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第二十八章 救いの風~スカルペルはスカルペルに~
虚ろい消えゆく
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――飛行艇ハルステッド船内・艦橋
ブリッジは人頭ほどの大きさがある水晶を中心に据えて、大きな円の形をしていた。
天井からは魔法石の光が降り注ぎ、ブリッジ内はとても明るい。
円の部屋はかなり広いがそこにいる乗組員は僅か十五名程度。
彼らは円の端に沿うように置かれた黒色の制御卓と向かい合い、忙しなく手を動かして船を操作している。
そして、中心にある水晶の前には、ハルステッドを預かる艦長『レイア=タッツ』と、ヴァンナスが勇者の一人であるアイリ=コーエンがいた。
逞しさと美しさを兼ね備えた中性的な美貌を持つレイア=タッツは、胸元にいくつもの徽章のついた真っ白な軍服を纏い、その上から申し訳程度に黒の外套を肩にかけている。
彼女はハルステッドの姿が記されたキャップをクイっと上げて、煌めくような蒼のショートヘアを振るい、正面にある大画面を見た。
そこにはトーワの北の大地を埋め尽くす魔族たちに、山脈から雪崩落ちてくる魔族たちが映る。
「ヴァンナスからトーワへ向かえ。ケントを逮捕しろと言われて来てはみたが……こりゃあ、ケントを逮捕するどころの話じゃないな。一体何が起こっているんだ?」
この問いに、隣に立つ深紅のゴスロリ姿のアイリが、愛用の大鎌をカチャリと鳴らして答えた。
「全てが終わりに向かおうとしてんのよ」
彼女の声を聞いて、レイアは視線を画面から外してアイリへ向けた。
そして、彼女のふわふわとした長めの銀の髪へ手を伸ばし、さらりと流す
「アイリは何か知っているようだね?」
「いちいち人の髪に触れるな! セクハラで訴えてやるからねっ!」
ギラリと、彼女は血のように赫い黄昏の瞳で睨みつけた。
普通の者ならばそれだけで気を失ってしまう迫力だが……。
「おおおおぅ~、その瞳。私の中の被虐性愛が高まってくるよっ」
レイアは体を震わせて、快感の波に溺れている。
それにアイリはいつものようにため息を返して、画面に映る戦場へ瞳を寄せた。
画面にはケントとレイたちが映っている。
「お兄ちゃん、レイ。レイアッ、今すぐ私も降りる! 転送の準備を!」
「おや、もう行くのかい?」
「あんたと馬鹿やってる状況じゃないでしょっ。ほら、あんたは空から援護。魔族の数は馬鹿げてるけど、ハルステッドならどうにかなるでしょっ。私はお兄ちゃんを助けなきゃ!」
「あ~、またケントのことかい。嫌になるねぇ……あと、もうちょっとここに」
アイリは大鎌の刃先をレイアの首元に当てる。
「お兄ちゃんが死ぬの待ってるなら、本気で怒るよ……」
「あははは、冗談だよ。はぁ、冗談……」
言葉に残念感を乗せるレイア。
それにアイリは頭を抱える。
「冗談になってないって。それじゃ私は転送室へ」
――艦長! 山脈中腹より巨大なエネルギー反応!――
乗組員の一人がレイアへ声を走らせる。
すぐに彼女は水晶と向かい合い、指示を飛ばす!
「拡散シールド展開! 出力は最大!」
「艦長! 敵と思われる攻撃兵器のエネルギーがハルステッドのシールド出力を大幅に上回っています!」
「そんなことが!? すぐに軌道を予測し回避運動を取れ!」
「間に合いません! 来ます!」
「全エネルギーをシールドへ回せ! 右、転舵!」
彼女の声とほぼ同時に、半島と大陸を分かつ山脈の中腹から強大な力を秘めたエネルギーの光線が飛び出す。
線はすぐさまハルステッドに届き、百万の魔術士が力を束ねても傷一つ付けられぬシールドを薄絹のように切り裂いて、側面にあった砲台ごとを船体を抉り取っていた!
その様子を地上で見ていたケントは、濛々とした火と煙を纏うハルステッド見上げ呟く。
「信じられん……ハルステッドの拡散シールドは父さんの設計だぞ。魔導の知を最大限に高めた障壁を科学のシールドとして昇華したもの。エネルギーを霧散させ、消し去るシールドだというのに!」
彼の声に、黒薔薇のナルフを浮かべたフィナがこう返す。
「ちゃんとシールドはエネルギーを消し去ってる。だけど、敵の攻撃エネルギー量がそれを遥かに上回ったのよ! その出力は――大陸を消失させるほど!!」
「そんな!? これほどの力、どうやって?」
フィナはナルフを覗き込み、山脈の中腹を睨みつける。
「古代人の兵器と同じ反応が見られる。おそらく、魔族の中で、兵器が扱えるほど知性を取り戻した奴がいるんだ」
「そうだとしたらっ、私たちに打つ手はないぞ! 敵の兵器の数は?」
「兵器の数は一つ。その兵器の機能は劣化しているみたいで、充填まで二十五秒はかかる」
「そうか、それなら大丈夫だ」
「え?」
ケントはハルステッドを見上げて、口元を緩める。
「普段のレイアはそうでもないが、心根は血の気の多い奴でな。殴ってきた相手を絶対に許さない!」
――ハルステッド、艦橋
船全体に衝撃が伝わり、レイアは足元をふらつかせる。
彼女は水晶に手を置いて、辛うじて態勢を保ち、乗員たちへ声を飛ばす。
「被害報告!」
「シールドダウン、再起動まで二十秒! 敵、再充填開始。再攻撃まで二十五秒!」
「武器システムは!?」
「生きてます! しかし、ターゲットロックが故障」
「手動でありったけの砲弾を敵の攻撃ポイントに撃ち込め!」
「了解!」
乗員たちは即座に反応し、全砲門を山脈中腹に向けて砲弾を撃ち込んだ!
砲弾は数十の火柱を上げて、山脈の腹を抉り取る。
レイアは乗員に尋ねる。
「どうだ?」
「敵に防衛兵器の類はない模様。エネルギー反応は消失」
「よろしいっ。シールド再起動まで回避運動を」
「はっ」
レイアは別の部下に声を掛ける。
「艦全体の被害報告を」
「乗員十一名が死亡。五名が重体。二十二名が重傷。船体百二十五か所に亀裂!」
「構造維持フィールドを展開し補強しろ」
「メインパワーの出力低下中。これではっ」
「補助パワーを回せ」
「すでに行っています」
さらに、別の場所からも報告が届く。
「艦長、慣性制御装置がダウン寸前です!」
「シールドは再起動しましたが長くは持ちません!」
「武器システム、一部オフライン。第三、第四エンジン停止。第一と第二も出力低下!」
「リングに亀裂。魔力とエネルギーが漏れ出しています!」
「メインパワー出力17%。消失まで十八分三十秒! 補助パワーのみでは船体を保ってはいられません!」
次々と届く、ハルステッドの悲鳴。
レイアは帽子を脱いで、ため息とともに水晶へ被せた。
「はぁ、ガデリの魔族退治でさえこの船は傷一つつかなかったってのに、こちらに来て早々、たった一撃でこの様か。これはガデリでの勝利の酔いが抜けきれなかった、私の油断のせいだ……くそっ!」
彼女は普段絶対に見せることのない汚らしい言葉を吐いた。
水晶に被せた帽子を掴み、ぐっと握り締めて、途中で帽子を放し、背筋を伸ばす。
そして、こう、乗員たちへ伝えた。
「総員、退艦準備。転送は生きているか?」
「なんとか。ですが、遺跡からの干渉もあり……いえ、それでも数名程度なら」
レイアは桜色の瞳をアイリに振る。
「君は、ケントの元に行くんだろ?」
「うん……レイアは?」
「私は、艦に残る」
「やめなさいよ、そんなの意味ないってっ」
「いやいや、別に艦長たるとも船が沈むときは一緒に。なんていう殊勝な心構えじゃないぞ。憧れはするが、死にたくないし」
「へ? じゃあ、なんで?」
問いかけに応じ、レイアはノイズの走る正面の大画面を目にした。
「見たところ、ケントたちはあの土がこんもりした場所を目指しているみたいだ。たしか、あそこは古代人の遺跡だったな。そこに何かがあるんだろう。この状況を打破できる何かが?」
「……そうね」
アイリは少し俯き、大鎌の柄を小さな両手でキュッと握り締めた。
その姿に、何故かレイアの心に寒気が走る。
「何か知っているようだけど、どうしたんだい、アイリ?」
「さてね……それじゃ、私は転送装置を使わせてもらう。で、レイアの方は残って何をするの?」
「……まだ、船は生きている。武器システムもシールドもエンジンも。だから、ケントたちを援護しようと思う。そして、遺跡に着き次第、ハルステッドのシールドで入口を包み込む。こうすれば、魔族は中に入れなくなるからね」
「そんなことすれば的よ! わかってんの!?」
「わかっているさ。ま、ギリギリまで粘り、タイミングを計って脱出するよ。それよりもアイリっ!」
「な、なに?」
「この戦いの後に、一緒に食事でもどうだい?」
レイアは強い呼びかけの後に、いつもの調子良くも優し気な口調で問い掛けた。
この問いに、アイリは……。
「そうね……時間が取れたら」
こう、言葉を残して、転送室へと向かった。
遠退く小さな背中。
寂しげに揺れるふわふわの銀の髪。
そして、儚げに消えようとする、少女の姿……。
「アイリ、いつものように、断ってほしかったよ……」
レイアは水晶に預けた帽子を再び被りなおして、乗員へ艦長としての最後の命令を伝える。
「全員、脱出ポットで退艦せよっ! ポイントはトーワ城近くに設定! あちらは防備が薄いようなので、脱出後はトーワで合流し、魔族討伐にあたれ!」
全ての命令を終えて、レイア=タッツは水晶の前に立つ。
「ハルステッド、オートモード。全ての権限を水晶に集約…………アイリ……」
レイアは画面を見つめ、揺らめく桜色の瞳にケントを映す。
「君は知っているのか? アイリがどんな覚悟をしているのか? 私には、わからない。だけど……死に向かう戦士たちの姿はたくさん見てきた。ケント、君はアイリの覚悟を受け取る覚悟を持っているのか!」
画面に映るケントは答えを返さない。返せない。
仲間たちに囲まれ懸命に戦い続けるケントへ、レイアは微笑む。
「成長して魅力減だったが、なかなか勇ましいじゃないか。だけどね……フフ、やっぱり私は君が嫌いだ。最後の最後までアイリは君のことしか思っていなかった。だから、ふっふっふ……」
ブリッジは人頭ほどの大きさがある水晶を中心に据えて、大きな円の形をしていた。
天井からは魔法石の光が降り注ぎ、ブリッジ内はとても明るい。
円の部屋はかなり広いがそこにいる乗組員は僅か十五名程度。
彼らは円の端に沿うように置かれた黒色の制御卓と向かい合い、忙しなく手を動かして船を操作している。
そして、中心にある水晶の前には、ハルステッドを預かる艦長『レイア=タッツ』と、ヴァンナスが勇者の一人であるアイリ=コーエンがいた。
逞しさと美しさを兼ね備えた中性的な美貌を持つレイア=タッツは、胸元にいくつもの徽章のついた真っ白な軍服を纏い、その上から申し訳程度に黒の外套を肩にかけている。
彼女はハルステッドの姿が記されたキャップをクイっと上げて、煌めくような蒼のショートヘアを振るい、正面にある大画面を見た。
そこにはトーワの北の大地を埋め尽くす魔族たちに、山脈から雪崩落ちてくる魔族たちが映る。
「ヴァンナスからトーワへ向かえ。ケントを逮捕しろと言われて来てはみたが……こりゃあ、ケントを逮捕するどころの話じゃないな。一体何が起こっているんだ?」
この問いに、隣に立つ深紅のゴスロリ姿のアイリが、愛用の大鎌をカチャリと鳴らして答えた。
「全てが終わりに向かおうとしてんのよ」
彼女の声を聞いて、レイアは視線を画面から外してアイリへ向けた。
そして、彼女のふわふわとした長めの銀の髪へ手を伸ばし、さらりと流す
「アイリは何か知っているようだね?」
「いちいち人の髪に触れるな! セクハラで訴えてやるからねっ!」
ギラリと、彼女は血のように赫い黄昏の瞳で睨みつけた。
普通の者ならばそれだけで気を失ってしまう迫力だが……。
「おおおおぅ~、その瞳。私の中の被虐性愛が高まってくるよっ」
レイアは体を震わせて、快感の波に溺れている。
それにアイリはいつものようにため息を返して、画面に映る戦場へ瞳を寄せた。
画面にはケントとレイたちが映っている。
「お兄ちゃん、レイ。レイアッ、今すぐ私も降りる! 転送の準備を!」
「おや、もう行くのかい?」
「あんたと馬鹿やってる状況じゃないでしょっ。ほら、あんたは空から援護。魔族の数は馬鹿げてるけど、ハルステッドならどうにかなるでしょっ。私はお兄ちゃんを助けなきゃ!」
「あ~、またケントのことかい。嫌になるねぇ……あと、もうちょっとここに」
アイリは大鎌の刃先をレイアの首元に当てる。
「お兄ちゃんが死ぬの待ってるなら、本気で怒るよ……」
「あははは、冗談だよ。はぁ、冗談……」
言葉に残念感を乗せるレイア。
それにアイリは頭を抱える。
「冗談になってないって。それじゃ私は転送室へ」
――艦長! 山脈中腹より巨大なエネルギー反応!――
乗組員の一人がレイアへ声を走らせる。
すぐに彼女は水晶と向かい合い、指示を飛ばす!
「拡散シールド展開! 出力は最大!」
「艦長! 敵と思われる攻撃兵器のエネルギーがハルステッドのシールド出力を大幅に上回っています!」
「そんなことが!? すぐに軌道を予測し回避運動を取れ!」
「間に合いません! 来ます!」
「全エネルギーをシールドへ回せ! 右、転舵!」
彼女の声とほぼ同時に、半島と大陸を分かつ山脈の中腹から強大な力を秘めたエネルギーの光線が飛び出す。
線はすぐさまハルステッドに届き、百万の魔術士が力を束ねても傷一つ付けられぬシールドを薄絹のように切り裂いて、側面にあった砲台ごとを船体を抉り取っていた!
その様子を地上で見ていたケントは、濛々とした火と煙を纏うハルステッド見上げ呟く。
「信じられん……ハルステッドの拡散シールドは父さんの設計だぞ。魔導の知を最大限に高めた障壁を科学のシールドとして昇華したもの。エネルギーを霧散させ、消し去るシールドだというのに!」
彼の声に、黒薔薇のナルフを浮かべたフィナがこう返す。
「ちゃんとシールドはエネルギーを消し去ってる。だけど、敵の攻撃エネルギー量がそれを遥かに上回ったのよ! その出力は――大陸を消失させるほど!!」
「そんな!? これほどの力、どうやって?」
フィナはナルフを覗き込み、山脈の中腹を睨みつける。
「古代人の兵器と同じ反応が見られる。おそらく、魔族の中で、兵器が扱えるほど知性を取り戻した奴がいるんだ」
「そうだとしたらっ、私たちに打つ手はないぞ! 敵の兵器の数は?」
「兵器の数は一つ。その兵器の機能は劣化しているみたいで、充填まで二十五秒はかかる」
「そうか、それなら大丈夫だ」
「え?」
ケントはハルステッドを見上げて、口元を緩める。
「普段のレイアはそうでもないが、心根は血の気の多い奴でな。殴ってきた相手を絶対に許さない!」
――ハルステッド、艦橋
船全体に衝撃が伝わり、レイアは足元をふらつかせる。
彼女は水晶に手を置いて、辛うじて態勢を保ち、乗員たちへ声を飛ばす。
「被害報告!」
「シールドダウン、再起動まで二十秒! 敵、再充填開始。再攻撃まで二十五秒!」
「武器システムは!?」
「生きてます! しかし、ターゲットロックが故障」
「手動でありったけの砲弾を敵の攻撃ポイントに撃ち込め!」
「了解!」
乗員たちは即座に反応し、全砲門を山脈中腹に向けて砲弾を撃ち込んだ!
砲弾は数十の火柱を上げて、山脈の腹を抉り取る。
レイアは乗員に尋ねる。
「どうだ?」
「敵に防衛兵器の類はない模様。エネルギー反応は消失」
「よろしいっ。シールド再起動まで回避運動を」
「はっ」
レイアは別の部下に声を掛ける。
「艦全体の被害報告を」
「乗員十一名が死亡。五名が重体。二十二名が重傷。船体百二十五か所に亀裂!」
「構造維持フィールドを展開し補強しろ」
「メインパワーの出力低下中。これではっ」
「補助パワーを回せ」
「すでに行っています」
さらに、別の場所からも報告が届く。
「艦長、慣性制御装置がダウン寸前です!」
「シールドは再起動しましたが長くは持ちません!」
「武器システム、一部オフライン。第三、第四エンジン停止。第一と第二も出力低下!」
「リングに亀裂。魔力とエネルギーが漏れ出しています!」
「メインパワー出力17%。消失まで十八分三十秒! 補助パワーのみでは船体を保ってはいられません!」
次々と届く、ハルステッドの悲鳴。
レイアは帽子を脱いで、ため息とともに水晶へ被せた。
「はぁ、ガデリの魔族退治でさえこの船は傷一つつかなかったってのに、こちらに来て早々、たった一撃でこの様か。これはガデリでの勝利の酔いが抜けきれなかった、私の油断のせいだ……くそっ!」
彼女は普段絶対に見せることのない汚らしい言葉を吐いた。
水晶に被せた帽子を掴み、ぐっと握り締めて、途中で帽子を放し、背筋を伸ばす。
そして、こう、乗員たちへ伝えた。
「総員、退艦準備。転送は生きているか?」
「なんとか。ですが、遺跡からの干渉もあり……いえ、それでも数名程度なら」
レイアは桜色の瞳をアイリに振る。
「君は、ケントの元に行くんだろ?」
「うん……レイアは?」
「私は、艦に残る」
「やめなさいよ、そんなの意味ないってっ」
「いやいや、別に艦長たるとも船が沈むときは一緒に。なんていう殊勝な心構えじゃないぞ。憧れはするが、死にたくないし」
「へ? じゃあ、なんで?」
問いかけに応じ、レイアはノイズの走る正面の大画面を目にした。
「見たところ、ケントたちはあの土がこんもりした場所を目指しているみたいだ。たしか、あそこは古代人の遺跡だったな。そこに何かがあるんだろう。この状況を打破できる何かが?」
「……そうね」
アイリは少し俯き、大鎌の柄を小さな両手でキュッと握り締めた。
その姿に、何故かレイアの心に寒気が走る。
「何か知っているようだけど、どうしたんだい、アイリ?」
「さてね……それじゃ、私は転送装置を使わせてもらう。で、レイアの方は残って何をするの?」
「……まだ、船は生きている。武器システムもシールドもエンジンも。だから、ケントたちを援護しようと思う。そして、遺跡に着き次第、ハルステッドのシールドで入口を包み込む。こうすれば、魔族は中に入れなくなるからね」
「そんなことすれば的よ! わかってんの!?」
「わかっているさ。ま、ギリギリまで粘り、タイミングを計って脱出するよ。それよりもアイリっ!」
「な、なに?」
「この戦いの後に、一緒に食事でもどうだい?」
レイアは強い呼びかけの後に、いつもの調子良くも優し気な口調で問い掛けた。
この問いに、アイリは……。
「そうね……時間が取れたら」
こう、言葉を残して、転送室へと向かった。
遠退く小さな背中。
寂しげに揺れるふわふわの銀の髪。
そして、儚げに消えようとする、少女の姿……。
「アイリ、いつものように、断ってほしかったよ……」
レイアは水晶に預けた帽子を再び被りなおして、乗員へ艦長としての最後の命令を伝える。
「全員、脱出ポットで退艦せよっ! ポイントはトーワ城近くに設定! あちらは防備が薄いようなので、脱出後はトーワで合流し、魔族討伐にあたれ!」
全ての命令を終えて、レイア=タッツは水晶の前に立つ。
「ハルステッド、オートモード。全ての権限を水晶に集約…………アイリ……」
レイアは画面を見つめ、揺らめく桜色の瞳にケントを映す。
「君は知っているのか? アイリがどんな覚悟をしているのか? 私には、わからない。だけど……死に向かう戦士たちの姿はたくさん見てきた。ケント、君はアイリの覚悟を受け取る覚悟を持っているのか!」
画面に映るケントは答えを返さない。返せない。
仲間たちに囲まれ懸命に戦い続けるケントへ、レイアは微笑む。
「成長して魅力減だったが、なかなか勇ましいじゃないか。だけどね……フフ、やっぱり私は君が嫌いだ。最後の最後までアイリは君のことしか思っていなかった。だから、ふっふっふ……」
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