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第十三章 呪われた大地の調査

酔いすぎじゃない?

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 フィナが行った実験。
 それは、この土には毒よりも恐ろしいモノが封じられていたことを証明する実験だった。
 言葉を受け取った彼女は首を傾け、その言葉を繰り返す。


「ひばく?」
「被曝とは、放射線にさらされることを言う。この土からはその放射線という粒子が出ている。箱内部に見える軌跡はその粒子の動きだ」
「その放射線って、なに?」


 放射線――放射性物質から放たれる粒子や電磁波。
 放射性物質――放射線を出す物質。
 放射能――放射線を出す能力。

 ランプに例えるならば、放射線はランプから出る光。
 放射能は光を出す能力。
 放射性物質はランプそのもの。

 
 また、放射線とは物質を通り抜ける能力を持っている。

――電気を持った粒子線
 アルファ線――紙切れ一枚で遮ることができる。
 ベータ線――アルミニウムなど薄い金属版で遮ることができる。

――電気を持たない粒子線
 中性子線――水・コンクリートのように水素をたくさん含む物質で遮ることができる。

――電磁放射線
 ガンマ線・エックス線――双方ともに鉛で遮ることができる。

 もっと細かく分類できるが、とりあえず要点だけを押さえておく。


「この放射線に当たると遺伝子が傷つく。日常的に言えば、紫外線によって遺伝子は傷を負っているが、それらは修復されている」
「紫外線?」
「そうか、そちらと用語が違うのだったな。実践派の言葉で置き換えれば、太陽から降り注がれる光のレスターの力のことだ」

「ああ、それのこと。太陽は創造主サノアの命の輝きなのに、私たちの肉体を傷つける。不思議よね? おかげで殺菌の効果があるんだけど。その反面、体内に必要な栄養素を生み出しているとも言われてるし」

「そうだな。だが、強すぎる紫外線もそうだが、この放射線もまた強すぎたり多量に浴びたりすると、傷が多くなり、修復できず細胞が死んでしまう」
「強ければ、ね……ふむ」


「傷のついた細胞は生命の設計図を失い、再生が不可能。その数が多く、他の細胞が代わりにならなければ崩れ落ちていく。また、不完全な状態で細胞が生き永らえた場合は、突然変異を起こし、様々な障害を負う可能性が高くなる……」

「ふ~ん、なるほどねぇ。そんなものが。理論派はそれを研究してるんだ?」
「それなりにな。フィナ……すまない」
「どうしたの?」
「今はまだ、症状は出ていないが、時が経つにつれて細胞が崩壊していく。もっと、注意深くあるべきだった……私が浅はかだったばかりに、本当に済まない」


 私は酒に疼く頭を押さえ、後悔に身を包む。
 被害はフィナだけではない。マフィンやマスティフにも与えている。
 私と彼らは早晩、酷く惨たらしい最期を……。

 
 と、ここでフィナが呆れ返るような声を上げてきた。

「あんたさ、酔いすぎ」
「なに?」

「この土はたかだが2m程度の地下にあった土だよ。もし、私たちの命を奪うほどの放射線とやらが出てたら荒れ地を縦断した後に、何らかの変化が私たちに出てるでしょ?」
「あっ」
「それにさ、北の大地の特性上、汚染物質は上層ほど薄く、下層ほど濃いのよ。つまり、大地の表面にある放射性物質は濃度が低いってことでしょ」
「たしかに……言われてみればそうだな」

「それになにより、私がナルフで検出したものは地中深くにあるもの。地上表面の放射線はナルフで注意深く追わないと検出できるほどの量じゃなかったってわけだし。こんな風に実験しないとわからなかったんだから。それに私のナルフだからこそ、ギリ検出できるレベルなんだからね」

「なるほど、地中深くに眠る高濃度の放射性物質に反応していたわけか、いつっ、頭が……」
「ふふ、酔いもあるだろうけど、知識が先行し過ぎて危機感が前に来すぎたみたいね」
「その通りだな。まったく、恥ずかしい限りだ。ともかく、人体への強い影響がないとしても、その放射線がどんな種類でどんな特性を持ち、どのような影響を与えるか調べないとな」

「人体への影響がどの程度あるかは、簡易的にはわかるよ」
「え!?」
「これは化粧品開発のついでに作った薬品なんだけど~」

 
 フィナは手袋を脱いで、白いガラス容器を取り出し、その中にあった薄い桃色のクリームを手に塗り始めた。
 クリームを十分に塗り込むと、ぽつぽつと赤い斑点が浮かぶ。


「この斑点はね、壊れた細胞の部分を表してるの。見た感じから、太陽光に数時間晒した程度の損傷具合。何度か実験してるからこれは自信を持って言える」
「つまり、そこにある放射線は君の細胞をそれほど破壊していないという証明か?」
「そうなる」
「面白い薬品を作ったな。だが一体、何のために?」

「製作者はカインだけどね。化粧品の効果を調べる際に皮膚の状態を把握しやすいように作ったんだって。もともとは怪我の部位を染める薬品らしいけど。カインって、意外にやり手っぽい。医者よりも研究者向きかもね」

「ふふ、そうか。彼にとってそれが誉め言葉になるかは微妙だけどな」
「姪っ子のために医者の道を進むだっけ? それはさておき、不安ならあとでカインの診察でも受けるといいよ。時間の無駄に終わると思うけど」

「いや、安心感は時間には変えられない。マスティフ殿とマフィンにも声を掛けて、念のため診てもらうとするよ」
「そう? でも……はぁ」


 フィナは急にため息を漏らす。
 次に、土をちらりと見て、八つ当たりのように指先で数度机を打った。


「ケント。もしかしてだけどさ、この放射線の症状って、強く浴びると吐き気や嘔吐、白血球や血小板の減少。脱毛に皮膚は火傷みたいにただれた感じになるんじゃない?」
「え? ああ、その通りだが。何故、知っている?」
「昔、クライエン大陸の西側に位置する鉱山で妙な病が流行ったことがあんのよ。その時にいま言ったような症状がでて、旅の錬金術士総出で病原体を特定しようとしたんだけど……でも、できなくて、鉱山を封鎖する以外なかった」

「それは病でなくて、鉱山に何らかの放射性物質があったと考えたのか?」
「うん。今そう思ったの……それなら説明がつく。当時のナルフがお粗末だったとしても、細菌やウイルスのたぐいと思い込んで、それだけしか見てなかった。知っていれば、多くを救えたかもしれないのに」

「それは仕方ないだろう。知らないモノはわからない。わからなければ、手立てはないからな」
「でも、理論派は放射線の存在を知っていた。私たちがもっと交流があれば、救えてた……」


 おそらくこれはフィナに関わりのない過去の話だろう。
 それでも、零れ落ちる言葉と手のひらに食い込む爪の深さが、及ばぬ知識に対する敗北への悔しさを物語っていた。
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