本気で相手せねば、頭から湯気を出すではありませんか」
「人を湯沸かし器のように……だけど、ケントをトーワに送っても良かったの?」
「何か、問題でもありますかな?」
「彼は『ドハ研究所』の元研究員。トーワにある遺跡に興味を抱くだろうに?」
「抱いても、彼には何もできません」
「何故?」
「彼には錬金術の知識も魔導の知識もありませんので、遺跡を覆う結界は破れません。その結界も、破れる者は世界に一人として存在しない。彼が持つものは、先鋭化した科学知識のみ。それもまた、研究所以外では役に立たない」
「たしかに、研究所の施設がないとどうにもできない知識みたいだね。その研究所も大事故により完全に破壊され、ますますを以って、彼の居場所はなくなったわけか……」
そう、ネオが呟くと、ジクマはピクリと眉を動かした。
だが、彼が気を引いたのはケントのことではない。
失われた研究所……その犠牲となったケントの父に対して、心が揺れたのだ。
「馬鹿な男だ。変わらぬ己を変えてしまったために……」
「ジクマ。亡き人を悪く言うなよ」
「謗言ではありませんよ、陛下。これは羨慕です」
「羨慕?」
「ええ、羨慕。嫉妬。この嫉妬はケント=ゼ=アーガメイト。いえ、ケント=ハドリーに対してもまた……」
「友を変えてしまった友の息子に嫉妬か……キモいジジイだ」
「陛下、言葉をお選びください」
「あははは、わるいわるい。それで、気に食わないから僻地に飛ばしたの? 悪い奴」
「その思いもなかったとは言いませんが、彼の容姿は王都では目立つ。いえ、王都でなくとも。銀眼の人間など」
「そうだね」
「ただでさえ、彼の父が亡くなり、お家騒動がありと目立っている。好奇心に囚われた愚か者が出ないとは限りませんから。それに……」
「なんだ?」
ジクマはコツコツと指先を数度テーブルに当てて、絞り出すような声を生む。
「ケントは……友の息子。失意に包まれ、喧騒から離れたがっていた彼の意向を汲んだまで」
「ふん、嫉妬の対象でありながら、友の忘れ形見。はっは~、面白いなぁ~」
ネオは心底楽しそうに顔をニヤつかせる。
それに辟易といった様子を見せて、ジクマは話題を変えた。
「まったく、陛下は……勇者たちについて話を移してもいいですかな?」
クライエン大陸に於いて、最強の国家。
周辺に散らばる小国家は全て属国と言ってもよかった。
その王都・オバディア。
都の中心には天を穿ち聳える城がある。
その城の威容は、巨石を削り出した石材やレンガやセメントによって創り出された王都の街並みとは一線を画す。
陶磁器のように滑らかな白の壁面は、一見、石材のように見えるがその中身は全くの別物。
魔導の力と錬金術……そして、科学によって生み出された壁。
分子そのものに神なる奇跡である魔法の術式を刻み、それを鎖で編んだ建築物。
スカルペルの平均技術を大きく上回る、神に近づきし城。
大鷹が羽を広げるが如く、優雅な城のテラスから街を見下ろせば、王都の発展を肌に感じることのできるメインストリートが目に飛び込んでくる。
メインストリートには五階建ての宿や十階建てのデパートなどの中層階の建物たち軒を連ねている。
だが、僅かに目を逸らせば、華美な建造物から打って変わり、とても落ち着いた住宅街が広がる。それらの多くは、一階建て・二階建ての建物。木造でできたものも多く混じっていた。
通りを走る馬車。荷物を運ぶ馬。移動手段は馬が中心。
そこからは、高度な技術で生み出された城を構える街とは到底思えない。
しかし、よく目を凝らしてみると、町のあちらこちらに雰囲気とはかけ離れた道具が溢れている。
井戸から水を汲み出す場所には魔導の力で動くポンプ。
太陽光の強弱を感知し、自ら燈火を掲げる街灯。
楽隊もなく、音符を弾ませるスピーカー。
そして、街に差す巨大な影……影の正体を見上げれば、そこにあるのは世界でヴァンナスのみが所有する、仰々しい砲台が無数飛び出した飛行艇ハルステッド。
世界でただ一つの、天を翔ける翼。
だが、これほどまでの技術力を誇りながら、国民が一般的に学び知る知識は基本となる読み書き計算程度であった。貴族や富豪であっても、そうそう高度な知識に触れることはない。
それは何故なのか?
その理由は、これら飛び抜けた技術が全て古代人の知識であるからだ。
ヴァンナスのごく限られた者たちだけが彼らの知識を独占し、知識に満たされたコップの表面から滴り落ちる雫程度の知識を民衆に開放しているだけに過ぎない。
行き過ぎた知識が種の寿命を縮めぬように……。
一歩誤れば、世界を滅ぼしかねない古代人の知識。
その知識の髄を集めて創られた城の一室で、大貴族ジクマ=ワー=ファリンは、ヴァンナス国王・ネオ=ベノー=マルレミと盤上遊戯に興じていた。
もう、六十へ差し掛かろうとする老体とは思えぬ巨体に、白き外套を纏う白髪の男――ジクマ。
顔には年相応の皺が刻まれ、瞳には冷たき光を宿し、これまでの深き足跡を感じさせる威風を纏っている。
対するネオ王は、とても若々しく、金色の髪と柔和な紫の瞳を持ち、とても親しみ深い雰囲気を表す。
だが、彼の年齢を知れば、誰もが驚きに息を止める。
ネオ=ベノー=マルレミは生を受けて、百と三十の年を刻む。
彼は駒を盤面に置きながらジクマへ、とある男の話題を持ちかけた。
「ケントがアルリナで活躍したようだね」
「公文書に彼の名はないというのに、さすがですな、陛下」
「あはは。最近、貴族内でサレート=ケイキの贋作が出回っていると聞いてたからね。興味本位でアルリナに密偵を放っておいた」
「お戯れが過ぎますぞ。もっと政務に励まれませんと」
「なに、最近は息子たちや周りの者に任せっきりで半隠居状態。古代人の技術のおかげで若々しく長生きしてきたけど、さすがに王をやるのは飽きた。いい加減、後釜を据えないとね」
「陛下が引退となると、鎖をつける必要がありますな」
「おい?」
「この返し手で、決着と相成りますかな?」
「おいっ!?」
ジクマは盤面に深く切り込み、駒を置いた。
それを見つめ、ネオは歯ぎしりを見せる。
「この~、接待を知らぬ男めっ」
「本気で相手せねば、頭から湯気を出すではありませんか」
「人を湯沸かし器のように……だけど、ケントをトーワに送っても良かったの?」
「何か、問題でもありますかな?」
「彼は『ドハ研究所』の元研究員。トーワにある遺跡に興味を抱くだろうに?」
「抱いても、彼には何もできません」
「何故?」
「彼には錬金術の知識も魔導の知識もありませんので、遺跡を覆う結界は破れません。その結界も、破れる者は世界に一人として存在しない。彼が持つものは、先鋭化した科学知識のみ。それもまた、研究所以外では役に立たない」
「たしかに、研究所の施設がないとどうにもできない知識みたいだね。その研究所も大事故により完全に破壊され、ますますを以って、彼の居場所はなくなったわけか……」
そう、ネオが呟くと、ジクマはピクリと眉を動かした。
だが、彼が気を引いたのはケントのことではない。
失われた研究所……その犠牲となったケントの父に対して、心が揺れたのだ。
「馬鹿な男だ。変わらぬ己を変えてしまったために……」
「ジクマ。亡き人を悪く言うなよ」
「謗言ではありませんよ、陛下。これは羨慕です」
「羨慕?」
「ええ、羨慕。嫉妬。この嫉妬はケント=ゼ=アーガメイト。いえ、ケント=ハドリーに対してもまた……」
「友を変えてしまった友の息子に嫉妬か……キモいジジイだ」
「陛下、言葉をお選びください」
「あははは、わるいわるい。それで、気に食わないから僻地に飛ばしたの? 悪い奴」
「その思いもなかったとは言いませんが、彼の容姿は王都では目立つ。いえ、王都でなくとも。銀眼の人間など」
「そうだね」
「ただでさえ、彼の父が亡くなり、お家騒動がありと目立っている。好奇心に囚われた愚か者が出ないとは限りませんから。それに……」
「なんだ?」
ジクマはコツコツと指先を数度テーブルに当てて、絞り出すような声を生む。
「ケントは……友の息子。失意に包まれ、喧騒から離れたがっていた彼の意向を汲んだまで」
「ふん、嫉妬の対象でありながら、友の忘れ形見。はっは~、面白いなぁ~」
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