銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

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第十八章 純然たる想いと勇気を秘める心

あの夜のケント

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 私が親父に尋ねた言葉。
 これには誰もが驚く。余裕を見せていたエクアさえも。


「ケ、ケント様。何を?」
「エクア、私を信じたのだろう?」
「そうですけど……」
「一度は私の背中を見るなと言った手前、言いにくいが、今回は背後からしっかり私が成そうとしていることを見るといい」
「……わかりました」

「それで、親父。アグリスがトーワに出兵するとしたら、誰が指揮に立つ?」
「旦那、一体?」
「いいから質問に答えろ」
「は、はい。アグリスは常に大陸側に広がる周辺部族と対立しています。出てくるとしたら、都市に駐留している部隊。そして、カリスの問題という宗教的な事情を合わせて考えると、フィコンの直属――常勝不敗の獅子将軍エムト=リシタ、かと」

 
 まさかのアグリス最強の将軍の名に、一同は息を飲んだ。
 私は尚も問いかける。

「彼が出てくるのか? 大仰だな」
「宗教的な理由もありますが、これを機に議会はフィコンから守役もりやく一時いっときでも離し、勢力の拡大を考えるかと思います。宗教的な理由ならば、フィコンもエムト将軍も反対しにくいでしょうから」
「ふむ……エムトの性格は謹厳実直だったな。私も一度会い、そういった印象を受けたが」
「はい、フィコンの言葉と教義が絶対で、身勝手な行動をとるような御方ではありませんから」
「そうか……」


 親父の物言い――フィコンを呼び捨てにするわりには、エムトに対しては将軍と敬称をつける。また、御方という表現をする。
 それはまるで敬愛しているかのような態度。

「話はそれるが、君とエムトは親しい仲なのか?」
「え? ええっ? まさか、俺はカリスであっちは大将軍ですよ! ありえません!」
「そうだろうな」

 二人には何かあると思うが、今の親父の態度から友という匂いは伝わってこない。
 これは一方的に敬愛しているということか?
 理由は気になるが、あまり脱線して時間を費やすわけにいかない。
 次に警備隊が訪れるときは、必ず議会のメンバーを連れてくるはずだから。


「話を続けよう。繰り出す最大兵力は?」
「五千かと」
「アグリスの軍の規模の割には少ないな」
「これはエムト将軍直属の兵数です。これ以上の兵を議会が将軍に預けるわけがありません」
「なるほど、互いに警戒し合う仲か」
「まぁ、そうですが……それでも、トーワを一飲みするには十分すぎる兵の数でありましょう」
「そうだな。こちらには兵はいない。戦えそうなのは私と親父とギウとフィナくらいか」


 この声に、エクア・カイン・グーフィスの声が上がる。
「わ、私も戦います。責任があるので!」
「僕はこう見えても軍医の教科を受けていて、軍の教練を受けたことがありますから、少しは!」
「お、俺も、やりますよ。フィナさんだけを戦わせるなんて!」

「そう、高ぶるな。相手は五千だ。元より戦えるはずもない。で、親父、他に兵はないのだな? 半島の北西にあるアグリスの領地・カルポンティの兵を動かす可能性は?」

「ありません。カルポンティは二十二議会の息がかかった者ばかりですし、現在は災害の復興の真っ最中。兵を回す余裕はありません。盗賊退治もままならぬ状況ですから。それに二度目になりますが、トーワ相手では回す必要がないので」

「悲しいことを二度も言うな。戦力差はわかっている。だがそうであっても、もし戦闘に発展すれば、エムトは兵のいないトーワに最大戦力五千の兵を投じるだろうな」
「何故です?」

 親父のこの問いに、私は口角を少し上げる。
 その笑みを目にした親父は、何かを思い出したような声を上げた。


「旦那……まさかすでに」
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
「ん、そうか? ま、エムトの一軍とその五千の兵程度なら何とかなるか」

 この発言にフィナ、カイン、グーフィスは私を気狂いのような目で見つめる。
 彼らとは対照的に、ギウ、エクア、親父は落ち着いた様子を見せている。

 それにフィナが声を少し荒げる。
「三人とも、どうしてそんなに落ち着いてんのよ? ケントがアホなこと言ってんのよ。特に親父はもっと反省した態度とんなよっ」
「あ、ああ、そうだな。フィナの嬢ちゃんの言うとおりだ。だけどよ、旦那の態度に安心しちまって、ついな」
「ケントの態度?」

 ギウとエクアが声を上げ、さらに親父が最後に言葉を置く
「ギウギウギウ」
「はい、そうですね。フィナさんたちは知りませんものね。アルリナの夜のことを。今のケント様は、アルリナの夜のケント様そのもの。五百の傭兵を前に平然と対峙して、アルリナで絶大な権力を持つムキ=シアンを相手にしたときのケント様なんですもの」
「旦那は、俺たちには見えない物語の最後を見ていなさるのでしょう?」


 親父は私にまっすぐとした視線を向けた
 黒いサングラス越しであっても、その視線からは彼の覚悟を肌に感じ取れる。
 彼は今回の責任を命がけで取るつもりなのだろう。

 ならば、取ってもらおう。
 彼には全てを賭して、説得してもらわなければいけない人たちがいる。
 しかし、その前に最後の確認を行う。


「フィナ、地図を」
「え?」
「地図だ、地図。半島の地図を出してほしい。ポシェットの中にあるのだろう?」
「え、あるけど……出せばいいのね」


 小さなポシェットからズルズルと長い地図の絵巻が出てくる。
 空間を広げているとはいえ、なかなか見慣れない異様な光景だ。
 その地図を長机に広げ、私は上から覗き見た。

「大陸への入口北のアグリス。半島の最北東・ファーレ山脈の袂にワントワーフ。半島の最南西にアルリナ。最南東にトーワ。そして、キャビットの領地、半島を真っ二つに縦断するマッキンドーの森。ふふ、素晴らしい配置だ」


 次に私は、カインとグーフィスに声を掛ける。

「カイン、グーフィス。今から手紙をしたためる。カインはワントワーフのマスティフ殿の下へ。グーフィスはマッキンドーのマフィンを経由し、アルリナのノイファン殿に手紙を」
「今からですか、ケントさん?」
「別にいいっすけど、そんなに急ぎで?」

「今ならまだアグリスから外へ出やすいからな。警備隊が戻ってくる前に、二人は外へ出て手紙を届けてもらいたい。フィナ、手紙道具一式を」

「はいはいって、あれ? なんだか私、便利グッズみたいにされてる?」
「錬金術士とは真理を追うと同時に、生活の向上を掲げている。便利に扱われるのは本懐だろう」
「そんなもん本懐って言わないっ」
「あはは、ともかく手紙を」
「まったくもうっ、手紙ね!」


 フィナはポシェットから手紙道具一式を取り出して、叩きつけるように私の机の前に置いた。
 私は手紙にペンを走らせながら、親父に話しかける。
「親父」
「は、はい」
「緊張するな。反省も罪悪感も後に回せ。普通にしろ。君ほどの男なら律することができるだろう」
「わかりました。ご用件は?」
「用件の前に、カリスとは五百人ほどだったか?」
「え、はい。そうですが……まさかっ」


「ああ、君の願いを聞き届け、カリスを救おう」
「あ、ありがとうございます。ですが、どうやって……まさか、その手紙の中にはっ?」
「この手紙の中にヴァンナス宛の手紙はない。そして、アーガメイトの一族を頼る気もない」
「へ?」

「ともかく、カリスは五百人だな」
「はい。ルヒネ派の教えでカリスとは生まれながらにして……罪人。サノアに逆らった五百の背信者を模してますから」

「ふふ、五百ならぎりぎり何とかなるな。それで、彼らは馬を操れるのか?」
「カリスには十数名ほど特別な許可を得た者がいます。都市の一部には下水が整わぬ場所があり、そこで彼らは糞尿の回収に、馬や牛が付いた荷台を操ってますから」

「汚れ仕事はカリスの仕事というわけか。だが、操れる者が居るのは悪くない……親父、この件に関して命を差し出す覚悟はあるか?」
「もちろんです!」
「よろしい。では、親父。私は初めて領主として、君に命令を下す」
「はい!!」


 私はペンを一時いっときだけ止めて、彼を睨みつけるように見つめ、こう命じる。
「カリス五百名を難民として保護し、トーワへ連れていく。君は命を賭して彼らを説得しろ!」
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