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第十七章 頂へ続く階段の一歩
傲慢の町
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エメルの馬車を目で追いつつ、その中身を見透かす。
(手厚い歓迎をしつつも、こちらを見下す態度は隠そうとしない。最高議会の一員とはいえ、あのような人間を代表に寄こすとは……アグリスの姿が見えるな)
アグリス=傲慢。そう説いてもいいだろう。
もし、エメルのような者が最高議会の常として存在しているならば、会談はかなりの精神的負担を強いられることになりそうだ。
エクアがなぜ呼ばれたのかはまだわからないが、なるべく彼女が関わらないように配慮しなければ……。
馬車の影が薄くなる。
それを見計らったように屋敷から数人の使用人が出てきて、私たちの荷物を屋敷内に運び、また馬を屋敷の裏にあると思われる厩舎へ引き連れていった。
玄関前にいる四人の女中たちが屋敷内へ入るよう促すが、私は彼女たちに屋敷内で待機するよう指示を行う。
私は辺りを見回す。
道は大きく、人通りは少ない。
屋敷の前には仲間たちしかいない。
親父は早速、私を問い詰めてきた。
「旦那、どうしてエクアの嬢ちゃんとだけ会談へ行くなんてっ」
「仕方なかろう。もともと招待されたのは二人。仲間を従者という形で会談に同伴させるということで通しても良かったが、すでに友人としての待遇をと、お願いしたからな。無理を通して君たちを同行させている以上、こちらの言い分は通しにくい」
「ですがねっ」
「不安ならば君たちは観光の振りをして、それとなく私たちの様子を見張っていてくれ」
「はぁ、わかりました。最大限の警戒を張らせていただきますぜ」
と、親父は言葉を出し、こちらの産毛をぞわりと逆立たせるような危険な気配を纏う。
アグリスに訪れて以降、彼の様子はどうもおかしい。
「親父。君とアグリスに何があるかは知らないが、あまり気負うな」
「っ!? わかってます。わかってますとも……」
このように言葉を返してくれるが、時折唇を噛み、落ち着きなく袖口を指先で掴む姿に不安を覚える。
しかし、これ以上注意を促してもあまり効果はないだろう。
それに身分はともかく、経験豊かな彼に対して年下である私があまりうるさくするのは煙たいであろうからな。
私は彼から視線をフィナへ移す。
「フィナ、よく君は馬車から飛び出さなかったな?」
「男の子が棒でぶたれてたやつ? もちろん、ぶってたおっさんをぶん殴ってやろうかと思ったよっ。でも、親父に止められた……」
「そうなのか、親父さん?」
「そりゃあ、あそこで飛び出しても意味がありませんからね。あそこで止められたとしても、後々あのカリスの坊主はもっとひどい目に遭うだけですし」
「ふむ、アグリスの最下層に位置するカリスは相当厳しい状況に置かれているようだ」
「相当どころじゃありません。厳しいどころじゃありません。糞以下の存在ですよ」
「親父?」
「い、いえ、なんでもありません。とりあえず、屋敷に入りませんか?」
「ああ、そうだな」
アグリスに来てからというもの、やはり親父の様子は変だ。
この妙な空気の中、グーフィスはマイペースにでっかい屋敷を目にして、ずっとぶつぶつと何かを呟いている。
「マジかよ? この屋敷を自由にして中のものを全部持って帰っていいって。酒とか肉とかもいいのか? たまんねぇなっ」
「グーフィス、興奮するのはわかるが、ちょっとは鎮めろ」
「え、はい、すみません」
「緊張がないのは良いことなのかどうなのか……では、屋敷へ入るとするか」
――屋敷内
重厚な扉によって閉ざされた玄関を開き、そこを通る。
先には客人を迎える広間。
正面には緩やかな階段があり、天井にはシャンデリア。
そこかしこに美術品。
内装はよく見かける貴族の家といった感じだった。
だが、グーフィスやエクアには珍しいようで、二人は焼き物や絵画に視線を飛ばしている。
「この、つるつるしてる焼き物は水差しか? なんか高そうだけど、これも芸術品ってやつ?」
「水差しの内部に金細工。これは陶芸家トク先生の作品ですね」
「いくらぐらい?」
「一概には言えませんが、最低でも五十万ジユは」
「ご、ごじゅうまんっ。こ、こっちの落書きみてぇな意味不明な絵はっ?」
「これは生の芸術。ジャビュ先生の作品。お値段は七百万は超えるかと」
「な、な、な、おおおお、ええええ。こんなの貰っていいんですか、ケント様?」
「くれると言ってそう簡単に貰えれば苦労はない。持ち帰れば、品位を損なうことになる」
「品位なんかで落ちてる金を無視するんですか?」
「残念なことに、貴族は名誉を重んじる。ふふ、面子にこだわるムキとあまり変わらないな。さて、女中さん」
私は一人の女中を呼び止めて、話し合いが行えそうな部屋へ案内してもらった。
部屋は十数名が話を行える会議室。
フィナがすぐにナルフを浮かべて、魔導による盗聴がないか調査。
ないとわかり、女中にここには誰も立ち入れさせぬようにと伝える。
そして、会議室全体に結界を張り、さらに音を遮断する魔法石を使用し、声が外に漏れないようにして話し合うことにした。
白色のテーブルクロスが掛かる長机に座り、私は長机の上座で皆に指示を与えていく。
「明日、私とエクアは会談へ向かう。親父とフィナは私たちを遠巻きから見ていてくれ。その際、フィナは錬金術師の格好を止めておけよ。目立ちすぎる」
「ええ、わかった」
「ですが旦那、格好を変えても監視が付くと思いますぜ」
「君たちなら撒くぐらいわけないだろ?」
と、問いかけると、二人はにやりと笑う。
私もフフっと笑い、残りの三人に指示を出す。
「ギウは屋敷で待機。カインとグーフィスは街をぶらりと歩き、世間話をしながら情報を集めてくれ。あと、何か所用がある場合、グーフィスに馬を走らせるので、君はアグリスにいる間は酒を控えろよ」
「うぐ、わかりました……ちぇ、屋敷の酒飲み放題だと思ったのによ……」
「なんだと?」
「な、なんでもありません」
「よし、あとは私とエクアの着替えの用意だな。エクアは明日、女中さんに頼んでおめかしをしてもらうといい」
「いえいえ、自分でできますからっ」
「遠慮するな。彼女たちはプロだ。用意した衣装に合わせてメイクをしてくれる。念のため、フィナを監視に置くが」
「メイドが妙なことをしないようにね。おっけ」
「それでは、解散。明日までゆっくり休み、旅の疲れを取ってくれ」
(手厚い歓迎をしつつも、こちらを見下す態度は隠そうとしない。最高議会の一員とはいえ、あのような人間を代表に寄こすとは……アグリスの姿が見えるな)
アグリス=傲慢。そう説いてもいいだろう。
もし、エメルのような者が最高議会の常として存在しているならば、会談はかなりの精神的負担を強いられることになりそうだ。
エクアがなぜ呼ばれたのかはまだわからないが、なるべく彼女が関わらないように配慮しなければ……。
馬車の影が薄くなる。
それを見計らったように屋敷から数人の使用人が出てきて、私たちの荷物を屋敷内に運び、また馬を屋敷の裏にあると思われる厩舎へ引き連れていった。
玄関前にいる四人の女中たちが屋敷内へ入るよう促すが、私は彼女たちに屋敷内で待機するよう指示を行う。
私は辺りを見回す。
道は大きく、人通りは少ない。
屋敷の前には仲間たちしかいない。
親父は早速、私を問い詰めてきた。
「旦那、どうしてエクアの嬢ちゃんとだけ会談へ行くなんてっ」
「仕方なかろう。もともと招待されたのは二人。仲間を従者という形で会談に同伴させるということで通しても良かったが、すでに友人としての待遇をと、お願いしたからな。無理を通して君たちを同行させている以上、こちらの言い分は通しにくい」
「ですがねっ」
「不安ならば君たちは観光の振りをして、それとなく私たちの様子を見張っていてくれ」
「はぁ、わかりました。最大限の警戒を張らせていただきますぜ」
と、親父は言葉を出し、こちらの産毛をぞわりと逆立たせるような危険な気配を纏う。
アグリスに訪れて以降、彼の様子はどうもおかしい。
「親父。君とアグリスに何があるかは知らないが、あまり気負うな」
「っ!? わかってます。わかってますとも……」
このように言葉を返してくれるが、時折唇を噛み、落ち着きなく袖口を指先で掴む姿に不安を覚える。
しかし、これ以上注意を促してもあまり効果はないだろう。
それに身分はともかく、経験豊かな彼に対して年下である私があまりうるさくするのは煙たいであろうからな。
私は彼から視線をフィナへ移す。
「フィナ、よく君は馬車から飛び出さなかったな?」
「男の子が棒でぶたれてたやつ? もちろん、ぶってたおっさんをぶん殴ってやろうかと思ったよっ。でも、親父に止められた……」
「そうなのか、親父さん?」
「そりゃあ、あそこで飛び出しても意味がありませんからね。あそこで止められたとしても、後々あのカリスの坊主はもっとひどい目に遭うだけですし」
「ふむ、アグリスの最下層に位置するカリスは相当厳しい状況に置かれているようだ」
「相当どころじゃありません。厳しいどころじゃありません。糞以下の存在ですよ」
「親父?」
「い、いえ、なんでもありません。とりあえず、屋敷に入りませんか?」
「ああ、そうだな」
アグリスに来てからというもの、やはり親父の様子は変だ。
この妙な空気の中、グーフィスはマイペースにでっかい屋敷を目にして、ずっとぶつぶつと何かを呟いている。
「マジかよ? この屋敷を自由にして中のものを全部持って帰っていいって。酒とか肉とかもいいのか? たまんねぇなっ」
「グーフィス、興奮するのはわかるが、ちょっとは鎮めろ」
「え、はい、すみません」
「緊張がないのは良いことなのかどうなのか……では、屋敷へ入るとするか」
――屋敷内
重厚な扉によって閉ざされた玄関を開き、そこを通る。
先には客人を迎える広間。
正面には緩やかな階段があり、天井にはシャンデリア。
そこかしこに美術品。
内装はよく見かける貴族の家といった感じだった。
だが、グーフィスやエクアには珍しいようで、二人は焼き物や絵画に視線を飛ばしている。
「この、つるつるしてる焼き物は水差しか? なんか高そうだけど、これも芸術品ってやつ?」
「水差しの内部に金細工。これは陶芸家トク先生の作品ですね」
「いくらぐらい?」
「一概には言えませんが、最低でも五十万ジユは」
「ご、ごじゅうまんっ。こ、こっちの落書きみてぇな意味不明な絵はっ?」
「これは生の芸術。ジャビュ先生の作品。お値段は七百万は超えるかと」
「な、な、な、おおおお、ええええ。こんなの貰っていいんですか、ケント様?」
「くれると言ってそう簡単に貰えれば苦労はない。持ち帰れば、品位を損なうことになる」
「品位なんかで落ちてる金を無視するんですか?」
「残念なことに、貴族は名誉を重んじる。ふふ、面子にこだわるムキとあまり変わらないな。さて、女中さん」
私は一人の女中を呼び止めて、話し合いが行えそうな部屋へ案内してもらった。
部屋は十数名が話を行える会議室。
フィナがすぐにナルフを浮かべて、魔導による盗聴がないか調査。
ないとわかり、女中にここには誰も立ち入れさせぬようにと伝える。
そして、会議室全体に結界を張り、さらに音を遮断する魔法石を使用し、声が外に漏れないようにして話し合うことにした。
白色のテーブルクロスが掛かる長机に座り、私は長机の上座で皆に指示を与えていく。
「明日、私とエクアは会談へ向かう。親父とフィナは私たちを遠巻きから見ていてくれ。その際、フィナは錬金術師の格好を止めておけよ。目立ちすぎる」
「ええ、わかった」
「ですが旦那、格好を変えても監視が付くと思いますぜ」
「君たちなら撒くぐらいわけないだろ?」
と、問いかけると、二人はにやりと笑う。
私もフフっと笑い、残りの三人に指示を出す。
「ギウは屋敷で待機。カインとグーフィスは街をぶらりと歩き、世間話をしながら情報を集めてくれ。あと、何か所用がある場合、グーフィスに馬を走らせるので、君はアグリスにいる間は酒を控えろよ」
「うぐ、わかりました……ちぇ、屋敷の酒飲み放題だと思ったのによ……」
「なんだと?」
「な、なんでもありません」
「よし、あとは私とエクアの着替えの用意だな。エクアは明日、女中さんに頼んでおめかしをしてもらうといい」
「いえいえ、自分でできますからっ」
「遠慮するな。彼女たちはプロだ。用意した衣装に合わせてメイクをしてくれる。念のため、フィナを監視に置くが」
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