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第一章 民の狂奔、王の知性――帝国への剣
第1話 巨大な帝国へ挑む
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我がルミナ王国の寿命は、あと三カ月で尽きる。
同じ魔族が治める帝国ヴォルガは、我が祖父・始祖王との約定の下に三百年の和平を結んだ。
帝国は、三百年間はルミナに手を出さぬと……。
時は過ぎ、その約定も残すは三カ月。
魔族至上主義の帝国はルミナに対して、併合を勧告している……圧倒的戦力差を背景に。これは即ち、命令であろう。
屈辱的であるが、我が国に対抗できる術はない。
今は静かに明け渡しの準備を行っている最中だ。
私、アルト=ラウ=オーシャンの代で、このルミナの歴史は終わりを迎える……。
――――――――――
閑散とした玉座の間で、私は白銀の長髪を揺らし、翠玉の瞳を玉座の真後ろへ向けた。そこには始祖王であるリヴュレットの巨大な絵画が飾られている。
偉大なる王の前に恥じ入る思いを抱き、己をあざ笑う小さな笑みを浮かべた。
そこに、年老いた男の声が響く。
「陛下、ルミナ王国の正史を綴った書物はどうされるのかな?」
「もちろん、持っていく。我が国は魔族以外の種族が共に暮らしたという、稀有な国家の記録でもあるからな」
「そう仰ると思いましたが……これは相当な量ですぞ」
振り返ると、象牙色の鎧を纏う老人が木箱に入った大量の書物を前に白髪頭をぼりぼりと掻いていた。
彼の名はブルック。今は亡き父である先王の時代より仕えている、我が国唯一の将軍だ。
背は私よりわずかに低いが、並の者ならば見上げるほどの堂々とした体躯をしており、年寄りの弱弱しさは微塵も感じない。
彼はもさもさの白髭を撫でながらこう話を続けた。
「まぁ、歴史書を粗末に扱うわけにも参りませんな」
「その通りだ。新居は帝都タラサの貴族街となるだろう。あそこはあまり広い屋敷がないので、荷物の整理は悩みどころだな、あはは」
再び私は自嘲を込めた笑いを出した。次は声に乗せて。
それを聞いたブルックは拳を握り締めて、琥珀色の瞳を震わせ、悔しげに言葉を発した。
「侯に封じて領地を与えることなく、閑地すら与えず、帝都の屋敷に住まわせるなど、これが一国の王に対する振舞いであろうか!」
「言うな。国力の差を見れば、我が国はもはや帝国の一領地にも満たない。帝国が私を厚遇する理由などないのだ」
「ですがっ――」
ブルックの声を遮るように、突然扉がバンッと派手な音を立てて開いた。
続いて、少女の声が玉座の間に響き渡る。
「大変です! お米が切れていて今日はパン食になっちゃいますよ。メインのおかず、お魚の煮つけなのに!!」
肩までかかる真っ赤なミディアムヘアが特徴的な少女が、白のエプロンと黒のワンピースで構成されたクラシカルなメイド姿で飛び込んできた。
少女は空の果てよりも深い青色のまんまる瞳をこちらへ見せて、深々と頭を下げる。
「アルト様、ごめんなさい。今日のお夕飯、妙な組み合わせになっちゃいます」
この少女の名はイロハ。始祖王の代から仕えるルミナ王国のマスコットメイド。
そう、『始祖王』の代から……。
魔族特有の鋭い耳もなく、人間にそっくりな見た目。
だが、老将ブルックが子どもだった頃から少女の姿をしているという、四百年の寿命を持つ魔族を超える長命種。
本人は神話にあるケンタウルス族と言っているが、馬の胴体に尻尾もない。
さらに超一流の戦闘力と大賢者級の知識を内包する。ただし、その知識を引き出すためには条件があり、始祖王も父王も使いこなせてはいなかった。
謎に包まれたメイド少女イロハへ、私は返事をする。
「パンと魚の煮つけか。奇妙だが、食べられなくもない。だが、米はまだ十分にあったはずだが?」
この問いに、イロハとブルックが仲良く目を背けた。私は短いため息をもらす。
「はぁ、また盗み食いか。君たちはどうしてそうまで食いしん坊なのか……」
「いやいやいや、陛下。これには理由がございましてな!」
「最近つけたぬか漬けが会心の出来で、ついつい白いご飯が進んじゃったんですよ」
「それを食いしん坊と呼ぶのだよ。間食ばかりしているのに、何故二人とも太らないのやら。さて――」
私は足先を扉へ向けて、玉座の間から離れようとした。二人が背中に声をかけてくる。
「陛下、どちらへ?」
「一時間もしたらお夕飯ですよ?」
「今日は朝から片付けてばかり。気分転換に少し城下を散歩してくる。それに……寂れていく町を目にしたくなくて、しばらくは足が遠のいていたというのもあるからな」
「アルト様……」
「ともかく、夕食までには戻る」
寂しさを乗せた眉根を下げ、私は町へと向かった。
――ルミナの町
石材を積み上げた石造り・レンガ造りの建物が建ち並ぶ町。
このルミナは魔族が支配する地でありながら、他種族が多く住んでいる。それは始祖王リヴュレットの理念に基づいている。
――魔族だけではなく、様々な種族が共に道を歩んで行く世界を生み出すこと。
始祖王の代には十万もの人口を誇っていたが、父の代、私の代となり人口は減っていき、今では五千にも満たない。
人口が減った理由はわかりやすく、この国に未来がないからだ。
魔族至上主義の帝国がこの国を併合すれば、魔族以外の種族に居場所はない。
ゆえに、併合時期が近付くにつれて、他種族たちはルミナを離れていった。
理想国家に期待していた魔族たちもまた……。
それでもまだ、この国に残っている者たちがいる。その中には魔族以外の種族もいる。
獅子の顔を持つ獣人族の男性が声をかけてくる。
「これはアルト国王、おひさしぶりですね。巡察ですか?」
「ああ、そんなところだ……君は残っていて大丈夫なのか? もう三カ月しかないぞ」
彼は首周りの立派な鬣を派手に振るわせて笑う。
「がははは、私にとってここは故郷。離れられませんよ。たとえ帝国がどけと言ったってどいてやりませんから」
「……そうか。その覚悟へ敬意を表したいが、無茶だけはするなよ」
「はい。ですが、無茶なのはすでに承知ですので……」
静かでありながら、覚悟の宿る言葉。
私はこれ以上、彼にかける言葉もなく、無言でうなずき、その場を離れる。
町中を進む。その先で、残ってはならない種族を見つけた。
「湊! なぜ人間の君がまだ残っているんだ!!」
このルミナには本来魔族の敵である人間も共存していた。それゆえに理想郷とも呼ばれていたが、もはやそれは崩れようとしている。
そのような場に人間が残るなど無謀の極み。
彼は自分の店である雑貨屋の前で私に覚悟を口にする。
「先代国王タイド様には短い間でしたが、大変お世話になりましたからね。その方が愛した国を捨てて出ていくなんてできません」
「しかし、君たち一家は人間だぞ。他種族とは違い、帝国が人間の存在を許すわけがない! 無謀な真似はよすんだ!」
「こればかりは陛下の命とあっても、お断りします」
「――なっ!?」
湊《みなと》とその妻と二十代前後の息子二人が店先にそろって並ぶ。
そして、真っ直ぐな視線を私へ向けてくる。
そこにあるのは覚悟と矜持。先に過酷な運命が待ち受けようとも、譲らぬ心が視線の刃となって、私の心を深く突き刺す。
その刃は彼らだけではない。私は辺りを見回す。
残った住民たち……魔族も獣人族もエルフもドワーフも、そして人間も巨大な帝国に抗う意思を瞳の奥に宿していた。
私はいたたまれなくなり、短い挨拶を残し、その場を立ち去った。
――小高い丘に向かい、そこから町の全景を眺める。
町の中心には泉があり、一つの大きな川が三つに分岐して区画を為す。かつては十万を誇る都市だった町は寂れ、今は滅びの気配が漂う。
だが――――残った者たちは諦めていない。彼らなりに抗おうと戦っている。
「そうだというのに……王である私が真っ先に諦めているとはな……」
――その日の夜
煌々とした魔石灯、エラナという力を蓄え輝く石のもと、私は自室の中心に立っていた。
そこに扉のノック音。
音へ声を返す。
「構わんぞ」
声に応え、扉は開かれ、ブルックとイロハが揃って顔を見せた。
「失礼、扉から明かりが漏れていたもので気になりましてな」
「夜更かしはおねしょの元ですよ~」
「イロハ、子ども扱いはよせ――っと、二人とも、また盗み食いしてたな」
私は自分の口元を指先で二度叩く。
すると、二人はそろって生クリームのついた口元を拭った。
イロハが照れくさそうな姿を見せる中で、ブルックが私の足元を見下ろして問いかけてきた。
「陛下、足元に地図を広げているようですが?」
「ああ、ルミナ周辺の地図だ。今、戦略を練っている」
「戦略?」
ブルックとイロハは互いに疑問符を宿した表情で顔を見合わせる。
私は手にしていた指し棒で帝国の領地を強く突き刺す!
「ブルック、イロハ。私は――帝国と戦うぞ」
同じ魔族が治める帝国ヴォルガは、我が祖父・始祖王との約定の下に三百年の和平を結んだ。
帝国は、三百年間はルミナに手を出さぬと……。
時は過ぎ、その約定も残すは三カ月。
魔族至上主義の帝国はルミナに対して、併合を勧告している……圧倒的戦力差を背景に。これは即ち、命令であろう。
屈辱的であるが、我が国に対抗できる術はない。
今は静かに明け渡しの準備を行っている最中だ。
私、アルト=ラウ=オーシャンの代で、このルミナの歴史は終わりを迎える……。
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閑散とした玉座の間で、私は白銀の長髪を揺らし、翠玉の瞳を玉座の真後ろへ向けた。そこには始祖王であるリヴュレットの巨大な絵画が飾られている。
偉大なる王の前に恥じ入る思いを抱き、己をあざ笑う小さな笑みを浮かべた。
そこに、年老いた男の声が響く。
「陛下、ルミナ王国の正史を綴った書物はどうされるのかな?」
「もちろん、持っていく。我が国は魔族以外の種族が共に暮らしたという、稀有な国家の記録でもあるからな」
「そう仰ると思いましたが……これは相当な量ですぞ」
振り返ると、象牙色の鎧を纏う老人が木箱に入った大量の書物を前に白髪頭をぼりぼりと掻いていた。
彼の名はブルック。今は亡き父である先王の時代より仕えている、我が国唯一の将軍だ。
背は私よりわずかに低いが、並の者ならば見上げるほどの堂々とした体躯をしており、年寄りの弱弱しさは微塵も感じない。
彼はもさもさの白髭を撫でながらこう話を続けた。
「まぁ、歴史書を粗末に扱うわけにも参りませんな」
「その通りだ。新居は帝都タラサの貴族街となるだろう。あそこはあまり広い屋敷がないので、荷物の整理は悩みどころだな、あはは」
再び私は自嘲を込めた笑いを出した。次は声に乗せて。
それを聞いたブルックは拳を握り締めて、琥珀色の瞳を震わせ、悔しげに言葉を発した。
「侯に封じて領地を与えることなく、閑地すら与えず、帝都の屋敷に住まわせるなど、これが一国の王に対する振舞いであろうか!」
「言うな。国力の差を見れば、我が国はもはや帝国の一領地にも満たない。帝国が私を厚遇する理由などないのだ」
「ですがっ――」
ブルックの声を遮るように、突然扉がバンッと派手な音を立てて開いた。
続いて、少女の声が玉座の間に響き渡る。
「大変です! お米が切れていて今日はパン食になっちゃいますよ。メインのおかず、お魚の煮つけなのに!!」
肩までかかる真っ赤なミディアムヘアが特徴的な少女が、白のエプロンと黒のワンピースで構成されたクラシカルなメイド姿で飛び込んできた。
少女は空の果てよりも深い青色のまんまる瞳をこちらへ見せて、深々と頭を下げる。
「アルト様、ごめんなさい。今日のお夕飯、妙な組み合わせになっちゃいます」
この少女の名はイロハ。始祖王の代から仕えるルミナ王国のマスコットメイド。
そう、『始祖王』の代から……。
魔族特有の鋭い耳もなく、人間にそっくりな見た目。
だが、老将ブルックが子どもだった頃から少女の姿をしているという、四百年の寿命を持つ魔族を超える長命種。
本人は神話にあるケンタウルス族と言っているが、馬の胴体に尻尾もない。
さらに超一流の戦闘力と大賢者級の知識を内包する。ただし、その知識を引き出すためには条件があり、始祖王も父王も使いこなせてはいなかった。
謎に包まれたメイド少女イロハへ、私は返事をする。
「パンと魚の煮つけか。奇妙だが、食べられなくもない。だが、米はまだ十分にあったはずだが?」
この問いに、イロハとブルックが仲良く目を背けた。私は短いため息をもらす。
「はぁ、また盗み食いか。君たちはどうしてそうまで食いしん坊なのか……」
「いやいやいや、陛下。これには理由がございましてな!」
「最近つけたぬか漬けが会心の出来で、ついつい白いご飯が進んじゃったんですよ」
「それを食いしん坊と呼ぶのだよ。間食ばかりしているのに、何故二人とも太らないのやら。さて――」
私は足先を扉へ向けて、玉座の間から離れようとした。二人が背中に声をかけてくる。
「陛下、どちらへ?」
「一時間もしたらお夕飯ですよ?」
「今日は朝から片付けてばかり。気分転換に少し城下を散歩してくる。それに……寂れていく町を目にしたくなくて、しばらくは足が遠のいていたというのもあるからな」
「アルト様……」
「ともかく、夕食までには戻る」
寂しさを乗せた眉根を下げ、私は町へと向かった。
――ルミナの町
石材を積み上げた石造り・レンガ造りの建物が建ち並ぶ町。
このルミナは魔族が支配する地でありながら、他種族が多く住んでいる。それは始祖王リヴュレットの理念に基づいている。
――魔族だけではなく、様々な種族が共に道を歩んで行く世界を生み出すこと。
始祖王の代には十万もの人口を誇っていたが、父の代、私の代となり人口は減っていき、今では五千にも満たない。
人口が減った理由はわかりやすく、この国に未来がないからだ。
魔族至上主義の帝国がこの国を併合すれば、魔族以外の種族に居場所はない。
ゆえに、併合時期が近付くにつれて、他種族たちはルミナを離れていった。
理想国家に期待していた魔族たちもまた……。
それでもまだ、この国に残っている者たちがいる。その中には魔族以外の種族もいる。
獅子の顔を持つ獣人族の男性が声をかけてくる。
「これはアルト国王、おひさしぶりですね。巡察ですか?」
「ああ、そんなところだ……君は残っていて大丈夫なのか? もう三カ月しかないぞ」
彼は首周りの立派な鬣を派手に振るわせて笑う。
「がははは、私にとってここは故郷。離れられませんよ。たとえ帝国がどけと言ったってどいてやりませんから」
「……そうか。その覚悟へ敬意を表したいが、無茶だけはするなよ」
「はい。ですが、無茶なのはすでに承知ですので……」
静かでありながら、覚悟の宿る言葉。
私はこれ以上、彼にかける言葉もなく、無言でうなずき、その場を離れる。
町中を進む。その先で、残ってはならない種族を見つけた。
「湊! なぜ人間の君がまだ残っているんだ!!」
このルミナには本来魔族の敵である人間も共存していた。それゆえに理想郷とも呼ばれていたが、もはやそれは崩れようとしている。
そのような場に人間が残るなど無謀の極み。
彼は自分の店である雑貨屋の前で私に覚悟を口にする。
「先代国王タイド様には短い間でしたが、大変お世話になりましたからね。その方が愛した国を捨てて出ていくなんてできません」
「しかし、君たち一家は人間だぞ。他種族とは違い、帝国が人間の存在を許すわけがない! 無謀な真似はよすんだ!」
「こればかりは陛下の命とあっても、お断りします」
「――なっ!?」
湊《みなと》とその妻と二十代前後の息子二人が店先にそろって並ぶ。
そして、真っ直ぐな視線を私へ向けてくる。
そこにあるのは覚悟と矜持。先に過酷な運命が待ち受けようとも、譲らぬ心が視線の刃となって、私の心を深く突き刺す。
その刃は彼らだけではない。私は辺りを見回す。
残った住民たち……魔族も獣人族もエルフもドワーフも、そして人間も巨大な帝国に抗う意思を瞳の奥に宿していた。
私はいたたまれなくなり、短い挨拶を残し、その場を立ち去った。
――小高い丘に向かい、そこから町の全景を眺める。
町の中心には泉があり、一つの大きな川が三つに分岐して区画を為す。かつては十万を誇る都市だった町は寂れ、今は滅びの気配が漂う。
だが――――残った者たちは諦めていない。彼らなりに抗おうと戦っている。
「そうだというのに……王である私が真っ先に諦めているとはな……」
――その日の夜
煌々とした魔石灯、エラナという力を蓄え輝く石のもと、私は自室の中心に立っていた。
そこに扉のノック音。
音へ声を返す。
「構わんぞ」
声に応え、扉は開かれ、ブルックとイロハが揃って顔を見せた。
「失礼、扉から明かりが漏れていたもので気になりましてな」
「夜更かしはおねしょの元ですよ~」
「イロハ、子ども扱いはよせ――っと、二人とも、また盗み食いしてたな」
私は自分の口元を指先で二度叩く。
すると、二人はそろって生クリームのついた口元を拭った。
イロハが照れくさそうな姿を見せる中で、ブルックが私の足元を見下ろして問いかけてきた。
「陛下、足元に地図を広げているようですが?」
「ああ、ルミナ周辺の地図だ。今、戦略を練っている」
「戦略?」
ブルックとイロハは互いに疑問符を宿した表情で顔を見合わせる。
私は手にしていた指し棒で帝国の領地を強く突き刺す!
「ブルック、イロハ。私は――帝国と戦うぞ」
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