銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

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第十一章 世界とトーワと失恋

世界の違い

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――古城トーワ


 キャビットの病を治す薬を準備するのに数日はかかるという。
 その間に、城内城外の様子を見たり、事務作業に追われたり、畑の様子を見ることにしたのだが、この数日の間に様々なことが起きた。

 まずは、エクアの故郷とヴァンナスとの違い。
 それは私とエクアが一階広間にある大きな壁を見ながら会話を行っている最中のことだった。


「いつか、この壁にエクアの絵を描いてもらいたいと思っているんだ」
「ええ、私でよければぜひともお願いします! それにしても大きな壁ですね」
「正面玄関と向き合っている場所。受付のような場所だったのかもしれないな」
「これだけ大きいと題材を練らないと。横幅と縦幅は~」
「横は二十m。縦は三mほどだ」

「えっと、それだと横は21.87クレムル。縦は3.28クレムルくらいかな?」
「ん? ああ、そうか。ガデリではヴァンナスとは違う長さや重さの単位を使っているのだったな」
「はい。ヴァンナスに来てから単位が違うので、時々戸惑ってしまいます」

「ヴァンナスでは地球の単位を採用したので、クライエン・ビュール大陸以外だと戸惑うのも仕方がない」
「え? メートル法って地球のものなんですか? どうして異世界である地球の単位を?」



――ヴァンナスが使用する単位の歴史


 ヴァンナス本国が存在するクライエン大陸は昔、多くの国家が存在していた。
 その国家は独自の単位を持ち、バラバラだった。

 それらを統一しようとしたが、今まで使っていた単位を手放せないという国家も多く、そこでヴァンナスが勇者の名を持ち出し、彼らが使用する単位を使ってみてはどうだ、という提案を行った。

 彼らは魔族から大陸を守る救世主。
 その救世主が使用している単位。それらを使用するのは誉れではないかと……。


「それでメートル法やキログラムが広まったというわけだ。ちなみに、これらの元となったものは初代勇者である、地球人たちが所持していた定規や秤だ。秤は料理に使うものだったらしいが」
「なるほど、それで」

「月日に関しては地球と面白い共通点がある。年は十二か月。一日は昼と夜に分けた十二進法で時間は六十進法を私たちは使用しているが、これは地球も変わらないようだ。もしかしたら、スカルペルと地球の自転と公転周期は変わらないのかもな」
「あの、自転や公転のお話はちょっとわからないです」

「そうか、すまない。難しい話は止めにして……そうだ、彼らの文字の一部には面白いものがあるんだ」
「面白いもの、ですか?」

「訪れた地球人が積極的に利用していたわけではないが、地球にはアルファベットという文字がある」
「お城の地下に書かれている文字ですね」
「ああ、そうだ。あれの記号のような形は非常に便利で、私たち研究者の中でよく使われる」
「形?」


 私はポケットからペンとメモ帳を取り出して、アルファベットの一部を書く。
「私たちの文字は円の形を中心とした文字で、文字を使い形を表すのは難しい。しかし、アルファベットにはL・M・Sなどと変わった形が複数存在する」
「たしかに、変な形ですね。角々して。この『えす』というのは違いますけど」

「ふふ。私たち研究者はこの文字の形を、物の形として表すことがある。L字の形に刈り取ってくれ。M字の形に配置してくれ、などね」
「なるほど、スカルペル語よりも単純な構造だから、形を表すのに便利なんですね」
「そういうことだ」
「ふ~ん」


 エクアはメモ帳を覗き込む。
 しばらく、アルファベットを見つめて、何かを思い出したように口を開いた。

「そういえば、ケント様?」
「何か質問か?」
「はい、単位の話でちょっと。えっとですね、どうしてヴァンナスは、わざわざ地球の単位を使用することにしたんですか? ヴァンナスも独自に使っていた単位を持っていたはずなのに。何故それを広めようとしなかったんですか? 強引に推し進めることのできる力はあったと思うのですが?」
「それはな」


「ヴァンナスの単位はクッソ面倒なのよっ」
 フィナが両手に大荷物を抱えて現れた。荷物はおそらく、薬の合成に必要なもの。
 彼女は私たちのそばで立ち止まり、簡単な説明を交えてきた。

「ヴァンナスは重さや時間の単位に重力波によって生じる微妙なズレまで取り込んだの。その結果、毎回重さや時間を計算しなきゃならないという、頭の悪い単位になったってわけ。だからといって、他国の単位を使うのはプライドが許さない。そこで地球の単位を」

「フィナか。大荷物だな、ご苦労さん」
「ええ、大変よ! アルリナから必要最低限の器具を調達したけど、扱いに慣れた人がいないから自分で運ばないといけないしっ」


 彼女は思いっきりの仏頂面で、私を睨めつける。
「すまないな。手伝ってやりたいが、私も君が購入した機器類の書類作成に忙しくてね」
「こんなところで世間話してくせに!」
「軽い息抜きだ。良ければ、その荷物を運ぼうか?」

「これで最後だから別にいいよ。それでさ、さっきの話だけど、当時はズレの原因なんてわからなかったのに、どうして昔のヴァンナスの人はそれを組み込もうとしたんだろ?」
「さぁ、理由はわからないが存在する。だから入れておこう、ということかもしれないな」
「繊細なんだか、いい加減なんだか」


 荷物を抱えながらもやれやれと器用に首を横に振る。
 すると、エクアは今の会話で気になる部分があったようで尋ねてきた。

「あの、ズレって何の話ですか?」
「スカルペルには二つの太陽があるでしょ。その中で私たちの太陽系から遠く離れた場所にある、揺らぎの太陽ヨミからは強力な重力波が発生しているの」
「えっと?」

「とんでもないエネルギーと思えばいいよ。正直なところ、その重力波が何たるかまでは今の私たちもわかってないし。重力子の存在なんかも仮説止まりだから、やることは山積みって感じ」
「はぁ」

「ま、そのエネルギーの影響を僅かとはいえスカルペルは受けてるから、それを加味してヴァンナスは単位計算を行ってたわけ。ただ、計算を組み入れた時はヨミが原因だとはわからなかった。わかんないけど、変化するから入れたってことね」

「はぁ……」

「付け加えると、その重力波の大部分は光の太陽テラスによって緩和されてる。つまり、二つのエネルギー波が中和される領域に私たちの星があるのよ。その領域は太陽系をすっぽり覆ってるから、大きな地軸のずれとか地脈の変動とかは起きないから大丈夫よ」

「……はぁ」

「どうして、私たちの住む星がこのような生命が誕生する場所。重力波が中和される場所にあるのかはわかってない。宗教に頼ればサノアの御力で終わっちゃうけど。そんな理由で終わらせるのは研究者としての名折れよね~」

「そうですか……なんだか、よくわかりませんでした」
「そう?」


 エクアは理解が追いついていないようで、首を捻っている。
 二人の会話を横で聞いていた私は、ふと、生命誕生の奇跡と偶然についての知識を思い出した。
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