銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

文字の大きさ
184 / 359
第十七章 頂へ続く階段の一歩

アグリスの問題

しおりを挟む
――深夜・用意された寝室


 沈黙が家も人も、運命を回す歯車をも闇に取り込んだ頃、私は明日の会談に向けて予想される基本的なやり取りを想定し、それらを書面にまとめていた。
 そこへノックの音が響く。それに答える。

「入ってくれ」
「失礼します」

 ノックの響きと共に現れたのは……親父だった。


「どうした、親父さん?」
「……旦那は、このアグリスをどう思いましたか?」
「唐突な質問だな。まぁいい。そうだな……街全体を見たわけではないのではっきりとは言えないが、他の村や町とは比べ物にならないくらい豊かだ」

「他には、ありますか?」
「支配階級は傲慢と見える。力を誇示することに酔い、あからさまに他者を見下す。確かにそれだけの力を持っているが、あれでは他種族と良き交流は持てまい」

「ええ、アグリスはその傲慢な態度と人間族こそ頂に立つ存在という馬鹿げた教えのせいで、大陸に広がる種族と対立していますから」
「その反面、半島内とはそこそこの交流がある……」
「はい、さすがに都市の背後まで敵を作るのは避けているようで」
「ふむ……フッ」


 思わず、鼻から笑いが漏れ出てしまった。
 それはムキの件と同様に、私の中に潜む闇が形作ろうとし始めたからだ。
 そう、私に『利』をもたらす闇……。


 親父は今の笑いを疑問に思ったようで問いかけてくる。

「ん、どうされました?」
「いや、何でもない。私からも質問をいいか?」
「どうぞ……」
「アグリスの領主はオキサ=ミド=ライシ。だが、実質の支配者はルヒネ派。導者フィコンと二十二議会。そうだな?」
「はい、そうです」

「彼らの間柄は?」
「オキサは完全に傀儡。歯向かう気など全くはありません」
「そうか。ルヒネ派の勢力図は? 二十二議会やフィコンの関係は?」
「まだ、十四の少女であるフィコンもまた神輿のようなもの。アグリスは二十二議会によって支配されていると言っても過言ではありません」
「なるほど。しかし、ルヒネ派の導者フィコンを軽んじる者ばかりではないだろう?」


「常勝不敗の獅子将軍エムト=リシタ」


「なに?」
「アグリス及びビュール大陸にいて最強の将軍『エムト=リシタ』がフィコンを支え、二十二議会に対抗しております」
「ほう、そうか。その、エムト=リシタ将軍はどのような人物だ?」

「フィコンに忠誠を誓い、謹厳実直。戦場を駆ければ獅子とも龍ともなぞらえられます。勇猛果敢でありますが、部下には優しく、民衆にも人望厚い御仁です」
「御仁? アグリスを嫌っている親父さんにしては妙な表現だ」

 そう、問うと、親父は一瞬だけ瞳をまどわせた。
 だがすぐに、視線をこちらへまっすぐと向けて答えを返す。


「アグリスでは珍しく、身分差に対してあまり厳しい態度を取りませんから」
「それが親父と何の関係が?」
「…………」
「沈黙か。君との付き合いはまだ三か月程度。とはいえ、もう少し、心を開いても良いと思うが?」
「申し訳ございません」
「ふふ、私を何かに利用しようとするのは良いが、あまり無茶はするなよ」
「そのような心遣い、俺にはもったいのうございます」
「心遣い? 今のはそういった意味での無茶では、おや?」


 再びノック。
「入ってくれ」
「すみません、夜分遅く」

 入ってきたのは青いパジャマ姿のエクアだった。
「どうした?」
「いえ、あの……お邪魔でしたか?」

 エクアはちらりと親父に視線を振って、私に戻す。
「いや、大丈夫だ。何かあったのか?」
「その、今日のことで少し」
「今日のこと?」

「馬車で移動している最中、男の子が棒でぶたれていたのを見て、何にもできなかったのが……それを思い出すと寝付けなくて。それで、どうしたらいいかわからなくて……すみません。こんなこと話しに来られても困りますよね?」
「いいや、君がそう感じるのは当然だ。私とて、あの光景を見た時は腹に据えかねそうになった」

「ならば旦那は彼らを救おうとする意志があるのですかっ?」


 突然、親父が口調を強め、会話に割り込んできた。
 そして、私を問い詰めるように言葉を出し続ける。

「エクアの嬢ちゃんもフィナの嬢ちゃんも、旦那も、皆があの光景に腹を立てたはず。旦那なら、彼らを救ってやれるのではないのですか?」
 彼の言葉にエクアが続く。


「もし、ケント様に救える力があるのなら助けてあげてほしいですっ。棒でぶたれてるのに誰も助けることなく、しかも笑っているなんて!」

 少年はカリスという身分であるだけで、忌避され、理不尽に暴力を振るわれても抵抗することも許されない。
 彼らより身分の高い者は、少年が泣き叫ぶさまを喜び見ている。
 
――このような理不尽がまかり通るなどあってはならない!

 だが……。

「二人とも、私にはどうしようもできない。これは、アグリスの問題だ」
「ケント様……」
「お待ちください、旦那」
「どうした、親父?」
「旦那はアーガメイトの者。その名を使えば、現状よりは彼らの扱いが改善されるやも」
「親父、それも無理だ。私はアーガメイトの名を捨てた。今は後ろに何の背景もないハドリーだ」
「っ!」


 親父は口を強く閉じて目を伏せた。
 代わりに、エクアが口を開く。

「ケント様はムキ=シアンから私を救ってくださいました! あの時と同じように、あの男の子を!」
「エクア。人にはやれることとやれぬことがある。彼を助けるということは、アグリスと対立するということだ。ムキは所詮、一地方のギルドに屋根を借りた悪党に過ぎない。百万の軍勢と億万の資金を持つアグリスでは比べ物にならないんだ」

「そ、そんな……」
「少年一人のために、トーワを危険に晒すわけにはいかない。そのトーワも以前とは違い、少なからず守るべき者たちがいる。無茶はできない。トーワや仲間に危険が及ばぬ限りな」


 そう唱え、私は話を打ち切った。
 これ以上、争っても答えが出ないから……。

 エクアは理解を示したが、心は納得がいかずと顔をしかめることで歯痒さを表して去っていった。
 親父はというと、大きく息を吐き、無言で扉を閉めた。
 その際、何かを呟いた気がしたが、私の耳には届かなかった。

――

 扉を閉める直前、親父はケントの耳に届かぬ小さな声で、こう呟いていた。
「仲間に危険が及ばない限り、か……」
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ

柚木 潤
ファンタジー
 薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。  そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。  舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。  舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。  以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・ 「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。  主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。  前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。  また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。  以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。  

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...