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第十七章 頂へ続く階段の一歩
おめかしおひろめ
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――早朝の会議室
私とエクアは会談用の衣装へ着替えて、皆にお披露目をしていた。
エクアは清楚さを醸し出す青色のドレス。繊維は宝石に特殊加工を施し、糸として編んだもののため、光を受けるとキラキラと瞬く。
スカートはふわりと傘を開いた形。
メイクもしているがあまり濃くなく、アイラインは隠しラインのみでアイシャドウはさらりと薄く、唇はグロスのみ。チークは肌になじみの良い色をふわりと乗せている。
髪は長い髪を編み込み、頭頂部からサイドを通り、後頭部でまとまっている。水色とわずかに混ざる赤と白の髪の色が交差し、さながら髪で結われた華やかなバレッタのようだ。
私はお嬢様姿と変貌を遂げたエクアに声を掛ける。
「ふふ、よく似合っているじゃないか」
「そ、そんなっ。この屋敷のメイドさん方のメイクがお上手ですから。そういうケント様こそ、お似合いですよ」
私の姿は下ろし立ての白絹のブラウスに金の刺繍を紡いだ黒地のジレ。同じく金の刺繍に黒地のジュストコール。そして、黒のキュロットと、黒で統一された配色だ。
この姿は王都でアーガメイトの息子として、また議員として活動していた頃の姿。
本来、刺繍はアーガメイトを司る『スカシユリ』を紡ぐのだが、今はアーガメイトではない。
そのため、ハドリーを司る『コルチカム』の花を施している。
因みに、ハドリーを司る花といったが、これは私が勝手に決めたこと。
この名前は、父と出会ったときに適当に名付けられた姓なので……。
髪は少し長めの銀髪をオールバックに。
胸元には議員時代に授与されたいくつかの徽章をつけている。
皆は私たちの変わりように息を飲むような様子を見せるが、その中でフィナが私の胸元にある徽章の一つに注目してきた。
「ねぇ、ケント。右端にあるダイヤモンドの徽章って、カスタネダ計画に貢献した徽章だよね……?」
「そうだが。よく知っているな」
「知っているも何もっ、ヴァンナス百年計画の一つじゃない! クライエン大陸中央部を貫く、大街道建設。あれに関わってたの!?」
「関わってたというか、立案者だ」
「えええっ!?」
フィナが叫び声で会議室の窓ガラスにひびを入れる。その凶器の声ほどではないがカインも驚いた声を漏らす。
「驚きましたっ。まさか、あの大事業の立案者がケントさんだったなんて!」
二人の驚きをよそに、クライエン大陸出身者以外の皆はピンと来ていないようで、二人の騒ぎをぽかんとした表情で見ていた。
彼らのために、私は簡単にカスタネダ計画について説明を交えた。
「クライエン大陸の中央部には深い森や険しい山や谷があり、行き来をしようとするとどうしても迂回することになる。そこで私が街道整備計画を立ち上げたんだ」
この言葉にフィナが疑問を挟む。
「でも、あの計画の中心人物はハベカ子爵だよね? 他の貴族も関わってたけど、あんたの名前は聞いたことないんだけど?」
「ババを引かされたからな」
「はい?」
「元々、私が立案しなくとも中央を貫く街道整備の話はあった。だが、この事業は大変な危険が伴う。だから誰も声を上げなかった。しかし、当時新人で政治の何たるかを知らない私は有用と思ったことをそのまま口に出してしまい、結果、責任だけを押し付けられた」
「えっと、つまり?」
「この事業の責任は私にあるが、手柄はハベカ子爵。というわけだ」
「うわ~、してやられてんじゃん」
「そのとおりだ。しかし、この事業は十年以上はかかるもので、途中で中央の議員を辞めた私は責任を逃れられたわけだが……別の誰かが生贄になっているだろうよ」
親父が息を漏らしながら声を挟む。
「はぁ~、旦那もそんなポカをやらかした時代があったんですねぇ」
「新人だったからな。いま思えば、こんな大事業に関することを、新人の私が意見をしてすんなり通ったことを疑問に思うべきだったわけだが。その前に、新人が意見させてもらえたことを疑問に思うべきか……それでも当初は、押し付けられた責任とはいえ満足していた。しかし……はぁ」
私がため息を落とすと、グーフィスが壁にかかる鏡を見つめ髪形を整えながら話しかけてくる。
「なんか、問題があったんすか?」
「危険な大工事には事故がつきもの。責任者として私は遺族への説明に回って頭を下げ続けたよ。愛する者を失った家族は身分差など気にすることなく、私の命を奪わんとする勢いで詰め寄ってくる。特に、幼い子からお父さんを返して、と言われたときはかなり堪えた」
「でも、工事ってのは仕事でしょ。危険なのはわかってやってんですから、そこまで文句を言われる謂れなんてないでしょうに?」
「愛する誰かを失えば感情が理性を塗りつぶし、誰かに悲しみや怒りをぶつけたくなるものだ。それに工事による事故は、監督責任のある私たちにあるからな」
「はぁ~、そういうもんすかねぇ。海の男はそういうことにグダグダ言わないもんですが」
「そういえば、君は航海士だったな」
「ええ、客船の二等航海士をやっていました」
「二等航海士? ということは、船長と航海の計画を相談し合える立場か?」
「はい、他にも航海の安全管理や海図や星の位置から船の現在地を把握したりと、まぁ、仕事は結構多かったすよ」
彼は鏡に映る自分の顔の角度をあれこれと変えて覗き込みつつ、意外な過去を口にしてくる。
そんな彼へ私は素直な驚きを声に乗せて返した。
「まさか、グーフィスがそれほどの立場だったとは……悪いが体つきから雑用に従事する立場だと思い込んでいた」
「あはははは、見た目ではそう思われるでしょうね。元は漁師ですし。でも、ガキの時分に客船に憧れがあって、乗ってみてぇと思って漁師をやめて航海士を目指してみたんですよ」
「そして航海士へ。君は二十歳くらいだろう? その若さで二等航海士という地位を得るとは……君は努力家なんだな」
「昔っから、思い込んだら後先が見えねえ奴って言われてまして、それが上手い具合に噛み合っただけですよ」
グーフィスは私を一切見ずに軽やかな口調を見せて、鏡と睨めっこしながらいくつもの決め顔を見せている……。
「なるほどな……ところで、君はさっきから鏡の前で何をやっているんだ?」
「え、ああ、男を磨くための準備です」
「やめろっ、女中に手を出そうとするな! 街中でのナンパも禁止だっ!」
「そ、そんな……せっかくアグリスなら若い女がたくさんいて、経験を積めると思ったのに……」
「なんの経験だ! まったく、思い込んだら後先が見えないことと、努力家の部分が妙な方向に向いているな。フィナ、君の言葉を受け取り間違ったせいだろう。グーフィスによく含んだらどうだ?」
「それね。そうしようと思ったけど、放っておく方が面白そうなんでやめた」
「君なっ」
私は声を飛ばし、がくりと頭を落とした。
すると、ギウが扉を開けて、そろそろ出るようにと促す。
「ギウギウ」
「ああ、そうだな。表の馬車をあまり待たせても悪い」
「あ、待って。ケント、これを持っていって」
フィナが二個の指輪を投げ寄こした。
指輪には青い宝石が輝いている。
「これは?」
「追跡用魔法石。万が一何かあっても、あんたたちがどこにいるかわかるようにね。魔法石が放つ周波帯は旅のお守り程度のものに偽装してて、魔導の警備システムには感知されないようにしてるから安心して」
「わざわざ用意してくれたのか。ありがとう」
「どういたしましてっ」
「それにしても、彼らの警備システムを欺けるものなのか?」
「こっちは……」
自分に酔うグーフィスをちらりと見て、彼に聞かれないように耳打ちをしてくる。
「こっちは六十年後の技術に、欠片とはいえ古代人の知識を手に入れてんのよ。この程度の偽装工作くらい軽い軽い」
「ふふ、それは頼もしいのやら恐ろしいのやら。では、各自、役目を」
皆は無言でこくりと頷いた。
――彼らに与えた役目
フィナと親父は衣装を目立たぬものに変えて、二手に分かれ私とエクアを見守る。
カインとグーフィスは街の見物に見せかけた情報収集。
ギウはアグリスにおいてあまりにも目立つ存在。同時にあまり歓迎されないため、屋敷に残り、不測の事態に備え待機。難しいだろうが、屋敷の者との交流を試みる。
各自、役目を全うすべく別れ、私とエクアも議会の会談及びフィコンとの謁見のために馬車へ乗り込んだ。
私とエクアは会談用の衣装へ着替えて、皆にお披露目をしていた。
エクアは清楚さを醸し出す青色のドレス。繊維は宝石に特殊加工を施し、糸として編んだもののため、光を受けるとキラキラと瞬く。
スカートはふわりと傘を開いた形。
メイクもしているがあまり濃くなく、アイラインは隠しラインのみでアイシャドウはさらりと薄く、唇はグロスのみ。チークは肌になじみの良い色をふわりと乗せている。
髪は長い髪を編み込み、頭頂部からサイドを通り、後頭部でまとまっている。水色とわずかに混ざる赤と白の髪の色が交差し、さながら髪で結われた華やかなバレッタのようだ。
私はお嬢様姿と変貌を遂げたエクアに声を掛ける。
「ふふ、よく似合っているじゃないか」
「そ、そんなっ。この屋敷のメイドさん方のメイクがお上手ですから。そういうケント様こそ、お似合いですよ」
私の姿は下ろし立ての白絹のブラウスに金の刺繍を紡いだ黒地のジレ。同じく金の刺繍に黒地のジュストコール。そして、黒のキュロットと、黒で統一された配色だ。
この姿は王都でアーガメイトの息子として、また議員として活動していた頃の姿。
本来、刺繍はアーガメイトを司る『スカシユリ』を紡ぐのだが、今はアーガメイトではない。
そのため、ハドリーを司る『コルチカム』の花を施している。
因みに、ハドリーを司る花といったが、これは私が勝手に決めたこと。
この名前は、父と出会ったときに適当に名付けられた姓なので……。
髪は少し長めの銀髪をオールバックに。
胸元には議員時代に授与されたいくつかの徽章をつけている。
皆は私たちの変わりように息を飲むような様子を見せるが、その中でフィナが私の胸元にある徽章の一つに注目してきた。
「ねぇ、ケント。右端にあるダイヤモンドの徽章って、カスタネダ計画に貢献した徽章だよね……?」
「そうだが。よく知っているな」
「知っているも何もっ、ヴァンナス百年計画の一つじゃない! クライエン大陸中央部を貫く、大街道建設。あれに関わってたの!?」
「関わってたというか、立案者だ」
「えええっ!?」
フィナが叫び声で会議室の窓ガラスにひびを入れる。その凶器の声ほどではないがカインも驚いた声を漏らす。
「驚きましたっ。まさか、あの大事業の立案者がケントさんだったなんて!」
二人の驚きをよそに、クライエン大陸出身者以外の皆はピンと来ていないようで、二人の騒ぎをぽかんとした表情で見ていた。
彼らのために、私は簡単にカスタネダ計画について説明を交えた。
「クライエン大陸の中央部には深い森や険しい山や谷があり、行き来をしようとするとどうしても迂回することになる。そこで私が街道整備計画を立ち上げたんだ」
この言葉にフィナが疑問を挟む。
「でも、あの計画の中心人物はハベカ子爵だよね? 他の貴族も関わってたけど、あんたの名前は聞いたことないんだけど?」
「ババを引かされたからな」
「はい?」
「元々、私が立案しなくとも中央を貫く街道整備の話はあった。だが、この事業は大変な危険が伴う。だから誰も声を上げなかった。しかし、当時新人で政治の何たるかを知らない私は有用と思ったことをそのまま口に出してしまい、結果、責任だけを押し付けられた」
「えっと、つまり?」
「この事業の責任は私にあるが、手柄はハベカ子爵。というわけだ」
「うわ~、してやられてんじゃん」
「そのとおりだ。しかし、この事業は十年以上はかかるもので、途中で中央の議員を辞めた私は責任を逃れられたわけだが……別の誰かが生贄になっているだろうよ」
親父が息を漏らしながら声を挟む。
「はぁ~、旦那もそんなポカをやらかした時代があったんですねぇ」
「新人だったからな。いま思えば、こんな大事業に関することを、新人の私が意見をしてすんなり通ったことを疑問に思うべきだったわけだが。その前に、新人が意見させてもらえたことを疑問に思うべきか……それでも当初は、押し付けられた責任とはいえ満足していた。しかし……はぁ」
私がため息を落とすと、グーフィスが壁にかかる鏡を見つめ髪形を整えながら話しかけてくる。
「なんか、問題があったんすか?」
「危険な大工事には事故がつきもの。責任者として私は遺族への説明に回って頭を下げ続けたよ。愛する者を失った家族は身分差など気にすることなく、私の命を奪わんとする勢いで詰め寄ってくる。特に、幼い子からお父さんを返して、と言われたときはかなり堪えた」
「でも、工事ってのは仕事でしょ。危険なのはわかってやってんですから、そこまで文句を言われる謂れなんてないでしょうに?」
「愛する誰かを失えば感情が理性を塗りつぶし、誰かに悲しみや怒りをぶつけたくなるものだ。それに工事による事故は、監督責任のある私たちにあるからな」
「はぁ~、そういうもんすかねぇ。海の男はそういうことにグダグダ言わないもんですが」
「そういえば、君は航海士だったな」
「ええ、客船の二等航海士をやっていました」
「二等航海士? ということは、船長と航海の計画を相談し合える立場か?」
「はい、他にも航海の安全管理や海図や星の位置から船の現在地を把握したりと、まぁ、仕事は結構多かったすよ」
彼は鏡に映る自分の顔の角度をあれこれと変えて覗き込みつつ、意外な過去を口にしてくる。
そんな彼へ私は素直な驚きを声に乗せて返した。
「まさか、グーフィスがそれほどの立場だったとは……悪いが体つきから雑用に従事する立場だと思い込んでいた」
「あはははは、見た目ではそう思われるでしょうね。元は漁師ですし。でも、ガキの時分に客船に憧れがあって、乗ってみてぇと思って漁師をやめて航海士を目指してみたんですよ」
「そして航海士へ。君は二十歳くらいだろう? その若さで二等航海士という地位を得るとは……君は努力家なんだな」
「昔っから、思い込んだら後先が見えねえ奴って言われてまして、それが上手い具合に噛み合っただけですよ」
グーフィスは私を一切見ずに軽やかな口調を見せて、鏡と睨めっこしながらいくつもの決め顔を見せている……。
「なるほどな……ところで、君はさっきから鏡の前で何をやっているんだ?」
「え、ああ、男を磨くための準備です」
「やめろっ、女中に手を出そうとするな! 街中でのナンパも禁止だっ!」
「そ、そんな……せっかくアグリスなら若い女がたくさんいて、経験を積めると思ったのに……」
「なんの経験だ! まったく、思い込んだら後先が見えないことと、努力家の部分が妙な方向に向いているな。フィナ、君の言葉を受け取り間違ったせいだろう。グーフィスによく含んだらどうだ?」
「それね。そうしようと思ったけど、放っておく方が面白そうなんでやめた」
「君なっ」
私は声を飛ばし、がくりと頭を落とした。
すると、ギウが扉を開けて、そろそろ出るようにと促す。
「ギウギウ」
「ああ、そうだな。表の馬車をあまり待たせても悪い」
「あ、待って。ケント、これを持っていって」
フィナが二個の指輪を投げ寄こした。
指輪には青い宝石が輝いている。
「これは?」
「追跡用魔法石。万が一何かあっても、あんたたちがどこにいるかわかるようにね。魔法石が放つ周波帯は旅のお守り程度のものに偽装してて、魔導の警備システムには感知されないようにしてるから安心して」
「わざわざ用意してくれたのか。ありがとう」
「どういたしましてっ」
「それにしても、彼らの警備システムを欺けるものなのか?」
「こっちは……」
自分に酔うグーフィスをちらりと見て、彼に聞かれないように耳打ちをしてくる。
「こっちは六十年後の技術に、欠片とはいえ古代人の知識を手に入れてんのよ。この程度の偽装工作くらい軽い軽い」
「ふふ、それは頼もしいのやら恐ろしいのやら。では、各自、役目を」
皆は無言でこくりと頷いた。
――彼らに与えた役目
フィナと親父は衣装を目立たぬものに変えて、二手に分かれ私とエクアを見守る。
カインとグーフィスは街の見物に見せかけた情報収集。
ギウはアグリスにおいてあまりにも目立つ存在。同時にあまり歓迎されないため、屋敷に残り、不測の事態に備え待機。難しいだろうが、屋敷の者との交流を試みる。
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