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第十二章 唸れ商魂!

忘れ去られた人・2

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「ねぇ、マフィン様。盗賊による被害額は?」
「なんニャ、突然?」
「月のうち、週のうち。それらに行われる被害の額を教えて」

 キサの鳶色の瞳が強く輝き、マフィンの青色の瞳を貫いた。
 貫いた光の名は商魂。
 マフィンの瞳も同じ光を宿す。


「ほぅ~、面白い娘っ子ニャね。教えてやるニャ」
 マフィンはふかふかのお腹に手を突っ込み、その毛の中から算盤を持ち出してきた。 
 どうやって納まっていたんだろう?
 私がそんなことを考えている間に、二人は商機を打ち立てていく。

「死者の数はこれくらいで損害は、にゃん、にゃん、にゃんと。こんな感じニャ」
「ふむふむ。だとしたら、パチパチパチと。このくらいの保証金を取ってみたら?」
「ニャに?」

「盗賊団の被害規模はそれほど大きくない。だけど、犠牲を出してる。みんなが怖いのは死んじゃうこと。でも、黙って商売道具を失えば、やっぱり死んじゃうしかない。そこで商売道具の損失を保証するの」
「ほほう~、それでニャ?」
「被害額から逆算して、さっき提示した額なら十分に保証はできると思うの。それどころか、こちらに利益もあるし、これで商売も安心して行えるよ~」


 二人の話から届く会話の内容。
 どうやらキサは保険制度を考えているようだ。

 保険があれば、街道を行き来する商売人は無理に荷物を守る必要がない。盗賊に奪われても、それをキャビットが保証してくれる。
 そうすれば、無為に命を失うこともなく、ある一定の安心の下で商売が可能になる。

 だが、会話の途中でマフィンが難色を示す。

「ふにゃ~、おもに人間族相手となると、保証人がキャビットでは取引難く感じる者もいるニャよ」
「それなら最初は適当な代役を立てて~……」
 キサは私をちらりと見て、マフィンに屈むようにちょいちょいと手のひらを振る。
 そして、彼の耳そばでごにょごにょと言っている。
「と、こんな感じで」
「にゃるほど、ダミー会社ニャね。にゃけど実績が」
「そこは……」


 またもや、私に聞こえないような小さな声で内緒話をしているが……何やらよからぬ話のような……。
 それを裏付けるような言葉をマフィンは漏らす。

「にゃかにゃかの悪女ニャね。にゃが、外に洩れたら大変なことににゃるニャ」
「そのための代役だよ~」
「にゃるほどニャ~。にゃけどにゃ、全部が上手く回っても、全員が全員保証金を払えるわけじゃにゃいニャよ」

「それは荷物の量や内容で保証金の額を変えればいいよ~。同じ荷物であっても格安のプランも作るとかして」
「ふむふむニャ」
「いきなり複雑な保証体系を取ってもわかりにくいから、まずは普通の保証と格安のプランに。そこからギルドに所属する商人や個人の行商人向けのお得プランを……」

「いやいや、そこはもっと面白い方法があるニャよ」
「え、どんなの?」
「それはニャ、っと」

 マフィンはちらりと私を見る。そして……。


「ケント、ちょっとこの子を借りるニャよ」
「うん、なぜだ?」
「こっからは俺とキサの商売の話ニャ。部外者に聞かれたくないニャよ」
「あ、ああ、そういうことなら。しかし、君たちが考えているのは犯罪行為ではないよな?」

「失礼ニャね~。合法ニャよ……ギリギリ」
「なに?」
「ま、とにかく、法を犯すようなことはしにゃいニャ」
「そうだといいのだが……しかしだな、商売の話は良いとして、アルリナとの関係はどうなるんだ?」

 
 このように問うと、マフィンは声の質に一目置く態度を乗せてキサの名を口にする。
「ケント、キサの視点は素晴らしいニャ。この商売が成立すれば、自然とアルリナとの関係も近くなるニャ。少なくとも今よりかはニャ」
「そうか?」

「そうニャ。そこからノイファンたちの出方次第で、もっと深い関係になってあげてもいいニャ。まぁ、歩み寄りの速度は遅いかもしれニャいが、無用な対立を行うことはニャいな。せっかくのお得意さんをなくすわけにいかないニャからね」

「商売相手か。なるほど、キサの視点。ただの商売話だけではなく、アルリナとの関係まで考えてのことか。君たちにとってはそこが窓口となる方がよいのだろうな」
「それだけじゃないニャ」
「ほかに何かあるのか?」

「薬の礼としてアルリナとの関係修繕だけじゃ、トーワの見返りが少なすぎるニャ。というか、ないも同然なのニャ。そこで、あのフィナという錬金術士とカインという医者の欲しいものは何でも取り揃えてあげるニャよ」

「よいのかっ? 彼らが欲するものは結構な額になると思うが?」
「にゃに、それ以上の利益がキサによってもたらされるニャ。むしろ、薬よりもこの子の方が嬉しい手土産なのニャ」


 そう言って、キサを抱え上げて肩に乗せる

「キサ、さっそく奥で商売の話を詰めるニャよ」
「うん、わかった。でも、アイデア取りだけで済まさないからね。ちゃんと噛ませてもらうよ~」
「にゃははは、当然ニャよ~」
「あとは~、キャビットの商売のやり方のこと教えてほしいな~」

「もちろん教えるニャよ。キサは『スコティ』よりも商才がありそうニャ。教えがいがあるニャ」
「すこてぃ?」
「息子ニャ。あとで紹介してやるニャよ」
「スコティもマフィン様みたいにふかふかなの?」
「俺よりもふかふか度は低いけど、まぁそれでもいい感じニャよ」
「そうなんだ~、楽しみ~」


 二人は仲良さげに会話を行い、奥へと消えていった。
 私は一人、ぽつりと部屋に取り残される。
 視線を二人のキャビットへ向ける。
 弓使いのキャビットも魔法使いのキャビットも、さっと目をそらす。

「ああ~、またこの扱いか……まぁいいさ。私はぜんっぜん気にしてないからねっ。ほんとだぞ!」
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