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第六章 活気に満ちたトーワ
訪れる影
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――ケントの自室兼執務室
ボロボロだった扉はゴリンの手によって、木の香りが新しい扉へと生まれ変わっていた。
使用された木の種類は炎燕木という、火に耐久性のある高級木材だ。
かなりの高級品だが、全てノイファン持ちなのでありがたく受け取っておくとしよう。
因みに、この炎燕と言うのは古きヴァンナス王が異世界から呼び出した精霊の名……異世界では神に準じているらしいが、そこは創造神サノアの存在との兼ね合いで精霊ということで。
炎燕は火を象徴する存在で、その見目は燃え盛る鳥のようだったと言われている。
炎は魔法の炎よりも熱く激しく、一度炎が放たれれば、命溢れる森を一瞬にして炭に化したという。
だがその時、炎燕の炎に耐えて燃えずに済んだ木がある。
それが炎燕木。名もそこから由来されている。
もちろん逸話で、本当に炎燕の火に耐えたわけじゃない。
私は偉大なる精霊の名を冠した素材で作られた扉のノブに手を置いて、部屋の中へと入る。
部屋に入り、真っ先に目に飛び込んだのは、大理石の台座の上にある金の模様を紡いだガラスの花瓶。
これはギウと土産屋の親父に脅さ……ギウとの思い出に購入した一品だ。
花瓶は扉を開けてすぐ見える位置に置いていた。
その花瓶には毎日違う花が生けてある。
生けてくれているのはギウ。彼がマッキンドーの森から花を摘んで、部屋に心安らぐ彩りと香りを届けてくれているのだ。
目を優しく包む花の飾りから視線を左にずらして、西の窓へ向ける。
窓には分厚いカーテンが左右に鎮座し、その間に薄衣のようなカーテンが掛かっていた。
普段は光を良く通すカーテンだけだが、寝る前は分厚いカーテンが窓を隠す。
窓のそばには黒の光沢を纏う巨大な執務机。
机には気が滅入るような書類の束……。
書類から目を逸らし、少し右を見る。
あるのはスカスカの本棚。スカスカなのは、ムキが持っていた本が私の趣味に合わず全部武器庫に放り込んだからだ。
視線を執務机へ戻し、書類の束に折った眉をぶつけ、視線を左へ。
そこにはガラス棚があり、調度品や酒類が飾ってあった。
「ふふ、ここだけ見ると、主の執務室。という、感じがあるな。だが……」
執務机から真反対にある場所を見る。
薄絹の垂れ幕を降ろした天蓋付きのベッドがドーンとある……執務室なのに。
「部屋の移動が面倒で、ここへ持ち込ませたが、調和をどこまでも損なわせている。あははは、こういうところは研究員時代の悪い癖だな」
研究員だった頃の私は屋敷に戻るのが面倒で、研究所で寝泊まりすることもザラだった。
それどころか、研究室そのものに簡易のベッドを持ち込んで、そこで寝ていた。
だが、これはまだマシな方。
忙しくなると他の研究員たちと一緒にそこらの床で寝ていたし、父に至っては廊下のど真ん中で死んでいるように寝ていたこともあった。
「ふふ、懐かしい。だがやはり、見た目は悪いな。来客が見たら驚くだろう……いや、それも面白いか、と言うと、オーキスから怒られるな」
貴族の名を背負いながら、その名に相応しい振舞いをしない私と父。
そのため、執事のオーキスからはよく叱られていた。
「本当に懐かしい……そうだ、エクアがベッドのシーツを取り替えてくれたらしいが、匂いは取れたかな?」
ベッドに近づき、寝転ぶように顔を埋める。
「ふんがふんが……まだ、香水の匂いがあるか。長年、ムキが使用していたベッドだから元主の匂いがなかなか抜けないな」
これらの家具は花瓶以外、全てムキの屋敷から運び込んだもの。
そのため、彼の影がどうしても気になる。
因みに、元々古城トーワに居た家具たちは、なんとなく使っていない一階の部屋に仕舞ってある。
「ふぅ~、徐々に私の色に染めていくしかないか。いっそ、売り飛ばして新しいのを購入するか? いや、荷運びの手間を考えるとなぁ。今後の手間も考えるなら、私も三階ではなくて一階に移ればよかった」
ベッドから体を起こして、身体を窓へ向ける。
そこにあるのは、私のペン入れを待つ、熱烈な書類の皆さん……。
「はぁ、わかったよ。そんなに熱い視線で見ないでくれ。こう見えても私は、事務仕事には定評があるからな。それにエクアに呆れ返られると寂しいし、怒ると怖いし……まさか将来、オーキスみたいにならないだろうな……」
ぞっとしたものが背筋を通り抜ける。
私は一抹の不安を抱えて、急ぎ事務仕事に移った。
――ここより一日前・港町アルリナ
若夫婦が営む八百屋の前で、キサは店先にあった樽に座り、足をぶらぶらさせながら店番をしていた。
すると、聞き覚えのない声がキサに話しかけてくる。
「ねぇ、ちょっといい?」
「うん?」
キサは二本の赤毛の三つ編みを揺らし、声の聞こえた方向へ顔を向ける。
そこに立っていたのは、帽子のつばがとても大きい赤色のチロルハットを被った、濃いサファイヤ色の長い髪を持つキサよりも年上の少女。
少女は帽子と同じく赤色のコートを纏い、肩から腰に繋がる革製の帯のようなものを掛けて、そこには色とりどりの液体が詰まった試験管を装備していた。
また、腰には先端に大きな宝石の付いた鞭もあった。
奇妙な姿に不思議顔を見せながらキサは少女に尋ねる。
「お客さん? お野菜が欲しいの?」
「いや~、お野菜は間に合ってるかな。尋ねたいことっていうか、確認したいことがあって」
「うん?」
「古城トーワに行くには、東門から真っ直ぐ森を抜ければいいのよね? 私、ケントって言う人に会いたくて……」
ボロボロだった扉はゴリンの手によって、木の香りが新しい扉へと生まれ変わっていた。
使用された木の種類は炎燕木という、火に耐久性のある高級木材だ。
かなりの高級品だが、全てノイファン持ちなのでありがたく受け取っておくとしよう。
因みに、この炎燕と言うのは古きヴァンナス王が異世界から呼び出した精霊の名……異世界では神に準じているらしいが、そこは創造神サノアの存在との兼ね合いで精霊ということで。
炎燕は火を象徴する存在で、その見目は燃え盛る鳥のようだったと言われている。
炎は魔法の炎よりも熱く激しく、一度炎が放たれれば、命溢れる森を一瞬にして炭に化したという。
だがその時、炎燕の炎に耐えて燃えずに済んだ木がある。
それが炎燕木。名もそこから由来されている。
もちろん逸話で、本当に炎燕の火に耐えたわけじゃない。
私は偉大なる精霊の名を冠した素材で作られた扉のノブに手を置いて、部屋の中へと入る。
部屋に入り、真っ先に目に飛び込んだのは、大理石の台座の上にある金の模様を紡いだガラスの花瓶。
これはギウと土産屋の親父に脅さ……ギウとの思い出に購入した一品だ。
花瓶は扉を開けてすぐ見える位置に置いていた。
その花瓶には毎日違う花が生けてある。
生けてくれているのはギウ。彼がマッキンドーの森から花を摘んで、部屋に心安らぐ彩りと香りを届けてくれているのだ。
目を優しく包む花の飾りから視線を左にずらして、西の窓へ向ける。
窓には分厚いカーテンが左右に鎮座し、その間に薄衣のようなカーテンが掛かっていた。
普段は光を良く通すカーテンだけだが、寝る前は分厚いカーテンが窓を隠す。
窓のそばには黒の光沢を纏う巨大な執務机。
机には気が滅入るような書類の束……。
書類から目を逸らし、少し右を見る。
あるのはスカスカの本棚。スカスカなのは、ムキが持っていた本が私の趣味に合わず全部武器庫に放り込んだからだ。
視線を執務机へ戻し、書類の束に折った眉をぶつけ、視線を左へ。
そこにはガラス棚があり、調度品や酒類が飾ってあった。
「ふふ、ここだけ見ると、主の執務室。という、感じがあるな。だが……」
執務机から真反対にある場所を見る。
薄絹の垂れ幕を降ろした天蓋付きのベッドがドーンとある……執務室なのに。
「部屋の移動が面倒で、ここへ持ち込ませたが、調和をどこまでも損なわせている。あははは、こういうところは研究員時代の悪い癖だな」
研究員だった頃の私は屋敷に戻るのが面倒で、研究所で寝泊まりすることもザラだった。
それどころか、研究室そのものに簡易のベッドを持ち込んで、そこで寝ていた。
だが、これはまだマシな方。
忙しくなると他の研究員たちと一緒にそこらの床で寝ていたし、父に至っては廊下のど真ん中で死んでいるように寝ていたこともあった。
「ふふ、懐かしい。だがやはり、見た目は悪いな。来客が見たら驚くだろう……いや、それも面白いか、と言うと、オーキスから怒られるな」
貴族の名を背負いながら、その名に相応しい振舞いをしない私と父。
そのため、執事のオーキスからはよく叱られていた。
「本当に懐かしい……そうだ、エクアがベッドのシーツを取り替えてくれたらしいが、匂いは取れたかな?」
ベッドに近づき、寝転ぶように顔を埋める。
「ふんがふんが……まだ、香水の匂いがあるか。長年、ムキが使用していたベッドだから元主の匂いがなかなか抜けないな」
これらの家具は花瓶以外、全てムキの屋敷から運び込んだもの。
そのため、彼の影がどうしても気になる。
因みに、元々古城トーワに居た家具たちは、なんとなく使っていない一階の部屋に仕舞ってある。
「ふぅ~、徐々に私の色に染めていくしかないか。いっそ、売り飛ばして新しいのを購入するか? いや、荷運びの手間を考えるとなぁ。今後の手間も考えるなら、私も三階ではなくて一階に移ればよかった」
ベッドから体を起こして、身体を窓へ向ける。
そこにあるのは、私のペン入れを待つ、熱烈な書類の皆さん……。
「はぁ、わかったよ。そんなに熱い視線で見ないでくれ。こう見えても私は、事務仕事には定評があるからな。それにエクアに呆れ返られると寂しいし、怒ると怖いし……まさか将来、オーキスみたいにならないだろうな……」
ぞっとしたものが背筋を通り抜ける。
私は一抹の不安を抱えて、急ぎ事務仕事に移った。
――ここより一日前・港町アルリナ
若夫婦が営む八百屋の前で、キサは店先にあった樽に座り、足をぶらぶらさせながら店番をしていた。
すると、聞き覚えのない声がキサに話しかけてくる。
「ねぇ、ちょっといい?」
「うん?」
キサは二本の赤毛の三つ編みを揺らし、声の聞こえた方向へ顔を向ける。
そこに立っていたのは、帽子のつばがとても大きい赤色のチロルハットを被った、濃いサファイヤ色の長い髪を持つキサよりも年上の少女。
少女は帽子と同じく赤色のコートを纏い、肩から腰に繋がる革製の帯のようなものを掛けて、そこには色とりどりの液体が詰まった試験管を装備していた。
また、腰には先端に大きな宝石の付いた鞭もあった。
奇妙な姿に不思議顔を見せながらキサは少女に尋ねる。
「お客さん? お野菜が欲しいの?」
「いや~、お野菜は間に合ってるかな。尋ねたいことっていうか、確認したいことがあって」
「うん?」
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