65 / 359
第六章 活気に満ちたトーワ
訪れる影
しおりを挟む
――ケントの自室兼執務室
ボロボロだった扉はゴリンの手によって、木の香りが新しい扉へと生まれ変わっていた。
使用された木の種類は炎燕木という、火に耐久性のある高級木材だ。
かなりの高級品だが、全てノイファン持ちなのでありがたく受け取っておくとしよう。
因みに、この炎燕と言うのは古きヴァンナス王が異世界から呼び出した精霊の名……異世界では神に準じているらしいが、そこは創造神サノアの存在との兼ね合いで精霊ということで。
炎燕は火を象徴する存在で、その見目は燃え盛る鳥のようだったと言われている。
炎は魔法の炎よりも熱く激しく、一度炎が放たれれば、命溢れる森を一瞬にして炭に化したという。
だがその時、炎燕の炎に耐えて燃えずに済んだ木がある。
それが炎燕木。名もそこから由来されている。
もちろん逸話で、本当に炎燕の火に耐えたわけじゃない。
私は偉大なる精霊の名を冠した素材で作られた扉のノブに手を置いて、部屋の中へと入る。
部屋に入り、真っ先に目に飛び込んだのは、大理石の台座の上にある金の模様を紡いだガラスの花瓶。
これはギウと土産屋の親父に脅さ……ギウとの思い出に購入した一品だ。
花瓶は扉を開けてすぐ見える位置に置いていた。
その花瓶には毎日違う花が生けてある。
生けてくれているのはギウ。彼がマッキンドーの森から花を摘んで、部屋に心安らぐ彩りと香りを届けてくれているのだ。
目を優しく包む花の飾りから視線を左にずらして、西の窓へ向ける。
窓には分厚いカーテンが左右に鎮座し、その間に薄衣のようなカーテンが掛かっていた。
普段は光を良く通すカーテンだけだが、寝る前は分厚いカーテンが窓を隠す。
窓のそばには黒の光沢を纏う巨大な執務机。
机には気が滅入るような書類の束……。
書類から目を逸らし、少し右を見る。
あるのはスカスカの本棚。スカスカなのは、ムキが持っていた本が私の趣味に合わず全部武器庫に放り込んだからだ。
視線を執務机へ戻し、書類の束に折った眉をぶつけ、視線を左へ。
そこにはガラス棚があり、調度品や酒類が飾ってあった。
「ふふ、ここだけ見ると、主の執務室。という、感じがあるな。だが……」
執務机から真反対にある場所を見る。
薄絹の垂れ幕を降ろした天蓋付きのベッドがドーンとある……執務室なのに。
「部屋の移動が面倒で、ここへ持ち込ませたが、調和をどこまでも損なわせている。あははは、こういうところは研究員時代の悪い癖だな」
研究員だった頃の私は屋敷に戻るのが面倒で、研究所で寝泊まりすることもザラだった。
それどころか、研究室そのものに簡易のベッドを持ち込んで、そこで寝ていた。
だが、これはまだマシな方。
忙しくなると他の研究員たちと一緒にそこらの床で寝ていたし、父に至っては廊下のど真ん中で死んでいるように寝ていたこともあった。
「ふふ、懐かしい。だがやはり、見た目は悪いな。来客が見たら驚くだろう……いや、それも面白いか、と言うと、オーキスから怒られるな」
貴族の名を背負いながら、その名に相応しい振舞いをしない私と父。
そのため、執事のオーキスからはよく叱られていた。
「本当に懐かしい……そうだ、エクアがベッドのシーツを取り替えてくれたらしいが、匂いは取れたかな?」
ベッドに近づき、寝転ぶように顔を埋める。
「ふんがふんが……まだ、香水の匂いがあるか。長年、ムキが使用していたベッドだから元主の匂いがなかなか抜けないな」
これらの家具は花瓶以外、全てムキの屋敷から運び込んだもの。
そのため、彼の影がどうしても気になる。
因みに、元々古城トーワに居た家具たちは、なんとなく使っていない一階の部屋に仕舞ってある。
「ふぅ~、徐々に私の色に染めていくしかないか。いっそ、売り飛ばして新しいのを購入するか? いや、荷運びの手間を考えるとなぁ。今後の手間も考えるなら、私も三階ではなくて一階に移ればよかった」
ベッドから体を起こして、身体を窓へ向ける。
そこにあるのは、私のペン入れを待つ、熱烈な書類の皆さん……。
「はぁ、わかったよ。そんなに熱い視線で見ないでくれ。こう見えても私は、事務仕事には定評があるからな。それにエクアに呆れ返られると寂しいし、怒ると怖いし……まさか将来、オーキスみたいにならないだろうな……」
ぞっとしたものが背筋を通り抜ける。
私は一抹の不安を抱えて、急ぎ事務仕事に移った。
――ここより一日前・港町アルリナ
若夫婦が営む八百屋の前で、キサは店先にあった樽に座り、足をぶらぶらさせながら店番をしていた。
すると、聞き覚えのない声がキサに話しかけてくる。
「ねぇ、ちょっといい?」
「うん?」
キサは二本の赤毛の三つ編みを揺らし、声の聞こえた方向へ顔を向ける。
そこに立っていたのは、帽子のつばがとても大きい赤色のチロルハットを被った、濃いサファイヤ色の長い髪を持つキサよりも年上の少女。
少女は帽子と同じく赤色のコートを纏い、肩から腰に繋がる革製の帯のようなものを掛けて、そこには色とりどりの液体が詰まった試験管を装備していた。
また、腰には先端に大きな宝石の付いた鞭もあった。
奇妙な姿に不思議顔を見せながらキサは少女に尋ねる。
「お客さん? お野菜が欲しいの?」
「いや~、お野菜は間に合ってるかな。尋ねたいことっていうか、確認したいことがあって」
「うん?」
「古城トーワに行くには、東門から真っ直ぐ森を抜ければいいのよね? 私、ケントって言う人に会いたくて……」
ボロボロだった扉はゴリンの手によって、木の香りが新しい扉へと生まれ変わっていた。
使用された木の種類は炎燕木という、火に耐久性のある高級木材だ。
かなりの高級品だが、全てノイファン持ちなのでありがたく受け取っておくとしよう。
因みに、この炎燕と言うのは古きヴァンナス王が異世界から呼び出した精霊の名……異世界では神に準じているらしいが、そこは創造神サノアの存在との兼ね合いで精霊ということで。
炎燕は火を象徴する存在で、その見目は燃え盛る鳥のようだったと言われている。
炎は魔法の炎よりも熱く激しく、一度炎が放たれれば、命溢れる森を一瞬にして炭に化したという。
だがその時、炎燕の炎に耐えて燃えずに済んだ木がある。
それが炎燕木。名もそこから由来されている。
もちろん逸話で、本当に炎燕の火に耐えたわけじゃない。
私は偉大なる精霊の名を冠した素材で作られた扉のノブに手を置いて、部屋の中へと入る。
部屋に入り、真っ先に目に飛び込んだのは、大理石の台座の上にある金の模様を紡いだガラスの花瓶。
これはギウと土産屋の親父に脅さ……ギウとの思い出に購入した一品だ。
花瓶は扉を開けてすぐ見える位置に置いていた。
その花瓶には毎日違う花が生けてある。
生けてくれているのはギウ。彼がマッキンドーの森から花を摘んで、部屋に心安らぐ彩りと香りを届けてくれているのだ。
目を優しく包む花の飾りから視線を左にずらして、西の窓へ向ける。
窓には分厚いカーテンが左右に鎮座し、その間に薄衣のようなカーテンが掛かっていた。
普段は光を良く通すカーテンだけだが、寝る前は分厚いカーテンが窓を隠す。
窓のそばには黒の光沢を纏う巨大な執務机。
机には気が滅入るような書類の束……。
書類から目を逸らし、少し右を見る。
あるのはスカスカの本棚。スカスカなのは、ムキが持っていた本が私の趣味に合わず全部武器庫に放り込んだからだ。
視線を執務机へ戻し、書類の束に折った眉をぶつけ、視線を左へ。
そこにはガラス棚があり、調度品や酒類が飾ってあった。
「ふふ、ここだけ見ると、主の執務室。という、感じがあるな。だが……」
執務机から真反対にある場所を見る。
薄絹の垂れ幕を降ろした天蓋付きのベッドがドーンとある……執務室なのに。
「部屋の移動が面倒で、ここへ持ち込ませたが、調和をどこまでも損なわせている。あははは、こういうところは研究員時代の悪い癖だな」
研究員だった頃の私は屋敷に戻るのが面倒で、研究所で寝泊まりすることもザラだった。
それどころか、研究室そのものに簡易のベッドを持ち込んで、そこで寝ていた。
だが、これはまだマシな方。
忙しくなると他の研究員たちと一緒にそこらの床で寝ていたし、父に至っては廊下のど真ん中で死んでいるように寝ていたこともあった。
「ふふ、懐かしい。だがやはり、見た目は悪いな。来客が見たら驚くだろう……いや、それも面白いか、と言うと、オーキスから怒られるな」
貴族の名を背負いながら、その名に相応しい振舞いをしない私と父。
そのため、執事のオーキスからはよく叱られていた。
「本当に懐かしい……そうだ、エクアがベッドのシーツを取り替えてくれたらしいが、匂いは取れたかな?」
ベッドに近づき、寝転ぶように顔を埋める。
「ふんがふんが……まだ、香水の匂いがあるか。長年、ムキが使用していたベッドだから元主の匂いがなかなか抜けないな」
これらの家具は花瓶以外、全てムキの屋敷から運び込んだもの。
そのため、彼の影がどうしても気になる。
因みに、元々古城トーワに居た家具たちは、なんとなく使っていない一階の部屋に仕舞ってある。
「ふぅ~、徐々に私の色に染めていくしかないか。いっそ、売り飛ばして新しいのを購入するか? いや、荷運びの手間を考えるとなぁ。今後の手間も考えるなら、私も三階ではなくて一階に移ればよかった」
ベッドから体を起こして、身体を窓へ向ける。
そこにあるのは、私のペン入れを待つ、熱烈な書類の皆さん……。
「はぁ、わかったよ。そんなに熱い視線で見ないでくれ。こう見えても私は、事務仕事には定評があるからな。それにエクアに呆れ返られると寂しいし、怒ると怖いし……まさか将来、オーキスみたいにならないだろうな……」
ぞっとしたものが背筋を通り抜ける。
私は一抹の不安を抱えて、急ぎ事務仕事に移った。
――ここより一日前・港町アルリナ
若夫婦が営む八百屋の前で、キサは店先にあった樽に座り、足をぶらぶらさせながら店番をしていた。
すると、聞き覚えのない声がキサに話しかけてくる。
「ねぇ、ちょっといい?」
「うん?」
キサは二本の赤毛の三つ編みを揺らし、声の聞こえた方向へ顔を向ける。
そこに立っていたのは、帽子のつばがとても大きい赤色のチロルハットを被った、濃いサファイヤ色の長い髪を持つキサよりも年上の少女。
少女は帽子と同じく赤色のコートを纏い、肩から腰に繋がる革製の帯のようなものを掛けて、そこには色とりどりの液体が詰まった試験管を装備していた。
また、腰には先端に大きな宝石の付いた鞭もあった。
奇妙な姿に不思議顔を見せながらキサは少女に尋ねる。
「お客さん? お野菜が欲しいの?」
「いや~、お野菜は間に合ってるかな。尋ねたいことっていうか、確認したいことがあって」
「うん?」
「古城トーワに行くには、東門から真っ直ぐ森を抜ければいいのよね? 私、ケントって言う人に会いたくて……」
10
あなたにおすすめの小説
レベル上限5の解体士 解体しかできない役立たずだったけど5レベルになったら世界が変わりました
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
前世で不慮な事故で死んだ僕、今の名はティル
異世界に転生できたのはいいけど、チートは持っていなかったから大変だった
孤児として孤児院で育った僕は育ての親のシスター、エレステナさんに何かできないかといつも思っていた
そう思っていたある日、いつも働いていた冒険者ギルドの解体室で魔物の解体をしていると、まだ死んでいない魔物が混ざっていた
その魔物を解体して絶命させると5レベルとなり上限に達したんだ。普通の人は上限が99と言われているのに僕は5おかしな話だ。
5レベルになったら世界が変わりました
転生したら実は神の息子だった俺、無自覚のまま世界を救ってハーレム王になっていた件
fuwamofu
ファンタジー
ブラック企業で過労死した平凡サラリーマン・榊悠斗は、気づけば剣と魔法の異世界へ転生していた。
チート能力もない地味な村人として静かに暮らすはずだった……が、なぜか魔物が逃げ出し、勇者が跪き、王女がプロポーズ!?
実は神の息子で、世界最強の存在だったが、その力に本人だけが気づいていない。
「無自覚最強」な悠斗が巻き起こす勘違い系異世界英雄譚、ここに開幕!
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜
もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。
ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を!
目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。
スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。
何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。
やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。
「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ!
ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。
ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。
2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる