滅ぶ予定の魔王国ルミナ、実は全員が将軍級でした ~常識人の魔王アルト、血に飢えた国民に担がれて帝国を返り討ちにする~

雪野湯

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第二章 世界を書き換える力

第25話 イロハの怜悧な分析

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――――山道を行く


 修復された橋を渡り、足元が悪く傾斜のきつい道を歩む。
 頭の片隅で「いずれ道そのものを整備しなければならない」と考えつつも、思考の中心にあったのは、ドワーフとエルフから得た情報だった。

 山道の先を見つめる。
 道は弧を描いて先は見えないが、あの曲がり角を曲がれば、そこからはカイリ国の領地。
 そして、そのすぐ手前には孤児院があるという。

 政治犯として処刑された親を持つ子どもたちの……。


 私はぽつりと言葉を落とした。
「カイリ国の内情は不安定のようだな」

 この言葉に、イロハとアマネが付け加える。
「政治犯、のことですね」
「私は立場上、あんたたちに情報は与えられないけど……ま、周辺国といろいろあるからね」


 アマネから受け取ったあいまいな情報。それでも値千金と言える。

 私はまず、ルミナが把握しているカイリ国の情報を再確認するように口に出した。
「現在、女王ミカガミは病に臥せっており、代理として勇者ミナヅキが政務を執り仕切っている。本来ならば王族が行うべきだが、ミカガミには子はなく、他の王族では力不足といった状況」

 さらにここから、アマネの小さな情報をもとに、実情を組み立てていく。
「そして、周辺国との問題。カイリ国の隣国、『キンリュウリョウ』と『ケイドサ』は弱体化したカイリを狙っているのだな。いや、弱体化前から狙っているというべきか」


 私はアマネへと視線を向ける。
 すると彼女は大仰に肩をすくめた。

「ま、今から話す情報は人間国では当たり前のソフトインテリジェンス。調べればすぐにわかることで、みんなが知ってることだからいっか。実は……」


 アマネからの情報――――それはこうだ。

 カイリ国は魔族国家ルミナと接しているため、一つ向こうの帝国と対峙することはまずない。
 そのため戦争に消極的で、他の人間国家は、そんなカイリ国の姿勢に不満を覚えていた。
 
 しかし、そのカイリ国は魔石の原石となるエラナ鉱の産出地として非常に重要な立場にある。
 それゆえ、周辺国も公式の場で不満を表すことはできなかった。
 
 そんな資源豊富なカイリ国を、隙あらば飲み込もうと画策する隣国たち――キンリュウリョウとケイドサの存在。


「これらの情報を統合すると、女王不在の中で執政を行うミナヅキに十分な求心力が無く、隣国が仕掛ける工作も激化している。その工作に乗った者や、ミナヅキの執政に不満を覚える者が暗躍しているわけか」


 続きを、イロハが冷徹に形作る。
「逮捕した者は政治犯として処刑。子にまで罰を及ぼしているところから、見せしめの意味合いがあるのでしょう。これは、半ば恐怖政治化している状況。つまり、政府が力を誇示しなければまとまりがつかなくなっている、と推測されます」

「そうだな……」

 ここでイロハは瞳から光を消して、非常に冷淡な言葉を漏らした。
「ですが、半端ですね。子を厳しい環境へ追放し、顛末の恐ろしさをアピールしているようですが、のちの反逆の芽を摘むために子も処刑するべきでしょう。ここから勇者ミナヅキという人物像が見えてきます。根は優しいが国をまとめるために非情を装っている。一言でいえば――甘い人物」


 彼女の言葉を聞いたアマネが目を見開いた。
 そして、驚きを言葉に纏う……いや、ショックを受けた声を出す。

「なんだろう……まだ付き合いは短いけど、そんな厳しいことを言う子じゃないと思ってた」


 イロハはこれに小さなため息を返した。

「ふぅ……あくまでも『やるならば徹底的に行うべき』という意見で、推奨をしているわけではありませんよ。政治犯と言えど過度に罰することは人権侵害。ましてや、その子らに対しての罰など、あってはならないことです」

「じんけん?」

「人は生まれながらにして、誰からも侵されることなく、幸せに生きていく権利。たとえ、義務を果たさなくても、誰もが有するべき権利。という概念です」

「義務を果たさなくても?」

「はい、例えば徴兵や納税の義務といったものを行わなくても、幸福追求権や、国家による最低限の生活保障などの権利を有しています。これは国家という組織の枠に捉われない、究極の『個』としての権利です」
「全然ピンと来ない。これがルミナの価値観なの?」

 そう言って、アマネはこちらに顔を向けるが、私は彼女の言葉を否定する。
「いや、ルミナもまた、帝国や人間国家と似たような価値観だ。これはイロハ独特の価値観。ケンタウルス族の考え方だ。我々にとってみれば奇妙だが、時に感銘を受けることもある」
「ケンタウルス族ねぇ……」


 アマネはイロハの足元へ瞳を落とし、胴体へと視線を上げてから首を横に振った。
 本来、ケンタウルス族は馬の胴体と足としっぽを持つ一族のはず。しかし、イロハにはそれがない。
 首を振ったのは、その身体的な謎と、理解できない価値観の差異を振り払うためだろう。
 
 それでもまだ疑問が残るようで、それを言葉に表す。
「そういった価値観を持っていても、怖いこと言えちゃうんだ……」


 これにイロハや眉を下げて困り顔を見せた。代わりに私が彼女のフォローに回る。

「イロハは感情と実利を切り離して考えることができる人物だからな。だから無体な真似だと理解しながらも、ミナヅキの政策が中途半端だと断ずることが可能なのだよ」
「……なるほど。普段はそう見えないけど、冷静キャラなんだ」

「…………」
 ふいに、小さな呟きが耳をかすめる――メールのものだ。
 イロハの耳がその声を拾う。

「ふむふむ、メールさんからすると、大人の事情に振り回される子どもたちがかわいそう、だそうです」
「それが最も正当で良心的な答えだな。もう少し歩けばその孤児院へ着くが、せめて怖がらせないようにしないと」

 と、言いつつ、魔族の特徴である尖った耳を私は覆い隠すように押さえた。
 すると、アマネが小さな笑いを交えて片眉を上げる。


「くすっ、耳を押さえても背が高いから怖がられるんじゃないの? 子どもたちが泣いちゃったりして」
「そうなったら心が痛むな。孤児院に立ち寄る予定はないが、もし見つかったら、相手は君たちに任せるよ」

 私は立場もないとぶっきらぼうに手を振った。それにますますアマネは笑いを重ねて、メールもフードを深くかぶりながらも小さく肩を揺らす。


 だが、イロハだけは――――ルミナの方角を見て、首を傾げていた。


「ん、どうしたイロハ?」
「……妙な気配が近づいています」
「妙な気配?」
「はい。かなりの隠形術ですね。私でも捉えづらいです」

「イロハの探索能力でもか。まさか、ブルックがあとを追いかけてきたのではないだろうな」
「ブルックさんではないと思います。手練れのように感じますが、そこまではなさそうです」
「となると……兵士の誰かか? 彼らは何かしたくてうずうずしていたし」
「どうなんでしょうね? ともかく、警戒を」

「了解だ、イロハ先生」

 私は幼いころの立場を思い出しつつ、言葉を返した。
 近づく「気配」が、私の心臓を握りつぶさんとしていることも知らずに。
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