銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

文字の大きさ
123 / 359
第十一章 世界とトーワと失恋

月明かりの下で

しおりを挟む
――深夜・執務室・ベッド


「う~ん、はぁ……」
 ベッドから起き上がり、額から目へと流れるように手のひらで擦る。
 朝の幽霊話が気になって、目が覚めてしまった。
 私は枕元にある水差しから水をコップに移してこくりと飲む。

「こくん……ふぅ、そのようなものが居るわけがないと思うが、無意識に気になっているようだ。一度トイレに行ってから、寝直すとするか」

 トイレは階層ごとに存在するが、現在しっかり機能しているのは一階のトイレのみ。
 私はランプを片手に、夜の城内を歩き、一階へ向かう。
 幽霊騒動のこともあり、闇が広がる城はゆらりとした動きを見せて、それらが人の形をかたどっているようにも見えた。


「はぁ、恐怖心とは面白いものだ。見えないはずのものを見てしまう。グーフィスの場合、女性の尻を追いかけ回すあまり、いるはずのない女性を見てしまったのかもしれないな」

 トイレを終えて、広間を通り、三階の執務室へ戻ろうとした。
 その時、中庭が見える窓に誰かが横切ったように感じた。

「今のは……気のせいか? いや、念のため確認しておくか」

 台所を通り、中庭へ向かう。
 中庭には誰かがいるかもしれない。
 そうであるならば、こちらの気配を気取られるわけにはいかない。
 そっと、扉を開けて、音もなく足を外へ伸ばす。

 草を踏みしめる音も、小さく漏れる呼吸音も押し殺し、中庭に出て、首をゆらりと動かし辺りを見回した。
(あれは?)

 麦藁帽子を被り真っ白なワンピースを着た女性が、城の背後にある崖から海岸へ続く石階段を降りていく姿が目に入った。

(まさか、本当にいるとは。何者だ?)



――海岸


 月から降りる青と白の輝きを砂浜は受け止めて、闇夜にほのかな明かりを灯す。
 揺れる波には煌々とした月光が反射し、黒の海に星の瞬きが浮かぶ。

 真っ白なワンピースを着た女性は砂浜に立ち、海を見つめていた。
 柔らかな光と海のまたたきに包まれ、白い姿は朧げに浮かぶ。
 私は緑が残る石段の上から、幻惑の領域である砂浜に足を下ろした。

 潮騒のみが響く世界に、砂を踏む音だけが広がる。
 女性は私の存在に気付いているはずなのに、こちらへ振り返ることはない。

 私は艶やかな黒髪が下りる麦藁帽子からゆっくりと視線を下へ動かし、とてもしなやかそうな体の流れを追う。
 そして、足元で目を止めた。

(影が、ない)
 
 太陽の光よりも脆弱であるが、月の光は生ある存在に影をもたらすほどの光を降り注いでいる。
 だが、女性の姿に影は生まれていない……。

(まさかと思うが、本当に幽霊?)

 話しかけるべきか、悩む。
 この女性は害ある存在なのか、そうではないのか。
 もし、害ある存在で人の知の外側にいる者なら私に為す術はない。
 しかし、好奇心が恐怖心を飲み込む……。
 好奇心は私の背中をそっと押す。


「失礼、あなたは一体、何者かな?」

 女性は声に反応し、麦藁帽子のつばに手を置いて深く被りなおした。
 そして、ゆっくりと私の方へ振り向くが……顔が見える寸前で、水に溶ける雪のように姿を消してしまった。

 私は女性がいたはずの場所へ近づく。
 彼女が立っていたはずの砂浜……だが、そこに足跡はない。
 この不可思議な現象を受ければ、誰だって鳥肌の一つくらい立つはずだろう。
 しかし、なぜか、私は懐かしさというものを感じていた。
 それは遠く離れた母に再会したような、何とも奇妙な思い……。


「幽霊……とは思えない。だが、この世のものとも思えない。いや、この世のものではあるが、私が理解できぬ存在というべきか。たしかに女性はいた。もはや証拠もなく、海と砂浜しかない場所に……」


 朝となり、フィナに頼んで真実の瞳ナルフを使い砂浜周辺を調べてもらった。
 だが、人がいた痕跡、生き物がいた痕跡は見当たらなかった。

 ただ一つ、光の素となる粒子――周囲の光子に微小の魔力が宿る力の変動が見られたそうだ。
 彼女の見解では、女性の正体は魔力の宿る幻影。
 

 しかし、仮に何らかの幻影と説明できても、問題はその幻影が何のために存在し、誰が、もしくは、どこから生み出されたのか? という謎がある。
 それについてはフィナの力をもってしても解明は無理だった。


 そして、これ以降、トーワでは謎の女性を見ることはなかった……そう、トーワでは。
 次に、彼女に出会えたのは、私の…………。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ

柚木 潤
ファンタジー
 薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。  そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。  舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。  舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。  以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・ 「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。  主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。  前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。  また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。  以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。  

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...