滅ぶ予定の魔王国ルミナ、実は全員が将軍級でした ~常識人の魔王アルト、血に飢えた国民に担がれて帝国を返り討ちにする~

雪野湯

文字の大きさ
1 / 54
第一章 民の狂奔、王の知性――帝国への剣

第1話 巨大な帝国へ挑む

しおりを挟む
 我がルミナ王国の寿命は、あと三カ月で尽きる。


 同じ魔族が治める帝国ヴォルガは、我が祖父・始祖王との約定の下に三百年の和平を結んだ。
 帝国は、三百年間はルミナに手を出さぬと……。

 時は過ぎ、その約定も残すは三カ月。

 魔族至上主義の帝国はルミナに対して、併合を勧告している……圧倒的戦力差を背景に。これは即ち、命令であろう。


 屈辱的であるが、我が国に対抗できるすべはない。
 今は静かに明け渡しの準備を行っている最中だ。

 私、アルト=ラウ=オーシャンの代で、このルミナの歴史は終わりを迎える……。

――――――――――

 閑散とした玉座の間で、私は白銀の長髪を揺らし、翠玉の瞳を玉座の真後ろへ向けた。そこには始祖王であるリヴュレットの巨大な絵画が飾られている。
 偉大なる王の前に恥じ入る思いを抱き、己をあざ笑う小さな笑みを浮かべた。


 そこに、年老いた男の声が響く。

「陛下、ルミナ王国の正史を綴った書物はどうされるのかな?」
「もちろん、持っていく。我が国は魔族以外の種族が共に暮らしたという、稀有な国家の記録でもあるからな」
「そう仰ると思いましたが……これは相当な量ですぞ」

 振り返ると、象牙色の鎧を纏う老人が木箱に入った大量の書物を前に白髪頭をぼりぼりと掻いていた。
 彼の名はブルック。今は亡き父である先王の時代より仕えている、我が国唯一の将軍だ。

 背は私よりわずかに低いが、並の者ならば見上げるほどの堂々とした体躯をしており、年寄りの弱弱しさは微塵も感じない。

 彼はもさもさの白髭を撫でながらこう話を続けた。
「まぁ、歴史書を粗末に扱うわけにも参りませんな」
「その通りだ。新居は帝都タラサの貴族街となるだろう。あそこはあまり広い屋敷がないので、荷物の整理は悩みどころだな、あはは」


 再び私は自嘲を込めた笑いを出した。次は声に乗せて。
 それを聞いたブルックは拳を握り締めて、琥珀色の瞳を震わせ、悔しげに言葉を発した。

「侯に封じて領地を与えることなく、閑地すら与えず、帝都の屋敷に住まわせるなど、これが一国の王に対する振舞いであろうか!」
「言うな。国力の差を見れば、我が国はもはや帝国の一領地にも満たない。帝国が私を厚遇する理由などないのだ」
「ですがっ――」


 ブルックの声を遮るように、突然扉がバンッと派手な音を立てて開いた。
 続いて、少女の声が玉座の間に響き渡る。

「大変です! お米が切れていて今日はパン食になっちゃいますよ。メインのおかず、お魚の煮つけなのに!!」

 肩までかかる真っ赤なミディアムヘアが特徴的な少女が、白のエプロンと黒のワンピースで構成されたクラシカルなメイド姿で飛び込んできた。
 少女は空の果てよりも深い青色のまんまる瞳をこちらへ見せて、深々と頭を下げる。

「アルト様、ごめんなさい。今日のお夕飯、妙な組み合わせになっちゃいます」


 この少女の名はイロハ。始祖王の代から仕えるルミナ王国のマスコットメイド。
 

 そう、『始祖王』の代から……。


 魔族特有の鋭い耳もなく、人間にそっくりな見た目。
 だが、老将ブルックが子どもだった頃から少女の姿をしているという、四百年の寿命を持つ魔族を超える長命種。

 本人は神話にあるケンタウルス族と言っているが、馬の胴体に尻尾もない。

 さらに超一流の戦闘力と大賢者級の知識を内包する。ただし、その知識を引き出すためには条件があり、始祖王も父王も使いこなせてはいなかった。


 謎に包まれたメイド少女イロハへ、私は返事をする。
「パンと魚の煮つけか。奇妙だが、食べられなくもない。だが、米はまだ十分にあったはずだが?」


 この問いに、イロハとブルックが仲良く目を背けた。私は短いため息をもらす。
「はぁ、また盗み食いか。君たちはどうしてそうまで食いしん坊なのか……」
「いやいやいや、陛下。これには理由がございましてな!」
「最近つけたぬか漬けが会心の出来で、ついつい白いご飯が進んじゃったんですよ」

「それを食いしん坊と呼ぶのだよ。間食ばかりしているのに、何故二人とも太らないのやら。さて――」

 私は足先を扉へ向けて、玉座の間から離れようとした。二人が背中に声をかけてくる。
「陛下、どちらへ?」
「一時間もしたらお夕飯ですよ?」

「今日は朝から片付けてばかり。気分転換に少し城下を散歩してくる。それに……寂れていく町を目にしたくなくて、しばらくは足が遠のいていたというのもあるからな」
「アルト様……」

「ともかく、夕食までには戻る」

 寂しさを乗せた眉根を下げ、私は町へと向かった。



――ルミナの町

 
 石材を積み上げた石造り・レンガ造りの建物が建ち並ぶ町。
 このルミナは魔族が支配する地でありながら、他種族が多く住んでいる。それは始祖王リヴュレットの理念に基づいている。


――魔族だけではなく、様々な種族が共に道を歩んで行く世界を生み出すこと。
 

 始祖王の代には十万もの人口を誇っていたが、父の代、私の代となり人口は減っていき、今では五千にも満たない。

 人口が減った理由はわかりやすく、この国に未来がないからだ。
 魔族至上主義の帝国がこの国を併合すれば、魔族以外の種族に居場所はない。
 ゆえに、併合時期が近付くにつれて、他種族たちはルミナを離れていった。

 理想国家に期待していた魔族たちもまた……。


 それでもまだ、この国に残っている者たちがいる。その中には魔族以外の種族もいる。
 獅子の顔を持つ獣人族の男性が声をかけてくる。
「これはアルト国王、おひさしぶりですね。巡察ですか?」
「ああ、そんなところだ……君は残っていて大丈夫なのか? もう三カ月しかないぞ」

 彼は首周りの立派なたてがみを派手に振るわせて笑う。
「がははは、私にとってここは故郷。離れられませんよ。たとえ帝国がどけと言ったってどいてやりませんから」
「……そうか。その覚悟へ敬意を表したいが、無茶だけはするなよ」
「はい。ですが、無茶なのはすでに承知ですので……」

 静かでありながら、覚悟の宿る言葉。
 私はこれ以上、彼にかける言葉もなく、無言でうなずき、その場を離れる。


 町中を進む。その先で、残ってはならない種族を見つけた。
みなと! なぜ人間の君がまだ残っているんだ!!」


 このルミナには本来魔族の敵である人間も共存していた。それゆえに理想郷とも呼ばれていたが、もはやそれは崩れようとしている。
 そのような場に人間が残るなど無謀の極み。

 彼は自分の店である雑貨屋の前で私に覚悟を口にする。

「先代国王タイド様には短い間でしたが、大変お世話になりましたからね。その方が愛した国を捨てて出ていくなんてできません」
「しかし、君たち一家は人間だぞ。他種族とは違い、帝国が人間の存在を許すわけがない! 無謀な真似はよすんだ!」
「こればかりは陛下のめいとあっても、お断りします」
「――なっ!?」


 湊《みなと》とその妻と二十代前後の息子二人が店先にそろって並ぶ。
 そして、真っ直ぐな視線を私へ向けてくる。
 そこにあるのは覚悟と矜持。先に過酷な運命が待ち受けようとも、譲らぬ心が視線の刃となって、私の心を深く突き刺す。

 その刃は彼らだけではない。私は辺りを見回す。
 残った住民たち……魔族も獣人族もエルフもドワーフも、そして人間も巨大な帝国にあらがう意思を瞳の奥に宿していた。
 

 私はいたたまれなくなり、短い挨拶を残し、その場を立ち去った。


――小高い丘に向かい、そこから町の全景を眺める。
 町の中心には泉があり、一つの大きな川が三つに分岐して区画を為す。かつては十万を誇る都市だった町は寂れ、今は滅びの気配が漂う。


 だが――――残った者たちは諦めていない。彼らなりにあらがおうと戦っている。


「そうだというのに……王である私が真っ先に諦めているとはな……」


――その日の夜

 煌々とした魔石灯、エラナという力を蓄え輝く石のもと、私は自室の中心に立っていた。
 そこに扉のノック音。
 音へ声を返す。
「構わんぞ」

 声に応え、扉は開かれ、ブルックとイロハが揃って顔を見せた。
「失礼、扉から明かりが漏れていたもので気になりましてな」
「夜更かしはおねしょの元ですよ~」

 
「イロハ、子ども扱いはよせ――っと、二人とも、また盗み食いしてたな」
 私は自分の口元を指先で二度叩く。
 すると、二人はそろって生クリームのついた口元を拭った。

 イロハが照れくさそうな姿を見せる中で、ブルックが私の足元を見下ろして問いかけてきた。
「陛下、足元に地図を広げているようですが?」
「ああ、ルミナ周辺の地図だ。今、戦略を練っている」

「戦略?」
 ブルックとイロハは互いに疑問符を宿した表情で顔を見合わせる。

 私は手にしていた指し棒で帝国の領地を強く突き刺す!

「ブルック、イロハ。私は――帝国と戦うぞ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パワハラ騎士団長に追放されたけど、君らが最強だったのは僕が全ステータスを10倍にしてたからだよ。外れスキル《バフ・マスター》で世界最強

こはるんるん
ファンタジー
「アベル、貴様のような軟弱者は、我が栄光の騎士団には不要。追放処分とする!」  騎士団長バランに呼び出された僕――アベルはクビを宣言された。  この世界では8歳になると、女神から特別な能力であるスキルを与えられる。  ボクのスキルは【バフ・マスター】という、他人のステータスを数%アップする力だった。  これを授かった時、外れスキルだと、みんなからバカにされた。  だけど、スキルは使い続けることで、スキルLvが上昇し、強力になっていく。  僕は自分を信じて、8年間、毎日スキルを使い続けた。 「……本当によろしいのですか? 僕のスキルは、バフ(強化)の対象人数3000人に増えただけでなく、効果も全ステータス10倍アップに進化しています。これが無くなってしまえば、大きな戦力ダウンに……」 「アッハッハッハッハッハッハ! 見苦しい言い訳だ! 全ステータス10倍アップだと? バカバカしい。そんな嘘八百を並べ立ててまで、この俺の最強騎士団に残りたいのか!?」  そうして追放された僕であったが――  自分にバフを重ねがけした場合、能力値が100倍にアップすることに気づいた。  その力で、敵国の刺客に襲われた王女様を助けて、新設された魔法騎士団の団長に任命される。    一方で、僕のバフを失ったバラン団長の最強騎士団には暗雲がたれこめていた。 「騎士団が最強だったのは、アベル様のお力があったればこそです!」  これは外れスキル持ちとバカにされ続けた少年が、その力で成り上がって王女に溺愛され、国の英雄となる物語。

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

ダンジョンに捨てられた私 奇跡的に不老不死になれたので村を捨てます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はファム 前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した 記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた 村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた 私は捨てられたので村をすてる

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

竜騎士の俺は勇者達によって無能者とされて王国から追放されました、俺にこんな事をしてきた勇者達はしっかりお返しをしてやります

しまうま弁当
ファンタジー
ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。 納得できないジャンは必死に勇者クレシーに訴えたが、ジャンの意見は聞き入れられずにそのまま国外追放となってしまう。 ジャンは必ずクレシーとラズバーにこのお返しをすると誓ったのだった。 そしてジャンは国外にでるために国境の町カリーナに向かったのだが、国境の町カリーナが攻撃されてジャンも巻き込まれてしまったのだった。 竜騎士ジャンの無双活劇が今始まります。

【完結】魅了の魔法にかけられて全てを失った俺は、最強の魔法剣士になり時を巻き戻す

金峯蓮華
ファンタジー
戦に負け、国が滅び、俺ひとりだけ生き残った。愛する女を失い、俺は死に場所を求め、傭兵となり各地を漂っていた。そんな時、ある男に声をかけられた。 「よぉ、にいちゃん。お前、魅了魔法がかかってるぜ。それも強烈に強いヤツだ。解いてやろうか?」 魅了魔法? なんだそれは? その男との出会いが俺の人生を変えた。俺は時間をもどし、未来を変える。 R15は死のシーンがあるための保険です。 独自の異世界の物語です。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...